王招君(4)

 そのまま、数日が過ぎた。
 その数日の間はいつもどおりの穏やかな日々が過ぎていった。
 漢から突厥の悟浄の元へと書状が届いたのはそんな頃だった。美辞麗句を書き連ねたまわりくどい文面を見て、悟浄は鼻先で笑った。
 空虚な美文を省いて簡潔に言えば、それは悟浄へ公主の『降嫁』を許可するとの内容だった。
 そして、
 悟浄の次の行動は草原の覇王の名に相応しく素早かった。

 捲簾を連れて即座に馬上の人となったのだった。
 悟浄と捲廉大将は一路長安の都を目指した。





 玉門関はいうに及ばず、長安に近い函谷関にまで突厥の騎馬軍団は迫った。その数三千騎。完全武装した騎馬の兵が次々と通り過ぎる。
「漢王からお招きにあずかった。恐悦至極」
 紅い髪の、二枚目というより男前と評した方がぴったりとくる突厥の新王が関所を守る漢兵達に告げた。
 かかる非常事態に面食らいながらも、函谷関を預かる役人達が悟浄を止めようとする。
「お待ちなされませ。王よ。かような軍備で長安に向かわれるなど、聞いたことも無い。どうか――」
「自分達の身なりくらい、自分らで決めるわ。余計なお世話だっつーの」
 精悍な狼の表情で、悟浄は唸るように言い捨てた。思わず函谷関の役人達が気圧されたように道をあける。
 紅く長い髪が風に揺れてまるで戦装束の一部のようにたなびいた。そんな悟浄の傍に黒い剃刀かみそりのような男が馬を寄せてきた。
 こんな場で悟浄をいさめることができる男などひとりしかいない。案の上、それは捲簾だった。
「悟浄、兵糧の関係もある。長安に滞在ったってまぁ三日ってトコだぞ」
 捲簾が呆れたように告げた。示威行為だということは重々承知だが、ちょいとやりすぎな気もしていたのだ。
 三千の兵と軍馬を養うのは簡単なことではない。そんなに長居はできないと悟浄に釘を刺しておく必要があった。
 滞在中の食糧くらいはハゲタカの如く漢の皇帝にたかったってよいが、いかんせん突厥から長安までは遠い。いざというときの補給路を保つのも敵陣では容易なことではない。
「三日でいいって。捲簾」
 悟浄は馬上でからからと笑った。
「いっぺん、その俺の嫁さん候補とかいうのの顔を拝んどかなきゃ落ち着かねぇよ」
 悟浄はくわばらといった表情で言った。
「確かにな。腹いせまぎれにブスを押し付けるくらいのことはやりそうな奴等だからな」
「そらみろ。捲簾もそう思うだろうが。コケにされてたまるか。事前に偵察に行ってやんよ」
 父王の遺言で、漢の公主と結婚せよと言われている悟浄は必死だ。
「しょうがねぇな。まぁいい。いっぺん長安の都とやらも拝んでやろうと思ってたんだ。そうと決まれば時間がもったいない……野郎ども、急ぐぞ! 」
 捲簾が馬上で鞭を鮮やかに振るうと、それに呼応するかのように騎馬の群れのあちらこちらで馬を追い立てる声が上がった。
 砂煙を立てて、突厥の騎馬軍団は一路、放たれた弓矢のように長安を目指した。
 こうして、ほとんど威力偵察いりょくていさつがてら、意気揚々いきようようと悟浄と捲廉は長安の都に乗り込んだのだった。





 周囲を竹林で囲まれた翰林院かんりんいんは宮中から遠くないが、世間から隔絶されたようなたたずまいだ。
 その中に一歩入った者は壁一面の棚に書が天井近くまで積み上げられ、書を積んだ柱がそこかしこにできているのを目にすることだろう。そこでは、学者連中が集まっては議論をしたり、書を書き連ねたりしている。基本的に翰林院は学問のとりで、象牙の塔であった。
 そんな所に天蓬元帥はひっそりといた。まるで自分も学士のひとりであるとばかりに気楽な顔をして足を投げ出し、行儀も気にせず書を紐解ひもといている。
 文武百官ぶんぶひゃっかんを従えた「元帥」の時とは打って変った格好だった。気楽な長衣にろくろく櫛も通してなさそうな頭で嬉しそうにしている。蔵書室の片隅に陣取り次々と書を手にとって読み漁っていた。天蓬にとってはこのひとときが何物にもかえがたいのだ。
「大元帥閣下! 」
 そんな、天蓬のささやかな幸福を破る声がした。
 見ればお傍つきの侍従が膝を折って床にひざまずいている。自分を竹林の清談から現世の仕事へと引き戻すその声に、天蓬は少し抵抗をした。
「……はいはい。もう少しでコレを読み終わりますから……」
 いつもの、読書を中断されそうだけど、続きが読みたくてしょうがないときの逃げ口上を天蓬は口にしていた。
 しかし
「突厥の軍に函谷関を突破されました! 」
 それを聞くなり、天蓬は読んでいた韓非子かんぴしを無言で横へと退けた。




 だらしないくらい気楽で、ところどころ薄汚れてさえいる長衣が脱ぎ捨てられる。
「報告! 突厥の軍は今どこだ! 」
 天蓬は叱りつけるように言った。自室で手早く元帥の軍服を引っつかむと、それを歩きながら着るという芸当を見せながら謁見の間へと向かう。
「いまや長安の外でございます! 」
「くっ……! 」
 天蓬は悔しそうに唸った。勇壮な軍服のすそひるがえして足早に歩いた。なんてことだと思った。
 天蓬とて、方々に間者も放っているし伝令の伝達もおろそかにならぬよう力をいれている。しかし、それよりも突厥の機動力の方が遥かにうわてをいっていた。
 天蓬の情報網を正面から突破するようにして、直接心臓部である長安目掛けて突っ込んできたのだった。天蓬はその騎馬の早さにつくづく舌を巻いた。
「数は、何騎だ! 」
「三千騎とのことでございます」
 天蓬は無言で外套がいとうの裾を払った。金糸銀糸で美々しく縫い取りされた華麗な刺繍ししゅうが煌めく。
 大漢帝国大元帥の正装になった天蓬には、もう先ほどの書と戯れていた無邪気な風情はどこにもない。自分の双肩で大国を支える男特有の誇りと矜持きょうじが輝き、他を威圧するような雰囲気が漂っている。
 天蓬の前に使者がもうひとりひざまずいて、報告をはじめた。
「申し上げます。突厥の新王殿下悟浄殿が、是非とも兄になられる皇帝陛下にお目通りしたいと申しておりますが」
 天蓬は唇を噛み締めた。もうこのようになってしまっては会うしかない。面子にかけても悟浄を 「招いた」 ということにしなくては漢王朝の名折れである。
「急ぎ皇帝陛下をお呼びしろ。急げ」
 天蓬は毅然きぜんとして言った。





 かくして。

 謁見の間に華やかな歓迎の樂の音が響き渡った。腕利きの宮廷楽人達の魂を込めた名演奏である。
 まさに、ここ長安こそ文化の華中であるとの誇りがこめられた難易度の高い曲だ。確かに蛮地と称される突厥へのいやみも多少入っているのかもしれない。
「突厥王、お着きになられました」
 典礼係が特有の形式ばった節回しで悟浄の到着を奏上する。
 扉が開かれ、二人の男が姿を見せた。
 悟浄と捲廉だ。
 謁見の間には文武百官が正式な礼装で左右に勢ぞろいしていた。右に文官、左に武官が立ち並ぶ中を悟浄と捲廉はあたりを払うようにして進んだ。
 長衣を左前にして着ている。蛮族と蔑まれようと、草原の騎馬民族の世界では服は左前に着るのが普通だ。膝までの長衣に黒革のブーツを合わせ、腰にベルトをしている。如何にも騎馬の民らしい颯爽とした簡易な礼服だ。
 名高い草原の狼を検分しようと、さり気ない目つきで身分の高いものも、低いものも悟浄を注視する。どこかに襤褸ぼろがでれば笑いものにしてやろうと待ち構えていた。気位の高い宮廷人らしい気性のじ曲がった視線だ。
 悟浄が悪戯っぽく捲簾に目配せする。
「つまんねぇの。なんだか馬に乗りにくそうな格好してるヤツばかりじゃね? 」
「まったくだ。退屈そうなところだぜ」
 悟浄と捲廉が密やかに囁きあう。
 通常の人間だったら威圧されて気絶しそうな場の空気だが、草原の狼ふたりには全く通用しないらしい。
 立ち並ぶ大漢帝国の高位高官の面々を見るなり、華中も文化もなんのその、彼らなりの価値観で一刀両断して切って捨てた。
 やがて、左右に長い扇を持った侍女達を従えるようにして、皇帝である金蝉が神々しい様子で上座から現れ、玉座についた。
「天子ハ南面シ、臣下ハ北面ス」 論語の言葉どおり、南を向いて座り臣下どもを睥睨へいげいする。長い金の髪を背で結わき、皇帝の正装をした姿は、如何にも大帝国の君主に相応しい高貴さだ。
 だが、
「あいつが皇帝? 」
「馬とか乗れんのかよアレで。生っ白くねぇ? 」
 礼儀も典礼もなんのその。悟浄と捲廉はひそひそ声で突っ立ったまま囁きあっている。
 ひそひそ声とはいえ、軍を率いて号令をかけるのに慣れた捲簾大将と草原のやんちゃ坊主悟浄にとっての『ささやき声』だ。その大きさは推して知るべしである。
 とにかくふたりともふざけたくらいよく通る声であった。
 皇帝である金蝉の登場を受けて、典礼係が号令しだした。
 さすがに草原で鍛えた狼ふたりの 「囁き声」 といえども、孔子の時代から脈々と受け継がれてきた典礼係の気合の入ったかけ声には敵わなかった。
「跪(ひざまず)く――――」
 その声に合わせるように、周囲の文武百官がひざまずいた。
「な、なんだぁ? 」
 突然のことに悟浄と捲廉があっけにとられる。
「礼――――」
 跪くとそのまま躰を倒し、頭を床につけて平伏する。一面の文武百官が揃って平伏し動かない有様は壮観だった。
「なにしてんのコイツら」
 悟浄が首を傾げる。捲簾は合点がいったように目を細めた。
「聞いたことがある。こいつは――」
 捲簾の声を打ち消すように、再び典礼係の声が謁見の間に響いた。
「跪く――――」
 号令一下、一糸乱れぬ統制のもと、再び居並ぶ宮廷人達は裾捌すそさばきすら揃えるようにして跪いた。
 そして。
万歳ワンシェ! 万歳ワンシェ! 万万歳ワンワンシェ! 万万万歳ワンワンワンシェ! 」
 典礼係の号令のもと、一斉に文武百官が唱和した。謁見の間にその声は轟き、反響して天空へと高揚感とともに爆発する。要するに皇帝陛下万歳三唱であった。
――――三跪九叩頭さんききゅうこうとうの礼。
 これが皇帝に対する臣下の伝統的な礼だった。
 あっけにとられて、捲簾と悟浄が立ち尽くす。広い謁見の間を埋め尽くす文武百官の全てが床に突っ伏し、いまや立っているものなど、異人の捲簾と悟浄だけであった。
 すると、ふたりの元へ足早に歩み寄るものがいた。上席の身分ありげな男だ。元帥の軍服を着込み外套をひるがえして颯爽と傍に立った。
 天蓬だった。
「華中より遠きところからよくぞお越し頂きました。陛下もお待ちかねです。さ、どうか私どもとともに陛下にご挨拶を致しましょう」
 その怜悧れいりそうな瞳に鋭い光をのせて、悟浄をまっすぐ射抜くように見つめてくる。有無を言わさない強い口調だった。
「さ、突厥の弟君、どうか――」
 天蓬が手真似で礼の仕方を指示するようにして、悟浄になおも勧めようとしたそのときだった。
「まてよ、アンタ」
 捲簾が口を挟んだ。
 天蓬がその礼儀しらずな口調に眉をひそめてにらみつける。捲簾の視線と天蓬の視線が真っ向からぶつかった。
「コイツ……悟浄は、アンタもいうとおり、漢の公主と結婚して 『弟君』 になるんだ。なんだって『弟』が『兄』に臣下の礼をする必要があるんだ。兄弟の礼をするのが普通じゃねぇのか」
 捲簾は譲らなかった。敵陣の本陣もいいところ、多勢に無勢という敵の宮中で昂然こうぜんと頭を上げ、誇り高い狼のように天蓬の言葉に噛み付き、目を逸らさなかった。
 捲簾大将と天蓬元帥。ふたりの間で見えない何かが激突した。
 国を賭して、誇りと誇り、矜持と矜持が火花を散らしてぶつかり合う。それは、蒼白い炎が燃え上がるような睨みあいだった。
   いつの間にか、周囲はすっかり静まり返っていた。事の成り行きをどうなることかとその場に居合わせた全員が見守っている。緊張した重苦しい空気が流れた。
「……いいでしょう」
 随分と長い時間が経ったように感じられた数秒の後、天蓬は言った。
「陛下にご挨拶して頂きましょうか……弟君」
 悟浄に対して、優雅な会釈えしゃくを送りながら、玉座の前へ進み出るように促した。
 そして、後ろに控えた捲簾にもっと下がるように威圧的な視線で指示をする。その目つきは、まるで狙っていた獲物を見つけた狩人のようだった。口元に笑みを浮かべてはいるが、目は笑っていない。
(ただの田舎大将かと思ったら)
 天蓬は密かに心のうちで呟いた。
(バカじゃなさそうですね。この人)
 「英雄は英雄を知る」 というが、まさにそういった状況だった。
 そして次の瞬間、天蓬は嬉しそうに破顔はがんした。
 天蓬は人生で初めて「好敵手」と呼ぶに値する人物にであったのである。
悟浄は金のきざはしの前、皇帝陛下の御前に進み出た。『弟君』である悟浄は軽く膝を折って礼とした。
「初めてお目にかかります。突厥王、悟浄でございます」
 悟浄の声は落ち着いてよく通り、堂々としていた。その声には草原の覇王に相応しい誇りが滲んでいた。典礼も何も関係ない。その声音は言外にそう言っていた。
 狼には狼の言葉がある。そしてまた狼には狼の誇りがあるのだ。悟浄の意気は辺りを払い周囲を威圧した。
 決して眼前の金蝉に負けていなかった。それは広大な謁見の間に居合わせた全てのものに伝わった。
 確かに悟浄も金蝉と並ぶ覇者であり王であるのだ。人々は納得した。
「遠路よりよくぞ参られた。ゆっくり休まれるといい」
 皇帝の金蝉は、鷹揚おうように言葉をかけた。
 かくして、謁見の儀は無事につつがなく終了したのだった。





 その夜。儀礼的でやはり形式に満ちた歓迎の宴の席が設けられた。早々にそれを脱兎のごとく抜け出した悟浄は、捲簾と二人きりになると叫んだ。
「くはー! くったびれた。なんなわけ。ありゃ」
 先ほど見せた王者の威厳も気品もまやかしかと思うほどの子供っぽい仕草で悟浄は文句を言った。
 宮中に宛がわれた客人用の広大な一室で悟浄はぼやいていた。ぼやきながら、軍靴ぐんかを行儀悪く足を振って投げるように脱いでいる。捲簾がそれを横目で眺めつつ応じた。
「ああいうのが好きなんだろう、ここの連中は」
「しかも結局、肝心の 『公主』 にゃ会えずじまいかよ! クソッ」
「焦るな。まだ一日目だ」
「冗談でしょ。こんな窮屈きゅうくつなトコ、早く出て行きたいよ」
 悟浄は舌を出して身を竦めた。謁見の間での挨拶と歓迎式典と歓迎の宴だけでももうたくさんだった。かた苦しい儀礼と作法とおべっかと建前に満ちた会話。たった一日ですっかり漢の宮廷が大嫌いになっていた。
 悟浄は思わず籠の中の鳥よろしく窓の外を眺めた。三千騎の騎馬隊は、宮殿の外の屋敷に留め置かれている。悟浄は羨ましげな表情を隠せなかった。
 実のところ、臣下たちは長旅の錆び落としを兼ねて酒でも気楽に飲み交わしている時分だった。たぶん馬乳酒の方が旨いの、コウリャンでできた酒はどうもなどと肩の凝らない話をして笑い合っているのに決まっている。
 羨ましくてしょうがない。あの単純明快で明朗な世界へ戻りたかった。
「いけすかねぇ野郎はいるしさー。天蓬元帥? だっけ。何が「才気煥発、知略の人。漢 の屋台骨は天蓬元帥で保つ」だよ。名前だけは聞いていたけど聞きしに勝るいけすかねぇ野郎だぜ。綺麗なのは顔だけだよな! 」
 悟浄は暴言を吐いた。なおも暫くの間ぶつぶつと漢の悪口を呟いていたが、あることを思いついたように唐突に捲簾に向き直った。目が輝いている。
「なぁ、捲簾」
「なんだ」
 悪戯っ子そのものの表情で自分の方を伺い見る悟浄に、嫌な予感がしながらも捲簾が返事をする。
「ちょーっと……後宮に覗きに行ってもいい? 」
「おい! 悟浄」
「ちょっとだけちょっとだけ」
 人なつっこい真紅の目で悟浄が縋る。王になろうが、何になろうが悟浄は悟浄で、守役である捲簾との力関係は幾つになっても、いつになっても変わらないようだった。
 捲簾は宙を睨んだ。やんちゃな悟浄にはいつも手を焼いていた。
 しかし、悟浄のいうことにも一理あった。確かに正攻法では漢の奴等はおいそれと突厥に誰を嫁に寄越そうとしているのかなど明かさないに違いない。
「……見るだけだぞ」
 とうとう捲簾は折れた。
「うんうん」
 悟浄はまるで、尻尾でも振りそうな顔で何度も肯いた。
「それより、オマエ肝心の 『公主』 の名前と居場所は分かったのか」
 捲簾が声をひそめて悟浄に問う。
「八戒とかいってたぜ。はっかい。今は上陽宮とかいうトコだって」
 事前に抜かりなく後宮を取り仕切る役人を多額の賄賂で釣っておいて、聞き出させておいたのだった。
 こんなとき、悟浄は手足のようになる多数の臣下に恵まれていた。悟浄は手に入れさせておいた後宮の見取り図を投げるように捲簾へ渡した。
「ふぅん。八戒ねぇ……それって女の名前っぽくねぇな」
 捲簾が見取り図を受け取りながら不審そうに首を捻る。一度は真面目な守役のお役目よろしくもったいぶってため息を吐いてみせた捲簾だったが、一拍おいて悟浄と顔を見合わせると、二人でにやりと一笑した。

 コケにされる前にしてやるのが、突厥流の流儀だった。

 闇に乗じて、後宮への門を抜け、門番の袖へにはたっぷりと金子を押し込み、邪魔な奴には当て身を喰らわせ、捲簾と悟浄は何食わぬ顔で後宮へ向かった。

 かくして、
 草原の狼というより困った犬ころ二匹という様相で二人は後宮へ潜り込んだのだった。





 「王招君(5)」に続く