満天の星空(1)

「火は消さない方がいいでしょうね」
 野宿することになって、八戒が呟いた。
 背後には鬱蒼とした暗く深い森が広がっている。
得体の知れない動物の叫びが静寂を引き裂き、木々の梢を震わせる。闇に響く妖しい声がひたすら不気味だった。
 それも1匹や2匹の声ではない、複数の獣に一行は囲まれている。
「じゃあ、交代で火の番か」
 悟浄がカレーの皿を八戒から受け取りながら答える。焚き火に照らされた髪は燃えるように赤かった。
「その方がいいでしょうね」
 火の爆ぜる乾いた音を聞きながら、八戒はうなずいた。
 桃源郷を覆う変異の影響だろうか。八戒にも種名はおろか、何科に属するのかも分からない謎の植物がその森には生えていた。
 もう秋だというのに、蛍が儚げな光りを散らして中空を舞う。幻想的だったが、その蛍の種類も見たこともないものだ。秋なのに大量の蛍が乱れ飛ぶ。
 何かが狂っていた。何かが異様だった。
 八戒は昼間の森の様子を思い返して、眉を寄せた。森に入れば入るほど、知れば知るほど不穏な印象を深めていたのだ。
 そのとき。
 遠くで、ひときわ高く獣が鳴く声がした。もの悲しい遠吠えだ。
「あの声……オオカミ……か? 」
 銃の手入れをしながら、三蔵が呟く。装弾した銃を傍らに置いた。今夜は肌身離さずに眠る気なのだろう。金糸でできたような髪が闇に輝く。
「よく分かりません。ただ、獣なら火は怖い筈ですから」
「分かった。俺、頑張って見張りする!  」
 名残惜しげにカレーの皿を舐めまわしていた悟空が元気に宣言した。
「お前〜? お前じゃ寝ちまうに決まってんじゃン」
「うッさいな! できるよ!  」
 賑やかな言い争いを眺めながら三蔵が言う。
「八戒、お前は寝ろ」
「でも」
「明日はこの気色の悪い森をなんとしても抜ける。一日運転してもらうからな」
 食事を終えた三蔵は、寝袋を取り出すとまだ言い争いをやめない下僕ふたりに投げつけた。
「やかましい! 寝ろ! サル! それから悟浄、お前火の番やれ」
「え、俺から? 」
「そうだ。二時間したら、次のヤツを起こせ。いいな」
「……へーい」

 こうしたわけで。
 三蔵たちは、交代で火の番をすることにしたのだった。


 焚き火の爆ぜる音と、遠くで鳴く不吉な獣の声。悟浄の長い髪は炎に照らされ、ことさらに紅い。風が吹きすぎると、火の粉が周囲に舞った。煌めく飾りのように中空を彩る。
 その周囲では仲間が寝ている。鬼畜坊主は顔の辺りまで寝袋をひっかぶるようにして寝入っていて、その傍らには悟空が寝袋から元気に手足をはみ出して行儀悪く寝てる。
 悟浄は炎を見つめ続けていたが、そのうち、飽きたといわんばかりにため息をついた。
「八戒」
 すぐ近くで休んでいる黒髪の男の名をそっと呼んだ。
「もう寝ちゃった? 」
 片眉を上げて、八戒の姿に視線を走らせる。悟浄に背を向ける形で横向きに寝ているので、その顔は見えない。
「……なんです」
 果たして返事があった。
「悪りぃ。起こした? 」
「いいえ。寝なくちゃと思うと寝れないものですよね」
 八戒が寝返りを打つようにして、悟浄の方へ顔を向ける。昼間、嵌めているモノクルは外していた。
 瞬間、炎が爆ぜる音が響き、白く整ったその顔を照らし出す。悟浄の親友は苦笑いを浮かべていた。目尻が下がって柔らかい印象だ。
「本当? 俺なんか眠くてしょうがねぇよ」
「ははは。ご苦労さまです」
 八戒はいっそう目を細めた。
「何で寝れねぇわけ? 」
 悟浄はさりげなく聞いた。
「考えてしまって」
 遠くで、ふたたび獣の鳴く小さな声がする。
「何? 」
 闇の中、炎が爆ぜ、火の粉がきらきらと虚空を舞った。
「この旅もいつかは終わるのかなぁ、なんて」
 八戒はそっと目を逸らした。
「はぁ? 」
 相棒の妙な言葉に悟浄が眉を寄せる。八戒の顔を覗き込んだ。
 後ろから焚き火のあかりが、悟浄を照らし出す。肩先までの長い髪。輪郭が紅蓮に輝いた。
「……旅が終わらなければいいのにな、なんて」
 視線を逸らしたまま、八戒の寂しげな微笑みが深くなる。炎が揺らめくたび、艶やかな黒髪にかかった光の輪が幻想的に揺れる。
「ったく」
 悟浄は軽く舌打ちすると、身を屈めて横たわっているままの八戒に唇を寄せてきた。
「悟浄……! 」
 慌てたような八戒の声は、濡れた音とともに聞こえなくなった。
「ん……くぅ……ッ……ッは」
 艶めかしい呻きとともに、八戒は紅い髪の男の胸を叩くようにして押しのけた。
「何を考えているんです。あなたは!」
 本当は叫びたいのに、それもできずに押し殺した声で八戒は告げた。悟浄はその声にもめげずに、にやりと人の悪い笑みを傷のある頬に刻んだ。
「だぁって。俺は寝ちゃいけないし、八戒は眠れねぇ……こりゃ、ヤルこたひとつでショ」
「本当に何考えてるんですか! あなたは!」
 そっと周囲で眠っているふたりの仲間を見渡した。悟空が元気よく寝返りを打ったので、心臓が縮んだ。生きた心地がしない。
「八戒が声、出さなきゃ大丈夫だって」
 こんな状況だというのに、エロ河童は堂々としたものだ。
 八戒の抗議にも負けず、再び唇を合わせてくる。形のいい唇の上をなぞるようにして紅い舌が這い、じきにそれは唇を割って八戒の口腔の中へと入り込んだ。舌と舌を絡めあわせ、とろりとしたその肉塊を吸うようにすると、八戒が官能的に眉根を寄せる。
「っ……あ」
 びくんと腰が揺れてしまう。貪るようにくちづけられて、飲み込みきれない唾液が口の端から伝って落ちる。
「いやです! こんなところで! 」
 緑色の瞳が、悟浄を睨みつける。快楽のせいか、潤んだ瞳はそれでも理性と闘うかのように悟浄をまっすぐに見つめてくる。
 そんな艶やかな美人の視線を悟浄は真っ向から受けとめた。かまわず押さえつけて躰の下に敷き込む。
「何、それとも……声、ガマンできない? 」
 くっくっと悟浄が喉で笑う。
「悟浄……ッ」
 恥知らずな指が、八戒の下肢へと這ってくる。夜着の中に侵入してきたその手は、八戒の股間を撫でまわした。
「は……」
 八戒が首を振るたび、前髪が額の上で音を立てて揺れる。髪が焚き火の炎を照り返して黒水晶のような輝きを帯びている。
「ココ……勃ってるじゃん」
 悟浄の熱い吐息混じりの声を耳に吹き込まれ、八戒は躰を震わせた。
「どうして、ココこんなに硬いの? おせーて八戒」
 直接握り込まれて、びくんと背を反らせた。
「ご、悟浄の……恥……知ら……ずッ」
 さらけ出された白い喉に、すかさず悟浄は顔を埋める。舌先でしなやかな首筋を愛撫した。
「……!」
 秀麗な顔を快楽に歪めて、八戒が躰を震わせる。淫らな手つきで張りつめ出したものを扱かれる。
「……お、もっと硬くなった。ココ」
 愉しげな悟浄の口ぶりに、八戒が切羽詰った声を上げた。それでもなんとか押し殺そうとあがいた。
「駄目……悟浄」
「嘘つき」
 すっかり勃ちあがってしまった八戒のそれを、指先で弾きながら悟浄が囁く。
「嘘なんかじゃ……ご……じょ!」
 くびれている敏感なカリ首を緩急つけて擦り上げられた。強引な腕は、邪魔だとばかりに八戒の寝袋のジッパーを引き下ろし、躰を直接抱きしめてくる。
「あ……ッ」
 黒髪を打ち振って仰け反った。悟浄の唇が首筋を這う。ちり、と微かな痛みを残して吸われた。
「……すげぇ、綺麗だ。オマエ」
 カーキー色の寝袋は、その左右についていたジッパーが限界まで開かれ、既に袋としての体を成していない。まるで敷布のようになっていた。炎がゆらぎ、絡み合うふたつの影を布の上へ映しだす。
「悟浄ッ」
 頭上には満天の星空が広がり、傍らには明るい火が焚かれ、すぐ近くには仲間が安らかな寝息を立てて寝ている。
 そんな状況なのに、悟浄は行為をやめようとはしない。
悟浄は八戒の首筋から、鎖骨まで舌を下ろすようにして舐めた。
「く……ぅ!」
 ぎり、と八戒が唇を噛み締めようとして、失敗する。
「すっげぇ、イイ声……」
 くっくっと悟浄が喉で笑う。切羽詰って上る嬌声は悩ましく、悟浄の腰を熱くさせる。媚薬のようだ。闇の中、綺麗に浮かび上がる鎖骨の窪みに舌を這わせて愛撫すると、びくんと八戒の躰が跳ねた。
「……こんな、トコまでイイんだ? 」
「ひ……ッ」
 悟浄の躰の下で、八戒が躰を震わせる。
「手ぇ、べたべたになっちゃって困ってんだけど」
 色気を湛えた性悪な瞳が八戒を流し見る。
「どーして、ココこんなに濡れてきてんの? 八戒サンってば」
 悟浄の手の中で八戒は、その先端から透明な蜜液を垂らしてひくひくと震えている。
「すっげぇ、ガマン汁が多くねぇ? どうなの、これ」
 意地悪な口調で囁かれる。悟浄が手を開くと、その指と指の間に、八戒の先走りの体液が糸を引いている。ぐちゅ、と音も生々しく、悟浄はその手を八戒の眼前に晒した。
「オマエのだぜ、舐めろよ。八戒。こんなにしといて……何がイヤだよ」
 悟浄の声が欲情に掠れる。体液とともに、ほのかな性器の淫らな匂いが鼻をかすめた。
自分の淫靡な体液で濡れた、その手を見たくなくて、八戒が目を背ける。横へ向いたそのすました顔へ、悟浄は濡れた手を塗りつけだした。
「…………! 」
 整った顔と、黒い前髪が先走りの淫液で濡れる。
「ヤッて欲しいって……言ってみな」
 紅い髪の男が愉しげに八戒を見下ろし、淫らに囁いた。翻弄されつつあるはずなのに、八戒はそれでも首を横に振った。
「強情だよな。いいぜ。ホントに感じてねぇんだな。なら、俺が何やっても……ずっと声出すなよな」
「! 」
 翡翠色の視線が悲痛そうに悟浄へ向けられる。
「それに声出すとタレ目とサルが起きるぞ。それでもいいなら、声出せよ」
 嗜虐性を含んだ声で低く囁かれる。
「ご……じょ……ッ」
 そのまま、八戒は悟浄の躰の下によりいっそうきつく敷き込まれた。






「満天の星空(2)」に続く