最高僧 in 83 world(2)


 ギシギシとベッドが軋む。
「ツ……! 」
「もっと脚を開いてくれないと入りませんよ」
 なだめるように、首筋に唇を走らせていた八戒だったが、困ったように眉根を下げた。
「そんなにイヤですか。僕が。いつも、最後は悦んで受け入れてくれるのに……今夜は強情ですね」
 寂しそうな口調だが、三蔵はそれどころではない。額には脂汗が浮かんでいる。下肢から浴衣から何までおそろしい力で剥ぎ取られ、無理やり脚を開かされたのだ。しかも、さっきまで、三蔵が慰めていた怒張を狭間にすりつけてくる。
「狭いです。三蔵。もっと力を抜いて下さい」
「…………! 」
 三蔵が言葉にならない悲鳴を奥歯で噛み殺した。つぷ、と八戒の先端が、入り口をかすめたのだ。冗談じゃなかった。ベッド横の小机へ手を伸ばす。S&Wは、既にそこにはない。三蔵の愛銃は先ほどもみあって、床に落ちている。しかし、溺れるものがワラをつかむように、机の上にあった紙をつかんだ。
「そんなに、僕のことが嫌いですか」
 黒髪の美青年が切なげな声をあげる。秋波といっていい目つきで流し見られた。そんな表情や声には弱かったが、これだけは断じて許すわけにはいかなかった。
「さんぞ、さんぞ……」
 八戒がむしゃぶりついてくる。
 そのとき。
 三蔵は手にしていた、紙を八戒の背中に貼った。
「…………! 」
 八戒が目を剥いた。力が抜ける。身体の芯から髄を抜き取られるような心地だ。札の表面に、五色の神々しい光が走る。
「さんぞッ……これは」
 指、一本、動かすのも重い。舌がもつれた。
「ったく。油断も隙もねぇ」
 三蔵が呟く。  呪札だった。最高僧様直筆の妖しくも有難い文字が並んでいる。畏れ多い真言が記された強力な札だ。銃の手入れの前に、予備として書いておいたのだ。八戒の妖力に反応して、光を放っている。八戒は目を見開いて、うめいた。力が抜けてゆく。動けない。三蔵法師様はさすがに神通力広大だった。
「立場が逆転したな。……脚を開け。そうだイイコだ。ヤられるのは、てめぇだ。安心しろ、孕むくらい犯してやるぞ」
 人の悪い笑みを浮かべて金髪鬼畜坊主が居丈高に言い放った。もう、八戒はあやつり人形も同然だ。
「どうして、どうして僕が」
 信じられなかった。悪夢のようだった。天使に犯されるなんて。
「ツメが甘いんだよ」
 三蔵が吐き捨てた。どこかで聞いた言葉だった。金の白皙の美貌がサディステックな笑いに歪む。
もう、逆らえない。確かに八戒は下僕だった。三蔵は力の入らない八戒の身体をいいようにあしらった。
「ホラ、怠けてんじゃねぇ。自分の足首は自分で持て。そのまま拡げてろ」
「…………ッ! 」
 逆らえなかった。呪札の効果は絶大だった。
 八戒に足首を手で持たせると、三蔵は膝裏を腕で抱え、そのまま、強引に腰をすすめる。ガチガチに張り詰めた肉棒を、八戒の肉の環へ容赦なく押し当てた。
「…………ひッ! 」
 次の瞬間。
――――八戒の悲鳴が部屋中に響き渡った。悲痛な絶叫だ。

「てめぇ。今夜は散々この俺に逆らいやがって……躾しなおしてやる。覚悟しとけ」
 凄みのある低音で、三蔵は串刺しにした相手を見下ろすと冷たく告げた。それは、死刑宣告に近かった。



 その頃。受けのふたりは静かな夜を過ごしていた。
「お茶にしませんか」
 宿の部屋で、八戒が三蔵を呼ぶ。ことりと音を立てて、皿をふたつ小机に置いた。
「おう」
 湯上りらしく、つやつやと上気した頬で、三蔵は八戒の出した茶菓子を見た。老舗の品か、丁寧に白い粉をまとったお饅頭が皿に置かれている。
「ここの豆大福。おいしいんです」
 八戒がうれしそうにいった。こぽぽ、と平和な音を立てて、お茶が湯のみに注がれる。
三蔵は手を伸ばした。整った可憐な口で少しかじる。大福は表面が多少しょっぱく、豆がまぶされていた。中にはしっとりした餡子が入っていて、かじると甘い。上品な甘さだ。しょっぱさと甘さが口の中で増幅してうまみを増す。口福としかいいようのない深い味わいだった。
「悪くねぇな」
 綺麗な紫暗の瞳を細める。好きな味だったらしい。
「でしょう」
 本当に緑茶に合っていた。
 八戒は、にっこりと微笑んだ。視線の先で、美貌と表現するしかない最高僧がお茶を飲んでいる。金糸の髪がひどく優雅で綺麗だ。白皙の美貌の見本、この上もなく整った完璧な容姿。本当に三蔵は美しかった。今の三蔵だったら、襲ってくる妖怪どもも、殺す前に三蔵を犯すのではないだろうか。そう思わせるほど艶かしくも麗しい。
「フン」
 それでも、悪態をついたりするところは、さすがに三蔵だ。白磁の湯のみを持つ手つきや飲む姿までもが絵になって、見とれてしまう。
「あ、三蔵、新聞読むならライトをつけましょうよ」
 もう、暗いのに、天井のトップライトだけで三蔵は新聞を読んでいた。いつものように、八戒が世話をやく。
「うるせぇ」
 返事もいつもどおりなのだが、なんというのか、今夜の三蔵はどこか受身だ。それ以上は絡んでこない。多少、下僕としては調子が狂った。いつもだと、「うるせぇ」の後で、八戒は淫らな手を伸ばされる。「ヤりたいのか。てめぇ。俺の邪魔ばかりしやがって。要するに俺とヤりたいんだな」 そんな分けの分からない難癖をつけられて、八戒は毎晩押し倒され、身体をいいようにされてしまっていたのだ。
 しかし、今夜の三蔵はそんな無体を強いるつもりはないらしい。
「……そろそろ、寝ましょうか」
 なんだか、心底ほっとした気分で八戒は言った。
「そうだな」
 三蔵はマルボロを灰皿でもみ消した。ひたすら美しい横顔が、月の光を浴びて幻想的なほどだ。
上弦の月は西の空へやや傾きつつあった。ひどく平和で、静かな夜だった。
「あ、ハミガキしないとですよ。三蔵」
「だから、てめぇはうるせぇってんだ。ガキじゃあるまいし忘れねぇよ」
 のんきな会話をしている。
「おやすみなさい三蔵」
「ん」
 極めて平和に、こちらのふたりの夜は過ぎていった。

――――そう。
 いつも、あんな肉食系のふたりにいいようにされ、犯されまくって毎晩ゆっくり眠らせてもらえないのだ。こんな日くらいはひとりベッドでぐっすりと眠りたい――――ふたりの安らかな寝顔には、言わずともそう書いてあった。




 その頃。
「さんッ……ああッ……さんぞ」
 ずいぶんと長い時間が経っていた。
 しかし、哀れにも、八戒はまだ串刺しになっていた。白いシーツに三蔵の硬い肉棒で縫い付けられている。シーツはふたり分の精液でごわごわしていた。
「文句でもあるのか。この野郎」
 三蔵は、嗜虐的な表情で、小さな正方形のビニルのパッケージを口にくわえていた。ゴムだ。薄いスキンが入っているやつだ。ひとつひとつが個々にパッケージされてつながり、蛇腹になっているその端を、三蔵は口にくわえている。
「いつもこんなモン使ってセックスしてんのか。てめぇは」
 凶暴なほどに白い、その歯を使って三蔵はゴムの袋を開けた。八戒のパジャマのポケットに入っていたのだ。八戒がゴムを使うのは、三蔵の体を気にかけているせいだ。中で出さない方が、いろいろな意味で相手に負担が少ない。あくまでも八戒は紳士だった。
 しかし、そんな王子様面したこの男も、今やこうして鬼畜につかまり、生まれてきたことを後悔するような目に遭わされている。もう、どのくらい犯されているのか、八戒は考えたくもなかった。
「やめ……! 」
 オスをくわえ込ませ続けれて過ぎて内股がひきつって痙攣する。陵辱がひどくて耐えられない。
「気にいってるんだろうがコイツを。つけてやる。遠慮するな」
 三蔵は口の端をつりあげた。人の悪すぎる微笑みだ。そのまま取り出したスキンを目の前で揺れる八戒の怒張へと親指と人指し指で円をつくって被せた。ずるずる、と薄いしなやかなゴムが、八戒の屹立を包み込む。
「……ぴっちぴちだな。サイズあってないんじゃねぇのかコレ」
「…………! 」
「生じゃねぇ方が感じるのか。なるほど、さすがにてめぇは変わってるな」
 鬼畜坊主がクックックッと笑う。
「まぁ、でも、もう直接触らなくったってイケるだろ」
 腰を揺すり上げられる。左右に尻を振られて、三蔵の剛直が粘膜に当たった。
「ココでな」
 一瞬、三蔵の肉冠が前立腺をかすめた。張り出した雁首が少し当たり、腰奥へ惑乱するような感覚を粘膜が伝えてくる。
「う……」
 八戒は男らしい目元を赤く染めた。生理的な涙が目の端に浮かんだ。呪札を貼られた背中がじわじわと痛む。限界が近かった。気を失いそうだった。
「あッ」
 三蔵がとどめとばかり、手前近くの前立腺を狙いすましたように穿った。
「あああッ」
「……イイ声が出せるようになったじゃねぇか」
 三蔵の口角がつりあがる。邪悪といっていい笑みだった。
「ここか」
「ひィッ……! 」
 八戒の黒髪が白いシーツの上で左右に打ち振られる。三蔵は的確に貫いた。
「あああッああッもうッああッ」
 まともに前立腺を何度も擦りあげられて八戒が痙攣する。
「あーッああああッあ……」
 尻を震わせて、達してしまった。後ろの孔を三蔵にいいように穿たれ、犯されて達してしまった。
もう、一度達してしまえば、とまらない。本能のまま、脈拍と同じ間隔で何度も精液を吹き上げる。ゴムで包まれた性器は震えて、白濁液で真っ白になった。
「ああ……」
 ベッドの上で、上体をやや起こし、八戒は息をついた。片足は三蔵にかかえられ、肩にかつがれたままだ。
「触られてねぇのに、イケるようになったじゃねぇか」
 三蔵は舐めるように、達した八戒を見つめている。二重に視姦するような行為だ。
「…………! やめろ……やめてく……」
 三蔵は達したばかりの八戒の性器に手を伸ばした。喘いで、八戒がその手をとめようと震える指で、押さえようとするが、三蔵はかまわず、八戒の性器を大きな手で包み込んだ。
そして、そのまま、ゴムを外した。
「う……」
 どろり、と白い汁がゴムの内部から垂れ落ちてくる。それでも先の膨らみにもたまっている分があった。三蔵がぬけがらのようなそれを指でつまみながら言った。
「たくさん出たな。まだまだイケるだろ」
 三蔵は八戒の整った鼻先に使用済みのゴムを突きつけた。一瞬、黒髪の男は顔をそむけた。
 そして。
「…………! ぐぅッ?! 」
 三蔵は使用済みのゴムを無理やり、八戒の口へ押し込んだ。それと同時に腰でいっそう強く貫いて穿つ。
「どうだ、自分の使ったゴムの味は。うまいか」
 三蔵の鬼畜な笑い声が部屋に響く。犯しながら、大きな右手で八戒の口をふさいだ。部屋の空気はいっそう陰惨なものになった。
「最悪だな。ゴム臭いわ、精液臭いわで……てめぇもそう思うだろうが」
 八戒にしてみれば、吐瀉物を飲み込めと言われたような感覚だった。八戒が反射的にげえげぇと口から吐き出そうとする。生理的な反応だったが、三蔵が許さない。
「何、吐いてんだ。飲み込め。てめぇが出したんだろうが。責任とって飲み込め。喰え」
 精液まみれのゴムごと飲み込め、いや喰えと言われて、八戒が驚愕したように目を見開く。鬼畜の所業だ。
「これに懲りたら、俺とヤるのに、もうゴムなんざ使うんじゃねぇ。分かったか」
 八戒は泣いていた。もう、男としての矜持も何も、いやそれどころではない。人としての誇りも何も、自尊心も自負心も、大切な何もかも……地にぶちまけられ、壊され、汚されていた。精神まで犯され尽くされた。いい加減、限界だった。意識しなくとも、八戒の目から涙があふれた。まなじりを伝って頬へと落ちる。今までの八戒は死んだも同然だった。
 しかし、三蔵はそんなことは全く知らぬ存ぜぬといった調子で、八戒をしつこく責め立てていた。この男は生粋の鬼畜だ。
 いや、彼にしてみれば、今夜のことは下僕の反抗としか思っていないのだろう。この俺に突っ込もうと思うなんて、なんて野郎だ。てめぇは悦がってりゃいいんだ。何かカン違いしてるんじゃねぇのか躾しなおしてやる。心の底からそう思っているのだろう。

 結局、三蔵は八戒を夜明け近くまで犯し続けた。



 そして、


 次の日―――――だろうか。

 ジープの疾走するエンジン音が響く。
「あれ、どうしたんです。三蔵、今、寝てましたね」
 隣の運転席から声がかかった。甘く涼しい優しい声だ。
「珍しい。疲れているんですね」
 ふっと、その口元に優しい笑みが浮かぶ。ハンドルを握るその手はあくまでも綺麗だ。まるで白蝶貝を削ってはめ込んだような優美な爪が指先で光っている。
「いいんですよ。三蔵。寝ていてください。まだ、宿までだいぶかかりますからね」
 運転席の男は優しく微笑んだ。緑の服の上にかけた、肩布が風を受けて軽くはためく。
「さぁ、寝ててください。なるべく揺れないように運転しますからね」
「……お前」
 三蔵は思わず言った。以前もこんな会話をした記憶があった。既視感がありすぎる。
「お前、本当に八戒か」
 まだ、夢でも見ているのかもしれない。一瞬、不安にかられて、三蔵が呟いた。
その言葉に反応したように、運転手がこちらへ振り返る。
 美しい男だった。
 小さな白い顔に黒い長めの前髪がかかり、宝石を思わせる神秘的な緑色の瞳が煌めく。
短い襟足が颯爽としていて清々しい。鼻は細く整い、妖麗なその口元は穏やかに笑っているようだ。右目にはモノクル
――――単眼鏡を嵌めている。
 顔も、瞳も、髪も、唇も、鼻も、ひとつひとつは控えめで目立たないが、じっと見つめていると、全てが完璧な造形だということに気づく。完璧な顔は、完璧な輪郭を生じ、そしてそれは当然、完璧な首に……完璧でしなやかな肢体に繋がっていた。完成された完璧な美がそこにはあった。
「どうしたんです。三蔵」
 端麗な男が優しく言葉を返した。
「…………」
 三蔵は一瞬、黙った。そして、
「ああ、確かにお前は八戒だな」
 安心したように三蔵は笑った。鬼畜坊主にしては珍しく柔らかい、無防備な心からの笑顔だ。
「はは、ええ。……あなたこそ、確かに三蔵……ですよねぇ」
 八戒も呟いた。しかし、後半の語調は歯切れ悪かった。あまりうれしそうではないのを三蔵は聞き逃さなかった。一瞬、最高僧が動きを止めて固まる。次の瞬間、ぴくっと額に血管が浮いた。
「……なんだ、その言い方は」
 疾走するジープの風を受けて、着ている白い僧衣がひるがえる。
「い、いえ別に」
 ステアリングから片手を離し、八戒が思わず口を押さえた。失言だ。
「なんだか、俺が三蔵で残念そうだな。てめぇ」
 風を受けて三蔵の肩先で魔天経文が揺れる。怖い。
「そ、そんなこと」
 八戒がハンドルを握る手に力をこめる。この話題は早く終わって欲しかった。
「俺じゃ悪いのか」
 結構、三蔵はしつこかった。逃がさぬとばかりに追求してくる。
「な、何を言って」
 八戒はもう、決して三蔵の方を見ない。運転に集中しているふりをした。きっちり首まである詰め襟の服を着ているのに、寒気がしてきていた。
「……言え、誰のことを考えていた」
 鬼畜最高僧が、低音の凄みのある声を出し始めた。その手に、魔天経文を握り締めている。
「べ、別に、三蔵のことしか」
 八戒の表情が強張る。バンダナをした額のあたりを手で押さえた。
「隠し立てするとためにならねぇぞ。他の男のことを考えていたんじゃねぇのか」
 恐ろしいことを三蔵は言った。しかも、困ったことにそんなに間違っていない。
「ま、まさか」
 否定するしかない。いや否定するしか道はなかった。じゃないと生きていけない。
「……てめぇ。今夜、どうなるか、分かってんだろうな」
「…………」
 背筋に冷たいものが流れて、八戒は沈黙した。きっと今夜は早めになんか眠らせてもらえないだろう。
 確かに、これは三蔵だった。本当に三蔵だった。いつもの三蔵だ。間違いない。
 嫉妬深さも、鬼畜さも通常運転だった。
 昨日の、繊細で綺麗で儚げな、あの天使のような三蔵はなんだったのだろう。きっと幻覚に違いない。

 後ろの座席からは、ひそひそと八戒を気遣うような、河童とサルの声がする。

 八戒はハンドルを握りしめたまま、深く深くため息をついた。



 了