花の葬列(3)

 翌日の朝。
「ああ、でもよ。ここのメシ美味いな」
 短い黒髪を後ろへなでつけ昨日よりも男前が上がった姿で、ケガ人は一行に混じって食事をかきこんでいた。ものすごい回復力だ。
「ほんとほんと」
 悟空もチャーハンをよそう手を止めずに返事をする。
「でもよぉ。その服は俺んのだかんな! 」
 肩までかかる緋色の長い髪を揺らして悟浄が睨んだ。ケガ人の服はボロボロになっていたので、悟浄が服を貸したのだ。相手は白いTシャツにジーンズを履いていた。
「おう。ちぃっと借りるぜ。なんだか少し小さくて窮屈だけどよ」
 暗に自分より体格が劣ると言われて悟浄が目を剥く。
「ちげーよ! 俺っくらいが理想的なんだよ。アンタが太いんだろうが」
 河童がご飯を口から飛ばして抗議する。
「筋肉がねぇのを自慢されてもな」
 手にしたレンゲをかざしてケガ人が口元を歪める。精悍な顔に悪ガキめいた表情が広がった。
「んだとコラァ」
 チンピラ剥き出しといった口調で悟浄が吼える。
「でもかっこいいよね」
 悟空がうっとりとした表情でケガ人を見つめる。確かに目の前の相手は鎖骨から胸元にかけての線が男性的でたくましかった。
 どうも悟空はこの手の男に弱い。ガトほどではないとはいえ、突然一行に紛れ込んできたこの男も実に体格がよかった。
「それより、やっぱりこの餃子美味いな」
 ケガ人は悟空に向って悪戯っぽく微笑んだ。
「だろ! 朝から餃子なんてって八戒は言うんだけど、やっぱり朝は餃子だよな! 」
 悟空がレンゲを手に力説する。
「おう。こりゃ新発見だわ」
 ケガ人は何故か悟空とすっかり息投合している。気があうというよりも、弱者や幼い存在に優しくせずにいられない性質(たち)なのだろう。
 本当のところ悟空は斉天大聖、天とその力を斉(ひと)しくする存在だ。実はこの世の誰よりも強いのだが、まだこの男には気づかれていない。子供としか思われていなかった。外見で得をしている。
「まぁまぁ。悟浄」
 朝粥を上品に食べていた八戒が微笑んだ。
「今、このひとの服は僕が洗濯してつくろってますから」
 八戒は白粥に油條(揚げ麩)をちぎって入れ、ついでに刻んだ葱もふりかけてかき混ぜながら
「しばらくの間、服を貸してあげて下さい。いいでしょう? 」
 ゆっくりと言った。白粥から湯気がほのかに立つ。
「でもよ! ホントいけすかねーわ。このオッサン」
 悟浄が切れ長の瞳で 『オッサン』 を睨んだ。
「もっかい言ってみろ。このガキ」
 精悍な顔立ちを不快そうに歪めて男が喧嘩を買う。
「オッサン! オッサンオッサンオッサ……」
 悟浄も負けてはいない。途端にはじまる諍(いさか)いに食堂の他の客たちは何ごとかと一行の方を注視している。
「うるせぇ。てめぇらいい加減にしろ! 」
 スパーンと三蔵のハリセンが二人の頭上で一閃し、悟浄と男がテーブルに倒れ伏す。
「……おたく、綺麗な顔してんのに、凶暴だな」
 白皙の鬼畜坊主を見つめながら、男が呆れたような口調で呟いた。
「しっ。下手なこと言うと殺されるって。なんたってウチのリーダーは情け容赦ない殺戮マスィ―ンよ」
 悟浄は相手の耳元にぼそぼそと囁いた。仲がいいのか悪いのか傍から見ていると理解に苦しむふたりだ。下手すると親子みたいに見える。切れ長の目元といい、よく似ている。
「ったく」
 三蔵はケガ人を睨みつけた。
「突然現れやがって。ジープは崖から落ちそうになるし。ったく厄病神だぜ」
 遠慮容赦なく傍若無人にもずけずけと言い放った。
「三蔵! 」
 八戒が慌てて口を挟もうとしたが、鬼畜な最高僧サマは鋭い視線でそれを跳ね除けた。この俺に何か文句でもあるのか、殺す。そういう目つきだ。
「あんたの名前も聞いてねぇんだ。こっちは」
 紫暗の苛烈な瞳が射抜くように男へと向けられた。隠しごとなど許さない厳しい目つきだ。
「捲簾」
 ケガ人は頭を掻きながら返事をした。言ってなかったっけとでもいうような、とぼけた口ぶりだ。
「何? 」
 もう一度、三蔵が尋ねた。
「捲簾大将。……俺の名前」
 言ったぞ文句ねぇだろと言わんばかりの表情で、捲簾と名乗った男は三蔵を睨み返した。精悍なその面に不敵な影が差す。三蔵の紫暗の視線にも全く怯んだ様子がない。むしろ、どこか、からかっているような顔だ。
「どこの生まれだ」
「知らねぇ」
「仕事は何だ」
「知らねぇ」
「……どうして空から降ってきやがった」
「知らねぇ」
「あの桜はなんだ。桜吹雪の後てめぇ突然」
「知らねぇ」
「なんで銃なんざもっていやがる」
「知らねぇ」
 あっという間に、気の短い三蔵が切れた。
「この野郎! ふざけやがって! 」
 捲簾の座っている椅子を足で蹴飛ばす。椅子ごと倒れるには至らなかったが、座っている捲簾ごと何センチか横へずれた。
「知らねぇモンを知らねぇって言って何が悪い。でも、あんたみたいな高慢きち、知り合いにいたかもな」
 片方の眉を上げ面倒そうに捲簾は応えた。ガキ達の相手は疲れると言わんばかりのあしらいと口ぶりだった。
 捲簾のふざけた返答に最高僧は激昂した。白皙の額に血管が浮き、躰が怒りで震えた。
「……こっの野郎。本当にふざけやがって! 」
「ま、まぁまぁ! 」
 慌てて八戒が宥める。今にも殴りかかろうとしている三蔵を取り押さえようと、その腕に縋った。
「ていうか、てめぇ『大将』ってなんだ。んな名前があってたまるか。ふざけやがってーーー! 」
 気の短い鬼畜坊主は衆人注視もかまわず食堂で吼えた。金糸かと見まごう美しい髪が怒りで揺れる。
「まぁまぁ」
 八戒が、それでも温和な口調でとりなそうとした。そんな下僕の好青年ぶりに三蔵が舌打ちする。激昂していて虫の居所がとにかく悪い。
「てめぇ。この野郎に甘いんじゃねぇのか! 」
 八戒の胸倉をつかんで揺すりかねない勢いだった。完全にとばっちりだ。
「……三蔵、なんですか。どうしてこんなに突っかかるんです! 」
 八戒の眉がきりりとつり上がった。表情が厳しくなる。胸もとをつかんだ三蔵の腕を邪険に払った。下僕の抵抗に最高僧が目を剥いた。
 あわや乱闘になろうかというそのとき。
 すったもんだを朝から引き起こしている三蔵一行に、食堂の隅から近づく影があった。
「……お客さん」
 宿の主人だった。三蔵はまずいとばかりに口をへの字に歪めた。
「あの、そんなに暴れてもらっちゃ困ります」
 低姿勢で三蔵の剣幕に脂汗を流し、へりくだった態度ではあったが、主人はぼそぼそと言うことは言った。
「出ていく。出て行きゃいいんだろうが。うるせぇな」
 三蔵は昂然と頭を上げたまま相手を睨んだ。もとより詫びるなどという発想はこの鬼畜坊主にはない。
「それから」
 宿の主人はいいにくそうに口を歪めた。
「……部屋の修繕費も頂戴したいのですが」
 敵の急襲にあって、一行の使った宿の部屋は天井から壁から穴だらけになっていた。悟空が如意棒を振り回し、三蔵が魔戒天浄を放ったためだ。悟浄もいいかげん鎖ガマを振り回して内装をずたずたにしていた。
 三蔵は無言でテーブルに三仏神カードを叩きつけるように置いた。

 長居は無用だった。




 「花の葬列(4)」に続く