メタンフェタミン(1)

「止めろ、なんだお前達は」
 思わず悟能は叫んだ。
「悟能ッ」
 花喃の悲痛な声が響き渡る。
 塾の講師の仕事を終え、家に帰ってきて驚いた。
 家は荒らされて、滅茶苦茶になっていた。床中を家具や棚の中身が散乱し、冷蔵庫の食材がぶちまけられている。
 そんな惨状の中、花喃といえば床に押さえつけられ、長くひとつに結わえた三つ編みの髪を、汚らしい土足で踏みつけにされ、苦しげに喘いでいた。
「ち、なんだ」
「イイトコロだってぇのに。彼氏が帰ってきたのか」
 家に侵入してきた男達の数は五、六人だった。
 よってたかって花喃の服を剥ぎ取ろうとしていた。花喃は細いその腕で、男達から逃れようと必死で身を捩っていた。
 見れば、薄紅色の部屋着は無残に裂かれ、つつましやかな白い下着が剥き出しになっている。今まさに落花狼藉の憂き目に遭おうとしているところだった。
「よせ! 花喃から離れろ」
 それを目の当たりにして、悟能は目の色を変えて激昂した。男を押しのけ花喃に駆け寄ろうとする。
 しかし、荒事に慣れた男の太い腕に阻まれた。
「なんだ。兄ちゃん」
 細身の悟能を侮った男はのんびりした声を出した。が、悟能の次の動きは素早かった。
「うお! 」
 間髪いれず、相手の腹に蹴りを打ち込んだ。男が身をふたつに折って悶絶する。
「コイツ! 」
「花喃を放せ。さもなければ僕は貴方達を殺しますよ」
 いつもは優しげな顔立ちが、非情そうな影を帯びる。いや、どちらかというとこの悪魔じみた表情の方が、この美しい青年の本性なのかもしれない。
「……綺麗な顔してる癖にキツイ兄ちゃんだ」
 その場にいた男達から唸るような声が出た。悟能の身のこなしは素人ばなれしていて、こうした強盗だの殺人だのに慣れた鬼畜どもから見ても、喧嘩慣れしているというかスジがいい。その優しげな容姿とかけ離れた技の鋭さに舌を巻いた。
「威勢がいいな。でもよ」
 花喃の下着に手をかけていた男がいやな笑いを口元に浮かべた。
「それ以上、近寄ったらこの女は殺すぜ」
「! 」
 男は手に持っていたナイフを花喃の細い首へ突きつけた。脅しでない証のように薄く刃を白い肌へ走らせる。
「へ、へへへ。どうした兄ちゃん」
 一瞬、ひるんだ悟能の隙を見逃すほど甘い連中ではなかった。
「ぐ! 」
 まるで報復のように、背を足で蹴られ、よろめいたところに強烈な膝蹴りを見舞われた。多勢に無勢だった。完全武装している男達に比べ、不意をつかれた悟能は圧倒的に分が悪かった。
「悟能ッごの……」
 花喃の悲鳴を聞きながら、悟能は床に転がった。やや襟足の長い髪が乱れる。いかにも塾の先生らしい清潔な淡い色合いのシャツ姿は揉みくちゃになった。
 そんな彼を足りぬとばかりに男達はよってたかって蹴り上げる。久しぶりに女を犯す、お楽しみを邪魔されて気が立っているのだろう。
「がッ」
 悟能が苦しげな声で呻くのを、無慈悲な手つきで押さえ込み、やや長めの艶やかな黒髪をつかんで引きずり回した。一番はじめに蹴られた男が、報復のようにその端麗な顔に唾を吐く。
「……ちょっと待て」
 その時、男達の視線が一斉に悟能の顔に注がれた。
「……似てるな」
「確かによく似てるなこいつら」
 花喃と悟能の顔を見比べながら、男達は薄ら笑いを浮かべた。
 そのとき、
「俺、コイツの方でもいいな」
 不意にひとりの男が熱っぽく呟いた。確かに押さえつけている、そのシャツの下の肌は、女以上に滑るように白く、男達を誘うに十分な色香があった。
「何だって? 」
 その淫靡な情欲は瞬く間に周囲に感染していった。
「男だぞコイツは」
「ま、でも確かに」
 男三人がかりで一見華奢な痩躯を押さえ込み、両手首を荷造り紐で縛りつけて動けなくしておいてから、まじまじとその整った顔を覗き込んだ。
 派手なところは何一つないが、よく見れば姉以上に整った美貌だった。細い鼻筋は優雅で、目は大きく切れ長に弧を描き、黒目勝ちの瞳は翡翠色の翳りを帯びて誘惑的だ。
 口元はやや男性的に大きめだったが、それもぞくぞくするような色気があった。眉目秀麗とはこの男のためにある言葉に違いない。
 しかも、まだ成人前の、少年と青年の狭間を行き来する、大人の男に完全に成りきっておらぬ危うさとでもいうべきものが、そのしなやかな姿態から香っていた。
 見つめていた男達はたちまち下肢へ熱いモノが集約してゆくのを感じた。口の中が焦れる欲望のためかカラカラに乾いてくる。確かに悟能は男といえど、同性の劣情を煽るに足りて、おつりがくるような艶めかしい容姿をしていたのだ。
「兄さん。こういうのはどうだ」
 手負いの獣といった悟能にリーダー格らしい男が猫撫で声で告げた。
「アンタが姉さんの代わりをするってのは」
「……な」
 男の言葉の意味が分からず、悟能は目をしばたかせた。
「アンタの大切な姉さんには指一本触れねぇ。その代わり」
「…………アンタが俺達の相手をしてくれるってのは、どうだ」
 悟能の顔が悲痛に歪んだ。ようやく鬼畜どもの望みが分かったのだ。男達は確かに最初花喃を狙っていたが、いまやその歪んだ性欲を悟能にまで向けていた。
「下衆……」
 吐き捨てるように呟いた。それは悪夢のような提案だった。
 男達は本気だった。花喃の方を押さえつけてた二人の男が花喃を居間の柱に縛りつけたところだった。
「…………! 」
 声にならぬ声で悟能は唸った。
 花喃を苛んでるふたりの男は、柱に縛り付けその躰から下着を剥いだ。白いショーツが裂かれるようにしてたちまち布切れになる。
「やめろ! それだけはやめてくれ! 」
 悲鳴のような声を上げて、悟能は叫んだ。自分というものがありながら、花喃を他の男で汚すなんてことは断じて許したくなかった。どんなことをしても彼女だけは守りたかった。
 悟能から無意識に力が抜けた。逃さぬとばかりに、そのしなやかな痩躯へ男達が覆い被さる。
……もう彼は抵抗しなかった。
 いや、抵抗できなかった。
 選ぶ余地はどこにもなかった。





「うあ、あ」
 悟能は黒髪を揺らし苦しげな声を上げた。床の上に散乱した台所用品のひとつ、オリーブオイルを手にした屈強な男に後ろの孔をしつこくもてあそばれ続けていたのだ。
 変態め。
 悟能は心の中でひそかに毒づいていた。
「やめ……ろ」
 もはや、足を閉じることはできなかった。四人がかりで左右に大きく広げられ、なにもかもさらけ出されている。それでも、なんとか閉じようとあがくと頬に平手を張られた。
「何、恥ずかしがってんだ。姉さんにもじっくりみてもらえ」
「そーそー。しっかり観察してもらいな」
 無残だった。花喃に嬲りものにされる惨めな姿を見つめられている。花喃は柱に縛りあげられて身動きがとれなくされている上に、口をガムテープで塞がれていた。その両目からは涙をとめどなく流している。
「く……ッ」
 オイルに塗れた手が、指が、悟能の全身を這った。シャツは引き裂かれ、ズボンは引きずり下ろされ剥き出しにされた。
 しなやかに上下する胸、すんなりとした細い腰、小さくて肉の薄い尻が丸見えだ。わざと花喃の方へ何もかもさらけ出すような格好をさせられ、ペニスも蟻の戸渡りと呼ばれる性器とアヌスを繋ぐ線も、男にもてあそばれる肉の環も、何もかもが明かりの下に照らし出されていた。
「は……! 」
 オイルの滑りを借りて、男がもう片方の手でペニスを扱いた。無骨な節立った手だったが、抱くことに慣れた淫らな手つきだった。
「イイ? イイのか? 」
「少しはヨがれよ」
「姉さんの前でヒィヒィ言わせてやるぜ」
 男のひとりが顔を狭間に近づけ、震えるペニスの先端に口づけた。嫌悪に顔を歪める悟能に構わず、男の舌が下へと這い下りる。
「っ! 」
 悟能は息を詰めた。裏筋を舌先でちろちろと舐められる。悶絶するような感覚が腰奥へと走り抜けたが、花喃の視線と、汚らわしい男達に嬲りものにされているという怒りが、性的な感覚を遠ざけていた。
 男は悟能の反応に舌打ちをすると、そのまま舌を這い下ろした。睾丸を吸い上げて揉み、蟻の戸渡りと呼ばれる皮膚の薄い敏感な箇所を嬲り、そのもっとも秘められたつつましやかな肉襞へ男は舌を差し入れた。
 周囲の皮膚と比べてやや色の濃い蕾が妖しい生き物のように、ひくついてわなないている。その淫靡さが、周囲の男達を狂わせてゆくようだ。
「! 」
 なんともいえない感覚に、悟能が仰け反った。男達によって大きく開かされた脚をわななかせる。それを合図のように、いままで脚を抱え込んでいたもうひとりの男が、たまらぬとばかり指を肉の環の中へねじ入れ、穿った。
「ぎ……」
 違和感のある感覚におぞ気立ち、悟能が目を剥いた。
「……結構、ほぐされてるな」
「だろ。さんざん俺が準備しといてやったんだからよ」
 オリーブオイルでしつこく悟能をもてあそんでいた男が、下卑た笑いを浮かべ得意げに言った。
「……たまらねぇ。お前ら押さえてろ。ともかく一度、ヤらしてもらう」
 悠長にやってられぬとばかりに、リーダー格の男が悟能の脚をよりいっそう広げさせ、その間に躰を割りいれてきた。熱く凶暴な怒張が粘膜の入り口に当たって、悟能が恐怖からか身を震わせた。
「やめ……ッ」
 制止の声を、無駄と知りつつも上げずにいられなかった。
「ひっ……ぎ……ぃッ」
 慣れぬ躰を引き裂かれるようにして、悟能は男に犯された。男の太いカリ首が狭い粘膜の間を通過する瞬間、焼かれるような感覚が走り抜け、悟能は屠られる獣のような声を上げて躰を引き攣らせた。苦しかった。
 脚を抱えられ、貪られた。花喃といえば、自分と同じ顔をした悟能が男達の躰の下で無残に蹂躙されるのを止めようもなく見つめ続けている。いたたまれずに叫ぼうとしても、その唇はガムテープで塞がれていてかなわない。
「ぐ……がッ」
「もっと気持ちよさそうな声、出せないのかよ」
「おいおい。こんな色っぽい顔しといてマジで初めてだったのかよ。ありえねぇ」
「バックバージンかよ。後ろの処女喪失おめでとー。無理やりヤられる感想はどうよ。美人さん」
 卑劣な男達に反応すまいと悟能は声を殺し続けた。じきに、悟能の上で尻を振る男の動きが速くなる。
「狭くて……きつくてたまらねぇ。コイツは極上品だ」
「ぐ……」
 苦しさのあまり、生理的な涙が悟能の瞳に浮かんでこぼれる。声を上げまいと努力しても、その綺麗な顔立ちが苦痛で歪むのはどうしようもない。
 感じておらず、ただ貪られているだけの肉体でも男にとっては十分すぎるほど刺激的だったらしい。呻き声を上げて、ペニスを狭い肉筒から抜くと、迸る生暖かい精液を悟能の顔へと振りかけた。
 整った顔が男の醜悪な体液で汚れる。精液で白く汚され、如何にも悟能はレイプされたといった姿になった。男としての矜持もなにもかも打ち砕かれて、一瞬呆けたような、放心した色を瞳に浮かべた。
 もう、頭の中は真っ白なのだろう。現実とも思えぬ悪夢を見せられ続けているような気分だったに違いない。
 そんな、無防備な悟能の姿を見て、周囲の下卑た男どもが、生唾を呑んで擦り寄ってきた。無垢なものを汚す悦びに夢中になっている。
「たまんねぇ」
「こっちも頼む。さっきからパンパンだ」
「俺が先だ」
 争うようにして、悟能の鼻先にいきり立った性器をそれぞれ突き出した。四本ものペニスが唇へ突きつけられて悟能が眉を顰める。顔を背けるのを叱りつけるようにして床に座らせると、男達は割れ鐘のような声で怒鳴った。
「オラ、ちゃんとしゃぶれ。じゃねぇとてめぇの姉さんに代わりにしてもらうぞ」
「……! 」
 右から左から。腕が伸び、腰を押し付けてくる。先走りの汁の滲む汚らしいペニスを顔に押し付けられ、悟能は唇を苦しげに歪めた。
「後ろも初めてなら、輪フェラも初めてなんだろ。美人さん。へ、へへへたまらねぇ」
「早く舌だせ、舌。じゃねぇとてめぇの姉貴犯すぞ。分かってんのか」
 怒鳴られ、脅され、すかされ、悟能は諦めたように唇を小さく開いた。その隙を逃さぬとばかりに太い男の性器が入り込んでくる。
「ぐぅ……ッ」
 悟能が大きく目を開き、痙攣した。顎が外れそうだった。ただでさえ、細面の整った繊細な顔立ちに似つかわしくない獣臭漂う太いペニスを同時に二本咥えさせられた。
「舌つかえ、舌」
 余地がないほど、口いっぱいに頬張らせておいて、勝手なことをほざく連中を思わず睨んだ。
「なんだその目は」
「まだそんな目ができんのか。この口マンコが」
 その様子を眺めていた男のひとりが嘲笑った。男の股間の前で座り込み、しゃぶらされている悟能の後頭部を汚らしい足で後ろから踏みつけた。
「俺が手伝ってやるよ。ホラ」
 男の強い脚の力で、後ろから押さえつけられる。勢いで、喉まで裂けるほどペニスを咥えさせられ た。フェラを通り越して苦しいイラマチオの連続に、もう限界だった。
「うげぇッ……げぇっ……げ」
 悟能は思わず口を外して咳き込み、床へと吐いた。唾液しか出てこなかったが、その顔は涙と涎でぐしゃぐしゃになった。殺される。このままでは殺される。僕も花喃も。脳裏に閃くのはただそれだけだった。冗談ではなくそう思った。
「下手くそ」
「てめぇの姉さんの方がよっぽど上手いんじゃねぇのか。試してもいいんだぜ」
「きっちりイカせろよバカ野郎」
 罵声が四方から飛んだ。床に手をつき、まだ悟能はごほごほとむせている。
「ちゃんと裏筋舐めろ。ったくしょうがねぇな」
「そうそう。ソイツらをヌいたら、次は俺のだからよ」
 行為の途中で逃れられたのが、よっぽど癪だったのか、いままで口淫を強要していた男のひとりが再び咥えさせようと悟能のおとがいをとらえ、唇にまた醜い怒張を突き入れた。
 瞬間。何もかもが悟能の脳裏から弾けとんだ。もう、彼はその場の苦しさから逃れたいだけだった。
「……この野郎ッ! 」
 悟能の口を犯していた男が突然悲鳴を上げた。反射的な勢いで痩躯を殴りつける。
「痛ッてぇ……コイツ噛みやがった」
 苦しさのあまり、悟能は相手の性器に歯を立ててしまったのだ。
「この……! 」
「だから処女ってのはヤリにくくてしょうがねぇ」
 口々に男達は勝手なことを喚き、悟能を小突きまわした。
「ぶっ殺してやる。コイツ」
 その時、リーダー格の男が冷めた声で命令した。
「しょうがねぇ『アレ』持って来い」
「え」
「『アレ』 使うんですかい」
「この美人さんは清純派で慣れてねぇんだ。せめて気分でも出してやらねぇと、気持ちよくなんねぇだろが」
 その言葉に応じるかのように、どこからともなく銀色のアルミニウムでできた医療用の細いケースが取り出され、手渡された。男達のひとりがその中身を空けると、注射器とアンプルが入っている。細かい結晶の入っている小さなビニール袋も見えた。
「蒸留水は」
「いや。もうこの中に入れてありますから」
「手回し、いいじゃねぇか。さてはてめぇら最初からそのつもりだったな」
 悟能には分からないことをこっそりと囁きあっている。手馴れた手つきで男のひとりが注射器を扱った。空気が入らないように、少量の薬液を押し出すようにして針先から抜く。
「……な」

 クスリ。注射器。

 ビニールに入った白い粉。

 不吉な予感が走り抜け、悟能が眉を寄せ顔を嫌悪で顰めた。本能的な危機を感じたのだ。
 顎が外れるほどフェラチオさせられ、顔も何もかもが体液やら涙やらで、ぐちゃぐちゃに汚れていたが、その顔立ちの美しさを損なうことはできなかった。
 そんな姿すらもが倒錯的に人を惹きつける。 それが彼の悲劇なのだろう。どんなに逆らっても男達は悟能を犯すことを諦める気はなさそうだった。
「押さえてろ」
 リーダー格の男が低い声で呟くと、四方から男達の手が伸び、悟能は床にうつ伏せで押さえつけられた。
「なにを……」
「気持ち悪そうだから、気持ちのよくなる『おクスリ』を打ってやろうってんじゃねぇか」
「そうそう。コイツは純度も最高だし、今度こそ天国にイかしてやるよ美人さん」
 腕を押さえつけられ、注射針を近づけられる。
「やめろ……本当にやめろ」
 呪うように呟く悟能に構わず、不吉な光沢を放つ針が上腕の静脈に突き刺さった。
「……! 」
 一滴残らず、おぞましい薬液が躰に注入される。
 それを眼前で見ていた花喃が身を捩って躰をばたつかせた。ガムテープで口を塞がれ、叫びたくとも叫べない。茶色の長い髪が揺れ、瞳から涙が零れ落ちる。
「……ん! の……! 」
 なんとかして、彼女は眼前の悲惨な状態から弟を解き放ちたかった。しかし、そんなことは当然できなかった。


続く