ピンク色の雲(5)


「く……ふっ」
 すぐ、熱くなる肌だった。昨日も三蔵の腕の中で蕩けた身体は、今日もなまめかしかった。キスひとつで、腰が崩れそうになっている。
 それなのに、悟浄と同じ部屋になりたいという。
 冗談ではなかった。三蔵は舌打ちした。
 こんなに、なまめかしい八戒を放っておくほど、あの男が鈍感でおひとよしとはとても思えない。いや性に慣れたあの男のことだ、巧妙に八戒を説き伏せてこのしどけない身体を抱くことだろう。
 そして、八戒は悟浄の下で喘ぐのだ、悟浄のモノを尻にくわえさせられて、犯されて、抜き挿しされて、あげく淫らな孔にあの男の精液をたっぷりとそそがれる。
「ご……じょ」
 甘いよがり声さえもが聞こえてきそうだ。
 絶対に嫌だ。絶対に嫌だった。

「冗談じゃねぇ」
 
 三蔵の性急な手で、履いていた灰色のズボンを脱がされ、八戒が息をつめる。
「あ……」
 白いシャツははだけられて、ほとんど裸だ。
「いや! いやです三蔵ッ」
 両脚を大きく開くことを求められて、八戒が眉をしかめて拒絶する。恥ずかしい格好にされようとしていた。
「お前がいやでも俺はヤりてぇんだ。黙ってろ」
 ぬる、と三蔵の舌が首筋を這ってきて、八戒がのけぞった。
「…………ッ」
 首筋をなめられるだけで、めちゃくちゃに感じてしまっていた。陰鬱な天気のもたらす魔法か。どこか狂ったこの黒髪の男は、たやすく理性を無くして三蔵にすがりつく。
「さん……ぞ」
 白い僧衣のすそを、八戒が握りしめる。ゆるんで、すでに、大きくはだけている白い僧衣の下は、身体にぴったりとした黒のタートルネックだ。すがるようにつかんでいるだけなのに、いつの間にか、八戒のしぐさは、三蔵が服を脱ぐことを求めているような動きになっていた。八戒が望むがままに僧衣を脱ぎ、身に着けた黒い服を脱ごうとする。肩の魔天経文が床に落ちた。
「あ……」
 そのまま、優しく身体の下に敷きこんだ。上背ばかりある痩躯が、肌が震えている。
「さん……ぞ」
 八戒の浮かべているのは、紛れもなく喜悦の表情だ。好きな男に抱かれて嬉しいときの顔だ。
「八戒」
 それなのに、三蔵をかたくなに拒もうとする。
「う……」
 八戒が悩ましげに眉を寄せた。外のことを考える余裕などなくなっていたが、気がつけば嵐はいっそうひどくなっていた。木のこずえが風でちぎれそうなほどだ。窓ガラスの面に、雨がたたきつけられ、ひどい音がする。
「あ……あ」
 そんな暴風雨の音は苦手なのだろう。八戒が唇を噛みしめ、身を震わせた。白い痩躯が儚げに見える。腹部のケロイドの傷跡が痛ましい。頭痛でもするのか、頭を片手で押さえている。右側だ。義眼のはまっている方の頭や顔を手で覆っている。
「大丈夫だ」
 八戒を優しく、三蔵は抱きしめた。
「大丈夫だ俺が」
 忘れさせてやる。そのまま三蔵は身体を沈めた。早くこのなまめかしい男から理性や辛い過去の記憶を奪わねばならなかった。誰に教えられたわけでもないのに、三蔵はそう思いこんでいた。
「ひっ……」
 三蔵の手が、ひくひくと震える屹立をつかんだ。そのまま上下にしごかれて、八戒は悶絶した。
「あ、ああっさんぞ」
 上体をのけぞらせて、三蔵の指の感触に耐える。くぷ、と先端のつるつるした亀頭に、白い精液がにじんで、ぷつりと玉になっている。
「八戒」
 身体の下に敷きこんだ、肉体が愛おしい。しごきながら、胸の尖りにも唇を寄せた。ねぶるようにして舌を這わせる。
「あ、あああ」
 淫らな口吸いの音が立った。熱い肌に震えが走る。
「さん……」
 そのとき、部屋のドアノブが回った。ガチン、と金属の音がする。思わず三蔵はベッドの背後にあるドアを振りかえった。
「あっれー 開かねぇよ」
 悟空の声だ。
「マジで? チッ、鍵がかかってやがる」
 軽薄にみせて心配と焦燥がにじんだ声。悟浄だ。
「あ……」
 悟浄の声が聞こえると、八戒の肌がびくん、と震えた。切なげな表情になる。
「んっ……くうっ」
 三蔵の手の動きが激しくなった。親指と人差し指で八戒の雁首をひっかけるように、手首のスナップをきかせてしごきあげている。思わず、腰が浮いてしまう。
「ああっあっ」
 肉の薄い、こづくりな尻が一瞬、浮いて、ひくっと痙攣した。感じやすい淫らな身体だ。ドアの外には悟浄がいて、聞かれてしまうかもしれないのに、三蔵は八戒を追いつめる手を止めない。
「あっ……あっ……ああっ」
 喘ぐことを止められず、思わず自分の手を噛もうとして失敗する。三蔵に手首を押さえつけられたのだ。
「ご……じょ、ごじょ」
 甘い声ですがるように親友の名前をつぶやいている。助けを求めているようにも聞こえた。
「しょうがねぇ、そっちの部屋で寝るか悟空」
 紅い髪の男の声がかすかにした。八戒はどうだか分からないが、確かに三蔵は聞きとった。
「おう」
 悟空の声は高いので、八戒にも聞こえたことだろう。
しばらくの間の後、隣の部屋のドアが開くきしんだ音が聞こえてきた。音が筒ぬけだ。安普請だった。バランスが取れていない宿だ。一見、ちょっと洒落て見えるが、かんじんの建物は安く作ってある。
「う……ううっ」
 手元につかんでいた白いシーツを口にくわえている。その白い歯列で噛みしめ、声を殺そうとしている。そんな、八戒を三蔵は許さない。この好青年のふりをした男は、自分との情事を、悟浄に聞かせたくないのだ。悟浄に知られたくないのだ。何故なのか。三蔵の心は騒いだ。いらいらとした。
「なんだ、それは。邪魔だ」
 凄艶な表情で白布をくわえている八戒から、布を取りさろうとする。八戒が後生だというように眉を寄せた。
「ああっああ! あっ」
 三蔵が仕上げだとばかりに、こすりあげるのを激しくすると、八戒の屹立は、ひとたまりもなく弾けた。淫らな白い体液がしたたる。それは三蔵の身体にもかかってはねた。その秀麗な顔にも飛沫はかかった。情欲にとらわれているその顔に、まるで淫猥な飾りのようにその白い液体は頬についた。紫色の視線はまっすぐに八戒の痴態へ向けられている。
「あっ……あっあっ」
 思わず、腰が浮いた。三蔵が顔を下肢へ埋めてきたのだ。
「やめ……っ……」
 びくん、と身体がはねる。達したばかりの屹立にも舌が這う。残液が先端にぷつ、と浮いた。絞られるような動きだ。そのまま、袋のところを愛され、もっと下にも三蔵の舌の感触が走る。
「いや……で……す」
 思わず、八戒の手が伸びる。恥ずかしい。黒髪をゆらし、整った顔を羞恥に染めて、両の手を三蔵の頭へ伸ばした。
「あうっあうっあっ」
 ぺろ、と三蔵の舌が下肢を這いまわると、髪をつかもうとした手から、力が抜けた。いたずらに金色の髪を指でかきまわすような動きになってしまう。
「あっあっ」
 大きく開かされた脚がひどく恥ずかしくて、思わず閉じようとすると三蔵の強い手で阻まれた。もっと開くように求められる。
「いや……だ」
 ひどく淫猥な音が下肢から立っている。三蔵が舌で愛撫する音だ。孔に舌が這い、八戒は悶絶した。あげる吐息が甘く立ちこめる。はぁはぁと喘いでもう閉じられない唇のはしから、よだれが喉へと伝う。感じきっている。眉をしかめ甘い苦悶の表情を浮かべているのが凄艶だ。
「はぁっああっあっ」
 ずる、三蔵にすすられるようにされて、腿のつけ根に口吸いの跡もたくさんつけられる。
「あっあっ」
 孔から近いところにわざと唇を入念に這わせると、八戒の孔が恥知らずに痙攣し、尻が浮いた。
「さんっ……さんっ」
 淫らな身体が、心を裏切っている。自分を犯す男に媚びてしまうのを止められない。思わず、その手で三蔵にすがりつくように首へ腕を回した。長い脚を背へからめ、次の行為をねだるような蠢きを尻がするのを止められない。
「さんぞ……さんぞ」
 いやらしい腰がうごめいた。自分から三蔵の怒張へすりつけるような動きだ。三蔵をかき抱くようにまわされた両腕は、三蔵の金色の髪を指にからめて、必死だ。震えていて力がはいらない。
「あっ」
 三蔵に口づけと挿入をねだるようなしぐさだった。メスそのものの動きだ。激しい雨音は安普請な宿の屋根をたたき続けている。当分、止みそうもない。
 あおむけにさせた八戒の身体を抱え、大きく開かせた長い脚をより開かせて腰を突きだすようにさせた。そしてそのまま、
「うぐぅっ」
 思い切り生臭い声が出た。三蔵に貫かれたのだ。
「ああっ……ああっああぅ」
 黒髪が打ちふられる。目にかかるくらいの長めの前髪が白い額の上でゆれている。三蔵が腰を進めると、八戒が唇を噛みしめた。
「すげぇ」
 三蔵がささやく。
「蕩けてやがる」
 白皙の美貌を歪めて三蔵が腰をふった。思わず、後ろの孔が痙攣して三蔵に絡みついてしまう。いやらしい。
「ああっああっ」
 もう忘我のときが近い。そのとき。
「なぁ、悟浄。もう明かり消してもいい? 」
 突然、悟空の声が聞こえてきた。けっこう、はっきりと隣の声が聞こえてくる。
「……ああ」
 一拍おいて渋い低い声が応えた。色気のある男の声。
「ご……じょ」
 思わず、八戒は唇をかんだ。そうだった。隣の部屋には悟空と悟浄がいるのだ。もう寝る相談をしているのだ。悟空が今夜は騒いだりしていないので、一瞬、行為の激しさに隣に仲間がいるのを忘れていた。
「隣の声がよく聞こえるな」
 三蔵が耳元にささやいてきた。
「こんなに隣のサルと河童の声が聞こえるってことは」
 クックックッと嗜虐的なひとの悪い笑みをその秀麗な面に浮かべる。
「こっちの声も筒ぬけだろうな」
 いまさら、なことを最高僧はつぶやいた。確信犯のくせに、百も承知で八戒を抱いているくせに、ダメ押しにちがいない。
「お前の……いままでのヤらしい声も全部……聞こえてたんだろうな」
 耳元にささやかれて、八戒が顔色を変える。身体が熱くなった。羞恥で煮えるような心地がした。
「いや……で」
 耳をふさごうと伸ばした手をつかまれる。三蔵の汗が、八戒のケロイド状の傷のある腹部にしたたって落ちた。情交はやたらと長かった。焦らされている。
「こんな、ふとももまで震わせて俺のをうまそうにくわえてんのに……いやなのか、嘘いってんじゃねぇ」
 その声はささやきではなかった。これでは隣の悟浄や悟空にも聞こえているだろう。
「やめてくださ……」
 悲痛な声だった。身体は甘い反応を三蔵にひたすら返しているが、心がずたずたに引き裂かれてしまっていた。
「あうっ」
 八戒の感じるところを、三蔵が亀頭で舐めまわすように穿った。
「あっあっあっ」
 自分からも腰を浮かせて、三蔵の抽送にあわせるように尻を上下にふった。いいところに当たったのだろう、顔がとたんに蕩けて、思わず痙攣している。
「うぐっ……っ」
 三蔵を思わずぐちゃぐちゃに締め付けてしまう。ナカが卑猥に蠢いて三蔵をしゃぶったままのたうつ。
「……すげぇ、俺のくわえてうまそうじゃねぇか」
 嗜虐的な声だった。そのまま挿入した怒張を軸にして、こね回すような動きで犯される。
「ああっああっ」
 もう、八戒に理性はかけらほどしか残っていない。それほど三蔵の行為は容赦がなかった。
「隣に向かって言ってやれ、俺に抱かれて気持ちいいってな」
 その白皙に浮かぶ冷酷なまでの冷たい表情に、八戒は熱く蕩けた身体とは対照的に心が一瞬、痛んだ。
「俺にヤられて、感じてしょうがないって言ってやれ。聞こえるようにな」
 三蔵が誰に聞かせたいのかは、明らかだった。嫉妬だ。
「てめぇはメス犬以下だ……いやらしいヤツだ」
「さん……ぞ」
 片脚を抱えられた。そのまま、両脚を揃えて左側に身体をむけられて。
「あうっ」
 ちゅぽん。卑猥な音を立てて、三蔵のが外れた。
「あっ……やっ……やっ」
 がくがくと抜かれた身体が震える。聞き分けのない腰が尻が抜かれた男根を求めてくねる。いやらしい身体だ。
「このまま抜いたままでいいのか」
 三蔵が八戒の力の抜けた身体をうつぶせにして腰を抱えた。ぴたり、と抜けた怒張を八戒の尻のはざまへおしつける。先走りの液で濡れて光りいやらしい。
「さんっ……」
 身体がわなないた。突然、下肢から埋められていた太くて硬い肉塊を奪われて、喪失の感覚に身体が飢えたように震えている。
「言え。俺のが欲しいって、でけぇ声で言ってみろ」
「さんっ……」
 熱い吐息まじりの声で、八戒は喘いだ。耐えられなかった。もう少しで達するところだったのだ。三蔵の挿入にあわせるように、前の屹立もまた勃ちあがって脚の狭間で震えているのだ。
「ああ……」
 ぴたぴた、と尻を三蔵の怒張でたたかれる。思わず、その目元を朱で染めた。目をつぶる。恥ずかしくて耐えられない。しかし、身体は三蔵が欲しかった。飢えていた。
「さんぞ、さんぞ」
 舌が震えた。どうしようもなかった。性交というよりも、これでは拷問だ。
「ああ……」
 うつぶせになった八戒のきれいな白い背が震えている。生殺しにされていて、性的な神経の集中する腰奥がじりじりとあぶられるようだった。ごくっと喉が鳴った。
「さんぞ……して」
 甘い吐息まじりのおねだりが、つぶやかれる。
「して……してして……さんぞ」
「そんな言い方でしてもらえるとでも思ってんのか」
 嗜虐的な笑みが鬼畜坊主の口元に浮かんだ。
「挿れて欲しいって言え」
 高貴な金色の髪をゆらしながら、最高僧が求めるのは卑猥で下劣な言葉だった。八戒はもういちど目を閉じて、つばをのみこんだ。ひじでベッドの上で自分の身体を支えるようにしている。必死だった。
「挿れて……」
 思わず、首をひねって後ろの陵辱者を振りかえった。こんな下劣なことを求めていても、三蔵の美しさは変わらなかった。この世のものではないような天上の美貌。そんな容姿の男が、八戒に卑猥な言葉を言わせようとしている。
「どこに、何をだ。あいまいなこと言ってんじゃねぇ」
 三蔵はつれなかった。段々、気がなくなってきたのかマルボロを探すそぶりさえしている。ベッドの下に落とした僧衣が気になるのだろう、そちらへ紫の視線を走らせている。
 本当に、三蔵は抱くのをやめるかもしれない。八戒の身体の芯に火をつけたまま、消す気もなく放置する気なのだ。
「さん……! 」
 ぎりっと八戒は奥歯をかんだ。三蔵の怒張が孔の入り口をつついたからだった。挑発しているようだ。つるつるした三蔵の亀頭で、小さく口を開けた鈴口で、淫らな肉の環をなめまわすようにされる。
「貴方……の」
 八戒が震える唇で言葉をつづる。
「僕の……に……」
 卑猥な性器の俗称を八戒はその端麗な唇にのぼらせていた。いつもとは、ものすごい落差があった。
「挿入れて……」
 甘い口調で、いやらしいおねだりだった。いつもの清潔でひとのいい保父さんといった様子と相当のギャップがあった。この瞬間、八戒はいいひと仮面を脱ぎ捨てて淫らな一匹の獣になった。閨での八戒は淫らすぎた。

 外の雨音はひときわ激しくなった。


「あっあっ……」
 ようやく、求めるものが身体を割るように入ってきて、八戒がびくびくと身体をくねらせた。
「あうっ……」
 眉根を寄せて、欲しかったものを味わう。三蔵の怒張が粘膜を穿つ感触がたまらない。痙攣がひどくなってゆく。感じすぎて弛緩することもできない。
「いいっいい……」
 三蔵のを思い切り締めつけてしまう。穿たれるたびに、あそこで絡みついた。抜こうとする三蔵のにすがりつく。
「……く……っ」
 三蔵が唇を噛んだ。すごい快楽だった。
「抜こうとすると、絡みついてきやがる。すげぇ」
 秀麗な美貌に、凄艶な笑みが浮かんだ。壮絶な色香が立ちのぼる。三蔵は八戒の崩れそうな細腰を両手でつかんでめちゃめちゃに穿っていた。犯している、そう評するしかない激しさだ。
「すげぇ。お前のナカ、ひくついて痙攣してる」
 何度もイッてしまっていた。
「ナカでイッちまってるな。コレ……やらしい野郎だ。そんなにいいのか」
 三蔵が目を細めた。嗜虐的な表情だ。媚肉を喰らうケダモノの表情だった。
「ああ、さん……ぞ……さんぞの」
 金色の獣に喰われながら、八戒も理性が消えている。獣のような性行為に身体をゆだね、おかされるのにまかせている。もう、下肢はべたべただ。三蔵のとも、八戒のものともしらぬ、透明な体液や白濁液でぐちゃぐちゃだった。
「ああ……ん」
 ナカで出された。沸騰するように三蔵の体液が熱い。三蔵の亀頭で粘膜をなめまわされる。
「さんぞ……さんぞ」
 呪文のように三蔵の名前を唱える。自分を救ってくれる最後の呪文のように。
「俺のをナカに出されて、気持ちイイって言ってみろ。隣に聞こえるようにな」
 そのまま、抜かずに三蔵は再び腰をゆらめかせた。ぐぷ、いやらしい音がつながったところから立った。
「さん……」
「いやらしいヤツだ。てめぇなんざメス犬以下だ」
 八戒は、結局その夜は朝近くまで三蔵に犯され続けた。



 何回も交わって、体液を交換するような行為に溺れて、途中で八戒はとうとう意識を手放した。
 
 つややかな黒い前髪はしっとりと汗を含んでいる。白いしなやかな細い裸身に、三蔵はベッドから落ちてしまっていた毛布をかけた。ついでにベッドの傍に脱ぎ捨てていた僧衣から、タバコの箱を探す。
「八戒」
 返事など、返ってこないと知りながら、その白い顔へ呼びかける。
 最初は、優しく抱こうと思っていた。いたわってそっとその身体を愛したかった。何しろ、この嵐や雨天続きの天候で、この黒髪の従者は弱っている。
 それなのに。
「チッ」
 自分のこの心境の変化が、三蔵にも良くわからなかった。うまくいかなかった。この黒髪の不幸な男を、しあわせにしてやりたい。そう思っているだけなのに。
「クソ」
 三蔵はふたたび舌打ちした。自分で自分の心の動きというものが分からなかった。悟浄のことを意識すると途端にイライラとした。どうしても抑えられなかった。この感情につける名があることも三蔵は知らなかった。
「うぜぇ」
 三蔵はタバコを手にしたまま、隣の部屋との壁をその紫暗の瞳でにらみつけた。
 あの男には渡さない。たとえこの行為が八戒にとって単なる自傷行為だとしても、その相手を自分以外の男がするのは嫌だった。
 もうじき、夜が明ける。その前のひときわ濃い闇の中、三蔵のつけたタバコの火がゆっくりと強くなったり弱くなったりして白い煙を細くたなびかせている。

 マルボロの香りが、かすかな毒を孕んで臓腑に満ちた。そして、もはや背景音になってしまった、うっとおしい雨音が闇も孤独も何もかも埋めつくした。










 「ピンク色の雲(6)」に続く