魔王が倒される以前とは比べ物にならない人口の増加によって、グランバニア城下町はすでに城壁の外に大きく広がっている。その広がる早さたるや城壁を築くのが間に合わないほどで、新市街と名付けられたその区画は現在のところ身を守るための城壁が存在していない。 魔物が襲ってくることはもはやありえないとはいえ、国防の観点から見れば褒められた事態でないのは明白で、グランバニア兵士や魔物たちに他のところより頻繁に見回りさせると共に、現在五年計画で新しく現在の新市街をさらに大きく包み込む城壁を築く計画が進んでいる。 その新市街のほとんどは新しくやってきた住民の住宅、ないし店なのだが、ひとつ王家御用達とも言えるほど重要――と当代のグランバニア王に目されている――施設があるのだ。 それがグランバニア王立総合学問所。通称、学校であった。 「おっはよー!」 セデルが教室に入ると同時に元気よく挨拶する。教室の方々から即座に挨拶が返ってきた。 「おはよー!」 「セデルくん、おはよう!」 「ルビアちゃんもおはよ!」 その声にセデルはにっと元気な笑みを浮かべ、ルビアは恥じらうような笑みを浮かべて頭を下げる。毎朝恒例の光景だった。 学校が始まった当初は(この学校はまだ開校してから一年にもならない)世界を救った勇者様にして王子王女であるセデルとルビアは敬遠されていたのだが、そんなことものともせず話しかけるセデルの天真爛漫な明るさと、ルビアのこっそり教室に花を生けるような健気な可愛らしさにほだされ、いまやクラスのほとんどがこの二人の友達になっている。 ほとんど、というのはどんなところでもそうであるように、そういう人気のある存在を目の仇にするタイプの人間もいるためだ。 「なーにがおっはよーだよ。ガキみてぇ、ばっかじゃねぇの?」 聞こえよがしにそう言ったのは、ドリオ。最近この城下町にやってきた家族の子供で、なにかにつけてセデルにつっかかるガキ大将気質の少年である。 セデルはむっとした顔になった。最初の頃は愛想よく話しかけていたのだが、ドリオはどんなことを言ってもひねくれた答えしか返さないのだ、機嫌も悪くなる。 「朝はおはようって言うものだろ」 「この年になってみんなにごあいさつーっていうのがバカみてぇだっての」 「いいじゃん、バカみたいでも。ボク、みんなにあいさつしたかったんだもん」 「けっ、勝手に言ってろ」 言うとドリオは席から立ち上がり、セデルのうしろで少し泣きそうになりながらも必死にこちらを睨んでくるルビアに近寄り、ふんと鼻を鳴らした。 「いっつも兄貴のうしろに隠れてんじゃねぇよ。臆病女」 「…………!」 「ルビアをいじめると許さないぞっ!」 セデルが即座にルビアを庇い前に立ち睨みつける。周囲のクラスメイトからも非難の視線が突き刺さった。 だが、ドリオは意に介した風もなく、ふんと鼻を鳴らして数人の取り巻きを引き連れ教室を出て行く。クラスメイトたちがわっと二人のそばに押し寄せた。 「ドリオの奴、ひどいわよね! 自分のこと何様だと思ってるのかしら!」 「セデルくんに突っかかるし、ルビアちゃんに意地悪言うし。最低よあいつ」 「気にすんなよセデル、ルビア。俺たちみんなお前らの味方だからな」 「うん、ありがと、みんな」 「ありがとう……」 王子と王女は微笑んだ。大丈夫、一人ぐらい意地悪な奴がいたって平気だ。友達はいっぱいいるんだもん。 その朗らかな笑顔と儚げな笑顔に、クラスメイトたちは顔を赤らめた。この双子の性格と容色は、実際ほとんどの人間にたまらなく眩しく映るのだ。 授業の間、ルビアは真面目に授業を受けているが、セデルは舟を漕いでいるかぼーっとしているか退屈に耐えかねて落書きしているかがほとんどだった。セデルはじっとしていることが苦手で、黙って座って人の話を聞く、などというのはその最たるものに属する。なので学校の勉強は体育のように体を使うもの以外はどれもうしろから数えたほうが早かった。 今日もかっくんかっくん落ちる顎を必死に持ち上げて授業を受けていると、ぽん、と丸めたノートの切れ端が机の上の転がってきた。 どこからきたんだろう、と周囲を見渡して、三つ先の机の友達が小さく手を振っているのを見つける。嬉しくなってにこっと笑い、切れ端を開いた。 『お前んち、セレブリティパス持ってるってホント?』 セデルたちが王子王女だということは、クラスメイトたちの間ではもうほとんど意識されなくなっている。よってグランバニア王家であろうともセデルたちに関することならお前んち∴オいだ。 セデルはすぐさまノートを破り、返事を書いて紙飛行機にして飛ばした。 『ホントだよ。お父さんが手に入れてくれたんだ』 すぐさま返事が返ってくる。 『いいなー、俺すごろくって一回しかやったことないんだ、すごろく券ってなかなか手に入んないから』 『今度みんなで一緒にすごろくやりに行こうか? ボクたち世界中のすごろく場に行ったことあるからルーラで飛べるよ』 さらにそう返事を返すと、友達は興奮した様子で返事を書き――さらに切れ端を放り投げたが、今度はその切れ端は狙いが逸れて床に転がった。 慌てて拾おうと席を立つが、セデルが紙を拾うのとほぼ同時にドリオが手を上げて声を発した。 「せんせぇー」 黒板に板書していた先生が振り向いて、セデルと目が合う。 「なんですか、ドリオくん。……セデルくん、席に戻りなさい」 セデルの名を呼ぶ時は少しばかり気後れが声に出ている。いかに王から王子王女といえど学校では他の生徒と平等に扱うように、と厳にお達しがあるとはいえ、将来この国を治める人間に偉そうな口を叩くのは恐ろしい。 だが、ドリオはそんな感情など無視して、にやにやと言った。 「セデルが授業中に紙投げて遊んでますー」 「…………」 セデルはむっと唇を尖らせた。確かにそうだが、教師たちといえど鬼ではない、授業中の軽い遊びぐらい度を越さなければ許してくれるのが暗黙の了解なのに。 先生にわざわざ言いつけるなんて、意地悪だ。これじゃ先生も叱らざるをえないじゃないか。 先生もそう思ったようで、少し困った顔をしたが、王子を贔屓しているととられるのもよくないと思ったのだろう、厳しい顔を作って言った。 「セデルくん、いけませんよ。昼休みに私の部屋に来なさい」 「はぁい……」 また課題を出されるのか、とうんざりしながら、セデルはうなずいた。 「ただいまー! あーおなか減ったー!」 昼休みが始まってすぐ先生のところでいくつか課題を終わらせなければならなかったセデルは、教室に戻ってくるなり明るい笑顔でそう言った。昼食を取っていたクラスメイトたちの顔が思わず緩む。 「お兄ちゃん、待ってたの。一緒に食べましょ?」 「うわー、ルビア、ありがとう! 早く食べよ食べよ!」 にこにこと笑いかけるルビアと笑い返すセデル。「仲いいねー」などと冷やかす者はもういない。この二人がどれだけ仲がいいかはクラス全員よくわかっていたからだ。 セデルは自分の席について鞄をあさったが、すぐに眉をひそめた。 「あれ? あれれ? お弁当がないよ?」 学校では全員自宅から弁当を持ってきて昼食にする。弁当がなければ昼食は抜きになってしまうのだ。 「お兄ちゃん……忘れてきちゃったの?」 「うん……そうみたい……」 「うわ、大丈夫セデルくん? みんなでちょっとずつお弁当を分けてあげようか?」 「ホント!? わーい、ありがとう!」 「みんな、ありがとう」 妙な遠慮などせず素直に喜ぶセデル。遠慮深げながらも微笑んで頭を下げるルビア。クラスメイトたちは顔を緩め、「気にすんなよ」「大したことじゃないわよ」などと言葉をかけた。 「めーわくだよなぁ、王子様だってのに俺たち貧乏人から飯取り上げるなんてよ」 そんな意地悪な声を出したのはもちろんドリオだ。ルビアはさっと顔を赤らめ、セデルはきゅっと唇を引き結んでドリオを見る。 「なんだよ、それ」 「お前王子様のくせして、しかも勇者さまのくせして俺たちに飯たかるのかよ? 俺たちよりずーっとずーっと金持ちなんだろ? 外行ってなんか買ってくればいいんじゃねぇの?」 「買い食いはしちゃ駄目って決まりだろっ。……お小遣い、もうあんまり残ってないし」 「へぇぇ、王子様は俺たちよりいっぱい小遣いもらってるのにもう使い切っちまうんだ? ずいぶんとぜーたくにできてるんだな」 「……っ」 セデルはぐっと拳を握り締めた。クラスメイトたちが非難の視線をドリオに浴びせるが、ドリオは動じた様子も見せない。ルビアが泣きそうになっているのを察知して、セデルはきっとドリオを睨んで前に出た。 「いい加減にしろよっ。君はなにが気に入らないんだよっ。毎回毎回意地悪ばっか言ってさっ。はっきり言ってくれなきゃわかんないよ、いい加減にしないとボク怒るよっ」 ドリオはその言葉に、セデルを睨みつけて口を歪めた。 「なにが気に入らないって? なんもかもだよ、お前のなんもかもが気に入らないんだよっ。その顔も性格も言ったりやったりすることも、ぜーんぶ全部気に入らないんだよっ! お前がいると苛々するんだよ、ムカつくんだよ! お前学校くんなよ、帰れ馬鹿野郎っ!」 「…………」 ここまで悪し様に言われたことがなかったセデルは一瞬固まった。ルビアもクラスメイトたちもそのあまりの言いように同様に固まる。 ――と、そこにばさばさと羽音が聞こえてきた。 「セデル坊ちゃんー。弁当忘れはったやろー、持ってきたったでー」 「……ドラきち」 凍りついた空気が一瞬緩む。グランバニアの城下町に住む人間なら、誰しも魔物たちが街をうろつく姿を見たことがある。クラスメイトのほとんどはセデルやルビアと魔物たちが話している姿も見たことがあるし紹介してもらった者もいるのだ。魔物を怖がる子と可愛がる子の率は半々というところだが。 が、そこにドリオがまた毒に満ちた声をかける。 「ふん、そんな魔物なんかに弁当持ってきてもらってんのか。そんな汚ぇ弁当よく食えるよな」 セデルがきっとドリオを睨んだ。 「なにが汚いっていうんだよ」 「魔物の触った弁当なんて汚ぇに決まってんだろ? 魔物なんかと仲良くしちゃってバカじゃねぇの、汚ぇな! 魔物使いの王様っていうのもサイテーのバカだぜ、魔物仲間にするなんてさ!」 「………!」 セデルは生まれて初めて、人間に対してカッとなった。 たたっと駆け寄って、どん、とドリオの胸を突く。セデルとしては、軽く突いただけのつもりだった。 だが、セデルは自分のレベルを上げまくった力を甘く見ていた。軽くとはいえそれは日常レベルではなく戦闘レベルの軽く≠セったのだ。 ドリオは一瞬で十m近く吹っ飛び、あっさり意識を失った。 「………………」 セデルはビアンカから数歩遅れて、家への帰り道を歩いている。 ルビアはビアンカの隣で、ときおり心配そうに兄を振り返りながら歩いていた。 ビアンカは振り返らずに、ただ前を見て歩いている。 ――あのあと。ドリオを吹っ飛ばしてしまったあと。 当然のことながら教室は大騒ぎになった。セデルは慌ててベホマをかけたのだが、ドリオは意識を取り戻しはしなかった。 先生が飛んできて、大慌てで病院に連れていった。ドリオは裏社会とも繋がりのあるという商人の息子で、怪我をさせたらまずい子供だったのだそうだ。 しかし王子で勇者なセデルをこういう時どう叱ればいいのかわからず、学校の教師たちはグランバニア王妃ビアンカに報告して裁可を仰いだ。王子王女絡みのトラブルはまずビアンカに報告するように、と言われていたからだ。 ビアンカはすぐさまやってきてセデル、教師、生徒、ドラきちから話を聞くと、さっそく見舞いに行ってセデルともどもドリオの親に頭を下げた。ドリオはまだ意識を取り戻してはいなかったが、ベホマのおかげで命に別状はなく、じき意識を取り戻すだろうと医者は保証した。 ドリオの親は思ったよりも人格者で、詳しい話を聞くと、謝ることはない、と逆に頭を下げてきた。 「こいつには起きたらみっちり説教してやりますんで、勘弁してくださいよ、王子様」 そう言って笑うドリオの親にセデルはぎこちない笑みを浮かべた。ドリオの言葉のあとに『王子様』と呼ばれるのはいい気分ではなかった。 ――そして今、こうして一緒に帰ってきているのだが。 「………お母さん」 セデルのめったに出さない暗い声に、ビアンカは振り向いて微笑んだ。 「なに、セデル?」 「……ボク、いけないことをしたんだよね」 「そう思う?」 「うん……ドリオくんにあんな怪我させちゃったし、お母さんやルビアにも迷惑かけちゃったし」 「わたしそんなの気にしてない! お兄ちゃんの役に立てたら嬉しいもの!」 「私のことも気にしなくていいわよ。こういう時に頭を下げるのが親の仕事だもの。あなたたちは普段ほんとにいい子だから、こういう機会ってなかったものねぇ。このくらいは親に苦労させてもいいと思うわよ?」 ビアンカの明るい声に、セデルはいくぶん気が楽になったが、それでも気分は上向きにはならなかった。 「……でも、悪いことしちゃったんだよね?」 「うーん、そうね。あんまりいいことではないかな?」 「……そうだよね。なのにボク、ドリオくんにホントにホントにごめんなさいって謝れないんだ」 「………そう?」 「うん……ボクも悪かったけどドリオくんも悪いよって考えちゃう。ボク、自分のことはちょっとぐらい悪く言われても平気だけどさ、お父さんや友達のこと悪く言われたら、すごく腹立っちゃうよ。怒っちゃうよ。絶対に謝らせてやるって思っちゃうよ」 珍しく少し泣きそうな顔でビアンカを見上げ。 「そういうのって、間違ってるのかなぁ?」 「そうねぇ……」 セデルの訴えに、ビアンカは少し思案するように首を傾げた。 「間違ってはいないわよ。確かに話を聞いた限りじゃ、ドリオって子がずいぶんむちゃくちゃ言ったみたいだしね」 「………そう?」 「でも、だからって力に訴えたのはよくないわね。人間には言葉があるんだから、できる限り言葉で分かり合わなきゃ」 「そうだよね……」 「明日学校に来た時に、なんでそんなこと言うのか聞いてごらんなさい。それでもちゃんとした答えが返ってこないんだったら、もうその子は話の通じない可哀想な子なんだと思って放っておいてあげればいいわ」 「うん……でも、ボク、ドリオくんともちゃんと仲良くなりたいよ」 寂しげな顔と口調で言うセデルに、ビアンカは苦笑した。本当に、この子は我が子ながらどこまでいい子なんだろう。 「わかったわ。あんまり無理しちゃ駄目よ」 「うん!」 こくんとうなずくセデルの顔には決意が見えた。 ルビアはそんなセデルを眩しそうに見ている。このどこまでも前向きな思考はルビアにはないものだ(ルビアの弱いものや儚いものに対する繊細な感性と優しさがセデルにないのと同じように)。 でもこの子たちは本当に仲のいいいい子だわ、とビアンカは微笑み――遠くからどんどん近づいてくるアディムの声に顔をしかめた。 「セデルゥゥゥゥ! ルビアァァァァ! 無事かいぃぃぃ!」 帰るまで話は伝えるなと言ったのに、と嘆息するビアンカに気づかず、セデルとルビアは「お父さーん!」と言って手を振った。 話を聞いたアディムはセデルたちには気づかれないように怒り狂い、「お父さんが話をしてみようか……」と止めをさす気満々な声で言ったのだが、セデルは首を振った。 「ボク、自分の力でやってみたいんだ。お父さん、お願い、ボクに頑張らせて」 アディムは息子の成長の喜びと寂しさに思わず全力でセデルを抱きしめたが(同様にルビアも抱きしめた)、セデルにはさして痛くはなかった。 ようし、頑張るぞーと決意をこめて、ルビアと共に教室に飛び込み挨拶する。 「おっはよー!」 「あ、おはよう……」 「セデルくん、大丈夫だった?」 クラスメイトたちの挨拶はいくぶんテンションが低かった。昨日の騒ぎでセデルがどうなったか心配していたのだろう。 「うん、大丈夫。ドリオくん来てる?」 「まだだけど……」 とたん教室中がざわめいた。セデルの入ってきた反対側の扉から、ドリオが入ってきたのだ。 「ドリオくん!」 セデルが声を上げると、ドリオは小さく目を見開いてこちらに歩み寄ってきた。 「あのね、ドリオくん……」 話し出したセデルを、ドリオは遮った。 「ちょっと、顔貸せよ」 「……なんでこんなところに?」 土埃舞う新市街の外れに連れてこられ、セデルは首を傾げた。 ドリオはそれに答えずに、じっとセデルを見て、子供なりに精一杯重々しい口調で言う。 「お前、本気出したらどれくらい強い」 「え?」 その質問にセデルは少し戸惑ったが、正直に言う。 「えっと、ヘルバトラーと戦って回復せずに勝てるぐらい」 「……それじゃわかんねぇよ。お前の全力、俺にもわかるように見せてくれ」 「え……」 「この鋼鉄の剣使っていいから」 渡された剣を受け取り、セデルはしばし考えた。ドリオくん、なに考えてるんだろう。 だがすぐにやめた。考えたってしょうがないや、ドリオくんがこんなに真剣に頼んでるんだから聞いてあげよう。 セデルは剣を抜き、構えた。愛用の天空の剣とは軽さがまったく異なるが、練習ではこのくらいの重さの剣を使うこともある。 すぅ、と息を吸い、吐く。数度繰り返しただけで身体から立ち上る氣に気圧されたのか、ドリオがごくりと唾を飲み込むのがわかった。 「ふぅぅ……」 大きく、高々と剣を振り上げ―― 「せっ!」 疾風のように振り下ろす! そのとたん、数歩先にあった大きな岩に、ビシィ! と切れ目が入った。明らかに人為的な切れ目――セデルの剣気と剣圧に押され、岩が割れたのだ。 それからつかつかと岩に歩み寄り、ごん、とやや力をこめて拳を振り下ろす。その力に負けて、岩があっさりと割れた。 「わかった?」 やっぱり実戦じゃないとわかりにくいと思うんだけどな、と思いつつドリオの方を向くと、ドリオは震えていた。 震えながら、涙をだあだあこぼしていた。 「ド、ドリオくんどうしたの!? 大丈夫、どっか痛いの!?」 「ちげーよ、バカ……」 ドリオはがっしとセデルの肩をつかんだ。 「お前、やっぱすげーよ……めちゃくちゃすげーよ……」 「そ、そう?」 なんだかよくわからないが感動しているらしい。ドリオはまだ泣きながら熱に浮かされたような口調で言葉を連ねる。 「俺はな、この街に来る前はいろんな街転々としたけど、どの街でもガキ大将ってのやってた。けど、魔王を倒して世界を救った勇者が自分と同い年だったって聞いて、憧れるのとおんなじくらい、俺だって勇者になれたんじゃって思ったんだ」 「………はぁ」 「そんでこの街にくる時、勇者に会えるかもって楽しみにしてた。どんな奴なのかとか知りたいってのも会ったけど、それより勝負挑んで勝ってやりたいって思ってたんだ」 「うん、それで?」 「けど実際会ってみたら勇者のお前は優男なのは知ってたけど、女なんかとべちゃべちゃ喋ってるし。勇者っぽい気合入ったとこ見せないし。すごーく腹立ったんだ」 「そうなの?」 「うん。そんでお前から勝負挑んでこさせようと思って、いろいろ言ったりやったりしたんだ」 「ふぅん……」 「でも、わかった。勇者ってホントにホントに強いんだな。俺なんか相手にもならないくらい。それわかって、なんか嬉しくて、ほっとした」 「そっか」 「うん」 涙を拭いて男の子らしい元気な顔になったドリオに、セデルは真面目な顔を作って言った。 「でも、だからってルビアやドラきちやお父さんの悪口言ったのがいいってことにはならないからね」 「う……」 そこで初めてドリオは少し決まり悪げな顔になり、身を縮めた。 「わ、悪かったよ……父ちゃんにも怒鳴られたんだ、そのことは」 「だったらちゃんと謝ってよ。ボクと、ルビアと、ドラきちと、お父さんにも。そうしないと許してあげない」 きっと睨まれ、ドリオは少し唇を尖らせたが、逆らわずに小さく頭を下げた。 「……ごめんなさい」 「うん」 セデルはにっと笑いかけて手を突き出した。 「仲直りの握手!」 ドリオはちょっと驚いた顔をしたが、結局同じようににっと笑って、手を突き出して握手したのだった。 ……そんなほのぼのとした光景を影からこっそりアディムが見守っており、「ああっ……なんていい子なんだセデルっ、今すぐ駆け寄って抱きしめてあげたいっ! しかしそれにつけてもあの男の子は許せん、あんなくだらない嫉妬でセデルをいじめるなんて、今度こっそりシメておかなくちゃ……!」などと思っていることは二人とも知る由もない。 むろん、ドリオが律儀に謝りに来た時、ガンつけビビらせ作戦を実際に決行しドリオを泣かせることも。 |