砂上の蜃気楼(14)

 その頃。
 連日、『三蔵達』 は八戒を捜索していた。

 厳しい砂漠の悪路の中、ジープは健気に走っている。運転手は飼い主の八戒ではなく悟浄だが、文句もいわない。いろいろ承知しているのだろう。言葉は通じなくとも心は通じている。ジープもジープなりに飼い主を探して必死だった。
 三蔵はその助手席で考え込んでいた。
――――俺と八戒の部屋には、確かに誰かが一度、侵入しやがったんだ。
 三蔵は唇を噛み締めていた。後になればなるほど、あの時感じた違和感が耐え難く思い出された。それを無視した自分の迂闊さが許せなかった。
――――しかし、何のために部屋に入りやがったんだ。
 さっぱり分からなかった。三蔵は首を振った。金の髪が煌めく。
――――何かを探していたのか。情報とかか。確かにそれなら盗らずに書き写せばいいしな。
 地図か、あるいは八戒の手帳でも盗み見られていたのだろうか。
 しかしそれにしては辻褄が合わなかった。そんなに長い時間、部屋を空けていたわけでもないのだ。
(部屋から無くなっても気づかないもの)
 三蔵は考え続けている。もう、外の景色など目に入ってこなかった。
(無くなっても差し支えないもの)
 紫暗の瞳を細める。
(無くなるという感覚さえないもの)
 ここにきて、三蔵は突然、顔を上げた。
「おい」
 隣でハンドルを握る悟浄へ声をかける。
「お前らが、無くなっても気にしねぇものってのはなんだ」
「はぁ? 」
 突然の三蔵の言葉に悟浄が目を丸くする。
「な、なーによ急に。三蔵サマ? 」
「答えろ。てめぇみたいなのが、部屋から無くなっても気がつかないってモノはなんだ」
(あるのに、無くなっても気がつかないほど本人にとっては無意味なもの)
「え、えーと? 」
 禅問答のような三蔵の質問に、悟浄がうろたえる。後部座席で如意棒を抱えていた悟空も話に加わった。
「えー? 無くなっても気がつかないモノ? ……食いモンだったら絶対、気づくし。んー? 」
「てめぇはゴミだって食いそうだからな」
 片手でハンドルを握り、悟浄がにやにやしながら言った。
「うっせぇな! エロ河童! 」
 途端に悟空が叫んだ。席が変わってジープの前と後ろになっても、このふたりがやってることは同じだった。喧嘩ばかりしている。
「ゴミか」
 三蔵はそんな喧騒を他所に呟いた。
「なるほどな」
 それきり、三蔵は考え深げに沈黙した。周囲の砂漠は少しずつ姿を変え、石灰岩質の白い幻想的な砂漠になりつつあった。雲に似た岩がごろごろと転がっている。ジープは一心にそんな道を飛ばしていた。





 ひたすら快楽の奴隷となり、現とも幻覚とも知れぬ中で複数の男に犯され調教される。
 それが八戒の日常だった。清潔で凛々しい「猪八戒」はもうここにはいない。男に抱かれる快楽を知ってしまった彼は別人のように艶めかしかった。何故、こんなところに三蔵や悟浄がいるのだとか、あのカラスのような男は何ものかとか、そんなことはどうでもよくなった。阿片に似た部屋の香気を吸っていると、思考は中断し何もかもが霞んで消えた。
 不条理な世界で、八戒は飼われていた。
 もう、何もかもどうでもよかった。身を貫く男達の肉塊だけが、この閉鎖された世界で八戒にとって全てだったのだ。

 もう八戒は逆らわずに、その淫らな躰を開くようになっていた。
――――ひょっとしたら、自分は三蔵と悟浄がでてくる淫らな夢を見ているのかもしれない。半ば、そう思い始めていた。

 毎日、大理石の薔薇を敷き詰めた風呂の中で、天蓋のベッドの上で抱きぬかれる。
 そして今日も。
 
 庭では、芥子の花が乾いた音を立てて一輪、散った。






「あっ……ああッ」
 八戒が甘い声をあげて喘ぐ。豪奢なペルシャ絨毯の上で、薄い布地の服を半ばまで剥ぎ取られ、胸を肌蹴させられていた。
「は……ッ」
 敏感な胸の突起を悟浄に悪戯され、躰を震わせている。執拗に嬲られていた。
「もう、芥子(けし)の花も終りかな」
 そんな光景には我関せずといった声が響く。深いアイロニーに満ちた音律。いつもは皮肉でからかうような声音だが、今日はどうしたことか少々侘しさのようなものが含まれていた。男は庭と部屋を隔てている薄絹を捲り上げて庭を眺めている。
「どうして、芥子って毒がある方が綺麗なんだろうね」
 砂漠には珍しく、ゆったりとした風が吹いた。中庭の泉と緑とで冷やされた気持ちのよい風だ。男の、やや癖のある襟足長めの黒髪が靡く。芥子の花びらは吹き上げられ、部屋の中にまでひらひらと舞った。背にしていた淫靡な部屋の光景を振り返った。ふたりがかりで八戒は責め立てられていた。紅い芥子の花びらが一枚、八戒の黒髪をかすめる。
「あ……痛いです……ダメ……やめて」
 悪戯しすぎて硬くなった乳首を悟浄が摘まみあげる。感じ過ぎて痛くなってきたのに、止めずしつこく愛撫していた。
「敏感すぎ……痛いって? 」
 指でなく、舌で舐め上げ始めた悟浄が忍び笑いを浮かべた。
「いっそ乳首だけでイケよ」
 下肢を覗き込んでいる最高僧が低音の声で囁く。
「勃たせてんじゃねぇ」
 指で芯を持ち始めた屹立をつつかれた。
「ふっ……」
 そんな交わりを続ける三人に男は近づき、中腰で屈みこんだ。
「一回、イカしてあげればいいのに」
 三蔵と悟浄は、八戒が達そうとすると手を放して放置するということを繰り返していた。淫らなお願いを繰り返す八戒をもてあそぶのに夢中になっていた。凄艶に男を求めて絨毯の上を妖しく這う八戒は見ものだったのだ。
 しかし、今や目的は微妙にすりかわりつつあった。
「可哀想だねェ。そんなに 『ホントに後ろダケ』でイカせたい? 」
 男は端正な眼鏡を光らせて呟いた。八戒への調教は激しいものになっていた。
「コイツをトコロテンでイクように仕込んだのはアンタだろ」
 三蔵は相手の顔も見ずに言った。
「すっかり、そういうクセがついちまってる。邪魔でしょうがねぇ」
 可哀想にガマン汁が溢れてきた可憐な屹立に爪を立てた。八戒が苦痛の声を放って背を反らす。
「痛いッ」
 最高僧の苛めから逃れようと躰を捻るがどうにもならなかった。上半身を悟浄に、下半身を三蔵に抱え込まれ、身動きがとれない。
「八戒ちゃん」
 仲間ふたりがかりで犯されている八戒の顔を覗き込んだ。カラスに似た漆黒の瞳で冷静に見つめ、まるで家庭教師が生徒に諭すように言った。
「前を勃たせるのに、気をとられちゃ駄目だよ。……キミが集中するのはね」
「ひ……ッ」
 脚の間をまさぐられて悲鳴をあげる。
「こっち ? 」
 人差し指で八戒の肉の環を、円を描くように擦り上げた。
「乳首がこんなに敏感なんだモン。きっとイケるよ。八戒ちゃん」
 素早い動きで大量の先走りの体液を指に塗すと、人差し指をそっと軽く埋め込んだ。
「こっちの……浅い方、意識してご覧。ネ……」
「あっ……あっ……」
 八戒が涙を滲ませて躰をくねらせる。唇をぱくぱくと閉じたり開いたりして、痙攣させた。
「……疼くのか」
 その様子を至近距離で眺め下ろしていた三蔵は再び屹立を握り込んだ。八戒の躰が跳ねる。
「あっ……さんぞ……」
 翡翠色の瞳が涙で滲み、悩ましい色を帯びている。男のオスを求めて伸ばした腕を悟浄が押さえ込んだ。
「まぁーだ、まだァ。そーんなに早くゴホウビもらおうなんて、図々しいんじゃないの。八戒サンってば」
「や……ッ」
 イヤイヤするように首を振る八戒を、再び絨毯の上へ縫い付けるようにして唇を奪う。
「江流」
 カラスの濡れた色そっくりの髪を揺らして顔を上げた。
「前、触らないで、『こっち』で八戒ちゃん可愛がってあげれば? 」
「それもそうだな」
 鬼畜ふたりはお互いの考えを読んだらしく、視線を交わしあった。八戒はそれに気がつくと、必死で取りすがったが、聞いてはもらえなかった。
「もう……もうイヤ……もう……イカせて……」
 悲痛な八戒の声が、優雅な邸に切れ切れに響いた。



「砂上の蜃気楼(15)」に続く