砂上の蜃気楼(22)

 ジープは一番近いオアシスの町へと全速力で飛ばしていた。
 日の落ちた砂漠は一気に温度が落ちる。野宿など不可能だ。人家のあるところを探さなくてはならない。ジープに積んでいたありったけの毛布を引き出し、お互いの身を包んだ。
「八戒、大丈夫かな」
 後部座席で八戒の顔を眺めながら、悟空が呟く。
「いろいろクスリだのなんだの使われたみたいだからな」
 三蔵が重い口調で言った。
「まずは毒を抜く必要がある。オアシスについたら、水をもらおう」
「ひでぇよな」
 悟浄も詳しくは分からないものの、やつれて面変わりした親友の様子から、ひどい目にあったということは察しがついているらしい。
「でもアレだよね。城は悪いヤツの術が解けて無くなったんだろ。八戒にかかってた術ってのも無くなってんのかもね」
「そーだな。もう、いろいろ覚えてねぇかもな」
「そーだよね。……そうだといいな」
 悟空と悟浄の会話を聞きながら、三蔵は何故か心のどこかが痛むのを感じていた。その耳にずっとこびりついている言葉があった。
(ずっと……僕とここにいて下さい。ねぇ……いいでしょう? ここでずっと僕を抱いて)
 八戒の言葉を思い出していた。
(ずっとずっとここにいて……ね、もう西なんか行かなくたっていいじゃないですか)
 あの言葉に、肯いていたらどうなっていただろうか。そうしたら、本当にあの蜃気楼のような城の中でずっと八戒と、今この瞬間も抱きあって戯れあっていれたのだろうか。八戒を抱いた感触がまだ生々しく躰に残っている。病みつきになりそうなくらい甘美だった。

 うっかり、そんなことを考えてしまって、最高僧は自嘲に唇を歪めた。

 そんなこと、できるわけがない。

 あれは夢だ。

 そう、あれは。
 あれこそが砂漠の見せた夢、砂漠の――――蜃気楼だ。

(三蔵。西へなんか行かないでずっと僕とここにいて)

 甘く蕩けるような八戒の声が耳に甦る。あれが八戒の本音でさえあったら、どんなにいいだろう。できることなら三蔵は本当にそうしたかった。ずっと一緒にいたかった。


 じきに、オアシスが近づいてくるのがぼんやりと遠くに見えた。
 どんなに美しいまぼろしでも、もう砂漠に置いてくるしかない。



 了