「ったく」
三蔵は涙の跡の残る、恋人のまなじりに、くちづけた。もう感じ過ぎて正気を手放してしまったらしく正体がない。憔悴しきったふうで、まつげの長いまぶたを閉じて眠っている。
どうして、この美しい男が同輩の三蔵法師との仲を疑ったのか、三蔵には全くわけが分からない。しょうのないやつだ。内心そう思っている。
現に、紗烙の話というのは経文の話だった。真面目な話をふたりで延々話していたのだった。色気も何もあったものではなかった。だというのに、この色っぽい男は何をヤキモチやいていたのだろう。
三蔵は困ったように頭を掻いた。この艶かしい存在が大事だった。いつだってこの糖蜜のような存在を抱いてしまいたい。いつだって身体を繋いでしまいたかった。その端麗な顔を見ていると身体の奥底が疼いた。媚薬のようだ。
「バカだな、お前は」
そう言って、そっと唇へくちづけた。
この存在に心の底から惹かれていた。その不安定さも、颯爽とした凛々しさも、皮肉なところも優しいところも、欠点も長所も何もかもだ。
美しい金糸で編み上げてつくった巣。そこへ誘い込んだ黒い揚羽蝶。もう、逃がすつもりなど三蔵にはなかった。
「明日も俺の部屋に来い」
眠っている八戒へ優しく呟いた。整った唇が、これ以上ないくらい端麗な弧を描く。部屋を満たしている濃密な薔薇色の幸福な気配がまた一層、濃くなった。
了