月を呑む(1)

 烏の濡れた羽のように、暗い夜だった。
 烏哭はひとり、仮住まいをしている宿の一室でがくの音とたわむれるようにして時間を潰していた。
 宿とはいっても、平屋造りの民家を改造した簡素なところで、部屋からは風情のある庭がよく見えるようになっている。
 もっとも、今夜は暗くてその細部はよく分からない。ただ、散りそびれた金木犀きんもくせいがくすんだ香りを空気に乗せて届けてくるのが感じられるだけだ。
 ただひたすら、嫋々じょうじょうと烏哭が奏でる琵琶の音が闇に響く。
 嫋嫋
 嫋嫋嫋嫋
 嫋嫋
「ボクにお呼びだなんて……珍しいね」
 闇のような黒髪を揺らすようにして、烏哭が呟いた。皮肉で端正なその面立ちは闇に溶けて曖昧にけぶっている。
 嫋
「悪いけど、酒はないよ」
 相手からの返答はない。
 嫋嫋嫋嫋嫋嫋
 嫋嫋嫋嫋
 嫋嫋

 嫋
 烏哭三蔵法師は弾いていた琵琶の音を止めもせずに後ろを振り返った。
 そこには確かに「何か」の気配があった。彼はそのまま、闇に向かって呟いた。
「そうなの、江流がねェ」
 嫋嫋と相変わらず琵琶を弾きながら烏哭は口元を歪めた。見えない「何か」と会話しているようだ。
「まぁ、奴さんがそうなるのも無理もないっていえばないけどねェ」
 嫋嫋嫋嫋
 嫋嫋
「……分かったよ。分かった。引き受けるよ。ボクが」
 烏哭は床に琵琶を静かに置いた。途端に「何か」の気配は霧散し、あとには夜の冷たい空気だけが残った。
「アンタの頼みじゃね」
 烏哭はひとりごちた。まるでそれに呼応するかのように叢雲むらくもから月が出でて、辺りを炯炯けいけいと照らし出した。
 寂しい晩秋の頃であった。


 辺りの空気はよどんで暗かった。



 その翌日。
 烏哭は昨夜訪れた「何か」の頼みどおり、長安の外れまで足を向けていた。
 自分でも物好きな頼みごとをきいたものだと、自嘲の笑みにその口元を歪めながら、ひたすら道を歩いていた。
 歩きに歩いて着いたのはやっと日の暮れかけた頃だった。
「ここ? 」
 烏哭はある寺の門前で足を止めた。被っていた菅笠すげがさを脱いであたりの様子を伺う。周囲に人の気配は全くなかった。
 古色蒼然というよりも、いっそ年月に任せるがまま荒れ果てた寺だった。門前にある山門の柱は腐り、今にも崩れ落ちてきそうだ。
 烏哭は黙って寺の門をくぐった。足の下で枯れ木が折れる音すらもの哀しい。微かに風がそよぎ、烏哭の担いでいる荷物に落ち葉がはらはらと散りかかった。
 山門をくぐると、寺の本堂へと続く石段が現れる。烏哭は石段に足をかけた。
 人の通った気配はここにもない。

 静まり返った本堂への石段を、烏哭が歩いていると何処かで烏の鳴く声が聞こえた。その哀しい声は夕暮れ時の寺所にひときわ侘しく響いた。
 冷たい秋の空気を嗅ぎながら、烏哭は長い石段をようやく登り終えた。付近の視界がひらけ、寺の本堂が目の前に現れた。
 烏哭は思わず眼鏡を掛けなおした。
 入り口の山門の様子から想像がついていたとはいえ、ひどく荒れ果てた寺だった。
 荒廃した伽藍がらん――――屋根は瓦がくしの歯が抜けるように欠け、柱という柱は歪んでいるようだった。外から見える窓格子は所々が折れ、酷い状態だ。
 手入れをする人もない寺の庭に、秋の草花が雑草に混じって風にそよぎ、石造りの地蔵尊達が埋もれるようにして、訪れる人もない寺を静かに守っている。
 完全な廃寺だった。
 寂しさも極まって凄みさえ感じさせる荒れ方だ。
 烏哭は立ち止まり、呆れたように頭を掻いていたが、そのうち首を傾げて懐をまさぐった。煙草でも吸おうと思ったのである。
 想像以上に崩れた佇まいの寺であった。
 あばら屋としか思えぬ本堂が間近に見え、そこで一服しようと烏哭が歩を進めたとき、奥に人影が見えた。
――――あれは。
 烏哭は目をすがめた。
――――昔所造諸悪業がしゃくしょぞうしょあくごう 皆由無始貪瞋癡かいゆうむしとんじんち 従身語意之所生じゅうしんごいししょしょう 一切我皆懺悔いっさいがこんかいさんげ
 朗々と経を読む声が聞こえてくる。高らかで凄烈な声だ。その声には聞き覚えがあった。
「これはこれは、勤行ご苦労サマ。エライよねェ」
 烏哭は本堂に上がって経を上げている人物に声をかけた。足もとの畳がみしりと鳴る。腐っていた。それにかまわず、読経している相手の背に向かって言った。
「こんなところでお目にかかれるとはね」
 烏哭が、本堂の内部に目を走らせる。仏像と仏像の間まで蜘蛛の巣が張っていた。
「ねぇ……玄奘三蔵法師サマ」
 経を読んでいた男が黙って振り返った。金糸のような前髪が揺れ、紫の目がその奥で苛烈に光った。
 確かにそれは三蔵だった。
「何しに来やがった」
 手短でぞんざいな、いつもの調子で三蔵は言った。
「あら、冷たいネェ。ほーらこれこれ」
 烏哭は荷物の中から、酒瓶を取り出して口元を釣り上げた。
「ヤらない? 」
 聖域たる寺の本堂に、酒の徳利や猪口をかまわず並べだした。
 烏哭がにやりと笑う。人を喰ったような笑顔だ。この男の持ち味であるその飄々とした仕草はこの荒れ寺に妙に似合った。
 呆れたように三蔵が返す。
「……本当に何しに来やがったんだ。あんた」
 烏哭が愉しげに喉の奥で笑った。
「なんか、思い出すでショ、……光明のこと」
 突然出された人物の名に、三蔵の動きが止まる。
「あんたは……」
 そんな三蔵にかまわず、烏哭が杯に酒を注いだ。
「まずは一献」
 烏哭はそういって三蔵に酒を勧める。
「ったく」
 悪態を呟きながら三蔵はしぶしぶ杯を手にとった。法衣の袖をからげて呑むその姿は様になっている。
 烏哭はそんな三蔵を目の隅に捕らえ、密かに観察した。

――――痩せた。

 もともと痩躯だが、これほど不健康に見えたことはなかった。首からつながる鎖骨の線が、浮き出て、ただでさえ細面の美貌の頬がこけ、あごが尖っていた。
 そのため元々この男の内面に潜んでいた、修羅か羅刹のような凄まじさが、隠しようもなく表にむき出しになっている。
 金糸の髪も以前よりはその艶を失い、顔色も悪く見えた。
 なにより、鬼気迫る形相に面がわりしていた。全身から濃い死臭が漂っているようだ。
 烏哭は静かに自分の杯を手にとり口に運んだ。すがめた目つきで三蔵を見やる。
 「何か」に相談されたときに感じた「疑い」は、直接三蔵に会うことによっていまや烏哭のなかで「確信」に変化していた。
「噂……聞いたんでね。あるヒトから」
「噂? 」
「うん」
 烏哭はそこでいったん話を切り、本堂の外を眺めた。
 本堂の四方の扉は開け放たれており、ちょうど日が沈むところだった。鮮やかな夕日の光が目に突き刺さるようだ。
 しばらくその光景を眺めていた烏哭がさり気ない調子で呟いた。
「キミ、八戒ちゃんどうした? 」
 ざらりと
――――さり気なさを装っていても、どこか言葉の調子に含まれた違和感は否めなかった。
 三蔵の表情が凍る。

 その瞬間。ようやく日が落ちた。
 あたりは射干玉ぬばたまの闇に閉ざされた。


「八戒ちゃんどこにいるの」
 烏哭がなおも言葉を継ぐと、本堂に不気味な低い笑い声が地を這うように響きだした。
「く……くっくっくっく」
 笑っていたのは三蔵だった。
「江流」
 烏哭が珍しく真面目な様子でその眉根を寄せた。
「あいつは俺と一緒にいる」
「一緒って」
「一緒だ」
 三蔵はそう言うと、手元の杯を一気に呑み干した。怪訝けげんそうな顔つきで烏哭が呟いた。
「ここに住んでるの? いやそんなハズはないよね。ボク聞いたモン……八戒ちゃんは」
「言うな! 」
 三蔵が叫んだ。いや叫んだというより獣のように吠えた。それにかまわず烏哭は続けた。
「キミをかばって死んだって」

――――弾よけぐらいにはなりますよ。三蔵。
 そう言って、よく笑っていた八戒。

 冗談だと、思っていた。
 でも本当に

 烏哭が無慈悲になおも続けた。
「妖怪に囲まれたとき、キミに切りかかってきたヤツの前に立ちふさがって……そのまま……それで死んだって聞いたけど」



 三蔵の目の前で、世界が紅く反転する。鮮やかな紅。紅蓮ぐれんの血。
 戦闘の最中、背後で鈍く生々しい音がして振り向いたら、あいつが地面に倒れ込むところだった。
 八戒の背中と胸を貫通して走る刀傷。その瞬間、世界が止まったように思った。
「八戒ッ! おい! 八戒ッ! 」
 思わず駆け寄り、抱きしめた腕が瞬く間に血で染まる。悪い夢でも見ているようだった。
「さん……ぞ……は……無事? 」
 肺を完全に貫通したのだろう、しゃべると口から血が噴くように流れ出してくる。咳き込みながら八戒はそれでも三蔵に言った。
「……しゃべるな! しゃべるんじゃねェ 」
 血が。
 だくだくと。
 腕に体に服に地面に。あふれてあとからあとから流れでる。まるで血の入っていた皮袋を破いたみたいに、止めようがなく後から後から。八戒の体から、たくさんのたくさんの血が。いっぱい。ほんとうにいっぱい。周囲は血で染まった。
「さ……ぞが無事で……よか……っ」
そのまま八戒は絶命した。


 それで。
 それから? それから――――怒りに任せて三蔵は妖怪どもを殺し、そして――――
 三蔵は八戒の亡骸を抱えたまま姿を消した。何処へとも、誰にも告げずに。



「みんな心配してるみたいよ」
 烏哭が三蔵に声をかける。
「みんなって」
 気の抜けたような声で三蔵が呟いた。
「ホラ、キミの仲間の悟浄とか悟空くんだっけ? あと三仏神とか慶雲院のミナサンとか」
「ああ」
 三蔵は無関心な調子で応えた。今や全てが遠い事のようだったからだ。
 烏哭は本堂のなかを見渡した。仏前には、朝に夕に三蔵が曲がりなりにも僧らしく続けていた勤行の跡が見える。
 蝋燭ろうそくや、線香の燃えさし。あげられた経の気配と、護摩ごまを焚いた経木の残り香がくすぶっている。
 しかし、それらは死者の供養をしていた様子とは違った。
 烏哭は今度こそ真正面から三蔵を見据えた。いつもは虚無を溶かしたような黒い瞳に珍しく生気がひらめく。真剣な様子で三蔵に問う。
「キミ、八戒ちゃんどこにやった? 」


――――あのとき。
 三蔵は八戒の亡骸なきがらを抱えて、あてどなく歩いていた。気がつけば何時間も歩いていた。
 不思議に疲れは感じなかった。ひと気の無い街道を、無意識に選んで歩いてはいたが、ときおり人とすれ違うこともあった。
 行き交う人々は美貌の羅刹のごとき三蔵が、たおやかな青年の亡骸を抱えて行過ぎるのを呆然と声も無く見送った。
 しかし、三蔵にはそんなことは、もうどうでもいいことだった。
 抱えている八戒の躰から、ときおり血がぼたりと地面に落ち、それが三蔵にはもったいなく感じられた。ただでさえ飛んでいってしまった八戒の何かが、更に減ってしまうような気がした。
 もはや精神が霧散し、肉という物質のみとなった腕のなかの八戒は単なる「もの」なのかもしれない。
 しかし、三蔵には八戒を放っておくなんてことはできそうもなかった。あてもなく、永遠と思われるほどに歩いた。歩いて、歩いて、歩くという動作によって悲しみを消そうかというかのように歩いた。
歩くことによって現実から逃げようとするかのように歩いた。

 そして三蔵は街の相当離れた外れに、この廃寺を見つけたのだ。

 荒れた寺の中には人ひとりとしていなかった。三蔵はようやく安心して八戒を腕から降ろした。注意深くその躰を本堂脇間の畳の上に横たえる。魂の抜けた八戒の躰。もはや物質となった八戒の躰。
 それでも、最後の最後に三蔵の無事を確認できた安堵あんどからか、その死に顔は優しく口元は笑みを浮かべているようだった。
 三蔵が愛した柔らかな笑みを浮かべたまま息を引き取った奇跡に感謝するように、三蔵はまじまじと八戒の顔を眺めた。
 息を吹き返さないのが、不思議なくらいであった。生前と違うのは、胸の辺りに孔が開いており、そこから下の衣服や躰が真っ赤に染まっていることだった。それさえなければ、生きているときと変わらないように見えた。
 三蔵は自分の荷物を探った。夜寝るときの夜着が出てきた。浴衣のようなそれを、八戒に着せようと、血まみれの服を脱がせにかかった。
 自分が酷く難儀なことをしようとしているのが、試みて直ぐに分かった。
 既に八戒の肉体は死後硬直が始まりつつあった。袖を抜こうとしても腕が曲がらない。
 関節が鈍く鳴る音を数回させて何度か試みていた三蔵だったが、無理だと知ると、そのまま、八戒の服を引き裂いた。ボタンが飛び、布の裂かれる厭な音が本堂の中に響く。
 現れた八戒の躰をそのまま布でぬぐうと、その肌はいまだに甘く艶やかだった。その面は相変わらず、微笑みに彩られている。
 こびりついてとれない血を三蔵は清めようと自分の舌で舐めた。鈍い鉄の味が口いっぱいに広がった。構わずそのまま舌を這わせた。古びた廃寺の本堂に横たわる八戒の姿は、妙に艶めかしかった。
 その白い腕は、三蔵に甘く行為の続きをねだったときと同じくらいしなやかで、その脚は淫らに割り開いた昨夜の閨のときと何一つ変わっていないように思われた。
 鎖骨のあたりには、三蔵がつけた愛咬の跡がまだ微かに残り、鬱血した花びらのように散っていた。
――――鎖骨周辺の皮膚にいまだに跡が残っているのなら、俺が昨日脚の付け根につけたくちづけの跡も残っている筈だ。
 三蔵は腰奥が疼くのを感じながら思った。驚いたことに、情欲の炎はこんなときでも消えてはいなかった。
 八戒の唇は優しく微笑んだ形で静止している。三蔵は誘われるようにして、その唇にくちづけた。
動かしたことにより、新たな血が八戒の傷口から滲んできたが三蔵はもう気にしなかった。
 八戒の冷たい肌を温めようと、肌を重ねる。床に横たえたままの八戒を抱きしめ、その腰を押し付けた。
 熱く滾(たぎ)ってくるものを解放しようと前、をはだけた。屹立した肉塊が頭をもたげて飛び出した。
 八戒はまるで「あいかわらずしょうがない人ですねぇ」というように微笑んだままだった。
――――本堂に三蔵の荒い息づかいだけが響く。八戒を腕に抱きしめたまま腰を前後に動かした。
「はっ……」
 三蔵の逐情する声が漏れ、八戒の血の気の引いた蒼白い躰に、白濁した体液が降りかけられる。
 退廃的で背徳的な獣の交わりに、周囲の闇は一層濃くなった。
 闇が、ふたりの躰に静かに降ってくる。

「悪ィ……こんなことするつもりじゃなかったんだがな」
 三蔵は言い訳するかのように、八戒の耳元に囁いた。八戒は穏やかに微笑んだままだった。
 そのまま、三蔵は八戒を腕に抱いたまま眠った。奇妙な通夜だった。
 翌朝、朝の魔法の光が訪れたらこの悪夢のような事態から覚めることができる。そう自分にいい聞かせるかのように、三蔵は目を閉じた。


 翌朝。
 事態は何も変わらなかった。三蔵はいつまでも八戒の血の気の無くなった白い顔を一日中眺めていた。本当に一日中。気がつけば、ものも食べず、水も飲まず。三蔵は一日八戒に寄り添うようにして過ごしていた。


 翌々日。
 三蔵は本堂須弥壇しゅみだんの前に座り、そらんじていた大般若経を唱えようとした。
 何かをしていないと流石に精神の均衡が保てなそうだと本能的に感じたのだ。顔を上げて、三蔵は奉られている仏の像を見た。
 薬師如来像が鎮座していた。
 その端正な仏像をまじまじと、しばらく声もなく眺めていたが、突然三蔵は声を放って笑い出した。
薬師如来像だということに高僧である三蔵は皮肉な暗喩を感じたのだ。
「オンコロコロセンダリマトウギソワカ……か」
 三蔵は思わず薬師如来真言を口ずさんだ。薬師如来像は寺の本尊として一番多い仏像だ。
 どんな病も治すというこの病魔退散、平癒の仏は古来より民衆の人気がずば抜けて高い。この廃寺ごと薬師如来が打ち捨てられているというのも、別に奇異な感じはしなかった。ありそうなことではあった。
 だけど。
 ここに、三蔵が運び込んだのは病人ではなく八戒の亡骸だ。
 薬師如来といえども病は治せても、死者は治せまい。まるで全てが遅いと、仏にまでいわれているような気がして、三蔵は再び笑い出した。
「くだらねぇ……」
 三蔵は自分がひどく神経質になっていると感じた。正気と狂気の境目にいるような気がした。
 しかし、どうしようもなかった。三蔵は笑った。まるで自分の愚かしい想念ごと笑い飛ばそうとするかのように笑った。
 他に誰もいない廃寺の本堂に、三蔵の笑い声が反響した。読経のために構造上、音がよく通るように造られている須弥壇前では、ことさらその声は響いた。
 そのうち、声には嗚咽が混じるようになってゆき、最後には泣き声になった。



 そうやって何日かが経った。
『困った人ですねぇ。三蔵』
 八戒の微笑みはそういっているようだった。
『僕のことは諦めて、早く土にでも埋めて……忘れて下さい』
「……いやだ」
 三蔵は子どものように八戒に返した。八戒は本堂脇間にある大きな柱に背をもたれさせて、座っている。まるで静かに三蔵の読経を聞いているようだ。
『こんなことをさせるために、僕はあなたを守ったわけじゃありませんよ』
 八戒は穏やかに微笑みながら、そう呟いているようだった。
 庭で秋桜が、風にそよいでいた。



「月を呑む(2)」に続く