歪んだ薔薇 第2部(15)

「ちょい、動かないで八戒」
「う……」
 悟浄の指が恥ずかしい場所に伸ばされてきて、八戒は身を竦ませた。
 とはいえ、もう腰は崩れて立つこともできない。仰向けになったまま、悟浄のなすがままになっている。
 赤毛の男は八戒の後ろへ指をゆっくりと差し入れた。
「っあ……」
 びくん、と躰を震わせる。強引に機械に掻き混ぜられていた場所に、暖かい血の通った指の感触が甘美過ぎて辛かった。
「ご……じょ」
 思わず鼻にかかった甘い声が漏れ、カーペットに爪を立てた。突っ込まれた指が、ぐるりと回転する感覚が粘膜に走り、電撃にでもあったかのごとく八戒は痙攣した。背を反らして身悶える。
「…………ッ! 」
 もう、声にもならない悲鳴ばかりが口をついて出た。
「はい、終り」
 悟浄はそう呟くと、指に当たったものを素早くつまみ、後孔から引きずりだした。
 遮るもののない空気中に追い出されて、醜い機械の回転音が大きくなった。そんなに大きくない、 人差し指と親指で円を描いた中に収まるほどの大きさのローターが、悟浄の手の中で卑猥に震動している。
「ったく」
 長く細く弧を描く眉をひそめながら、悟浄はその玩具を見つめた。
 八戒を責め苛んでいた部分は、柔らかなシリコンでできており、下半分は透明なプラスチックでできている。中に単三電池が入っているのが透けて見えていて、実に電気的なオモチャという印象だった。
「俺、夜バーでバイトしてんじゃん」
 悟浄は手慣れた様子で醜悪な玩具の側面にあるフタを開け、無造作に振って中の電池を吐き出させた。
 単三のアルカリ電池が二本、無粋な硬い音を立て、手のひらに落ちてくる。ようやくローターは震動するのをやめ、部屋に静寂が訪れた。
「変な客も来るんだわ」
 悟浄はローターを部屋の隅にある大きなゴミ箱へ放り投げた。それは弧を描いて見事に中へ落ちた。
「自分の愛人にこんなローター仕込んで、一緒に飲みに来るジジイとか」
 ついでに電池もいまいましげに放り投げた。これはゴミ箱のふちに当たってオレンジ色のカーペットの上へ転がった。
「しかも、そのジジイ常連客だったりしてさ。だから、見慣れてんだ、けっこうこーゆーの。ソフトSMってヤツ? 俺、好きなヤツにそーゆーひどいことできる神経っての、ぜぇーんぜんわっかんねぇんだけどさ」
 悟浄はげんなりとした様子で口を歪め、軽蔑したように眉を寄せた。
「は……」
 ようやく、暴れまわっていた玩具の震動から自由になって、八戒が深い息を吐いた。
「こっちも、すっげぇ辛そうだな」
 悟浄は八戒の性器にそっと触れた。
「あ……触らない……で」
「触らないで、どーやってほどくんだよ」
 八戒は手を自分の股間へと伸ばした、震える指で根元を締め上げている紐を外そうとする。一瞬、三蔵の言葉が脳裏に甦った。
(我慢できずに自分で抜いたら、そんときは悟浄にてめぇのイヤラシイ写真を全部プレゼントしてやる)
 とはいえ、悟浄に全身に散った陵辱の形跡を見られてしまった今となっては、三蔵の脅迫に従う義理もないだろう。
「ん……」
 びくびくと痙攣する自分の躰を心の中で叱咤し、張り詰めきって限界に近い性器を解放しようとあがく。
 しかし、震えるばかりで思うように指は動かなかった。
「俺がやるわ」
 見てられない、と悟浄が自分の手を添えた。
 骨太な指が、器用にもきつく絡みついた紐を丁寧に解いてゆく。敏感な場所はくっきりと紐の跡が赤くついてしまって痛々しい。
「ほら、とれた」
 解放されて、熱い奔流が一気に出口を求めて幹を駆け上がってくる。
「悟……」
 離れて下さい、と言おうとして八戒は間に合わなかった。
 拘束の外されたそれは、溜まっていた白い白濁液を先端から吐き出した。次々と溢れる体液が、肉棒の幹を伝い根元に滴り落ちてゆく。
「あ、ああッ」
 八戒は上体を床から浮かせ、尻を痙攣させた。濃縮された射精感に陶然となり我を忘れた。
 悟浄の目の前だということすら、瞬間、消し飛んだ。悩ましく眉根を寄せ、狂おしく喘ぐことしかできなくなる。しどけない全身が紅色に染まり、強烈な快感に酔う。
 ようやく肉体の責め苦から解放されて、深く息を吐いた。
「や……」
 気がつけば、淫らな体液は悟浄の指にもはねてかかっていた。八戒が慌ててそれを拭おうと、自分の手を伸ばす。
「悟……浄」
 しかし、悟浄は八戒の指が届く前に、濡れた自分の指を口元へ運ぶと、赤い舌を伸ばして八戒の精液を舐め取った。舌と指の間に粘性のある体液が糸を引いて橋を架ける。
「すっげぇ、キレイな顔でイクのな、オマエ」
 官能的な八戒の姿にあてられて、悟浄の目つきは段々と変わってきた。
「悟浄」
「もう我慢とかできねー。ワリィ」
 悟浄は八戒の顔を覗き込んで囁いた。翡翠色の瞳は生理的な涙できらきらと光っている。
「悟……」
 緋色の長い髪が、暗い室内でも絹糸みたいな艶を放ち、その肩越しに白いパネル張りの天井が見える。赤い瞳は、ひどく真剣で、そらすこともできなかった。
 悟浄、と呼ぼうとして、八戒は息を詰まらせた。
 赤毛の男が、自分のそれで八戒の唇を塞いだ。
 甘美な疼きが走り抜け、全身の力が抜けそうになった。
「八戒が汚れてる? 」
 悟浄は何度も八戒の頬にキスの雨を降らせた。
「だから俺が汚れるって? バカ言うなよ」
 真夏に咲き誇るひまわりに似た微笑が、その顔にひろがった。
「キレイ。オマエってば思ってた通りすっげぇキレイ。ここも、ここも」
 緊張で強張ってる八戒の躰を、悟浄がきつく抱き締める。
 三蔵の陵辱の跡が残る肌に、優しく唇を落としていった。しなやかな首筋、鎖骨へ丁寧に舌を這わせる。
「そんでも、汚れてるってんなら」
 ちゅっちゅっ、と口で肌を立て続けに吸う水音が立った。誰もいない部室にひそやかに響く。
「俺が消毒してやる」
「悟……」
 悟浄の唇は下肢にまで這ってきた。しなやかな長い脚をとらえ、その膝頭に軽く挨拶のようにくちづける。
 八戒の全身に悟浄は舌を這わせようとしていた。文字通り、自分の唾液で消毒を施すつもりなのだろう。
「悟浄ッ……悟……あッ」
 愛撫に肌を震わせる八戒の姿は、目の毒というより他はなかった。散々、ローターでもてあそばれた蕾はほころび、悟浄を待ちわびているかのようにひくひくとひくついている。
 羞恥心は捨てきれない様子だったが、流し見る瞳は危険な欲情を湛えて潤み、赤毛の男を無意識に誘惑している。
 さらさらとこぼれる黒髪も、清潔なくせに艶めかしくて、悟浄の情欲をかきたてていた。全身に鬱血の跡をつけているというのに、おずおずと伸ばされる腕は初々しい。
 悟浄が触れる度に、しなやかな肌にかすかな緊張のおののきが走る。そんな様子も男を煽ってやまない。
「あぅッ……あぅ……」
 悟浄が艶めかしく痙攣する蕾へゆっくりと指を埋めた。優しく円を描くようにして掻き混ぜる。
「あっ……あ」
「トロトロ。すっげぇやわらかい」
「ん……」
 悟浄の指が、敏感な場所を突付く度に、八戒は仰け反って躰をくねらせた。赤い瞳はその凄艶な姿をじっと見つめている。
「あ……や」
 びくり、と八戒が背を震わせた。
「ん! あ」
「ここ? 」
「ひッ……ッ」
 悟浄の腕から逃れようと身をひねり、顔を背けて八戒がよがる。反らせた首筋の線がしなやかで目を引いた。
「よし……て……ごじょ! 」
 八戒は喘ぎ喘ぎ、懇願する。
「やっぱ、ここなんだ」
「う……! 」
 陸に打ち揚げられた美しい若い魚のように、八戒が痙攣する。それを悟浄はやすやすと抑えこんだ。
「だぁめ。逃がさない」
「ご……」
 強すぎる快感に、ぱくぱくと八戒は口を開けた。油断すると甘い悲鳴しかでてこなくなってしまう。
「そこ……ダメで……ごじょ」
 がくがくと腰まで震えながら八戒が縋りつく。それなのに、悟浄の応えは意地悪だった。
「ダメ? ココがイイんでしょーが」
「う……」
 首を振る八戒の顔を悟浄が覗き込む。
「だって……ココ、触ると八戒のコレ」
 一度、放出して柔らかくなったものの、すっかり苛められて再び張り詰めてしまった屹立を、悟浄はゆったりとした動きで扱き上げた。
「ああッ」
「……八戒のコレ、後ろのイイトコ触ると、一緒にひくんひくん動くんだモン。すっげぇやらしー。……ココ、気持ちイイんだろ」
 後ろの粘膜の壁を指で優しく擦りながら耳元で囁いた。透明な先走りと、先ほど放出した精液の残渣が混じり合った体液を、八戒のペニスは涙のようにこぼしている。
 悟浄に嬲られると、硬く張り詰めた性器は、確かに連動してぴくぴくと震えた。
「あ……」
 快楽に敏感な場所を見つけ、悟浄がそこを集中して攻め立てる。他に寄り道をせずに、八戒の神経がおかしくなってしまうくらい、何度も何度も執拗に愛撫した。
 おかげで八戒は、すっかり理性も何も失っていた。悟浄の躰の下で甘く鳴く淫らな肉塊と化している。
「ごじょッ……ごじょ……ああ」
「八戒」
 八戒はうわ言のように赤毛の男の名を呼びながら身悶え、手を伸ばして相手の肩を自分へ引き寄せようとした。その目はすっかり潤んでいた。
「うん。俺もいい加減限界だわ」
 悩ましい八戒の仕草やら、表情やらに、すっかり悟浄はあてられて、とても、いつもみたいな余裕は保てなかった。
「八戒」
 八戒の腰を抱えなおすと、かまえる隙も与えず自分をあてがう。
「……ッあ! 」
 貫かれる衝撃が、八戒の躰に走った。肉が割られ、指とは比較にならない太いモノをぎっちりと咥え込まされる。
「……っ」
 突き入れられると、ローターでとろとろに蕩けてしまっている癖に、そこは悟浄にきつく絡み付いてきた。
 吸い付くような淫らな感触だった。柔らかいのにきついという、相反する感覚が悟浄の怒張を包み込む。
「イイ……八戒」
「あ……」
 ずる、と悟浄が腰を引くたびに、八戒のまぶたの裏に白い火花が散った。……気を失うんじゃないかと思うくらい気持ちがよかった。きゅうきゅうと悟浄を締め付けてしまう。
「ごじょ……ご……」
「ッ……」
 甘美過ぎる感覚に、悟浄は我を忘れた。タガも何も弾けとんだ。ただただ八戒のことが欲しかった。ひたすら、直線的に腰を振って、八戒を攻めたててしまう。
「ダメだ。オマエ、えっちすぎ。……一回、イカせて」
「ああッ」
 ひたすら、若い獣の動きで尻を振りたて、八戒を穿った。
「う……ダメ……ごじょ……」
 細かい痙攣が、八戒の肌の上をさざなみのように通りすぎる。強烈な悦楽の連続に、神経は緊張と弛緩を繰り返して悲鳴を上げている。そんな敏感な躰を、悟浄は容赦なく貫いた。
「八戒……八戒……」
「あ……ああッ!あッあッ」
 ダメだと言ったのに、繰り返し弱いところを突かれてしまって、八戒は再び快楽の徴を弾けさせてしまった。白く淫らな体液が、悟浄と繋がっている秘所へと滴り落ちる。
 もう、下生えの毛をぐりぐりと擦るほどに、突っ込まれ、奥の奥まで悟浄の好き勝手にされていて意識を保てない。
「んぅ……ひっ……あああッ」
 脳まで痺れさせる甘い音律をもった声が整った唇から漏れた。
 達して、全身の力が抜けてしまった躰を、悟浄はかまわず穿った。粘膜を捏ねるようにされて、八戒は足の爪の先まで反らせた。ぶるぶると震えている。
 悟浄の腰の動きは、段々と加速度的に速くなってゆき、最後には叩きつけるような激しい動きになった。
「……八戒! 」
「く……ッ」
 受け入れている粘膜に、熱い飛沫の感触が走り、腰奥を焼いた。なんともいえない淫らな感覚に、殺しきれない甘い悲鳴を八戒が唇から漏らした。
「八戒……八戒……」
 繋がったまま、悟浄は八戒の躰を抱き締めた。ひとつになれた満足感があった。三蔵につけられたくちづけの跡は、悟浄がより濃い鬱血を散らして重ねて消した。
「悟……浄」
 八戒は腕を伸ばした。自分を抱き締めている大切な相手の頬へ手を添える。ふたりはどちらともなく、くちづけを交わした。
 最初はそっと、触れ合うだけの優しいキスがたちまち激しいものに変わるのに時間はいらなかった。
 下も上も繋がったまま、ずいぶん長い間、ふたりはカーペットの上でお互いをまさぐりあった。
 


「歪んだ薔薇 第2部(16)」に続く