依存症(7)

 夜。闇が降るようにして帳を下ろす。ねぐらに帰る鳥の群れの羽ばたきが遠くから聞こえ、夜行性の獣の鳴く声がひそかに響く。夜の湿度の高い匂いに城は包まれていた。
「手をケガしてますからお風呂に入るのは少し考えものですよね。今日のところは拭いて我慢しましょうか」
 一色が笑顔で言い終わらぬうちに、ぼうっとした背後の暗闇から腕が伸びてきた。召使だ。金だらいに、あたたかい湯を汲んで掲げている。
「我がふいてさっぱりとしてさしあげましょう。悟能」
 白い布巾を金だらいにいれて絞ると、一色は、悟能の寝間着に手を触れた。する、とその肩から着物を落とす。白い肌へあたたかい濡れた布巾をあてた。
「ん……」
「だいじょうぶですよ。悟能、気持ちいいですよ」
 丁寧に一色は悟能の身体を清めた。少年は目を細めて気持ちのよさそうな表情をしている。
「ふふ、まるで赤ちゃんみたいですねぇ。悟能は」
 一色は口元をゆるめて言った。確かに赤ちゃんの頃からやりなおしをしているような毎日だった。お尻のあたりをふかれるときは悟能の身体に緊張が走った。しかし一色はいつものように悟能の肌に戯れることもせず、真面目な表情で悟能を拭うことに集中していた。
「さ、キレイになりましたよ。さっぱりしましたか? 」
 優しく悟能の頭を撫でた。指の下で艶のある黒髪がさらさらと鳴った。
「悟能? 」
 深い湖水の底に似た瞳がじっと一色へとむけられた。青みを帯びた美しい目。若様は思わず、照れたように視線を逸らした。
「な、なんですか」
 悟能は、一色の頬へ唇を寄せた。そして、
「…………! 」
 かわいらしいキスの雨を降らせた。
「い、いけません悟能」
「一色さんは僕がきらい? 」
「逆ですよ……逆」
 一色は悟能の手をとると、自分の熱い怒張へ導いた。
「……こんなになっちゃってます。ダメです。これ以上、触れたら我は貴方を」
 一色は顔を赤らめて悟能を抱きしめた。なんとか欲望を我慢しようと必死だった。それなのに、
「……っ」
 可憐な舌を伸ばして悟能の方からキスしてきた。
「悪い子ですね。我を誘惑して。覚悟なさい」
 娼婦の母親のように男を誘う。それも自傷行為のひとつかもしれない。一色は頭の片隅でそう思ったが淫乱なくせに清楚なこの少年の誘惑にとても勝てなかった。

 一色は悟能の顔から、そっと黒縁のメガネを外した。
 


 悩ましい衣擦れの音が立つ。悟能の絹地の服をひとつひとつ剥ぎ取ってベッドの下へ落とした。艶のある布が、鈍い光の下で夢のような光沢を見せている。
「っあ……」
 甘い声が漏れるのを清一色は陶然とした面持ちで聞いた。天上の楽の音のようだ。
「悟能、愛してます」
 ささやかれる度に悟能は一色にしがみついた。小さな手を指を若様の背へまわしてその夜着を必死でつかむ。
 裸にされてしなやかな首筋を舐めあげられた。一色の舌は、通常の人間のものとは違う。やたら長い妖怪の舌だ。それが這いまわった。たまらない。悟能は細い悦楽の声をあげた。
「ああ、あっ」
 腰が自然に揺れてしまう。身体の芯が熱かった。はじめて抱いたときは、まだこどもこどもして丸みを帯びた身体だったが、最近はずいぶんすんなりしてきた。美童、というよりも美少年という様子だ。
「悟能」
 そのまま外気に触れてとがってしまった乳首を舐めた。悩ましい声が少年の唇から漏れる。かまわず一色はそのしこって固くなってきたそれを、舌で弾くように舐めた。
「ああ、ああっああっあっ」
 腰を、身体を、尻をくねらせて、悟能が身悶える。ますます一色の背へ腕をまわしてしがみついた。その悩ましく反らせて曲線をつくる背中へおとなの男の手が這った。指で性感帯をさぐるように愛撫している。
「あっ……くぅっ」
 思わず悟能の目に涙が浮いた。生理的な涙だ。瞳が潤んでいる。
「悟能、悟能」
 そのまま一色は胸を吸っていた唇を、下へ下へと這い下ろした。ちろちろと赤い舌先が見えかくれしている。
「あぅっ……ああっ」
 悟能は無意識に一色の髪を指にからめるようにして、その頭をおさえようとした。恥ずかしいところまで舌を這わされている感触があった。生温かい舌が下腹部を這い、そして、
「あっあっあっあっ」
 せっぱつまった声が立て続けに出た。一色は少年の性器を長い舌で絡めとって舐め愛していた。
「いやぁいやっ……許して」
 喘ぎ声はいつの間にか必死な許しを求める声になっていた。つん、と一色の舌先が可憐な鈴にも似た尿道口を這うと、悟能のそれは許しというよりも絶叫に近くなった。
「ああっああっダメ、おねがい。無理、むりで」
 悲鳴だった。敏感な身体だ。がくがくと震えている。男の愛撫を、一色の愛撫をこんなにここまで執拗に受けたことはなかった。ちろ、と一色は、その鈴口をこじあけるようにして、内側にまで舌を伸ばしてなめすすっていた。いつもは、敏感すぎるその性感帯はそっと上辺を舐めて許してあげていた。
「あっ……一色……さ」
 しなやかな少年の身体が仰け反った。ピンク色に上気していてなまめかしい。ガチガチに硬くなったそれを愛おしそうに一色は愛した。少し余っていた皮も、ぴん、と張った。張り詰めた。その裏筋へ舌を伸ばして、舌先で舐めまわし口へ含んでしごいた。
「っつあっあっあっあっ」
 あまりにも直接的な愛撫に、悟能は顔をひきつらせ身体を硬直させて、痙攣しだした。もう脳がとろけて、何も考えられなかった。白い砂糖のごとき性の甘い感触が悟能の性感帯という性感帯を麻痺させ、神経を震わせる。
「あ! ダメ! 出る。汚い。ダメっ、い……そさん」
 悲鳴のような声だった。目の焦点があっていない。もう正気も残っていないのかもしれない。
「でちゃうだめ、漏れちゃ、ああっあっ放してえっ」
 悟能は大人の男の身体に敷きこまれ、腕を押さえつけられ、身体を大また開きで開かされて涙ぐんだ。この上もなく硬くなった性器に何か熱いものがこみあげてくる。きっと、粗相をしてしまったに違いないと思った。あまりにも一色の与えてくる愛撫が容赦なくて、恥ずかしいことに漏らしてしまったのだとこの可憐な少年は涙ぐんだ。
「いやああっ。いやっいやですっいやああ」
 身体をふるわせていやがった。排泄の感触があった。よりによって大好きなひとの口中へ、おぞましい自分の小水を垂れ流してしまうなんて、この世の終わりだと思った。それなのに、情人である一色は口を離そうとしない。
「ああっ」
 絶望的な感触が腰の奥を熱くしてくる。もうダメだと思った。もう我慢できない。一色に強引に開かされた両脚が痙攣した。震えている。そのまま腰を突き出すようにして、身体の奥から湧き上がる体液を放った。
「う……っく……くっ……くっ」
 うめき声に近くなった。思わず声を押し殺し身も世もなく喘ぎそうになった。恥ずかしかったが、排泄の感触とはずいぶんと違った。出すだけで棹を焼くような快感があった。腰奥が性感で甘くとろけ、背筋がぞくぞくと快楽で麻痺し、震える。
「ああんっ……あんっ……あっ」
 もう女なのか男なのかも分からぬ媚態を含んだ仕草で悦がった。拍動と同じ調子でそれは、何度も性器の先から噴出した。悟能は脳が痺れて、もう何も考えられなくなった。
「はぁっ、はぁっはぁ」
 もう出し切って、何も残っていない。棹の中にも何も残っていない、そんな感触があったが、悟能の性器の先端を一色が、ちゅっ、と吸った。
「ひっ……」
 そのあたりを転げまわりたいほどの性的な甘い圧倒的な感覚に、のたうちまわった。もう身体が蕩けて変だった。
「悟能」
 一色が口元を拭った。白い液体が、その唇にこびりついている。栗の花粉のような白い百合のような、ツンとした匂いが立ちこめる。
「きたな……一色……さん」
 たどたどしい口調で、悟能が喘ぐ。もう何も考えられない。無意識に言葉を口にしている。
「悟能、汚くなんてありませんよ」
 一色が悟能を抱きしめた。この可憐な少年のことが愛おしくてならなかった。
「悟能、貴方おとなになっていたんですね」
「え……」
 悟能がぼんやりとした視線を一色へ投げる。はじめての感覚に、消耗していた。
「ホラ、我も出すでしょう。一緒です」
「イ……ソー……さん」
 悟能は顔を赤くした。よくその液体にはなじみがあった。毎晩のように身体をいたずらされ、下肢にべたべたした一色の白濁液をかけられていたのだ。
「精液ですよ……悟能、精通があったんですね」
 一色はかわいくてならない、とでもいうかのように、悟能を抱きしめた。
「いつの間に。ひょっとしてこれが初めてですか。精液が出たの」
 一色がささやくのに真っ赤になりながらも、悟能はうなずいた。恥ずかしかった。確かに、おしっこを出すのとはまったく違う感触だった。甘い奥底から疼くような感触で、焼けるような性感が性器に走って蕩けそうだった。
 はじめて精液が出たと聞いて、一色がうれしそうに目を細めた。
「貴方のはじめてに立ち会えて、しあわせですよ。悟能」
 一色が悟能の黒髪を撫でて愛撫する。その端正な顔立ちが近すぎて、悟能は恥ずかしくて消え入りたくなった。この高貴な整った唇が自分の恥ずかしいところを舐め、しゃぶり、あげくの果てには精液を飲んだのだ。
「一色……さん」
 刺激が強すぎた。悟能は一色の腕の中で、崩れ落ちた。
「今度そのかわいい後ろでも我を受け入れて……抱かせてください。貴方のアソコに我を挿れたい。そろそろ……いいですよね」
 一色がささやく淫らな言葉を受け入れることもできず、惑乱する肌の感触に戸惑ったまま悟能は身体を震わせていた。
「いっぱい抱きたい……いっぱい……悟能、我の悟能……」
 甘いささやきは明け方近くまで続いた。


 そのまま甘い月日は過ぎ去った。

「我がいないと貴方はダメになってしまう。だいじょうぶ守ります。貴方をこの世のすべてから」
 辛い過去や記憶からすらも悟能を守る。
 そう言って魔王の息子は悟能を抱きしめた。もうかたときも心配でひとりにしておけない。
「一色さんがいてくれないと……僕、ダメになっちゃう」
 そう言って悟能は一色の胸に顔をうずめた。そっと、その頭の後ろを、清一色は手で撫でた。無心にしがみついてくる、悟能のことがひたすら愛おしくてたまらなかった。


 悟能は夜の若様相手の秘め事の際に、後ろに必ず指を模した道具を挿れられるようになった。最初1本だけだったそれは回を重ねるにつれ増やされ、悟能は最後には甘く蕩けるような媚態を示して悦楽の声を放った。
 
 ある日、悟能は一色の手元をのぞきこんだ。
「あれ、一色さん。爪なんて切ってるんですか? 」
 妖怪の一色の爪は長くて鋭い。それを最近はこまめに短く切りそろえることが多くなっていた。
「そんなに短く切るんですか? 」
 悟能は我しらず残念そうな声をだした。一色の爪は優美に長く、いかにも妖魔の若君といったふうだったのだ。恐ろしげだが美しさがあって、この品のいい若君に実によく似合っていた。それを惜しげもなくハサミの形をした爪きりで短く切っていた。
「すぐ伸びてしまうんですよ」
 糸目をいっそう細めて、若君は困ったように首を傾げた。
「それに……こうしないと貴方を傷つけてしまうじゃないですか」
「!」
 悟能は思わず赤くなった。気がつけば淫らごとを言われていた。
「最近、道具より我の指の方がいいなんて言ってくれるようになりましたし」
 爪を切り終わった一色が、悟能の額に自分の額を寄せる。
「我も気を使ってるんですよ。これでも」
「一色……」
 唇を重ね合わせられ、返事ができなくなった。ふたりで何度も何度も繰りかえしキスをした。
「愛してます。悟能」

 性交奴隷に似た日々だった。昼間はちゃんと勉強をした。でも、夜は……。いっしょにおふろ、いっしょにねんね。そんな幼い頃からのお決まりの習慣は段々と変質してきた。
 いっしょにお風呂に入る場合は身体に石鹸の泡をつけて、一色へ擦りつけるようにして甘えた。そうすると、清一色が喜ぶのが分かっていたからだった。石鹸やソープのぬめりを借りて、後ろの孔を弄りまわされた。陵辱される日々だった。
 まだ、少年の幼い前立腺を指で探られ、穿たれ、悟能は仰け反った。目の前が白くなって痙攣するしかなくなる。お風呂で散々いたずらされて、寝室にいけばそのまま食まれるように全身を愛された。素股でオスの欲望を受け止めさせられたり、口で奉仕をしたりもした。

 段々と悟能に加えられる淫虐は、とどまるところがなくなった。もう精通を迎えて身体はおとなの入り口に立ったことが大きかった。他の少年と異なるのは、おとなの入り口をちょっとのぞいただけだというのに、性の奈落へ突き落とす水先案内人がべったりと終始はりついていたことだろう。
 しかも悟能はそんな一色に身も心も依存しきっていた。このツリ目の若様がねだればなんでも、心も身体もなにもかも渡してしまっていた。

 それなのに最後の埒まであけていないのは、ひとえに若様が悟能が大切だったからに他ならない。

 最初から痛くないように、入念な準備を毎夜のように施されていた。無理やり散らすより最初から快感が強くて、男が欲しくてしょうがなくなる性奴隷のような状況へ、清一色は知ってか知らずか悟能を追いこもうとしていた。
「あっあっもう……もう出ちゃう」
「いいんですよ。貴方はいっぱいイッていいんです」
 悟能は男の身体の下で毎晩のように喘いでは、淫らに堕されていく肉体を震わせた。
「コレをそのうち貴方に挿れてもいいですか」
 凶暴な怒張が目に入り悟能は身体を震わせた。
「……こわい」
「ああ、わかりました。無理強いはしません我のかわいい悟能。……悟能」
 王子様は身体中にキスの雨を降らせた。







 「依存症(8)」に続く