闇夜の月(15)


 数時間後。

 陽光きらめく朝日がまぶしい。廊下へ窓ガラスを通じて真白い光がさんさんと降り注ぐ。
「なーなーさんぞー! はっかーい! 」
 悟空が困ったように部屋のドアを叩く。
「いるの? いないの? 返事してよ、もー!! 」
 悟浄も切れ長の赤い瞳を細めてそばに立っている。
「昨日ふたりとも、ごはん食べに降りてこなかったんだよ! 」
 ご飯を食べないなんてイコールそのまま病気だと信じている悟空は、真剣に心配している。
「お前、自分を基準にしてヒトの体調を決めてんじゃねーよ」
 悟浄が口元をゆがめる。
「八戒のことよ? たぶんコーヒーだのクッキーだのさぁ、準備よく部屋に置いてるに決まってんじゃん。ダイジョーブじゃね」
「だってさー」
 悟空と悟浄が廊下で大声で会話していると、突然ドアが開いた。
「うるせぇてめぇら」
 眉をつりあげて悟浄と悟空をにらむ。心なしか金の髪は寝乱れている。あまりこの男は寝起きのいい方ではない。それを知ってる悟浄が目を細める。
「……八戒は」
「寝ている。起こすな」
 鬼畜坊主の返答は短かった。
「えー! やっぱ病気じゃん? 俺っ看病する! いっつも八戒にはケガとか世話んなってっからこんなときくらいさー」
「断る」
 三蔵は素早く言った。しかしいつもよりも迫力というか、あの傲岸不遜さはない。なんというか後ろめたそうな声だった。
「さんぞーサマ。アンタひょっとして」
 悟浄が、素早く三蔵の全身に視線を走らせる。ひっかけてきたらしいパジャマ。ズボンは履いていたが上はあわてて着たといわんばかりだ。ボタンは止まってない。きれいに筋肉のついた胸元にひきしまった腹筋が見えかくれしている。そしてその肩には
「その、ひっかききずとかキスのアトとかってどーしたの。さんぞーサマ」
 悟浄はうろん気な視線を三蔵に送った。肩に爪跡が赤くついているし、胸元には口で吸った内出血のアトがあった。よく嗅いでみれば三蔵の全身からなんだか艶っぽい匂いがする。
「…………黙れ」
 憎々しげに悟浄を紫色の目でにらむと鼻先でドアを閉めた。木製のドアが派手な音を立てる。廊下中に大きく響きわたった。
「おーい! はっかい! はっかいってばー! だいじょーぶなのかよー!! 」
 閉まったドアにもめげず悟空が声をはりあげる。
「やめろ悟空、心配するだけ無駄だぜ」
 悟浄はにやにやしながら言った。
「えー? なんでだよー? じゃーどうすんだよ悟浄」
「お赤飯でも炊けばいいんでないの? 」
 訳知り顔に口をゆがめる。どうも悟浄の親友は積年の想いが叶ったらしい。



 白いシーツにアイボリー色の毛布。ふかふかした肌ざわりが気持ちいい。三蔵はベッドに腰かけて、八戒のそばで本の続きを読んでいる。
「ふたりに心配かけて悪いですよね……」
 八戒は情けなさそうに言った。ものすごく緊張していたのがいけないのか、はじめてのことでショックだったのか、とにかくベッドから動けなくなっていた。
「ほっとけ。バカどもなんざ」
 三蔵は語気も荒く吐き捨てた。悟浄にみすかされた。面白くなかった。
「今日、本当は出発なのにすいません」
 白いシーツの上へ身体を横たえ、枕の上へ黒髪で覆われた頭をのせている。三蔵に愛された身体がだるくてしょうがない。
「お前が謝る必要はない」
 三蔵は本を閉じた。気ばかり使っている八戒が気にいらないらしい。口をへの字型に引きむすんでいる。
 八戒の身体には情事の痕跡が色濃く残っていた。三蔵に噛まれた首筋に吸われたふともも。なまめかしい跡だらけだ。
 そして、それは三蔵も同様だった。八戒にはわかってないが三蔵の肩や背には達するときに耐えきれずしがみついたときの爪あとが残っているし、胸には甘い快楽にとろけて唇をおしつけてしまったときの内出血の跡が残っている。無意識にやったことなので八戒自身は覚えていない。指摘したらさぞかし真っ赤になって、あわてることだろう。
「悟空はなんて言ってましたか? 」
 八戒は困ったように笑い、三蔵に訊ねた。
「お前の看病をするって言ってる」
「ははは」
 八戒は力なく笑った。うっすらと目元が赤い。昨夜は散々、泣かされてしまった。痛くないときでも生理的な涙が止まらずシーツにしみができた。
「だめだ」
「え」
 三蔵はそっと八戒の手をとった。そのままくちづける。
「お前の看病をするのは俺だ」
「三蔵」
 三蔵は白い手の甲から唇を離すと、そのまま八戒の目をのぞきこんだ。深い湖水の色だ。
「あ……」
 八戒の頬に三蔵の指がふれる。つややかな肌ざわりを味わうようにそっと撫で、あごを上へ向けさせる。三蔵は八戒の上に屈みこんだ。ゆっくりと顔を近づけ、そっと唇を重ねあわせた。
「お前は俺のもんだ」





 了