三蔵×悟能 後日談(1)

「あっあっさんぞ……さま」
 悟能の身体は甘く蕩けていた。
「いけません……もう……」
 鏡をまたがせて、後ろから穿っていた。
「いや……いやで……」
 涙まじりの羞恥を含むすすり泣きをしているが、三蔵は許してやる気持ちになれなかった。
「はじめて、見るだろ、てめぇのがどんな風にくわえてるのか」
 下に姿見を倒して置いて、そこへ悟能を四つん這いにさせて、獣の体位で犯していた。
「鏡、ちゃんと見ろ、目そらしてるんじゃねぇ」
「ああっ」
 三蔵に抱かれて白い肌は桜色に上気している。ぽた、と三蔵に挿入されている肉の環から透明な泡の混じった体液が鏡へ落ちた。
「お許し……ください」
 落ちた液体は、点々と鏡面についていた。そこだけぼんやりと屈折した歪んだ像を結ぶ。
「ああっあああっ」
 後ろから、三蔵は思いっきり貫いた。
「悟能」
 その細いあごを片手でとらえ、下を向かせようとする。
「強情だな。てめぇ」
「ああッ」
「たまには抱いてくださいとか言ったらどうだ」
 蕩けるように甘い口調で淫らなことをささやかれる。
「お前が自分から欲しがるのを聞きたい……俺にもっと動いて欲しいだろが」
 最高僧様が首の付け根へ音を立てて口づけた。鬱血の紅い花が点々と散った。悟能が四肢を震わせる。恥ずかしくて自分と三蔵の交わりを見ることができないのだ。もう、脳は煮えたようになってしまっていた。
 鏡に映っているのは、醜悪で淫らな情景だった。
「いや……いやで」
 あくまでも抵抗する稚児に業を煮やしたのか三蔵はゆっくりと腰をつかいだした。じらすように、肉棒をぎりぎりまで抜くようにする。
「あ……! 」
 悟能の声がとたんに甘くなった。ぞくぞくするような快感が背筋を上って脳を痺れさせた。
「腰、動いてるぞてめぇ」
 後ろから、耳へ舌を這わされる。ゆっくりと腰を突き出すようにして、ふたたび三蔵の熱い肉を埋められた。ずぷ、ぷ、と卑猥な音を立てて、飲み込んでゆく。
「あああッ……くぅッ」
 悟能は尻をよじりまわした。快感が深すぎた。背後で三蔵が薄く笑う気配がする。
「見てみろ、鏡」
 三蔵が熱い息を耳へ吹き込みながらささやく。
「あ……」
ひく、ひくん、と
 悟能のそれは三蔵をほおばって、ひくひくとわなないていた。
「すげぇいやらしい……孔だな」
「さんッ……」
 羞恥で体が赤く染まる。
「こうやって俺が抜こうとすると」
 そっと三蔵が腰を引いた。
「あああッ」
 悟能が首を振った。ダメだった。痙攣するほど強烈な快感が擦り上げられる粘膜の内側からわきおこってくる。
「……すげぇ、しゃぶりついてくる」
 三蔵は目を閉じて、この若い肉体が与える快楽を味わった。油断すると放ってしまいそうなほど甘美な締め付けだった。
「……ッ! ひぃッ……! 」
 後ろ向きで抱かれていた。獣じみた体位で抱かれていた。三蔵のが抜かれそうになり、ぎりぎりまで腰を引くと、最後の最後、三蔵の一番張り出した雁首が、悟能の腹側にある前立腺を粘膜越しに刺激するのだ。
「あああッ」
 三蔵は寵愛している美童の首筋を背後からなめあげながら、悟能が狂う場所を狙いすましたように何度も穿つ。
「あ……もうッ……あッ」
 悟能は喘いで閉じられなくなった唇から、とろとろと唾液を滴らせた。敷布と鏡を汚してしまう。もう、限界が近い。
「あああああッ」
 三蔵のをくわえたまま、尻を震わせると自分の前を弾けさせた。白い淫らな体液が鏡に放たれる。
「すげぇ出たな」
 穿つのを止めずに三蔵がささやく。
「鏡、見えなくなってきたぞ。てめぇのせいで」
 もう、言葉も話すことができなくなってきた稚児をなおも嬲った。
「お前のでべたべただ。くもって見えやしねぇ」
「ふうッ」
 達したばかりで敏感になってしまっている身体をなおもむさぼられる。三蔵は円をかくようにして、悟能の粘膜をこすりあげる。ねっとりとした情交だった。少年には耐え切れない卑猥なセックスだ。
「中に出してやる。たっぷりとな。よろこべ」
「あ…………」
 もう、ひとの言葉など話せなくなってしまった少年に淫ら事をささやく。最後の責め苦だとばかりに、三蔵の動きが垂直になっていく。直線的に叩き込むようにして穿った。
「く……ふッ」
 悟能はひたすら身体を震わせている。穿ちながら、胸の突起を指の腹で撫で回されて、たまらず仰け反った。甘い、甘い悲鳴をあげてしまう。
「悟能……」
 三蔵が優しくささやいて、動きを止めた。尻を震わせて注ぎ込む。射精している。何度か、より奥へ押し込むような動きをして、可憐な肉体を押さえ込み、その肉筒を精液でいっぱいにした。粘膜が男の白濁液で満たされる淫蕩な感覚が悟能を襲い、その四肢を震わせる。
「あ……」
 稚児はもう耐えられなかった。四つん這いになって獣のように這わされていたが、がくがくと脚を、腕を震わせもう三蔵のとも自分のとも分からない液体で塗れている姿見へと、かまわずに倒れこんだ。
 とろ、と三蔵が引き抜くとき、その感じやすい粘膜は、三蔵へ切なげに絡み付いてきた。亀頭と肉の輪の間に、精液が白く糸をひいた。


 







 次の日、悟能は熱を出した。

「……チッ」
 三蔵様はすこぶる後ろめたい。
 しかし、心配でしょうがない。
 最近、悟能は食が細くなってきた。幸せ太りという言葉があるように、何も心配なく過ごせているなら、何しろ成長期だ。人が止めても食べるようなお年頃だろう。それなのに、あまりものも食べず、かえって痩せてきたのだ。
 心配すぎる。
 何か、悪い病気の兆候なのではあるまいか。
 ふいに湧いた疑念は黒い群雲のように、三蔵の胸中に広がった。
「お世話、できなくて……申し訳ありません」
 ベッドに臥した悟能が儚げな微笑を唇に乗せて、三蔵へ詫びる。その顔の色は白いを通り越して青白い。皮膚の下の静脈が透けて見えそうだ。
「メシを最近、喰わないからだ」
「本当に……申し訳ありません」
「……無理、させちまったな」
 そうだった。まだ年端もいかぬ少年にあんな酷い性技を仕込んで寝かせないのだ。
「とんでもありません。三蔵様のせいなわけありません」
 悟能はベッドの上で健気に微笑んだ。最近その白い面はより白くなり、端正な美貌は端麗に、そして妖麗と呼んだ方がよいほどに変わってきた。艶かしさが増したのだ。
 最高僧様に夜毎抱かれ、オスの情欲のままに貪られ、白い身体を精液まみれにされて、段々と少年は変質してきた。妖艶といった風情がその表情にも気配にも漂う。美しく性的な存在だけが持ちえる凄みのようなものが美少年の身体の中で育ち暗く巣食っている。

「医者に診てもらうか」
 三蔵はぼそりと言った。
「! いやです! 」
 悟能は即答した。手元のシーツを思わずわしづかみにする。恥ずかしかった。夜毎、全身に三蔵の舌が這っている身体だ。性交の跡だらけなのだ。そんな身体を人に見られたくなかった。
「医者、呼ぶからな、いいな」
 三蔵はきっぱりとした口調で稚児に告げた。羞恥などより、悟能のことが心配な気持ちが遥かに強かった。




 そんな訳で、
 こっそりと医者を呼び寄せた。回廊のように入り組んだ廊下を白衣を着た医者が歩いてゆく。先を歩く僧が、声をひそめるようにして三蔵の居室まで案内した。松や楓が美しく、如何にも寺の庭という石組も奥ゆかしい風情の中庭を通り、鏡のように磨きぬかれた廊下を歩き、清々しい僧院の奥の奥の間へと通された。
 寺の中はひのきやけやきの木材のにおいが漂っている。それに合わせるように寺ならではのお香の匂いが立ち込めていた。廊下の要所、要所に香机があって、そこへ置かれた香炉から伽羅や白檀といった香が焚かれているのだ。清冽な場所だった。

 しかし、三蔵の方丈へ通されると、雰囲気は一変した。
 紫檀や鶏翅木、花梨といった贅沢な木材を使用した部屋の内装はこの大唐亜一の最高僧様の居室にふさわしい佇まいだ。
 その居室のベッドで臥している人物が問題だった。それは寺などという場所に似合わぬ可憐な生き物だった。
 絶世とでも評されそうなほど整った顔立ちの少年が横たわっている。顔は白いを通り越して青白い。
 確かに、どこか悪いのに違いない。
 医者が首を傾げてベッドの少年を見下ろしていると、背後にひとの気配を感じた。
「ご足労いただき、申し訳ないな先生」
 金の髪をした最高僧だった。ひとではなく神なのではないかと思うくらい端麗な美僧だ。金の糸のような髪がひどく美しい。その深い紫色の瞳で見られると、視線を感じたところが刺されたように錯覚する。
 医者はやや緊張しながら三蔵へ告げた。
「診察させていただきます。三蔵様は隣室でお待ち下さい」
 職業的な笑みをなんとか浮かべて言うのを、最高僧はにべもなく退けた。
「俺もここにいる」
 否やを言わさぬ高圧的な言い方だった。反論など認めないに違いない。
「はあ……」
 圧倒されている医者に構わず、三蔵は傍に置かれた木製の椅子へと腰をかけた。椅子の背は、花や鳥の図案にくりぬかれ、切り絵のようになっている。昼すぎの外の光を受けて、影絵のように床に華麗な模様を描いていた。
「診察を始めろ、早くしろ」
 三蔵は居丈高に医者へ命令した。






 診察の後、隣の部屋で医者は言った。
「ご寵愛が過ぎますな」
 指摘は直接的だった。
「なに? 」
「あのくらいの年頃では、もっと睡眠が必要ですし、まだ子供なので、大人のそうした御用には……耐え切れないんですな。多感な年頃で気持ちの切り替えもまだ下手ですから、そちらに意識がいってしまっていると……食も進まぬでしょうな」
「…………」
 三蔵は黙った。心当たりがありすぎた。
「3日に1度、というくらいが適当でしょうな」
 医者は心得顔に呟いた。
「それ以上は無茶というものですな」
「…………」
 三蔵はうなった。あの可愛い悟能をそばに置いて、3日に1度だけなど耐え切れるのだろうか。
「または、他の稚児をいれてはいかかですかな」
「?」
「失礼ながら、慶雲院の最高僧様ともおられる御方が、お抱えになる稚児がひとりだけなどいささかさびしい。大僧正やお上人といわれるほどのお立場なら、何人ものお世話係りの稚児がいてしかるべきでしょう」
 暗に、悟能以外の稚児も抱いてはどうかと言われる。
「さすれば、稚児の身体にも負担なく、三蔵様も困らない。丸く収まるというものです」
 医者はちら、と三蔵の方へ視線を走らせた。
 しかし、聞いている三蔵の紫色の瞳は、段々と鋭く剣呑な光を浮かべ出した。医者へ右目を眇めてにらみつける。
「帰れ。二度と俺の前にその汚ねぇツラみせるな」
 三蔵は医者を怒鳴りつけた。凄みのある低い声が地を這うように響いた。






「ヤリ過ぎだと言いやがったヤブ医者めが」
 三蔵が苦々しい顔で吐き捨てるように言った。
「…………」
 悟能としては黙るしかない。ベッドの上で真っ赤になっている。恥ずかしかった。診察も恥ずかしかった。聴診器をあてるため、悟能がいやいやその白い寝着を崩して肌を見せると、鉄面皮のような医者の表情に一瞬、確かに驚きが走ったのだ。
 喰われるようにして愛されていた。首はもちろん、胸元など……ところ狭しとばかり三蔵の噛み跡やくちづけの跡だらけだった。どんな愛撫を受けているのかまで、分かってしまったに違いない。
「喰えるか」
 三蔵は卵粥を手に心配そうだ。
「……すいません」
 真っ赤になっている悟能を横目に、三蔵は土鍋に入った粥を陶器の匙ですくい、息を吹きかけて冷ました。
「さん……」
「ほら、喰え」
 口を小さく開けると、陶器の感触が唇にあたり、とろりとした卵粥が入ってきた。薄甘い卵の味が、だしを含んで増幅されている。
「おいしいです」
 悟能が思わず呟くと、三蔵は一瞬、目を見開き
「よかったな」
 ふっ、と優しく微笑んだ。滅多に見せない柔らかい笑顔だ。
まるで、ひな鳥に餌をやるようにして、三蔵は悟能に粥を食べさせ終わると、
「俺は午後の法会へ行ってくる。寝てろ」
 そう告げ、隣の部屋へと足を向けた。
「三蔵様」
 悟能は不安そうに三蔵へ声をかけた。医者の診察の後、あまり三蔵は口を利こうとしないのだ。いや、ただでさえ、口数の多い方ではないが心配になった。なにか、三蔵は隠しているのではないのか。聞いておきたかった。
「行って来る」
 悟能の気持ちなど知らぬ気に、金冠を被った美々しい法師様の正装となった三蔵は部屋から去った。



 それから、

 その日から
 なにかが変化した。

 悟能の熱が下がっても三蔵は夜、手を伸ばしてこなかった。
 異例のことだった。
 
 三蔵の態度が変わった。

「三蔵様、僕もう良くなりました」
 悟能が可愛らしく微笑むのに、
「良かったな」
 そう言って難しい経なんかを部屋で読んでいる。
「三蔵様、お床の準備ができました」
 そう言うと、
「そうか」
 と言って先にベッドに入る。そしてそのまま寝てしまうのだ。
「…………」
 悟能は目を丸くした。以前とは三蔵の立ち居振る舞いが違いすぎる。よそよそしい。こちらを見ないようにしているようでもあった。
 心配のあまり、悟能が三蔵の目を覗き込もうとすると、なんということ、三蔵様はわざと視線をそらしたのだ。うとましそうに眉さえしかめている。
――――嫌われてしまった。
 悟能はひそかに胸を痛めた。
 自分のような虚弱なお役に立たないものなど、飽きられてしまったのだ。
 そう思うと、足元から鳥が飛び立つような不安感に駆られた。大切なお上人様に飽きられる。稚児としてこれほど恐ろしくも残酷なことはない。
 悟能は掃除をする手を止めて呆然とした。どうしたらいいか分からない。自分がうまく三蔵を受け入れられないから、あの美しい三蔵様に嫌われてしまったのだ。床に置いたバケツを他所よそに絞ることも忘れた雑巾を手に、がく然としてうなだれた。
 そうとしか思えなかった。稚児灌頂までしたのになんとしたことだろう。三蔵様と来世も生まれ変わってもその次も一緒に暮らそうと約束までしたのに。もう他人じゃないってあの綺麗なひとは優しく言ってくれたのに。
 ぼろぼろ、と少年の目から真珠のような涙がこぼれ落ちた。
「っく……っくひっく」
 悟能は主のいない居室でひとり、声を殺して泣いた。


 そんな調子で何日かが過ぎた。
 三蔵の立ち居振る舞いは確かに大寺の、大東亜一の門跡の高僧にふさわしいふるまいだった。朝も早く行に勤しみ、経を何時間でも朗々と上げている。破戒僧というより、修行僧のお手本のような行動だった。
「三蔵様はどうなされた」
「何か行でも奉納されるおつもりなのか」
 周囲の僧たちは噂した。ほとんど、自分の方丈へも戻らず、護摩焚きや座禅を何時間でもやっている。必要な法要へ顔を見せても、終わるとさっさと席を引き払って会食へも出なかったいままでとはえらい違いだった。
「三蔵様、大法会の後、会食はどうされますか」
「出席する。よろしく頼む」
 金色の袈裟も美々しく白衣をひるがえしてそう答えると、金作りの本尊の前へ座禅を組んで座り、清しい声で般若経の続きを読み出した。まさしく生き仏ここにあり、唐土に玄奘三蔵そのひとありといった様子だ。神々しくてその背に光輪でも出てきそうだ。ありがたいそのお姿に、諸僧は思わず合掌した。
 
 悟能はひとりで夕食をとっていた。朱塗りのお盆の上に、湯葉の吸い物や里芋の焚いたもの、山菜の炊き込みご飯が並ぶ。ゆずの香りが芳しい。しかし、悟能は浮かぬ顔をしてぼそぼそと食べていた。
 ほんの、数日前は三蔵と夕食はいつも一緒だった。お風呂も用意して、一緒に入って、いや無理やり一緒に入るよう強要された。そして夜も一緒に寝ていたのだ。毎晩、睡眠不足になるほどに脚を開かされて抱かれていた。

 それが、最近はひとりになることが多くなった。

 飽きられてしまったのだ。床上手でもなく子供で下手で役立たずな自分など、もうお役ごめんなのだ。そう思うと、悟能の心は重く沈んだ。
「う……」
 うっかりすると涙が目ににじんできた。あわてて指でぬぐった。
 今日、三蔵様は大事な会席へご出席中だ。いつもは断っていたこのような用事をいまや積極的にこなすようになっていた。慶雲院中の僧たちが喜んでいる。特に大僧正の喜び方などひとかたならない。これでいいのだ。
 玩具はいつの日か飽きられるのだ。しかも、自分は壊れやすい玩具だったではないか。
 悟能はさびしそうな微笑を口はしに浮かべると首を横に振った。悲しかった。
「おい、戻ったぞ」
「! お帰りなさい三蔵様! 」
 悟能は飛ぶように部屋の入り口へと駆けつけて三蔵を迎えた。跳ねるまりのように三蔵へ駆け寄る。
「お早かったんですね」
 うれしくて思わず微笑む。ぱぁっと子供らしく可愛らしい満面の笑みを三蔵へ向けた。
「もう風呂、入ったのか」
 三蔵は悟能を見もしない。横を向いてぶっきらぼうに訊かれる。
 風呂も食事も先にして休んでいろと言われたので、そうしていたのだ。まずかっただろうか、三蔵は機嫌が悪そうだ。不快そうに眉根を寄せ眉間にしわをつくっている。
「は、はぁ、申し訳ありません」
 悟能はうなだれた。その洗い髪からシャンプーの匂いをただよわせている。洗い立ての肌は甘やかで艶めいてぬめるように光り、若い鹿のような均整のとれた痩躯は石鹸の匂いがした。そこへ微かに悟能自身の匂いが媚薬のように混じりこむ。
「喰ってねぇみたいだな。どうした」
 風呂に入りたての悟能から顔をそむけるようにして、三蔵は部屋の奥を見て言った。
「あ……」
 テーブルの上には、冷えてゆく食事がそのままだった。食べるのに時間がかかっていた。三蔵がいないし、嫌われたと思うと食欲もなかった。
「ちゃんと喰え。何のために俺が……」
 三蔵の言葉は後半がかすれ濁った。とにかく法師様はご不興だった。機嫌の悪いときの癖で、右目を眇めて悟能を睨んでくる。
「……申し訳ありません」
 謝ってばかりだった。本当に自分は役た立たずの邪魔者だ。そう思えてきて、悟能は悲しかった。
「ったく。早く帰ってくんじゃなかったな」
 三蔵は舌打ちをひとつした。おべっかばかりの社交が大嫌いな三蔵が、会席などに出て人と食事をしている。相手は街のお偉方や寺に普請をしたり寄付をしてくれるお金持ちとかだ。誰もが三蔵と食事をともにする栄誉をありがたがるが、当のご本人は苦虫を噛み潰したような顔で箸を手にしている。
 それなのに、悟能といるよりはそんなつまらぬ宴席にいる方がいいというのだ。
「さんぞ……さま」
 悟能はその綺麗な瞳を大きく見開いた。じわ、と瞳が潤んでくるのを必死で我慢した。
「お風呂ができてますし、ベッドのご用意もできております」
「分かった」
 三蔵は返事をするとそそくさと浴室へと消えた。以前なら、大型の犬のように悟能へ絡みつき、少年をいそいそと抱えるようにして風呂へと連れ込んだのに、もうそれもしない。
 悟能は溜め息をひとつ吐いた。せつなかった。可愛がられたり愛されたりした痕跡がまだ確かに肌の上には残っている。それなのにもう一指も触れてもらえないのだ。

 ろくに食べられなかった夕食の載った盆を部屋の外へ下げ、ひとりでベッドに入った。広いふたり分寝られる大きな寝台だ。疎まれているのだろうが、寝るところだけは一緒にするように言われていた。三蔵の不眠症は相変わらずで、悟能がいないといまだに悪夢を見るらしいのだ。
 それさえなければ、とっくに寝所もけられているだろう、そう思うとより悲しくなった。嫌われているなら、布団を抱えてどこか隣の控えの間でひとりで寝ている方がよほど良かった。
 悟能はまなじりに熱いものがにじむのを感じながら、無理やり眠ろうとした。三蔵は悟能が先に寝ているよう要求した。
 そして、後からベッドに入り悟能へ背を向けて寝てしまうのだ。
 早く寝なくては。悟能はうとうとしだした頭で考えた。明日はどこを掃除しよう。あまり三蔵が居室にいてくれないので、悟能はお世話に追われず暇だった。お暇を出されるってこういうことなんですね、そんなことを考えながら目をつむるとくらりとした感じに襲われ、夢の中へと落ちていった。

 翌朝、悟能がぼんやり目を覚ましたとき、
「…………? 」
 何か苦しげなうめくような声が聞こえ、衣擦れの音がした。
「さ……」
さては、三蔵が具合でも悪いのかと目を開けようとしたとき
「っく……」
 押し殺すような三蔵の声が耳に届いた。しかも、どうも三蔵は悟能の方を覗き込んでいたようだ。しかし、いまやその綺麗な紫の瞳は閉じられ眉根を寄せている。唇をかんで声を殺していた。
「っ……は」
 三蔵の身体が震えている。夜着は着たまま、すそから手をいれて前をくつろげ、右手で自分の怒張を握りこんで激しく擦りあげているようだ。
「っ……クソ」
 荒い息を吐きながら、三蔵は呻いた。指の伝える快楽を余すことなく吸ったように、怒張の先からてらてらと透明な先走りの液がにじみでている。三蔵の動きで寝台はかすかにきしんだ。
 次の瞬間、
「くっ……」
 三蔵が腰を震わせた。射精している。肩を震わせて達するその姿を、悟能は薄目を開けてつい見てしまった。多分、目を閉じて快楽を味わっている三蔵には気づかれてはいないだろう。
 金の髪が朝の光りを受けて揺れ、白い額はかすかに汗ばみ、整った顔立ちは快楽で苦悶に似た表情を浮かべている。
 荒い呼吸音が部屋に満ち、三蔵が枕元の懐紙へと手を伸ばした。漂白剤に似たツンと鼻をつく青臭い匂いが立ち込める。精液の匂いだ。
「ったく……」
 舌打ちする音が響く。思わずしてしまったのだろう。してしまってから、あわてたように三蔵が悟能の方へと振り向いた。少年が起きているのかどうか、そっとうかがうような仕草だ。
 悟能はあわてて、目を硬く閉じた。三蔵は知られたくないだろう。自慰などしている様子を見られたと知ったら怒るかもしれない。
「別のところで寝られたら、世話ねぇんだが」
 三蔵が自分で自分の始末をしながら、ひとり呟いた。金の髪をぐしゃぐしゃと左手で掻き回して溜め息をひとつ吐くと、三蔵はベッドから降りた。湯でも使いたいのだろう、浴室へと足を向けた。
「…………」
 浴室のドアが開く音を聞きながら、悟能はかけ布団を頭まで被った。油断すると泣いてしまいそうだった。

 三蔵が自分というものがありながら、自慰をしている。

 欲望がないわけではないのに、悟能には手を出さないのだ。それほどもう、自分に興味がないのだ。しかも、先ほど、寝るのを別にしたいようなことを呟いていた。これでは本当にお見限りというところだろう。
 どうして、これほど嫌われてしまったのか、分からない。三蔵は何も言わなかった。悟能は声を殺して泣き出した。



 

「三蔵×悟能 後日談(2)」へ続く