花の葬列(4)

 四人プラス、飛び入りひとりの総勢五名は、再びジープに乗り込んだ。
 違うのは、捲簾が回復して完全とまではいかないが、元気になったことだ。旅の道中は賑やかさが増した。
「あーあ。メシの美味い宿だったのにな」
 ジープの上で、悟空が情けない声を出した。未練たっぷりに昨日の宿の方向を振り返る。
「まぁ、待てばカイロの日和ありっていうだろ」
 隣に座っている捲簾が慰めるように言った。
「カイロって? 」
 小猿が小首を傾げて訊く。
「エジプトの首都だ」
 捲簾がきっぱりと答えた。
「へー。もの知りだね!」
 バカな会話が後部座席から延々と続いている。最高僧はマルボロを手にしたまま、肩をふるわせていた。我慢できない。
「じゃあ 『待てばカイロの日和あり』 ってえのは」
 河童がバカ話に加わった。
「待ってれば、そりゃエジプトのカイロみたいな炎天下の日和もあるっていう含蓄のある言葉だろ」
 捲簾がうんうんと肯きながら首を縦に振った。
「マジかよ! ヤダよ俺。ただでさえ、こんなに毎日暑ィんだぞオッサン! 」
 悟浄が喚く。
「何がオッサンだこのガキ」
 じろりと捲簾が睨んだ。しかし、悟浄も負けてはいない。
「だいたい、あんたみてぇなデケエのが後ろに座ってるから狭めぇんだぞ」
 もっともなことを言った。
 そうだった。
 悟浄の言うとおりだった。
 後部座席に大の男三人、肩を寄せ合うようにして乗っているのだった。
「そうか、悪かったな……遠慮せず車から降りていいぞ」
 捲簾が悟浄に向かってジープの外を顎で指し示した。かなりの速度でジープは道を飛ばしている。
「ふざけんな。てめぇが降りろよ! 」
 相変わらず、悟浄と捲簾は何かといがみあっていた。
 そんな騒がしい車中に我慢ならなくなったのか、とうとう助手席の三蔵が鬼のような形相で後部座席へ振り向いた。途端に一閃するハリセンを、捲簾も悟浄も驚異的な運動能力で素早く避けた。
「避けるな! 」
 短気全開で三蔵が喚く。
「ふざけんなよ! 避けるに決まってるだろが! 」
 悟浄が叫ぶ。
「カルシウム不足かよ! 今時の坊主ってヤツはなってねぇな! 」
 捲簾が怒鳴り返した。
「うるせぇ! 誰のせいで宿を追い出されたと思ってるんだ! 」
 三蔵はこめかみに盛大に太い血管を浮かせている。ドスの効いた低音で怒鳴った。
「あんただろ」
 あっさりと捲簾は言い返した。
「そーそ。三蔵が魔戒天浄、宿でやらかしたせいだよ。もー、部屋の中なんかでやるから! 」
 よせばいいのに横から悟空が口をはさみ加勢する。
「やだねぇ。自分のしたことも覚えてねぇなんて。三蔵サマってばもう、おトシ? 」
 悟浄が口元にひとの悪い笑いを浮かべて頭を振る。
「お? そうなのかアンタ。道理でジジイくせえハズだぜ」
 ずけずけと捲簾が言い放った。切れ長の凛々しい瞳で真っ直ぐに三蔵を見つめる。
「うるせぇぇっぇぇ! 黙れ! 」
 三蔵はもう一本ハリセンを取り出した。
「うお! なんだコイツ! 何本持ってんだよ。どこにしまってるんだ? 」
 捲簾が驚く。
「四次元ポケットかなんかだろ」
 悟浄が冷静な声で言った。確信でもあるのか、深く肯いている。
「うっわー三蔵ってば『ドラ○もん』みてぇ」
 わくわくした様子で悟空がはしゃぐ。
「……………!! 」
 とうとう、バカすぎる下僕ども相手に三蔵法師サマはガマンできなくなった。完璧にキレた。キレる音が聞こえそうなほどのキレっぷりだった。
 もはやハリセンでは埒(らち)が明かないとでも思ったのか、S&Wを取り出し、狙いをつけた。
「オマエらまとめて地獄に送ってやる。本ッ当に俺の邪魔だ」
 凄い至近距離で銃を向けられているというのに、下僕どもは慣れたものだ。
「本当にハリセン、どっから出してんのかな。三蔵」
 悟空が最遊記における七不思議のひとつである謎を呟き、大きな瞳で空(くう)を睨んだ。
「ちゃらららら〜♪ ちゃらららら〜ら〜ら〜♪ 」
 悟浄が手品や、かくし芸大会でよくかかる曲をふざけた調子で口ずさむ。
「オマエら、余裕あるな」
 捲簾が呆れた声で呟いた。
 しかし、三蔵は本気だったようだ。本当に撃った。本当の本当にぶっぱなした。
 銀の小銃が火を噴き弾丸が放たれる。銃声が正確に三発鳴った。
「三蔵ッ! 」
 まさか、ケガ人もいることだし、こんなところで本当には撃つまいと高をくくっていた八戒だったが、慌ててジープを急停止させた。
「……! 」
「うわ! 」
「……すげ」
 当たるはずだった。
 確かに弾丸は狙いも正確に放たれた。
 だが。
 後部座席の三人は奇跡的に無事だった。何が起こったのか、凡人には至近距離でも分からなかったに違いない。
「あぶねぇなァ。こんなトコで、んなもの持ち出しちゃ」
 捲簾が不敵に微笑んだ。口の端をつりあげ、人を喰ったような笑いを浮かべている。その手には、当然のように金のレミントンが握られていた。
「こいつ……」
 三蔵は絶句した。
 それは、目にも留まらぬ早業だった。
 何が起こったのか、にわかには分からなかった。
「だ、大丈夫ですか! みんな無事なんですか! 」
 八戒が振り向いた。真っ青だ。
「お、おう。なんともねぇよ」
 眼前で起こった光景を信じられぬ悟浄は上の空だ。目が点になっている。気の抜けた声で返事をした。
「すげぇよ! スゲ―よ捲兄ってば。弾をね。弾ではじき飛ばしちゃった! 」
 さすがは斉天大聖だ。悟空の金色の瞳には、はっきりと見えたらしい。
「え? 」
 弾を弾ではじき飛ばす。
 よく分からぬ言葉だった。八戒が訊き返す。
「だからね。捲兄が、三蔵の撃った弾を、撃ち返したんだよ! 」
 興奮し切った声で悟空は言った。
「それって……」
 そう。三蔵の撃った弾丸を、即座に捲簾がレミントンで撃ち返し、弾に弾をぶつけて跳ね返したのだった。
 跳弾というヤツだ。角度を上手くつけたので三蔵の方へ垂直に跳ね返るようなこともなかった。
 人の業(わざ)ではない。
 神業だ。
 超ド級の神業だった。
「かぁっこいい! かぁっこいいなぁ! 捲兄って! 」
 悟空など大興奮している。隣の捲簾へ抱きついた。
「捲兄? 」
 捲簾が聞きとがめた。
「うん! 俺、捲簾のことそう呼ぶことに決めたんだ。駄目? 」
「いや、駄目じゃねぇけど」
 捲簾は目を細めた。その黒い漆黒の瞳の奥にもの憂い影が差す。
――――何か、思い出せそうな気が、今したんだけどよ。
 捲簾は失われた記憶を追おうとして、眉を寄せた。
(ケン兄ちゃん)
 以前も誰かにそう呼ばれたことがあるような。不思議な既視感に捲簾は襲われていた。
 珍しく真面目に眉を寄せ、遠い何かを思い出そうと苦しみの表情を浮かべる捲簾に、三蔵が顔を寄せてきた。紫水晶のような鋭い瞳で睨みつける。もの凄い至近距離だ。
「アンタ、本当に何モンなんだ」
「暴れん坊将軍……下半身含む」
 捲簾は考え事するのを止めると、にやりと不敵に笑ってベタなセリフを吐いた。いつの間にやら、悟浄から奪ったハイライトを手にしている。
「何ィ? 」
 三蔵が片眉をつり上げた。
「そんで、見たところアンタは『水戸黄門』……下半身含むだろ」
 にやりと捲簾は口端を歪めて手にしたタバコで三蔵を指した。完璧にからかってる。
「……ふざけた野郎だってのは分かった。もう一度俺と勝負しろ」
 捲簾の態度に、三蔵がビキビキと額に血管を走らせてS&Wを再び構えた。助手席から狙いをつける。今度こそ外さないかまえだ。
「うぉ! ちょっと待て! 今、傷が開いたかもしんねぇ」
 まんざら、嘘ではなさそうな声を上げて、捲簾は脇腹を押さえ前かがみになった。
「てめぇの事情なんざ知るか。かまうこたねぇ。死ね」
「こんの鬼畜野郎! 」
 ぎゃあぎゃあと、賑やかに言い争いは続いた。悟空が三蔵に助命の嘆願をし、悟浄がやれ殺れ殺っちまえと騒がしくけしかける。仲間割れと呼ぶのも愚かな、ひどい状況だった。
「うぉ! ちょい待ち! 今ので俺のレミントン弾切れだ。弾切れ。アンタの弾くれ」
 弾倉が空になってることに気がついた捲簾が、三蔵に弾を無心する。銃はともかく、弾の持ち合わせはないようだった。
「ふざけんな。死ね」
 どこまでもいさかいは続いていた。
八戒はため息を吐くと、ジープを再び走らせた。

 敵とも味方ともしれぬ、謎の男をひとり連れて。
前途は多難だった。




 「花の葬列(5)」に続く