「……うむ」 王室付きの医者、つまり御典医であるウィンツ・シュデッカーはビアンカの腹に当てていた聴診器を外すと、にっこり微笑んだ。 「ご懐妊ですな」 『…………!』 その言葉に座は一瞬静まり返り、そののち歓声で満たされた。 「坊ちゃん……いえアディム王、ビアンカ王妃! おめでとうございます、本当におめでとうございます!」 「赤ちゃん!? ボクたちに弟か妹ができるんだねっ、わーい、やったー!」 「赤ちゃん……すごい。すごく嬉しい……もうお腹蹴ったりするのお母さん?」 それぞれにそれぞれの表情で歓喜を表す者たちに比べ、アディムの反応はさほど大きなものではなかった。ただ表情を凍りつかせて、ふらふらとビアンカのまだほとんど大きくなってもいない腹に擦り寄るように抱きつき、そして―― 「……ありがとう………」 静かに、泣いた。 「ありがとう、ビアンカ……ありがとう……本当にありがとう……」 泣くとは思っていなかったセデルたちは一瞬固まったが、ビアンカはうろたえも驚きもせずにこりと微笑んで、泣くアディムの頭をそっと撫でた。 「私の方こそありがとうだわ。セデルやルビアだけじゃなくて、この子も私たちのところに連れてきてくれたんですもの。本当に、ありがとう」 「………ビアンカ………」 アディムはぎゅ、と拳を握り締め、涙をこぼしながらそっと、そっとビアンカを抱きしめる。 ビアンカは、優しく微笑んで、そっとアディムを抱き返した。 それからというもの、アディムの生活はさらに多忙なものになった。 王の仕事を超特急で毎日定時に終わらせて、セデルとルビアを(まだ帰っていなければ)迎えにいって一緒にビアンカのところへ。それからはずっとビアンカのそばを離れようとしない。トイレとお風呂以外ではビアンカの隣を保ち続け、なんやかやと世話を焼くのだ。今にも蕩けそうな顔で。 セデルとルビアはなんだか奇妙な気分でそれを見守った。八歳になって会ってからというもの、アディムはほとんど自分たちから注意を逸らすということがなかったのに。 もちろん賢い双子はなんでアディムがそうなのかようくわかっている。大好きなお父さんは、自分たちのことが大好きなように、新しく生まれてくる弟か妹も大好きになっているのだろう。 だからちゃんと生まれてきてくれるように、ビアンカの体を気遣っているのだ――というのはよくわかっているのだが。 「坊ちゃんも今度こそちゃんとお子様を赤ん坊から大きくなるまでつきっきりで育てて差し上げられるんですねぇ」 サンチョはことあるごとにそう言って涙ぐむ。 「セデルさまとルビアさまの時はできなかったことですから、今度こそアディムさまたちにはちゃんとお子様を育てていただかなくてはねぇ」 「アディムさまたちもようやく今までの分を取り返せるというものです」 女官や侍女たちも口を揃えてそう言う。 それが悪い、と言っているわけではむろんない。彼ら彼女らの言うことは本当にそうだな、と思うし、なによりお父さんとお母さんは本当に嬉しそうで幸せそうだ。それは嬉しいな、と思う。 ただ――― 「お父さん、今日ね、ボクたちね、学校の友達と一緒にチゾット近くの山まで行ってきたんだよ」 「ドラきちにドラゴラムしてもらって、みんなを運んでもらったのよ」 「そうなのか。いっぱい遊んできたんだね」 にこにこと答えながらもアディムの視線はほとんどこちらに飛んでこない。普段なら『そんなに遠くまで子供たちだけで!? 危ないじゃないかセデル、ルビア! お父さんはいつもお前たちのことを心配しているんだ、お願いだから危険なことはしないでくれ……』とか涙ながらに訴えてくるぐらいのことはするのに。 「ビアンカ、ほら牛乳もっと飲んで。妊娠したんだから牛乳いっぱい飲まないと赤ちゃんの骨ができないだろ」 「もう、そんなにいっぱい飲めないわよ。それより果物をもっと取った方がいいんじゃないのかしら?」 「いや、果物は食べすぎると産道に肉がついてかえってよくないそうなんだ。糖分は控え目にしなくちゃね」 アディムとビアンカは楽しげに、嬉しげに話し合っている。その姿は二人とも本当に幸せを絵に描いたようで、この二人がこんなに自分たちを交えることなく楽しそうにしているのは久しぶりで、自分たちも嬉しいと思う。 嬉しいと、思うのに。 「セデル、ルビア、どうしたんだい? ちゃんとご飯は食べないと駄目だよ」 「うん……」 「はい……」 ――なんで、なんだかつまらないんだろう? 「あー、わかるわかる。親って新しいのができると上の方にいるのほったらかしだよなー」 そう言ってドリオはじめ学校の友達たちはうんうんとうなずいた。 「ほったらかし……ってわけじゃないよ、お父さん毎日ボクたちのこと迎えに来てくれるもん」 「ご飯もなにが食べたいのかちゃんと聞いてくれるし、毎日なにがあったのかいろいろ聞いてくれるし、朝はわたしたちのことちゃんと起こしてくれるし」 「夜は一緒に勉強してわからないところ教えてくれるし、体調はどうかとか今日のご飯の味はどうかとかいろいろ気にしてくれるし……」 ぽそぽそと言う二人に、友達たちは眉を寄せて顔を見合わせた。 「あのさぁ……そこまでされてなにが不満なのっていうか」 「そんなに付きまとわれて、ウザくねぇの?」 セデルとルビアは揃って目を丸くする。 「どうして? 嬉しいよ、ボク。それだけお父さんがボクたちのこと好きってことだもん」 「お父さんたちと一緒にいるの、わたし好きだし。……みんなはそうじゃないの?」 ルビアの言葉に、友達たちはうーんと考え込んだ。 「一緒にいるのが好きとか嫌いとか考えたことないなぁ。だって親だし」 「俺も。いちいち口出ししてきて鬱陶しいとか思うことはあるけど」 「ていうかさ、もー十一なんだから、そろそろ親離れしたほうがいいんじゃねぇの二人とも? いい機会じゃん、向こうが普段よりこっち放ったらかしてくれてんならさ」 「え……」 目を見開くセデルとルビアの前で友達たちはうなずきを交わす。 「そーだよ、もーガキじゃねーんだからさ。親にいちいちかまってもらわないとやってけないなんてカッコ悪ぃじゃん」 「だって、ボクたちホントにまだ子供だし……」 「だっからさー、早く大人になった方がカッコいいだろって話」 「でも……」 「それにさ、向こうだって下ができたらこっちにいちいちかまってこなくなるでしょ。放っとかれてるのにかまってかまってって言うの、ムカつくと思わない?」 「けどさ……」 「向こうだって絶対そっちの方が楽に決まってるよ」 「…………」 セデルとルビアはその言葉に、黙り込んでうつむいた。 どちらからともなく、二人揃って街の外へ向かう。生まれた時からこの街にいるのだ、門番やら見張りの兵士やらに見つからないで街の外に出る方法ぐらい知っている。 二人で世界樹の苗木を植えた場所に向かった。植えてから一年になるが、この世界樹の苗木はまだまだセデルたちの背よりちょっと低いぐらいの高さにしかなっていない。将来的に大きくなる分成長が遅いのかもしれない。 二人揃って世界樹の苗木の前に座りこみ、苗木の葉が風に揺れるのを見つめた。 「……ねぇ、ルビア」 「……なに、お兄ちゃん」 二人とも声に元気がないのは充分に自覚している。 「……お父さんたち、もうボクたちのこと、いらなかったりしないよね?」 「……うん」 いらなかったりはしない。それはよくわかっている。お父さんもお母さんも自分たちのことを大切にしてくれてる。それはわかるんだけど。 「……なんで、あのままじゃいられないのかな」 「うん………」 お父さんがいて、お母さんがいて、生まれた時から一緒の兄妹がいて。みんなお互いのことが大好きで、すごく幸せなのに。 今だって幸せのはずなのに。お父さんもお母さんも変わらず大好きなのに。 なんでだか、胸が、すうすうする。 「ルビア、お父さん、ボクたちのこと好きだよね」 「……うん」 「お母さんもボクたちのこと好きだよね?」 「うん」 「……それでいいよね?」 「うん……」 それでいいはずだ、と心から思うのに。納得しなくちゃいけないと思うのに。 なんでだか、心の底に、いやなものが渦巻いている。 ものすごく意地悪なことを言ってやりたいような、してやりたいような。お父さんとお母さんの驚いた顔をみてみたいような、そういうすごくいやなもの。 そんなもの消してしまいたいのに―― そのいやなものはセデルとルビアの体を捕らえて、放してくれない。頑張って抵抗しているけれど、二人とも、『両親だって親離れしたほうが楽に決まってる』という言葉を聞いたとたん思いきり腹を殴られたような気分になって、ここにやってきてしまった。 そしてまだ立ち上がれない。こんな気分でお父さんとお母さんに会いたくない。お父さんとお母さんにはいつだって、元気に笑って会いたいのに。 「…………」 「…………」 どうしても、立ち上がって笑いかけるような元気が、湧いてこないのだ。 日が落ちた。木陰が長く延び、自分たちを押し包み、それはやがて薄暮の薄闇に変わる。 薄闇が夜の惣闇に変わろうとする頃になっても、セデルとルビアはまだ立ち上がれなかった。帰らなくちゃ、お父さんとお母さんが心配する、と思いはするものの立ち上がる気力がわいてこない。 むしろ、心のどこかに心配させてやれという気持ちがあった。お父さんとお母さんがボクとわたしをすごく心配すればいい。それで大慌てで探しに来ればいい。本当にそうなったらきっといけないことをしたと思うのはわかりきっているのに、心のどこかがそう確かに思っていた。 周囲が完全に闇に包まれ、お互いの顔も見れなくなった頃、セデルは立ち上がった。 「……帰ろうか」 「……うん」 ルビアはうなずいて、立ち上がる。そっと手を伸ばしてお互いの手を握りあった。そうしないととても家に帰れそうになかったからだ。 とぼとぼ、と擬音が聞こえてきそうな足取りで、真っ暗闇の道を城に向かい歩く――と。 「セデルゥゥゥゥゥゥっ! ルビアァァァァァァっ! どこにいるんだいいぃぃぃっ!」 ――アディムの声が、聞こえた。 『…………!』 セデルとルビアははっとして顔を見合わせる。どうしよう、とお互いの顔に書いてあるのがわかった。 もちろんわかっている、今すぐ自分たちはここにいると声に出して伝えればいいのだ。心配かけてごめんねと謝ればいい。お父さんは少し怒ったふりをするかもしれないけど、すぐに許してくれるだろう―― でも、なぜか、そんな簡単なことがどうしてもする気になれなかった。 二人で手を握りながらアディムの声がする方を見つめる。胸がしくしく痛んで、たまらなく苦しい。でもだけど、どうしても自分たちから声をかける気になれなかった。アディムに自分で自分たちを見つけてほしかった。 そんなことに意味なんてないと、本当はわかってるのに―― 「セデルーっ! ルビアーっ!」 『…………』 アディムの声はいっこうに近づいてこない。悲痛な響きの叫びをひたすらに上げ続けるだけで。 セデルとルビアは顔を見合わせて、暗い顔でうなずきあった。 お父さんが苦しいのは、やっぱり嫌だ。 「お父さーんっ!」 「お父さん……!」 一声上げた次の瞬間――目の前にアディムが走りこんできて思いきり抱きしめられた。 「セデル! ルビア! 二人とも、無事でよかった……!」 「…………」 「お父さん……」 ぎゅっと抱きしめられて泣きたくなった。お父さんの腕はこんなに暖かいのに、優しいのに。 どうして自分たちはこれだけで、満足できないんだろう。 「……お父さん……放して」 「…………!」 アディムは愕然≠絵に描いたような顔で二人から手を放した。 「セデル……ルビア……お父さんのこと、き、嫌いに……?」 「そうじゃないよ! そうじゃないけど……!」 セデルは泣きたくなった。自分でも嫌になる、こんなわがままな自分でもよくわからない気持ちをどう伝えればいいんだろう。 お父さんが好きなのに、お母さんが好きなのに、弟か妹ができて嬉しいのに、それは間違いなく本当なのに―― 「………だって、ずるいんだもの」 ルビアがかすれた声で、小さく小さく言った。 だがアディムはそれを聞き逃さず、しゃがみこんでルビアと視線を合わせて真剣な顔で聞く。 「ずるい? なにがだい?」 「……だって、ずるい……新しい赤ちゃん、ずるい……!」 ルビアはぽた、ぽたぽた、と涙をこぼしながら、きっとアディムを睨むように見つめて訴えた。その言葉を聞いて、セデルも腑に落ちた。 そうだ――ボクはわたしは、ずっとずるいって思ってたんだ。 「だって、新しい赤ちゃんは赤ちゃんの頃からずっとお父さんとお母さんと一緒で」 「探さなくても戦わなくてもずっとそばにいられて」 「みんな言ってる、お父さんとお母さんが今度こそ赤ちゃんの頃から育てられるって、ボクたちにできなかったことを取り返せるって」 「でも――わたしたちだって、お父さんとお母さんと産まれた時から一緒にいたかったのに。離れ離れになるなんて絶対嫌だったのに」 「しょうがないって、わかってるけど、お父さんやお母さんのためにも赤ちゃんのためにも、その方がいいってわかってるけど」 「どうしても考えちゃうの。新しい赤ちゃんずるい、わたしたちまだ少ししかお父さんお母さんと一緒にいないのに、産まれた時から当たり前にお父さんお母さんが一緒でずるい、お父さんとお母さん取っちゃってずるい――って」 「ごめんなさい、お父さん、こんなこと考えたりして、ごめんなさい……」 「わたしたち、すごく悪い子よね。ごめんなさい、勝手にわがまま言って、心配かけて迷惑かけて、ごめんなさい……」 二人はぽたぽたと涙をこぼしながらうつむいた。怒られるのはしょうがないけれど、呆れられて、嫌われてしまうかもしれない。 それは嫌だ、絶対嫌なのに、どうしても言わずにはいられなかった。 自分たちは、本当にいけない子だ―― そう泣きながら思っていたので、アディムに突然抱きしめられた時はひどくびっくりした。 「セデル―――――――っ、ルビア―――――――っ! 二人ともなんて可愛いんだ、可愛すぎるいい子すぎるなんていい子なんだ世界で一番愛してる!」 「……え………?」 「お父……さん?」 呆然とする双子を軽々と抱き上げて自分の顔に近づけ、アディムはこれ以上ないほど嬉しげな顔を浮かべた。双子の顔にそれぞれほおずりしてキスして抱きしめるほどの愛情大放出っぷりだ。 「お父さん……」 「怒ってない、の?」 「なんで怒るんだい」 「だって……」 「わたしたち、悪い子だったから」 その言葉に、アディムは一瞬これ以上ないほど顔をだらしなく緩めてから(夜で一瞬のことだったので双子にはよく見えなかった)にっこりと笑った。 「なに言ってるんだい。お前たちは世界で一番いい子だよ。お父さんが保証する」 「だって……」 「わがままなこと言ったし」 「二人とも、いいかい? お父さんたちはね、お前たちを育てられなかったことをものすごく申し訳なく思っているんだ」 突然真剣な顔になって言い出したアディムに、双子はまた少ししゅんとした。お父さんたちは気にしてるのに、自分たちはさっきお父さんたちを責めるようなことを言ってしまった。 「お父さん……」 「ごめんなさい……」 「謝ることなんてない。謝らなくちゃいけないのは僕たちの方なんだ。本当に何度謝っても許されはしないようなことだと思っている。――お前たちを赤ん坊から育てられなかったことは」 『………………』 「だから――赤ちゃんができたって聞いた時、本当に嬉しかったんだよ。お前たちにできなかったことをしてやれる。僕たちの罪を償うことができるって」 「……罪?」 「うん――親としてちゃんと最初からやり直せるって、そう思ったんだ。ようやくちゃんとした親になれるって。……一人前の親になりたかったんだよ。そうすれば、お前たちにも少しでも報いられるんじゃないかってね」 「…………」 「でも――やっぱり僕はまだまだ駄目な親だね。お前たちにそんな思いをさせてちゃどうしようもない」 「そんなことない! これはわたしたちのわがままだもの――」 必死に言うルビアに、アディムは微笑む。 「わがまま言って、いいんだよ」 「え――」 「お父さんたちは八年間と十年間もお前たちになにもしてあげられなかった。だからいっぱいわがまま言っていいんだよ。僕たちはそれをかなえてあげられるのがとっても嬉しいんだ。お父さんたちはお前たちを甘やかしたくてしょうがないんだから。お前たちがわがままを言ってくれることが、僕たちはとても嬉しい」 「お父さん……」 「あ、でも、あんまりよくないわがままは聞いてあげられないけどね。お前たちにやっていいこと悪いことを教えるのも、親の大切な仕事なんだから」 「お父さん……!」 ぎゅっと二人揃って思いきりアディムを抱きしめる。アディムも強く抱き返してくれた。 「ごめんね、セデル、ルビア……お父さんは、これからもうんとお前たちを大切にするからね……愛は増えるものなんだって、教えてあげるからね……」 優しい声。暖かい声。それに力を得て双子はすりすりとアディムに顔を摺り寄せた。 お父さんがそう言ってくれるなら、大丈夫。お父さんの気持ちが、ボクとわたしを大好きだって言ってくれてるのちゃんとわかったから。 赤ちゃんはずるくない。誰もずるくない。だってお父さんとお母さんはボクとわたしを大好きだって言ってくれてるんだもの。 だから、赤ちゃんにも、生まれてきたらいっぱい大好きだよって言ってあげよう。 セデルとルビアは視線を交わして、にこっと笑ってうなずきあった。 「…………………………………………」 「坊ちゃん、ではなくアディム王。少し落ち着いてください」 うろうろうろうろと王の間をうろつくアディムに、サンチョがそう声をかけるのはもう十二度目だ。 だがセデルとルビアもそんな風にうろうろしたい気持ちだった。 だって、もうすぐ赤ちゃんが生まれるんだもん。 毎日少しずつ大きくなっていったお母さんのお腹。そこから赤ちゃんが生まれるんだと思うとなんというか、いてもたってもいられない気持ちになってしまう。 「……わたしたちが生まれる時もお父さん、うろうろしたの?」 ふと訪ねると、アディムは珍しく顔を赤らめた。 「……そりゃしたよ。初めてだったから、今よりもっとうろうろしたよ」 「……そうなんだ」 それはなんだか、嬉しいことかもしれない。 『……ホヤァァァッ……』 かすかに聞こえた泣き声に、アディムはばっと顔を上げて階段に突進した。「坊ちゃん!」とサンチョが叫ぶがそんなものおかまいなしにセデルとルビアもあとに続く。 ビアンカの寝ているはずの寝室に突撃すると、ビアンカが疲れの中にも輝かしい誇りの見える笑顔でおくるみを抱いて体を起こしていた。アディムがそっとビアンカから赤ちゃんを受け取る。 静かな、今まで見てきた中で一、二を争うくらい優しい笑顔でそっと赤ん坊を抱きしめて、アディムは歌うように言った。 「アルデリード」 そう言って高々と赤ん坊――アルデリードを差し上げる。 「君はアルデリード・グランバニア――グランバニア第二王子だ!」 「男の子なの?」 こっそり聞くと、ビアンカはにっこりうなずいた。 「そうよ。まだ生まれたばっかりでどっちに似てるかとかもわからないけど――とっても元気な子」 「ふぅん……」 弟ができたんだ。 なんだか不思議な気持ちで、セデルとルビアはその赤ん坊の顔をのぞきこんだ。猿みたいな顔――でもなんだかすごく頼りなさそうで、かよわい感じがした。 「……抱いてみるかい?」 「え、えぇ!?」 赤ちゃん――アルデを差し出されてセデルとルビアはうろたえたが、順番に抱いてみることにした。正直なところ、抱いてみたいと思っていたのだ。 ホヤァァ、ホヤァァと小さな泣き声を上げる赤ん坊を、そっと受け取る。ものすごく頼りなくて今にも壊れてしまいそうでドキドキした。 『ホヤァァ……』 泣き声を上げる赤ん坊を見つめて、触ってみようと指を伸ばす――すると、アルデは泣きながら、ぺち、と小さな小さな手で指に触れた。 「! お父さんお母さん、ルビア! この子……アルデ、ボクの指に触ったよ!」 「えぇ、ホント!? ずるいわよセデル、お母さんだってそんなのまだなのに」 「お兄ちゃん、わたしにも貸して、赤ちゃん!」 「アルデ! お父さんにも触ってくれ! お前を名付けたのは僕なんだし!」 騒ぎながらセデルとルビアは顔を見合わせて笑った。やっぱりお父さんとお母さんが取られちゃうのはさびしいけど、そのくらいは我慢しよう。赤ちゃんはこんなにちっちゃいんだし。 もう、ボクとわたしは、お兄ちゃんお姉ちゃんなんだから! |