歪んだ薔薇 第2部(7)

 夜、言葉通り、三蔵はアパートに現われた。
「痛ッ……」
 八戒は自分の部屋で三蔵に抱かれていた。それは一種の懲罰だった。八畳一間のワンルームが八戒の拷問部屋だ。
 闇色に煮凝った密度の高い空気が、ふたつの絡み合う肉体を隠蔽し、震えている。
 八戒は手首を細い紐で縛り上げられ、ベッドヘッドに繋がれていた。
 艶やかな黒髪は既に汗で額に張り付き、短い襟足はくちづけを散々に受けて、その余韻に震えている。
 端麗な緑の瞳は、快楽と恐怖と屈辱のないませになった色を浮かべ、陵辱者から目をそらし、ひたすら傍の白い壁を見てい た。
「脚を開け。河童の跡がねぇか確認してやる」
「う……」
 実際のところ、悟浄の立ち居振舞いや言葉を見聞きして、三蔵は少し安心してはいた。悟浄の視線には、大切なものを守ろうという意思はあったが、憎しみはなかったのだ。
――――あれは自分の方が優位に立ってると思い込んでる野郎の目だ。
 悟浄の切れ長な瞳を脳裏に思い浮かべ、三蔵は舌打ちをした。
 そう、悟浄の様子から察するに、彼が三蔵と八戒の関係に気がついたとは思えない。
 三蔵は視線を眼前にある八戒の裸体に落とした。
 綺麗に肉のついた胸にもすんなりとした腹にも、鬱血の跡がところ狭しとついている。消えかかっているもの、真新しいもの、様々な陵辱の跡が刻まれていた――――執拗に三蔵がつけたのだ。
 こんな躰を、八戒が悟浄にさらすはずはなかった。三蔵は憎しみを込めて、その脚にかけた腕に力をいれ、八戒の躰を開いた。
「……! 」
 顔を横へ背け、八戒が唇を噛み締める。しなやかな脚の付け根を、三蔵はぺろりと舐めた。白い腿に金色の髪が散り掛かる。
 愛情と憎しみを込めて付けられた情欲の徴が、この肉体の所有者が誰なのか密やかに知らせている。
「ひ……」
 八戒がみじろぎをする度に、手首とベッドヘッドを繋いだ紐が軋んで鳴った。荒っぽい手つきで、三蔵は八戒のもっとも秘められた場所を覗き込んだ。
 硬質な蕾は、連日の陵辱で荒らされてはいたが、他の男のものを咥え込んだ様子はなかった。
「ヤってねぇな」
 やや安心した声で、三蔵は呟いた。どちらかというとそれは、自分自身に言い聞かせるような言葉だった。
 だけど、まだ抱いてみなければ実際のところは分からないに違いない。この痩躯を貫き、粘膜と粘膜を擦り合わせて、その感触が変わってないか確かめなくては、まだ安心はできなかった。
「いやで……さんぞ……い……」
 拷問吏に捕らえられた異端者が、必死で命乞いする調子で、八戒は三蔵に懇願した。しかし、そんな悲痛な声も嫉妬にかられた男の耳には届かない。
「あ……! 」
 八戒は背を反らし、尻を浮かせた。三蔵の舌が後孔にまで這ってきた。
「う……」
 この刺激で頭をもたげてきた前には、指一本も触れずに、三蔵は肉色の蕾へ舌を差し入れ、舐め溶かすようにした。
「くぅッ……ッ」
 八戒が啼く。語尾は甘くかすれだしている。愛撫の手を加えられてもいないのに、前の屹立が形をとりはじめ、胸の小さな尖りは固くしこっている。
 そんな姿を目のはしに捉え、三蔵は口端をつりあげ笑みを浮かべた。
「あぅッ……ぅッ」
 甘い声が漏れる。八戒の躰は八戒自身を裏切りつつあった。精神は闇に似た肉欲の霧に浸食され、理性に甘い紅色の霞みがかかってくる。
 三蔵が舐め啜る下肢からは、恥知らずな淫音が立ち、部屋の闇へと反響する。
 連日の陵辱で、心はともかく八戒の躰は三蔵になじみつつあった。
 それは八戒にとって受け入れ難いことだったに違いない。
 しかし、残酷な現実だった。
 ぴちゃぴちゃと孔を舐める恥ずかしい音が響いた。八戒は腕を縛り上げられているので、耳を塞ぐこともできない。「あ……あ」
 三蔵は、舌でもてあそびながら、指を差し入れ、その蕩けようを測った。柔らかい粘膜が、三蔵の指をくわえ込んで吸い付いてくる。
「八戒」
 陵辱の手を止め、三蔵は八戒の躰を抱き抱えた。手首の紐が、これ以上ないほどに引っ張られる、八戒が逃れようと暴れた。
「やめ……て……くだ……さ」
 ベッドがふたり分の体重と律動を受け止めかねて軋む。容赦なく三蔵は躰を進めた。
「…………ひぅッ」
 引き裂かれる感触に、八戒は背を丸めた。肉に肉を割られる衝撃に、まだ慣れることができない。三蔵の猛りがゆっくりと挿し入れられる。
 三蔵はひと息をつくと、肉棒に絡みついてくる粘膜の慄きを、確認するかのように、躰を揺すった。初心な躰だった。
「……お願いです……もう抜いて……」
 どれほど行為を重ねても、汚すことのできぬ白い花に似ていた。躰中に三蔵のつけた吸い跡を残している癖に、八戒はこの期に及んで清廉だった。
 男としての矜持やら自尊心やらは粉々に打ち砕かれてしまっているものの、淫らな行為に気持ちはついていかないらしかった。
 その癖、男をとりこんだ粘膜は、そのうち嬉々としてしゃぶってくるのだ。三蔵はそのアンバランスな振る舞いの虜になっていた。
「本当に抜いて欲しいのか、コレを」
 三蔵は躰を後ろに引いた。八戒が肌を震わせる。粘膜が収縮し、甘美に震えているのが分かった。
 八戒の表情は次第に恍惚としたものになってきた。
「ああ……」
 どの仕草も、どの反応も、この間抱いたときと同じだった。どの反応も先日の宵の続きだった。
 連続性は打破されてはいない。そこに三蔵以外の男がもたらした不純物は潜んでいなかった。このしなやかな肉体は、三蔵以外の欲情を、まだ直接ぶつけられてはいない。そう確信させる反応だった。
「いやで……抜いて……抜いて」
 三蔵に抱えられた腰を震わせ、まなじりに涙を光らせて八戒が懇願する。
「嘘つきが。てめぇの躰は」
 三蔵は上体を折るようにして、八戒の耳元に唇を近づけた。腕で膝裏をかかえ、極限まで躰を開かせる。より深く繋がる体位に、八戒が息を詰めた。
「……イイって言ってるぞ。とぼけるな」
 三蔵は囁くと、深く繋がった腰を押し付けるようにして円を描いた。
「あ……ッ……」
 捏ねまわされる卑猥な動きに、八戒が尻を震わせる。足の爪先までが反って痙攣しはじめる。
「河童とは、本当にヤってねぇみたいだな」
 悟浄のことを言われて、飛びかけていた八戒の精神が引き戻される。目を見開き、三蔵を睨みつけた。
「知られたくねぇのか。確かにいつも取り澄ましているオマエがこんなだと知ったらアイツも驚くだろうがな」
 三蔵は再び囁くために躰を折って重ね、密着した。激しく穿たれるのと、奥へ突っ込まれてじっくり嬲られるのと、緩急をつけて追い上げられて八戒が喘ぐ。
 睨んだ緑の目には、生理的な涙が滲んでいる。よりいっそう瞳はきらきらと輝き、三蔵を魅了するが、そんなことに八戒は気がついていない。
 服を剥ぎ取られて縛られている癖に、感じきっている。いや、縛られているからこそ感じているのか。いずれにせよ、男の情欲をそそる淫らな姿だった。
 昼間、清潔で真面目な好青年といった様子の八戒が、蕩けるとこんなに淫らになるのを知っているのは、三蔵だけだった。
 そして、三蔵はこの秘密を誰かに分けてやるつもりは毛頭なかった。
「秘密にしてやる。だから」
 ずるり、とわざと抜けるぎりぎりまで、腰を引いた。八戒が甘い悲鳴を上げて痙攣する。絶頂が近かった。
「さんぞ……さんぞ」
「俺だけにしとけ。内緒にしてやるから俺だけにしておけ」
 次の瞬間、激しく打ち込まれた。背筋から頭蓋に電撃が走り抜け、白い闇が神経を蕩かす。
「んッ……んんッ」
 八戒の肉体から、理性が弾けて飛び、消えた。三蔵の打ち込むのにあわせて、痙攣と弛緩を間断なく繰り返し、尻を揺らめかせている。
「さん……」
 美しい黒髪が快楽の汗を含んで濡れている。引っ張られて、縛られた手首の紐がずれ、うっすらと赤くなった跡が見え隠れしている。
「ああッ……あっああッ」
 押し殺しきれない遂情の声がその唇から漏れ、八戒は前を弾けさせた。白い精液は密着していた三蔵の腹部にかかり、ねっとりと下へ滴り落ちて八戒との結合部を濡らした。
「八戒……」
 鬼畜な陵辱者の口元に、満足げな微笑みがこぼれる。例え、躰だけでも、この瞬間だけは、八戒の何もかもを支配し、征服しおおせた実感があった。
 それは三蔵に途方もない精神的な充足感をもたらせた。
 膝裏を抱え上げ、右足をより強く躰に引き付けて深く穿ち、八戒を貪る律動を早くしていった。
「う……ううッ」
 達して力が抜けたしどけない躰を、好き放題に犯されて、八戒が息も絶え絶えにうめく。
 もう、抱かれるままだった。どんな卑猥で淫らな行為もいいなりになって受け入れるしかない。縛められた手首は痛いはずだったが、もう気にもならなかった。
「……う」
「ん……あッ」
 三蔵が深く穿つと動きを止めた。腰を震わせて体液を流し込む。粘膜をおぞましい白い液体で焼かれて、八戒が苦痛とも快感とも知れぬ悩ましい声を漏らした。
 こんな八戒の淫らな姿を知っているのは、三蔵だけだった。にも関わらず、彼には奇妙な敗北感があった。視線を交わし合う悟浄と八戒には、独特の信頼関係があるように感じられた。
――――この不快感はこいつのせいだ。こいつが元凶だ。
 手を括って拘束し、肉欲の下敷きにした艶やかな肢体を、三蔵は憮然とした表情で見下ろした。
「う……」
 悟浄の人を喰ったような赤い瞳を思い出すと、焦燥感に身を焼いた。先ほど手に入れたはずの満足感が瞬く間に霧散する。
 三蔵は目の前の肉体を貪り尽くしたはずなのに、ちっとも征服し尽くしていないような、奇妙な感覚に苦しんだ。
「これで、終りだとでも思ってんじゃないだろうな」
 屠られてぐったりしている獲物に三蔵は声をかけた。八戒のまぶたは薄っすらと赤みが差し、全身が快楽の汗で濡れている。縛られた手首は擦れてすっかり赤くなっていた。
 怒りとも焦りともつかぬ三蔵の感情は、容易く情欲と結びついた。気がつけば、またきざしていた。抜かずにそのまま腰を深く差し入れ貫いた。八戒の口から苦しげな声が漏れる。

 断罪を受ける人のように八戒は陵辱を受け続けた。
 


「歪んだ薔薇 第2部(8)」に続く