ハルシネィション(25)

 もう、男なしでは一晩だって過ごせない。そんな身体にされてしまった。全部、三蔵のせいだ。
 三蔵のためだけに夜ごと咲く淫花。そんな存在に堕落させられてしまっていた。

「さん……」
 朝、八戒が目を覚ますと身体にきつく三蔵の腕が絡みついている。
「ん……」
 ふたりで眠ってしまっていた。家に帰らなくていいのかと問う八戒へ三蔵は帰りたくないと駄々をこねた。もうあんな広い家にひとりでいたくない。そんなことを言う。
 珍しく昨夜の三蔵はひどく素直だった。
「早いな。まだ……」
 そんなに、寝起きのいいとはいえない三蔵だったが八戒を抱きしめたまま薄っすらと目を開けた。あくびをひとつかみ殺すと、物憂げなしぐさで片手で頭をかいた。重い口ぶりで告げる。
「東京へ行ってくる。新幹線で1時間もかからない。何かあったらすぐ戻る」
「心配性ですね。僕のところなんか三蔵以外のひとなんか誰も来ませんよ。心配しないでください」
「また逃げだすんじゃねぇぞ」
「まったくもう、何を言ってるんですか」
 八戒はそのひとの良さげな目じりを下げて笑った。
 東京まで1時間。
 確かに、三蔵の言うことは間違ってない。最寄り駅から新幹線で1時間もかからない。それはそうだ。しかしそれはちょうどその時間に新幹線があった場合の話しだ。
 しかも、ここは山の中。肝心の 「最寄の」 駅に行くまでが遠かった。この精神病院は陸の孤島だ。連絡のいいバスなんてなかなかない。
 おそらく三蔵は自分の車で駅まで行って、どこか駐車場に置いて行くつもりだろう。
 そんなこんなでこまごまとした乗り換えの時間までいれると、この病院から学会会場のホテルまで2時間以上かかるに違いない。
「行きたくねぇ」
 ため息をつく三蔵の背中へすかさず長い腕が絡みついた。
 八戒だ。なだめるようにしなやかな白い腕がまわされる。
 男にしては長い指に、白蝶貝で削りだしてつくったかのごとき美しい爪がはまっている。その手へ三蔵が自分の手をそっと重ねた。この癇症な男にしては珍しく穏やかで満ち足りた顔をしていた。
「すぐ帰る」
 院長は熱病にとりつかれたひとのように呟いた。周囲の空気は院長の言葉に肯くかのごとく、ときめきをはらんできらめき、やさしく弾けた。



 その日の午前中まだ朝早く。
 銀色のメルセデスが病院の敷地にある道を走ってゆくのが閉鎖病棟の上階からも見えた。奥深い山あいに軽快なエンジン音が響き渡る。光沢を放つ車体が病院名の記された大きな門を超え、県道へと抜けてゆくのを白衣を着た人物が4階から見守っていた。
 ニィだった。そっと窓のかげから見送っていた。
 三蔵の運転する車は見る見るうちに小さくなってゆく。あっという間に豆粒ほどの大きさになった。木々の葉が陽光を跳ねかえして輝きを放つ。山あいの精神病院を取り囲む立地は意外なほどに自然が美しかった。窓からは高原すら思わせるようなすがすがしい空気が入ってくる。
 しかし、この男のまとう空気だけは陰惨な気配があった。
「さぁてと」
 その唇の両端をつりあげるようにして笑う。肩先にかかった黒い髪が揺れる。それは悪魔的で邪悪な微笑みだった。







 

 三蔵がなごり惜しそうな風情で部屋を去った後、病室はひどく静まりかえった。情事の後の気だるさを身にまとったまま八戒は寝返りを打っている。脱がされた薄青い病衣に包まれた細い身体には幾つもの口吸いの跡が散らされている。三蔵の口づけの跡だ。
 時計の秒針の音だけが静かに響く。鉄筋づくりの頑丈な壁のヒト用の檻。
 窓もない部屋だった。外の光は差し込んでこないので時間の感覚はない。知りようもない。三蔵は部屋を立ち去るときに、蛍光灯の明かりを消していったらしい。病室は青い暗闇に沈んでいた。足元で読書用の簡易なライトだけが首をもたげて点いている。
 いつの間にか八戒はうつらうつらしはじめていた。まぶたがだんだんと重くなってきた。身体が気だるくて動けない。
 部屋を立ち去る前の三蔵の姿を思いだした。しわになった白衣。おそらく院長室か更衣室で着替えるのだろう。金色の髪が青い暗闇でも艶を放って黄金のようにきらめいていた。
 そんなことを考えていたら、すっかり睡魔にとりつかれてしまったらしい。薄暗い部屋に八戒の静かな寝息が響く。
 そのときだった。
 耳障りな電子音が鳴った。部屋の電子錠だ。
 しかし、八戒は目を覚まさなかった。三蔵が忘れものをとりにきたのかな、薄れている意識のどこかでそう思ってはいたが、もうそれ以上は考えられなかった。
 革靴の音がする。歩幅の感覚が三蔵より広いのか響きが違う。一瞬、危機感がそっと無意識に揺さぶりをかけた。それでもぼんやりしていてついつい反応が遅れた。
 それが不運のはじまりだった。ここで眠っていなければ。そう思っても後の祭りだった。
 腕にひやり、とした感覚がした。何か濡れたものを押しつけられた感覚だ。その後すぐに鋭い熱い感触が皮膚を走り抜ける。
「う……」 
 なんとか目を開けようとあがいた。
「あれ。起きちゃった? 」
 部屋の明かりがついた。蛍光灯の無粋な明かりが部屋の隅々を照らし出す。
「……あ」
 あまりのことに言葉にならない。部屋にいるのは三蔵ではなかった。
「ちょうどいいや。明かりがないとさァ。三ピン用のコンセント差込み口とかもわからなくって困っちゃうとこだったからさ」
 黒いクセのある髪が、白衣の肩先でゆれている。どこか冷酷さを感じさせるメガネをかけ、レンズ越しにうろんげな黒い瞳で八戒を見つめてくる。
「貴方は」
 寝起きの喉に何かが絡まった苦しい声で八戒は呻いた。何かとんでもないことが起きようとしている予感がした。
「おっと。動かない方がいいよ。針が折れちゃうから」
 黒髪で白衣を着た男は、八戒に向かって笑いかけた。言われて緑色の瞳を大きく開ける。ぎょっとした。乱れた病衣からのぞく腕に、注射器の針が刺さっているのがみえた。
 さっき一瞬、冷たかったのはアルコール消毒ではなく、リドカインで表面を麻酔していたからだった。痛みがよくわからなかった。というかこの医者はやたらと注射が上手かった。
 パニックを起こしかけている八戒の気もしらず、のほほんとした声が響く。
「はーい。お注射は終わりでぇーす ♥ 」
 ひとの悪そうな笑みを消しもしないで、黒髪の医師はひょうきんな声をあげた。
 しかし、次の瞬間、何かに気がついたように顔をしかめた。
「ったく。すっごいねェこの部屋ってば、めちゃくちゃセーエキ臭い」
 八戒は病衣に袖を通していない。昨日、三蔵は散々この男をむさぼって、その痩躯へそっと労わるようにかけただけだ。肩先で止まっていた衣がベッドのシーツの上へ落ちる。
「……昨日、そんなに可愛いがられちゃったんだ。すっごいヤらしいアトだらけだねキミ」
 八戒の首筋に、胸元に浮かぶ鬱血の跡を男は食いいるように見つめた。思わずツバを飲みこんでいる。白い滑るような肌に情事の痕跡が幾つも残し、三蔵の移り香と精液の匂いがいまだに消えていない。
「お風呂、入ってないんだ? 院長とヤってそのままなんだ? 」
 ねっとりとした口調で黒髪の医師は言った。
「や……」
 噛みつくように首筋に口づけられた。音を立ててキスされる。そのまま舌を走らされた。
「いやです! 」
 欲情されている。しどけない身体だった。細い腰のあたりで申し訳程度に絡みつく腰紐でなんとか病衣に包まれている。いやらしい肌が見え隠れして、なまじ全裸でいるよりなまめかしい。
「黙って。ボクの太くて硬いモノをアソコにツッコんで……ホントにヤっちゃうよ可愛いコちゃん」
 いやらしい手つきで尻の辺りをまさぐられた。ふとともにも足の付け根にも三蔵のキスの跡が色濃くついている。尻孔から、つら、と滴る三蔵の残液を認めて、黒髪の男が苦笑した。
「まずいよねぇ。ガチガチに勃ってきちゃったよボク」
 ズボンのジッパーがおろされる金属音が響く。凶悪な肉塊が飛びだしてきた。
「嫌……だっ」 
 すりつけられた。入り口を 『いれてくれ』 とでもいうように熱い肉棒で突かれる。
「お前……は」
 変だった。身体に力が入らない。先ほどの注射器を思いだした。ろくでもない薬を注射されたのだろう。
「ボク? ボクのこと覚えてない? 」
 黒髪のカラスを思わせるひょうひょうとした悪魔。そんな風情の白衣の男。印象的な人物だ。確かにどこかで見覚えがあった。
「何年前だろ? キミを保護室送りにした医者のひとりだよ」
 喉にからまるひとの悪い笑い声が殺風景な病室に響く。
「キミってば昔さァ」
 腰を上下にふられ、すりつけを強くされた。八戒が顔をしかめる。ものすごい力で押さえつけられていた。無理やり犯される。いやな予感しかしない。
「ひとのイイ赤毛の看護師サンを誘惑して逃げたじゃない」
 男はいやな光をその黒い瞳に浮かべてにらむように見つめてくる。情欲と憎しみのないまぜになった目つきだ。
「悟浄クンと逃げだしたアト、連れもどされちゃってサ。院長にいけないオクスリを打たれたじゃない。覚えてない? 」
「あ……」
 八戒はうっすらと思いだした。そんなことがあった。確かにあった。悟浄を誘惑して逃げだしたとののしられ、こんな地下の重症病棟などに移され、いっそう薬漬けにされたのだ。
「そのとき、ボクに抱いてくれっておねだりしたよね。キミ」
「何……を」
 そんなことは覚えていない。いやそんなことはしていないはずだった。
「基本的にキミってばすっごいビッチだよね」
 愉しそうに悪魔が喉で笑う。
「あの無粋な院長が怒鳴りこんでこなきゃキミをヒィヒィ言わせてあげてたのにサ。にーたん、今でも後悔してるんだ。キミと最後までデキなかったこと。でももう今日は邪魔モノはいないからネ♪ 」
 昨夜、三蔵にさんざん愛された孔を、他の男に弄ばれている。すりつけは痛いほどになっていて、八戒は相手の男の欲望が脈打つのを感じていた。
「あ……! 」
 股間に熱い飛沫が滴るのを感じて八戒が嫌悪で眉根を寄せた。
「っ……は。キミってば凶悪に色っぽいよね。ンっもー、エロいことしか考えられなくなっちゃった☆ 一回、キミのココでヌかせてよ」
 精液で尻を汚される。ナカには出されなかったものの、三蔵以外の男に精液まみれにされてしまった。
 嫌悪に震える八戒の肢体にその好色な手を這わせて艶やかな肌の感触を愉しみながら、ニィはうそぶいた。
「あーシタイなぁ。ちゃんとヤりたいよキミと。……しょーがない。さっさと 『コレ』 済ませたら、いっぱい抱いてあげるね八戒ちゃん」
 黒髪の医師は床に置かれている古ぼけた木の箱を横目でとらえながら呟いた。
「貴方……は」
 途切れ途切れつむぐ八戒に、メガネを光らせて男が答える。
「ボクの名前はニィ健一」
 軽薄な悪魔じみた瞳が光る。八戒を押さえつけ、犯すような姿勢のままだ。
「ニィ……」
 呟く唇には色はない。背筋がひどく寒かった。さっき打たれた注射の作用かもしれない。脚を大きく広げられ、身体を閉じられないようにされたまま、ニィを受け入れさせられている。
「貴方……どうやって……部屋に入って……き」
 もっともな疑問を八戒は弱々しい口調で訊いていた。どうしてもわからなかった。三蔵は自分以外は入れないようにしていたはずだ。この男はどこから入ってきたのか。
「ナイショ ♥ 」
 死神みたいな目つきでじっとりと見つめられる。もう八戒に逃げ場はまったくなかった。


「キミってばこの病院に来て何回あの院長と寝た? 」
 ニィがねっとりした口調で八戒にのしかかったまま訊く。
「何回、あの鬼畜野郎のをしゃぶったの? 何回ナカでだされたの? 」
 もう八戒は指一本も動かせなかった。
「何回……ホンキでイッちゃった? 教えて? 」
 すっかりと筋弛緩剤入りの麻酔薬が効いている。卑猥なことを問われても毒づくことすらできなかった。
「さんぞーとヤったうちで……一番、感じちゃった体位はナニ? 教えてよ……ま、いーか後でたっぷりその身体で教えてもらうから」
 古ぼけた木の箱が、八戒の枕元に運ばれてくる。かたん、と不吉な音を立てて上ぶたが開く。八戒がひきつった表情を浮かべようとする。薬のせいでうまくいかなかった。
「大丈夫。昔みたいに麻酔なしなんて、時代錯誤なことはしないからサ」
 ニィは心の底から愉しげに笑っている。ひどくサディスティックな笑いだ。
「ま、使う機械は時代錯誤だけどね。見てよこれ、博物館行きだと思わない? 」
 古い古い電気けいれん器。両側性でサイン波の出る凶悪なやつだ。全身がショックでけいれんする。まさに電気ショックのイメージどおりのやつだ。
「キミのために、にーたんが見つけてきたよ。どう? 」
「お前……は」
「おっと。まだしゃべれた? 」
「う……」
「相変わらず、すっごいキミってかわいいね。ああ、もう一回、食べちゃいたいな。キミを徹底的に犯したらあの男は相当、苦しむだろうけど」
「まぁ、お楽しみは、最後にとっておくかな。さぁもう一度、腕を出して。ってもう動かないよね。だいじょうぶ。何があろうと目が覚めなくなるのを打ってあげるよ」
 ニィがふたたび銀色の箱から注射器を取り出した。先ほどのは身体が動かなくなるのが主で、今度のはそれこそこん倒するくらいの強烈な麻酔薬が入っている。
「やめ……」
 黒く長い前髪が震えている。緑色のきれいな瞳はすっかり涙目だ。何かひどいことが行われようとしている。それだけはわかる。しかし、何故なのか分からなかった。
「恨むならキミに執着している、あの白衣の鬼畜野郎を恨むんだね」
「どうし……て」
 古式ゆかしく、ガーゼのタオルに包んだスプーンをニィは八戒の口へ強引にねじ込んだ。舌を噛まないようにだ。まるでこれでは昭和の――――昔の伝統的な精神病棟だ。
 そう、
 これから八戒にされるのは、ECTなどというしゃれたものではない。昭和の頃の

 電パチだ。

「……! 」
「なーに院長の 『洗脳』 ボクが完璧にしてあげようって思ってサ」
 黒く賢げなカラスを思わせる瞳が鈍く光った。
「はぁい。そろそろ数を数えましょうか。いーち、にーぃ、さーん」
「う……」
「院長ってば、中途半端なんだよね。キミがかわいいモンだからオクスリだけで洗脳しようとしてさァ。それってェ、セオリー通りじゃないよねェ」
「な……」
「『洗脳』 ねェ」
 ニィが口の端に皮肉な笑みを刻んだ。
「ヤルんなら」
 両方の口の端をつりあげるような邪悪な笑いだ。
「もっと徹底的にヤルべきだと思わない? 」
 いーち、にーぃ、さーん、しーぃ、ごーぉ、ろーく、しーち、はーち。
 もう八戒は返事もできなかった。バルビツールだのの睡眠薬を常用しているのにこんなに速やかに効くとはただごとではない。ニィは相当、筋弛緩剤や麻酔薬の種類を吟味したのだろう。
 八戒の全身から力が抜けた。目の前が暗くなってゆく。殴られたように脳神経がショートしたように寸断されてしまう。
「二度と院長のことなんか思い出せなくしてあげるよ。出会ったこともなにもかもね」
 ニィがうそぶく。
「いや、その前にキミ、『人間』 でいられるかな? 」
……八戒は気絶するようにして意識を失った。




 電磁的な高調波の音が耳ざわりだ。
…………ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン………………。
ブウウウ…………ンン…………ンンン…………。
 部屋にひたすら、電気けいれん器の作動音が響く。
 現在の安全性の高い 『ECT』 電気けいれん器ではない。古い時代の遺物のような機器が動いている。構造が非常に単純だ。最大出力の460ボルトを前頭葉に通電する。重篤な副作用としては重い記憶障害や人格が変わるなどがあげられる。
  
 その昔。
 記憶は意図的に消せるだけでなく空になった脳にはどんな人格でも刷りこめると信じていた精神科医がいた。
 彼の名前はイーウェン・キャメロン博士。かのヒトラーの精神鑑定も請け負った、CIAの御用学者である。
 世界精神医学学会の設立者でもあるこの名医はドイツのバイエルン州の洞窟 「悪魔の穴」 からナチスドイツの人体実験の記録を手に入れた。
 それはダッハウをはじめとする絶滅収容所で繰りかえされていた人体実験の記録である。幻覚薬物や電気ショックを使った人体実験の凄惨な記録。読むなり彼はそれにとりつかれたのだ。
 今から70年ほど昔のことだ。
 CIA長官であるダレスが後援者となった。博士は清々と人体実験を繰り返した。高名なスタンフォード大学をはじめとして錚々たる学識研究者が計画に参与した。「MKウルトラ計画」 と暗号名で呼ばれるこの人体実験はカナダにあるマギル大の精神病院を中心として行われたのだ。
 記録にあるだけで53名の統合失調症の患者が人体実験の犠牲になった。
 方法は幻覚剤LSDを週4回、電気ショックを1日2回行うという凶悪なものだった。ETCによって意識不明にさせられ、悪意あるメッセージを無限に長期間にわたって聞かせられた。

 「治療」 が終わるころには患者たちの記憶は完全に消し去られ、精神に異常をきたし、人格は消滅した。

 この恐ろしい人体実験の記録は1973年にその大半が破棄されたと伝えられている。
 

…………ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン………………。
ブウウウ…………ンン…………ンンン…………。



 昔。そうそれは昔のこと。そんなに昔でもなく、しかし最近ではない昔のこと。
 ドイツ各地の精神病院の玄関口に不吉な灰色のバスが止まった。

 それはどこ行きのバスなのか。
 
 患者たちは人間の最終処分場へと 移送された。
 殺戮施設。
 ドイツ国内に6ヶ所あったとされる。そんな 『施設』 のひとつ、ベルンブルク精神病院内につくられた殺戮施設は14,000人以上もの精神病患者を 『始末』 したといわれている。
 「安楽死」 計画の一環だ。
 精神病、遺伝病など劣悪な遺伝子は優生学に基づき排除しなくてはいけない。そうした思想のもとに行われた計画である。
 平成25年、大阪で開催された第111回 「日本精神神経学会学術総会」 によるとドイツにおいて総数で実に30万人以上が「安楽死」 計画により犠牲になったという。

 生きるのに値しない命だから。
 生きるのに値しない。
 それでは生きるのに値するとはどういう種類の命であるというのか?

 あ、

――――貴方の玄関先に灰色のバスが止まった。


…………ブウウ――――――ンンン――――――ンンンン………………。
ブウウウ…………ンン…………ンンン…………。
 
 



「ハルシネィション26へ続く」