「最近調子が良さそうじゃないか、あんた」
八戒は同室のアル中患者に声をかけられていた。
「ええ、おかげさまで」
八戒はあたり障りのない返事をする。白い病室には塩素系の殺菌剤の匂いが漂っている。
いつもどおりの開放病棟の穏やかな午後だ。世間と隔絶した、時が停滞しているような気だるい午後だった。
「……そういやあんた、もうすぐ退院なんだって? 」
どこか悔しそうな口調を隠し切れない様子で、男は言った。
「ええ、もともと僕の入院は試験的なものですし。入院もあと三日です」
「そうか……」
八戒は気落ちしたような男の声を聞いて思った。
(この人はひょっとして退院できない状況なんでしょうか)
社会的入院という言葉がある。本人が入院を望んでいないのに、周囲が本人の退院を拒むことを指す言葉だ。
引き取り手がいなければ当然ずるずると入院を続けざるを得なくなる。
本来ならもう病状も入院するほどではないのに、だらだらと入院が長期化するのだ。そんな患者はここでは珍しくない。
八戒と同室のアル中患者は家族とだいぶ折り合いが悪いようだった。実際、酒が入ると暴れる彼を、血縁者も家族もほとほともてあましていたのである。
そんなこみ入った事情は知らなかったが、八戒は男の口ぶりから退院する自分のことが羨ましいのだろうと思ったのだ。
「……僕が読んだ本とか、置いていきましょうか。暇つぶしくらいにはなりますよ。読みます?」
いつも八戒のことを不躾な視線で舐めまわすように眺める男だったが、どこか哀れなその風情に憐憫の情が八戒に湧いていた。
「あんたの読んでる難しそうな本なんか、オレ読めねぇよ。エロ本はないんだろ」
「……」
「あんたが代わりにここで脱いで拝ませてくれりゃ、当分オカズにゃ困らねぇんだがな」
八戒はそっと男から視線を外した。哀れさにほだされたのが馬鹿みたいだった。
哀れな立場はともかく、男の下劣さに変わりはなかった。自分を情欲の捌け口としか考えていないようなこの男と、同じ空間で息をしていることすら耐え難くなった。
ロビーにでも顔を出して気分転換しようと、八戒はベッドの下にあるスリッパに足を入れた。
どこか硬質なスリッパと、床の感触を確かめるようにしながら、八戒は病室を出た。
(でも、こんな我慢もあと三日だ)
八戒は病室が左右に続く廊下を歩きながらこっそり思った。
もうすぐ退院だ。こんな窮屈な生活もあと三日もすれば終わりなのだ。
そう思うと、八戒の気持ちは浮き立った。この二週間病室で過ごした変化のない無味乾燥で漂白された日々。まるでクレゾールで消毒されたような毎日だった。実際もうここで過ごすのは一日だって無理だと感じていたのである。
同じその頃。
看護士の悟浄はひとつあくびをしていた。途端に黄婦長から叱責の声が飛ぶ。
「なによ! 寝てないの? 昨日は夜勤じゃないじゃない」
「ふわぁー。いろいろあるんですよ。俺だって。いろいろ」
悟浄はひらひらと手を振った。お堅い婦長と遣り合う趣味はどうもないらしい。
悟浄は基本的に閉鎖病棟の担当だったが、人手不足で開放病棟の応援に来ていたのだ。
「あーこっちの方が仕事とか楽そう。いいなぁ。楽で」
「この仕事に楽も何もないわよ。比べないの。ほら、検温行ってきて」
「はい、はいっと」
「210号室から回ってね。いつも午後は210からなのよ」
悟浄は体温計の束を片手にナースステーションを後にした。
紅い長い髪を一括りに後ろで縛り、青い看護服を身につけている。
颯爽とした男前の悟浄は若い看護婦達の人気も高かった。現に悟浄が応援に来た今日は、朝から看護婦たちが浮き足だっている。お堅い婦長にはそれも甚だ気に入らなかった。
『午後の検温の時間です。病室にお戻り下さい』
『検温の時間です……』
院内放送がエンドレスにかかる中、悟浄はリノリウム敷きの長い廊下を歩いていた。
(まぁでも)
(こっちの方がまだ俺にはマシかなぁ)
悟浄はこの病院に勤めだしてまだ日が浅かった。
以前はガン専門病院の緩和ケア病棟勤めをしていたのだ。とにかくどんなに尽くしても、患者は助からず死んでゆくところだった。
大切な仕事だったが、もともと心優しい悟浄には、その仕事は辛く負荷が大きかった。病棟に出入りする神父や坊さんを見ながら、勤務先を変えようと決意したのだった。
しかし、系列病院になかなか勤め口は見つからず、なんとか系列外のこの精神病院に働き口を見つけて潜り込んだのだ。
検温のために病室に向かうべく、悟浄がロビーを横切ろうとしたその時だった。
ロビーの自販機のあたりに人影を見つけた。
「あー。すみません。もうすぐ検温の時間なんで、部屋戻ってもらえますかぁ? 」
悟浄は何気なく、相手に声をかけて息をのんだ。
すらりとした痩躯、白皙の美貌の見本といった顔立ち。眼鏡をかけているが、隠し切れないその色香。艶のある黒髪。人を惹きつける魅惑的な深い緑色の瞳。
ちょっとお目にかかれない息を呑むような美人さんがそこにいたのである。
「…………」
悟浄は二の句が次げなくなった。
「ああ、済みません」
そんな悟浄に頓着しない様子で相手は言葉を返した。
「すぐ部屋に戻ります」
控えめに目を伏せたその表情から、悟浄は『ひょっとして、この人部屋に戻りたくない理由でもあんのかな』と思った。
美人さんは自販機で買ったらしいコーヒーの缶を片手に佇んでいる。思わず悟浄は声をかけた。
「……よかったら部屋までエスコートしましょうか」
「え? 」
「はいはい! ご案内! 」
「ちょっと……! 」
「いーからいーから!何号室?好きな食べ物とかって何?映画とかも好き? 」
間髪いれず、どさくさに紛れて口説きだすハンサムな看護士に面食らいながら、八戒は悟浄と連れ立って自分の病室に戻った。
「はーいはいはい。みなさーん! じゃあ今から検温しまーす。体温計配りますねー♪ 」
悟浄は病室に入ると明るい大きな声で言った。さりげなく、しっかりちゃっかりと片手は八戒の肩にまわしている。
「ちょ……離して下さい」
八戒の声を聞いているのか聞いてないのか。
「はいっ。体温計。ていうかあんた、なんなら俺が計ってやろうか? 」
「……結構です」
今にも八戒の襟元(えりもと)のボタンを外して、体温計とついでに自分の手も入れかねない看護士に八戒はびっくりした。悟浄の手を思わずはたく。
悟浄は満面の笑みで八戒に体温計を渡した。八戒はその勢いに圧倒されて、諦めたように自分のベッドに戻る。同室の他の患者に素早く体温計を渡し終わると悟浄は八戒に向かって言った。
「あ、ベッドそこなんだ。いやいいね。あんたがそこにいると、こう殺風景な病院になんか花とか咲いちゃったみたいで」
八戒に口を挟ませない勢いでまくし立てる。と、急に悟浄の表情が真剣になった。
「……名前おしえてよ」
至近距離でその紅い瞳に見つめられる。深い真紅だ。
途端に濃厚な男の色香と呼ぶしかないものが官能的に漂った。微かに煙草の匂いがする。
「……」
あまりにも破天荒で奔放な悟浄の様子に八戒が躊躇する。本当にこの人、看護士なんだろうか、と八戒の心の中に疑問符が飛び交った。こんな人に名前を知られていいものだろうかとも思った。
しかし、当たり前といえば当たり前のことだが、悟浄はベッドヘッドにある八戒の名札を素早く読み上げた。
「んーと。『ちょ……は……かい』……『猪八戒』さんね! そうかそうか。八戒か! 」
遅かった。というか病院で名前を隠すことなど到底無理だ。悟浄は実に人懐っこい笑 顔で八戒に笑いかけた。
「俺のことは悟浄って呼んでよ。ここ暫くは、こっちの病棟を手伝ってるからさ」
自分の服についている胸元の名札を指差しながら、悟浄が自己紹介する。
そのときだった。
「……職権乱用なんじゃないですかい。看護士さん」
ガラの悪い声が隣からした。酒で喉が潰れた低いダミ声。八戒と同室のアル中患者だった。
「……ったくガキが。美人見つけたとたんコレだ。ガッつきやがって見てらんねぇ」
後半のセリフは独り言のように低く忌々しげに呟く。男は面白くもなさそうに頭を掻くと、手にしていた週刊誌をわざと粗雑な仕草で丸めた。
「何……」
悟浄の瞳がやや剣呑な色を帯びて光る。
「よお、紅い髪の兄さん。いきなり現れて横からグチャグチャ口説いてんじゃねぇよ」
吐き捨てるように言うと男は床に唾を吐いた。悟浄の血相が変わった。
八戒を挟んで大の男二人が激しい火花を散らし、いまにも一触即発かと思われた次の瞬間。
「悟浄! いたいた!! あんた何やってんの! 」
黄婦長が勢い良く病室に入って来た。
「へ? 」
今にもアル中男を怒鳴ってやろうと構えていた悟浄が出鼻を挫かれた。
「もう! どうして201号室から先に検温するのよ。信じられない。210号室からやってって言ったでしょ。早く行ってよ。ここは私が記録するから! 」
婦長の剣幕に悟浄が後ずさりする。気の強い女性と争うのは少し苦手のようだ。
「わかりました! すぐ行きます行きます! 」
まるでお手上げとでもいうように、両手を上げて降参する。それでも、ちらと八戒に視線を走らせると、悟浄は婦長の目を盗んで素早く八戒に囁いた。
「俺、今日は夜勤なのよ。もしサミシクなったら俺んとこ来てね。あんただったらサービスするから」
今までのふざけた調子とは打って変った低めの声で、誘惑の言葉を八戒の耳元に囁く。八戒は思わず悟浄の顔をまじまじと眺めた。
「悟浄! 」
黄婦長に悟浄はまた怒鳴られた。
「はいはいっ! 」
悟浄は婦長に追い立てられながらも、器用に八戒に向かってウィンクした。
バタバタと足音まで陽気な調子で出て行く悟浄に思わず八戒は笑ってしまった。闊達でどこか憎めない男だった。
「珍しくごきげんじゃねぇか」
隣りのアル中男が八戒の笑い声を聞きとがめてのっそりと言った。陰にこもった声色だった。
「あんた、ああいう若いのが好みなのか。つったくどこがいいんだ、あんな顔がちょっといいだけの野郎……」
忌々しげに呟く。口調に醜い嫉妬がべっとりと滲んでいる。
「俺ってもんが隣りでこんなにあんたに良くしてやってるってのに……」
男はなおもひとり妄執に囚われた言葉を呟き続けていたが、八戒はもう聞いていたくなかった。
黄婦長に測定済みの体温計を返すと、さり気ない動作でベッドサイドの本を取り出した。男の世迷いごとを聞かないようにしているには、本の世界に逃げ込むしかなかったのだ。
後になって考えてみれば、
八戒の失敗は相手にしなければ大丈夫だと呑気に思い続けていたことだろう。
男が自分に勝手に寄せてくる情欲も、無視し続けていれば大丈夫だと高を括っていた。
早急に手を打っておくべきだったのだ。二週間程度のことだから我慢しようと思っていたのも失敗だった。
八戒は迂闊だった。本当に無警戒だった。
夜。
午後9時を過ぎ、病院に消灯時間が訪れた。
風呂も済ませて歯磨きも済ませ、八戒はベッドに横になった。
いつも看護婦が一錠だけもってきてくれる弱い睡眠薬を舌に乗せて嚥下する。あまり効果があるとは言い難いが、飲まないよりはましだ。眼鏡を外して丁寧に畳むとベッドサイドに置いた。
『そういえば、あの病院長……三蔵……だっけ……』
八戒はうつらうつらしながら、先日自分のことを弄んだ男を思い出していた。
見事な金色の髪、嗜虐的な微笑み、氷のような美貌。死の大天使のように美しいその姿。
『……あさってになれば、僕は退院できる。もうあの人にいつ会うかとひやひやしなくていいんですよね……』
八戒は安心したようにまぶたを閉じた。
耳をすませば、闇の中、同室の患者の息遣いや、気配が聞こえてくる。
いつもは寝付くのに時間がかかる八戒だったが、このときは安堵している気持ちもあってだろうか、自然な心地よい眠りに誘われかけていた。
『でも……あの看護士さん。悟浄さんっていいましたっけ。あんな面白い看護士さんも世の中いるもんなんですね』
山奥の隔絶された病院に咲く、大輪のひまわりのような男だった。底抜けに明るい悟浄の笑顔を八戒は思い出していた。
『あんな人と友達になれたら楽しかったのかな……』
八戒は眠りの淵に落ち込みつつ、ぼんやりとそんなことを考えていた。いや、ほとんど眠りに落ちていた。
だからだろう。
闇の中
八戒は自分の躰の上に、誰かが覆い被さっているのに気がつくのが遅れた。気がついたときには自分の腕を押さえつけられていた。
「……!! 」
「よお、別嬪さん」
隣のベッドのアル中患者だった。
「もうすぐあんた退院だっていうからさ、仲良くしようと思ってよ」
吐く息がひどく酒臭かった。
「あなた……」
「へ、へへへ。病院なんてトコはよ。探せばアルコールにゃ、こと欠かねぇんだ」
消毒用のアルコールでも飲んできたのだろう。
「そんなことより、大人しくしてな。黙っていいコにしてりゃ、あんただって気持ち良く……」
八戒が抵抗しようと、身を捩った。もの凄い力で押さえつけられる。手首が折れそうに痛かった。
「おっと。逃がしてたまるかよ」
「何を……! 」
八戒は相手を睨みつけた。しかし、八戒への情欲に囚われた相手は意にかいさない。
むしろ睨(にら)みつけられたことで、性的な快美感でも感じているのだろうか。涎でも流しかねない卑猥な笑顔で八戒を穴のあくほど見つめる。
「へぇ、あんた眼鏡つけてねぇ顔もさすがに美人だな。そうか、眼鏡かけてないあんたを拝めんのはあんたをヤッた奴だけってことか。へ、へへへ」
八戒は足で蹴り上げようとして失敗する。男の力は存外強かった。万力のような力だ。
「あんたが悪いんだぜ。あんなチャラチャラした看護士に色目使ったりしてよ。冗談じゃねぇ」
男は八戒のことをずっとこうしてやろうと思っていたのだ。嫌がる八戒の夜着に手をかける。襟元のボタンが外れて飛んだ。
「やめ……! 」
夜目にも白く現れた艶めかしい首と鎖骨の線に、誘われるように男は舌を這わせた。
その感覚のおぞましさに八戒が身を震わせる。男はそのまま舌を這わせながら、八戒の下履きを性急な手つきで引き摺り下ろした。
「……!! 」
この男は本気だ。八戒はおぞましさで躰を硬くした。今までにも禄でもない下品なことばかり言われていたが、まさか本気だとは思わなかった。
趣味の悪い冗談なのではないかとどこかで高を括ってもいた。
なんといっても、八戒は男で、しかもここは人がたくさんいる病院なのだ。
まさかいかに非常識な人間といえど、こんなところで性的な暴行は加えないだろう。八戒は内心そう思って安心していたのだ。
「あっ……! 」
下履きを脱がした男の手が八戒を握りこむ。直に触られて全身が総毛だった。
いざって逃げようとするが、全体重をかけて男に羽交い絞めされていた。いまや八戒は無体に蹂躙されていた。
絶望的な状況に喘ぐ八戒の視界に、ベッドの壁際にあるナースコールが目に入った。
途端に明るい悟浄の笑顔が脳裏に浮かんだ。あれさえ押せばナースステーションに繋がるはずだ。
視線を落とすと、男は露わにした八戒の秘所に夢中になっていて、こちらには注意を払っていなかった。
八戒は震える手をなんとか伸ばして、ナースコールを押そうと頑張った。
後少しというところで届かない。左腕で、男を押すようにして、少しでも躰を密着させないように逃れてようと抵抗していたが、左腕で男を押さえるのを諦め、反動で右腕を伸ばし、ナースコールに手を伸ばした。
必死の甲斐あって今度はなんとか届き、押せた。呼び出し音が静かに鳴った。
「……この! 」
八戒の意図に気がついた男が、平手を放った。艶のある黒髪をつかんで小突き回そうとする。
可愛さ余って憎さ百倍とはこのことだった。どこまでも抵抗するつれない八戒に男は業を煮やしていた。
「小賢しいことしやがって……!」
もう一回殴られる。八戒が歯を食いしばったとき、病室の外に慌しい靴音が響いた。
「八戒?! 」
現れたのは看護士の悟浄であった。
カーテンの引かれたパーティション越しに、八戒のベッドを覗いて悟浄の目が驚いたように見開かれる。悟浄が驚くのは無理も無い。八戒の躰の上には男が乗っていた。無残にも何もかも剥ぎ取られて、八戒は男に陵辱されようとしていた。
「この野郎……!! 」
悟浄は瞬時に男を殴っていた。八戒の躰の上から男が吹っ飛ぶ。
パーティションで仕切られたカーテン越しの椅子やらテーブルやらを巻き込んで男は床の上に倒れた。もの凄い音が闇に響く。
悟浄の怒りは収まらなかった。男に馬乗りになってその顔を殴りつける。
「こいつ! 」
肉を打つ激しい音が闇に響く。
八戒は呆然としていたが我に返った。悟浄がなおも今度は脚で相手を蹴り上げようとしたとき、後ろから抱きついた。
「それ以上やったらいけません! 」
「だってコイツあんたを! 」
悟浄が真剣な目つきで八戒を振り返った。しかし八戒は首を横に振った。
看護士が暴力なんて懲戒免職ものだ。八戒は自分のために悟浄が不利益になるのは嫌だった。
そのうち、派手な物音を聞きつけた他の看護士や医者が駆けつけてきた。
「悟浄!! 」
「何やってんだ! やめろ! 」
「落ち着け! おい! 」
十重二十重に悟浄は押さえ込まれ、男から引き剥がされた。
悟浄はその場に居合わせた病棟主任の医者に向かって喚いた。
「こいつが! この男が八戒に乱暴しようとしたんですよ! 許せねぇ! 」
そのときだった。
「なんだってんだ。騒がしい」
――――低い、どこか氷のように冷酷な声がした。
(あの男だ)
八戒が聞き覚えのある、その低音の声に躰を震わせた。
剣呑で鮮やかな姿。人に死を告げる天使のように無慈悲で華麗な微笑み。金糸のような髪に白皙の肌。紫水晶のように深く光る瞳。残酷で美しい獣のような身のこなし。
白衣を着た三蔵がそこに立っていた。こんな病院に不似合いなほど華麗な姿だった。
「院長! 」
「説明しろ。なんだこれは。なにがどうした」
悟浄が説明しようとするのを制止して病棟主任が代わりに院長の相手をした。管理責任を恐れているのだろう。病棟主任が悟浄の言った言葉をそのまま三蔵に向かって繰り返す。
「……なるほどな。話はよくわかった」
三蔵は病棟主任の言葉を聞き終わると静かに肯いた。
「そこの猪八戒を保護室へ入れろ」
それを聞いた全ての者が耳を疑った。
「ハルシネィション(4)」に続く