公衆便所(2)

人間なんて、本当に見た目によらない。
 八戒はつくづくそう思った。先ほどのような軽薄そうな若い男が慌てて逃げ出すのに、紳士然とした男がこんな変態行為に喜んでのってくる。
 頭のいい男や、堅い仕事の男は、日々の業務と責任で抑圧されていて、どこかの神経が壊れている。そうとしか思えなかった。
「ん……ん……ぐ」
 昨夜から重ねられた陵辱でべたべたになっている八戒の汚れた肌を、執拗に責めてきた。舐められるたびにおののきが走った。だめだと思っているのに、男に馴れた躰は感じてしまう。
「ぐ……」
 ガムテープで塞がれた唇は甘い喘ぎを漏らすこともできない。その分、快楽は身の裡に巣食い内攻して八戒を苦しめる。相手の舌は小さな乳首を突付き、舐めまわした。同時にやんわりと前を握られ、扱かれる。
「うぐッ」
 頭を振った。涙が目尻を流れる。どこの誰とも知らない男にもてあそばれても感じてしまう。そんな自分がおぞましかった。三蔵の怒りはもっともなのかもしれない。
 傷の残る腹部にも舌は這ってきた。トイレの個室だというのに、上等なスーツが汚れるのも厭わず、相手はひざまずいて八戒の劣情をひきずりだそうと腐心していた。
「……! 」
 相手の舌が脚のつけねまで這い下りてきて、八戒は身を仰け反らした。吊るされた腕の鎖が高い音で鳴った。焦らすように、脚の付け根をそっと吸われる。瞬く間に周辺に唇の紅い跡がついていった。花びらのようなその跡を男の舌が癒すように這った。ちゅばちゅばと恥知らずな音がトイレの壁に床に反響する。
「ん……んッ」
 本当に欲しい快楽は与えられない。もどかしさに、八戒は腰を揺らめかした。
「いやらしい」
 淫猥なその蠢きに、相手は目を細めた。艶めかしい八戒の媚態を舌なめずりして眺めている。
「そんなに、欲しい? ここ? 」
 先走りの涙を流す屹立の先端、鈴のように割れていやらしい汁を滲ませるところに、男はくちづけた。
「…………! 」
 それだけで狂うような快美が走り抜けた。腰が蕩けそうだった。口をガムテープで塞がれていなかったら、さぞ恥ずかしい声が出てしまっていたことだろう。
「しょうがないな。あんまり長いと君も辛いだろうし」
 嬲るように、ねっとりした声だった。こうした行為に相当馴れている様子だった。
 既にたくさんの肉棒を突っ込まれてほころび、ひくひくとわななく肉の環へ男の長い指が挿れられた。
「ぐ……! 」
「イイ? 」
 そのまま、激しく口でペニスを愛された。八戒が悶絶する。縛められた躰は爪先まで感じてそった。足の指先までひきつらせて、痙攣する。
「…………! 」
「敏感なんだ」
 ぐぷぐぷ、じゅぼ、と口腔内性交の音が露骨に響く。その恥知らずな音だけで憤死したくなるが、もう狂ったように揺らめく尻をどうすることもできない。
 男の性技は的確だった。外すことなく八戒の性感帯を打ち抜いてくる。
 しなやかな上半身が痙攣と弛緩を繰り返してわななく。男の指が前立腺を穿ち、併せて前を口で吸い上げる動作を繰り返す。
 もうダメだった。八戒は目の前が白く染まり、前のめりに倒れそうになった。もっとも倒れることは配管に縛りつけられていてかなわなかった。がっくりと喉を仰け反らせて、躰を震わせる。獣のように全身で達した。
「…………」
 気がつけば、男の口に放ってしまっていた。後生だというような目を知らずに向け、縋ってしまう。相手はひどく手練れていた。年の割にねっとりした愛撫を施して八戒を狂わせる。
「……ぐ! 」
 男は達したばかりの八戒の腰をかまわずひきよせ、便座の上で膝を抱えるような格好をさせた。そうすると、後ろの孔まで丸見えになってしまう。
 屈辱に八戒が頬を染めた。まだ口中にあった八戒の残滓を、男はわざと自分の手へ吐き出してみせた。
「ホラ、君の」
 目を閉じて首を振り、見まいとする八戒へ嗜虐的な声を投げる。
「本当なら、コレ使って君の後ろ解してあげようと思ったけど……必要ないみたいだね」
「! 」
 容赦のない手が、再び八戒の肉の環を穿った。
 じゅぶ、じゅぶと淫猥な音が響きだす。精液を注ぎ込まれ続けたそこは、熱くほころんでいた。
「……だって、こんなにナカとろとろになってる。皆にいっぱい可愛がられたんだね。もう、何本咥えたって平気だろ。これじゃ」
「……! 」
 八戒の脚を抱えあげると、男は引き出した自分の猛りを押し当てた。一緒にせまい便器に座り、八戒と躰を繋げようとしてくる。
「僕のもあげるよ。ホラ」
「む……ぐ……」
 ガムテープで塞がれていても声が漏れてしまう。
 最初から激しく貫かれた。八戒の躰ががくがくと人形のように揺れた。
「どう? 」
 荒い息を吐きながら、スーツ姿の男が八戒に囁く。男のモノはその紳士的な姿に似合わず太くて堅く凶暴だった。荒々しく穿たれる。感じるところを探そうとでもするかのように、腰で捏ねるようにされて、八戒が苦しげにうめいた。
「……そのガムテープ、邪魔だな。とっちゃおうか」
 否も応も言わさぬとばかりに手が伸ばされ、八戒の口を塞ぐガムテープが引き剥がされる。
「はぁッ……」
 苦しかった息を吐く唇へくちづけが落ちる。上の口も下の口も重ね合わされ、喰いつくされる。
 八戒の美肉の痙攣を感じて、相手が眉根を寄せた。艶めかしい躰を貪り、味わいつくそうと腰を回して立て続けに穿つ。その淫らな感覚に翻弄されて、八戒は喘いだ。
「ああ……」
「……最高。思ったとおりすごいイイ声……」
 体面座位の格好で繋がり続け、男の上で腰が跳ねるような動きをしてしまうのを止められない。
「……いいよ。君が一番感じるように動いて……」
 ねっとりと囁かれて、八戒が首を振った。犯されているのに、無理やり陵辱されているのに感じてしまっていた。屈辱だった。
 肉棒を受け入れている孔から、男のものとも、先に放った誰のものとも知れぬ白い体液がとろとろと滲み、納まりきれずに溢れてしまう。
 もう、何度こうやって抱かれているのか。
 この男で何人目なのかも分からない。
 それでも、臨界を越えた躰だけは感じてよがってしまう。
「いやで……もう……」
 おぞましい状況に、八戒は思わず呟いた。
「いや? こんなになってるのに。いや? 」
 八戒の言葉を聞きとがめた相手が穿ちながら、八戒のペニスをするりと撫で上げた。
 一度達したハズのそこは、またかちかちに硬く張り詰めている。
「イイんだろ? こんなに感じて……悦んでる癖に」
「ちが……ッ」
「こんな……公衆便所なんかで男を待ってる癖に」
「ちがい……ま……す……これは……」
「……そういうのが、カンジるんだろ? ……つきあうよ」
「あ……! 」
 狭い、公園の公衆便所の個室で、見知らぬ男に犯されている。異常な状況下だというのに、躰だけは正直だった。相手のいいなりになって涎を流して躰を開き快楽を追った。
「う……」
 そのうち、遂情の声を響かせ、八戒は白い闇に侵食されて意識を手放した。





「すごくよかったよ。君、名前なんていうの」
 相手の男はネクタイを締めなおしながら言った。行為が終わったのに、名残惜しそうにいつまでも立ち去ろうとしない。
 貪られ、犯された後の、息も絶え絶えという艶めかしい姿で八戒は相手を睨んだ。抱かれた名残で腰ががくがくと震えている。
「僕と一緒に来ない? 」
 突然、相手は思いもかけぬことを言った。
「いいだろ? 君だって……君の飼い主……っていうか、ご主人さまがどんな人か知らないけど、こんなコト君にするなんてさ」
 抱いているうちに、八戒の立場が分かったらしい。最初は自分から好き好んで嗜虐的な行為に耽るためにこんなことをしているのかと、または輪姦されたあげく見せしめのように吊るされたのかと思っていたが、肌を重ねた今、かなり正確に八戒のことを理解していたのだった。
 その躰の反応から、三蔵と悟浄によって丹念に調教されたのを見抜いたのだ。年のわりにかなり聡く、世故に長けている男だった。
 八戒の胸元に書かれた『公衆便所 どなたでもご自由にお使いください』の文字を痛ましげに指でなぞって言った。
「や、君自身もそういうのがスキなのかもしれないけど……さ」
 八戒の艶めかしい躰に幻惑され、男は無理を承知で詰め寄ってきた。
「ね、僕の部屋においでよ。こんなトコじゃ落ち着いて抱けないしさ、もっと……」
 狂おしく八戒の耳元に囁き出した。
「不自由はさせないよ。精神的にも、もちろん金銭的にも。君だってこんな目にあってるよりいいだろう」
 八戒を口説き落とそうと言い募った。しどけないその躰を抱き締めながらかき口説く。
 男は金銭的という部分を強調して言った。確かにその長く綺麗な指は、肉体労働者のものではない。言葉の抑揚といい、洗練された仕草といい、上質で趣味のいい服の生地といい、彼はこの町でもとびきり恵まれた経歴を持ち、選ばれた階層に属するに違いない。
「僕の住んでるところはすぐそこなんだ。ね、僕と行こうよ」
 次の瞬間。
「ふざけてんじゃねぇぞ、てめぇ」
 背後のドアから、押し殺した低い声が響いた。八戒に執心している男はちょうどドアに背を向けていたし、八戒の手を縛めている手の鎖を解くことにすっかり気をとられていて、自分に何ものかが背後から声をかけたことにも気がつかなかった。
 そう。
 輝く金糸、紫水晶のような瞳、権高な表情、いつもの僧衣を簡略に着崩した姿。
――――いつのまにか、ドアの向こうには金の髪をした鬼畜坊主がものすごい形相で立っていた。
「三蔵ッ」
 八戒は驚き、思わず悲鳴のような声を上げた。
 執拗に八戒を口説いている男の後頭部を、三蔵は銃身で殴りつけた。前のめりに倒れ、崩れたところに鬼畜坊主の膝蹴りが再び炸裂する。八戒に執着していた男は、無様な呻き声を立てトイレの床に崩れ落ちた。
「あ……」
 ぎし、と八戒は恐怖からか便器の上で身じろぎをした。手首で鎖が鳴った。
「この野郎……」
 三蔵の顔色は紙のように白かった。表情はよくは分からなかった。
「散々、尻振りやがって。……淫売が」
「三蔵! 」
 三蔵の大きな手が、八戒に伸ばされ、そのまま突き飛ばすようにして外へ連れ出された。





「三蔵ッ……さんぞ」
 外は小糠雨(こぬかあめ)が止んだとはいえ、地面も道も、どこも湿っている。砂利は雨に濡れ、外灯の光を反射して光っていた。
 三蔵は八戒に服も身につけさせずに、公衆便所の外へと引きずり出した。まるで虜囚のように小 突かれながら、追い立てられる。
「三蔵ッ」
「黙れ、うるせぇ」
 一体、この鬼畜坊主はいつ来たのだろう。八戒をあのように無残な姿で公衆便所に繋いだものの、哀れみを覚えて救いに来たのだろうか。それなのに、八戒が他の男に口説かれていたので、すっかり頭にきてしまったのだろうか。
 とにかく、その怒りようは尋常ではなかった。
 公園の奥、人も来なかろうという場所で三蔵は足を止めた。築山があり、こんもりとした茂みがある。芝が生えて昼ならばのどかで憩いのひとときがすごせそうなところだ。
「三蔵ッ……待っ……」
 地面へと八戒は突き飛ばされた。頬に細かい芝の葉が当たる。三蔵はその上へ馬乗りになった。
「いやで……さんぞ! 」
「なんだ。便所でヤル方がよくなったのか、変態が」
 抵抗は、一番最初に貼られた札のため無駄だった。八戒は三蔵のいいなりだった。札は三蔵が近寄ると、呪をかけた主人に共鳴するかのように震えた。お偉い三蔵法師様のかけた術はさすがに強力だった。
「あ……! 」
 脚を躰で割られ、逃げられなくされた。そしてそのまま
「三蔵ッ……やめて……やめてくださ」
 無情にも怒張を押し付けられ、躰を貫かれた。
「…………ひッ」
 乱暴だった。優しさの欠片もない性行為だった。手首の拘束は解かれていたが、それを芝生の上に押さえつけて三蔵は八戒を無理やり犯した。最初から激しく突きまくられた。思わず獣のような声が出た。
「う……ぐぅッ」
「なんだ。もっと気持ちよさそうな声だせねぇのか」
 三蔵が嘲笑う。
 夜とはいえ、公園の外なんかで三蔵に犯され、辱められる。信じられなかった。
「さっきは気持ちよさそうな声、出してたろうが。知りもしねぇ男にヤられて」
 息を荒げ、むちゃくちゃに腰を使われる。苦しさのあまり、八戒は芝生を引きむしった。三蔵の一方的な行為から逃れたかった。
「やめ……」
「男なら、誰でもいいんだな。そうなんだな。てめぇは」
 どこか狂気を思わせる光りが最高僧の目にはあった。いつもは高貴で整った顔が今は嫉妬で歪んでいる。
「ちが……」
「違わねぇな。てめぇは淫売なんだ。この……」
「あ……」
 激しく突きまくられた。抱えられた脚ががくがくと揺れる。芝生の上とはいえ、八戒の躰は外での行為でさらに汚れた。いつの間にか、顔に泥がついている。
「ああ……やぁ」
 三蔵は八戒の脚をかかげ、すんなりした足首に舌を這わせた。びく、と八戒の内股が連動して震える。
 嬌声を上げる敏感な躰を恨めしそうに最高僧は眺め下ろした。腰を強く突き出すようにして奥まで穿たれ、八戒が三蔵の躰の下でのたうちまわる。
「思い知らせてやる。お前は俺の……」
 夜の公園に三蔵の怨嗟のような呟きが響く。本人も荒れる心の内を自分でなんなのか、どうしたらよいのか、うまく説明できないのに違いなかった。
「ああ……さん……ぞ」
 ふたりを照らす外灯の周りに、冬も近いというのに蛾が何匹か集まりだして群れ飛んでいる。
 屈辱的な性行為の連続で八戒の理性はすっかり壊れてしまっていた。自尊心も何もかも無くし、 抜け殻のようになった八戒が甘美な声ですすり泣いた。
「お前は俺の下僕だろうが。違うのか」
三蔵が囁く。
「う……」
 まなじりを濡らす涙を鬼畜坊主が舐めとった。
「よく確認してやる。許さねぇ」
「さん……」
 泥濘(でいねい)の中で犯され、ぐちゃぐちゃに交わった。泥遊びはするまでは汚れが気になるが、一度汚れてしまえば、もう汚れよりも泥の感触が気持ちよくなってしまう。
 性行為はそれによく似ていた。
 淫らな行為を無理やり外で挑まれ、蛇のように果てもなく躰を、肌を、粘膜を、すり寄せて飽きずに重ねあった。
「あ……もう」
 涙で滲む、八戒の視界の隅で外灯が光りの環をかけて歪んだ。それに最高僧の金色の髪が被さり、視界が金色になって何もかも見えなくなる。





 躰は重なるのに、一番大切な何かは重ならない。
 一番欲しい何かは手に入らない。
 八戒は躰を三蔵の蹂躙にまかせ、鈍く痛む胸を押さえながら目を閉じた。





 その夜。
 雨は止んだというのに、その夜は星も月も出てはこなかった。

 漆黒の闇の中で、吐息とともに金糸にも似た美しい髪が苦しげに揺れた。

 ひとでなしの恋の行方は誰も知らない。


 了