最高僧 in 83 world(1)

 西への旅の途中。
 疾走するジープのエンジン音が響く。三蔵の白い僧衣のそでが、風にそよいだ。
「あれ、どうしたんです。三蔵、今、寝てましたね」
 隣の運転席から声がかかる。つめ襟の、緑色の服を着た男が微笑む。甘く涼しい声だ。
「珍しい。疲れているんですね」
 ハンドルを握る手は大きく力強い。運転しなれた、節の立った男の手だ。
「すいません……僕のせいかもしれませんね」
 ジープのエンジン音にかき消されるほどの小声だったが、その言葉はどこか、かすかに淫靡な調子を含んでいる。八戒は片手で右目に嵌っているモノクルを抑えた。
「いいんですよ。三蔵。寝ていてください。まだ、宿までだいぶかかりますからね」
 先ほどの言葉を、後ろの座席に聞かれなかったかと、ちらりと白い肩布を片手で押さえ、後方を流し見る。そんな仕草までもがいちいち男っぽい。
「さぁ、寝ててください。なるべく揺れないように運転しますからね」
 自分より弱いものをいたわる口調だった。たちまち、めじりが下がり人のよさそうな笑顔になる。庇護欲をそそる大事で大切なものを守る時の、おとなの男がする典型的な立ち居ふるまいだ。
「……お前」
 三蔵は鳥肌が立った。なんだか凄まじく違和感があった。どこがどうとは言えないが、違和感があった。
「お前、本当に八戒か」
 つい、疑問を口に出してしまった。運転席の秀麗な男が一瞬、こちらへ振り返る。
 つややかな黒い髪、前髪は目にかかるほど長いが、えり足は綺麗に剃られて爽やかだ。目は緑色で、その底に強い意志の光がひらめき、鼻筋は細く整い美麗だ。唇は端正で、優しく紳士的な微笑みを浮かべている。全体に力強い線で構成されており、きわめて精悍な印象だ。
 綺麗というより、格好いい。剽悍な黒豹を思わせる男だ。
「どうしたんです。三蔵」
 運転しているから、あまりそちらへ目を向けられなくて残念だ、という顔をして、ハンドルを握っている。ジープはゴツイ車だが、この男が運転するのにぴったりだった。美形だが柔弱ではない、むしろ内面に隠し持つ激しさが、うっすら表面に浮き出ている。黒髪の男はちらり、と助手席の三蔵をふたたび横目で見た。
「あなたこそ、おかしいですよ」
 八戒はきっぱりと断定した。そんな口調もひどく男性的だった。
「宿へ急ぎましょう。……本当に僕が八戒か、宿の部屋で確かめればいいでしょう? ……三蔵」
 やんわりと淫猥なものを滲ませて、八戒が言う。
「誰と間違えているのか……僕も聞かなくてはいけませんよねぇ」
 瞬間、その端麗な口元に暗い微笑みが浮かんだ。なまじ秀麗な容姿をしているものだから凄みがある。
「すみずみまで確認させてあげますよ。僕の可愛い三蔵。僕のなにもかもをね」
 今夜の三蔵には、お仕置きが必要ですね。そういいかねない調子だ。
「…………」
 三蔵は胡乱げな視線を運転席へ送った。頭を振って、懐を探ってマルボロを取り出す。とにかく、何かが妙だった。頭痛がした。




 その頃、やはりジープの上で。

 金の髪をした最高僧は、うつらうつらしていた。長い金色の睫毛が影をつくっている。
「あれ、どうしたんです。三蔵、今、寝てましたね」
 八戒は助手席へ声をかけた。ジープはかなりの速度で走っている。八戒がハンドルを切るたび、着ている中国風の服のそでが風を受けてはためく。
「珍しい。疲れているんですね」
 労わるように呟く。その瞬間、紫色の瞳が開かれた。
「悪い。寝てたか」
 繊細な印象の整った唇が八戒に詫びる。まぶしいらしく手を目の前にかざしている。白い僧衣のそでが揺れた。
「いいんですよ。三蔵。寝ていてください。まだ、宿までだいぶかかりますからね」
 八戒は優しく微笑んだ。なんだか、今日の三蔵は素直だ。寝起きだからだろうか。
「さぁ、寝ててください。なるべく揺れないように運転しますからね」
 人好きのする無邪気な笑顔で八戒は言った。三蔵が疲れているなら、どこかで甘いものでも手にいれて食べさせたいですね。なんて可愛いことを内心思っている。ジープのシフトレバーをゆっくりと低速に入れた。
「……お前」
 三蔵が呟いた。
「お前、本当に八戒か」
 それは、突然だった。思いもかけない言葉に、八戒は一瞬むせた。思わず助手席へ顔を向ける。
 三蔵はまだ、完全に眠気が去っていない様子だった。白い肌、白い顔、うっすらピンク色に頬が上気していて悩ましい。金の睫毛にふちどられた、その瞳は紫水晶のような深い色をしていて、希少な宝石に似ている。これ以上ないほど整った鼻梁は奇跡のようだ。そして金の糸でつくったかのような美しい髪が顔の輪郭を飾る。艶やかな唇はこの上なく端麗で、美術品としか思えない。
 三蔵は美しすぎて儚いまぼろしそのものだった。
「どうしたんです。三蔵」
 八戒は悲鳴をあげた。
 天使がいた。助手席にいたのは、麗しい天使そのものだった。僧衣を着た天使だ。その背に生える白い羽を見た気がして、モノクルのはまっていない方の目をこすった。
「あなたこそ、おかしいですよ」
 八戒は思わず心から言ってしまった。
「宿へ急ぎましょう。……本当に僕が八戒か、部屋で確かめればいいでしょう? ……三蔵」
 というか、この三蔵が本当に三蔵なのかも確かめたい気持ちで八戒はいっぱいだった。金の髪の最高僧はいまだに八戒を見つめ続けている。肩に魔天経文をかけ僧衣に包まれているから、確かに三蔵なのだろうが、その身体の線は細身でしなやかで、蟲惑的だ。腰のあたりなんか本当に細い。
「すまん。なんだかな」
 ぼそぼそ、三蔵は歯切れ悪く言った。確かにいつもと違う。
「お前、なんかこう、いつもと違う。今日は優しいというか、柔らかいというか。白いというか」
「…………」
「すまん。うまく言えねぇ」
 三蔵は、所在なげに視線をそらすとマルボロを白く細い指でとりだした。繊細な印象の顔立ちを歪めて、詫びる。
 八戒は不安げな視線を助手席へ送った。ジープのハンドルを強く握りしめる。早く、宿へ着かなくては。確かに、とにかく何かが妙だった。







 一方、
 鬼畜な最高僧様は凛々しい下僕の運転するジープで宿に着いた。
どこかが奇妙だったが、どうしようもない。いつものように宿で八戒が受付をし、みんなで食事をして、部屋でやすむ準備をする。一見、なんの問題もなく時は過ぎた。

――――――そして。
 夜が更けてくると、月の明かりが部屋の中を蒼白く照らしだした。半分かけた上弦の月の光は柔らかい。

 三蔵は、ベッドの上に腰をかけ、銃の手入れに余念がなかった。最近、シリンダーの回転が悪いのだ。
 ベッドサイドの小机の上に、細い長方形の紙を敷き、そこへ愛用のS&Wを置いてシリンダーを指で回した。銃を扱いなれた、節の立った大きな手でガンオイルを手にすると、慣れた手つきで油を注す。
「チッ」
 男っぽい仕草で舌打ちをした。手元が暗い。これでは、火薬カスの残りがついていても気づけない。
 しかたなくサイドライトをつけた。風呂をつかった後なので、乾ききらない金糸の髪が光を受けてきらめきを放つ。三蔵は小机の引き出しから弾を取り出し、S&Wに全弾を装填した。
 ライトに照らされた三蔵の横顔は厳しい。いつもどおりの精悍な表情だったが、今日は一段と緊張しているようにみえる。

 その時、ドアの開く乾いた音が響いた。
「ああ、さっぱりしました。きちんとしたお風呂なんて久しぶりですよね」
 八戒だった。白いタオルを頭からかぶって、優しい紳士的な笑顔をこちらへ向けている。隙間からのぞく長い前髪から、しずくがひとつ落ちた。
「三蔵? 」
 返事がないので、八戒が不審そうな声をあげる。既に夜着を着こんでいるのがこの男らしい。
「ああ。ここにいる」
 銃の手入れが終わったらしい。三蔵はS&Wを横の小机へ戻し、マルボロの赤い箱を取り出した。三蔵が身じろぎをすると、腰かけているベッドが軋んだ音を立てる。風呂はともかく家具は安普請だった。タバコを一本取り出し、黙って火をつけると紫煙が立ちのぼった。確かに三蔵は美しい男だったが、柔弱なところはひとつもない。
「まぁ、ちゃんと湯が出るってのは、いいな」
 鬼畜坊主が少し雰囲気を和らげ、口端をゆるめた。浴衣を着た首筋のラインまでもが精悍だった。
「三蔵……」
「!」
 突然。
 後ろから八戒に抱きしめられた。ベッドに乗り上げた八戒は、三蔵を抱く腕の力を強くする。
「僕が守ります。あなたを」
 熱い声だった。真剣そのものだ。背後から力強い男の腕に抱きしめられる。
「僕の天使。羽根が生えていないのが、不思議なくらいですよ。それなのに」
 凛々しい顔立ちを悲愴に歪め、黒髪の男が三蔵の耳元でささやく。
「こんな、大切なあなたに銃なんか持たせて。許して下さい」
「…………! 」
 三蔵は、そのままベッドに引き倒された。
「もう……あなたの手を二度と汚させたくない」
 甘い甘い口調だった。確かに三蔵は黒髪の美男子に口説かれていた。



「昼、僕のことを疑いましたよね。本当に八戒かって」
 三蔵の身体の上に、乗り上げ、白い身体を押さえつけたまま、八戒が囁く。
「確かめて下さい。僕が八戒かどうか……三蔵」
 三蔵の手を取ると、その甲へくちづけた。その仕草は、まるで、姫へ忠誠を誓う騎士のようだ。
「……ッ! 」
 八戒はそのまま、熱い唇を寄せると官能的に重ね合わせた。
「僕は……あなたを裏切るくらいなら、舌を噛んで死にますよ」
「ッ……」
「……知ってますよね」
 角度を変えて、重ねられるくちづけ。どちらともともない唾液が三蔵の口端を伝う。
「さんぞ……僕の大事な……三蔵」
 蕩けるような睦言を、三蔵の耳元で囁く。
 金糸の髪の男は無表情だった。無言で八戒の右肩を押し返す。そのまま反動を利用して、逆に八戒をベッドの上に押し倒した。
「三蔵? 」
 緑色の眼が驚いたように見開かれる。シーツの上に、生乾きの短い黒髪が踊る。
「今夜はやけに積極的ですね」
「……そりゃ、こっちのセリフだ」
 清廉な男前、と評するのが適当な背の高い青年は、三蔵の意外な反応にすっかり戸惑っている。
 かまわず、三蔵は相手のパジャマのボタンをひとつずつ外していった。あらわになってゆく白い肌に、舌を這わせる。
「……本当に、今夜はどうしたんです」
 八戒は目を細めた。三蔵の愛撫は的確だった。
「そういう、気分なんですか? 」
 三蔵は取り合わなかった。最後まで八戒の寝着のボタンを外しきると、下へ手を伸ばした。
「……ッ。さ、さんぞ」
 いかにも、好青年という八戒の顔立ちが歪む。
「そ、それは」
 八戒は、もう硬く張り詰めていた。
「フン。ガチガチじゃねぇか」
 鬼畜最高僧はこれ見よがしに呟いた。低音の声に淫靡さが混じる。
「あッ……!」
 そのまま。三蔵は、八戒の屹立へ舌を伸ばし、なめすすった。
「さんぞ……! さんぞッ」
 いつもなら、いつもなら、八戒の大切な 「三蔵」 はこんなことはしない。今日は、どうしたのだろう。
 でも、八戒にとって三蔵は絶対的な存在だった。そんな彼がしたいというのなら、基本的には逆らえない。
 そのうち、八戒の怒張の先端に口を開けている――――鈴口にまで三蔵の舌は伸びてきた。小さい入り口を舌先で執拗に弄ばれる。
「さんッ……! 」
 淵を狙って舌先で軽くはじかれた。
「ああッ」
 八戒が身も世もなく身体をよじる。腰奥へ快美感が走り抜ける。
「我慢汁が出てきたそ。淫乱が」
 抑えようとしても、とろとろした透明の粘液が滴り落ちる。それは大量だった。
「さんぞッ……さんッ」
 八戒が息を荒げて名前を呼ぶ。必死だった。
「あなた、いったい……くっ?!」
 ずっぽりと舌全体でやさしく亀頭を包み込まれる。ぬるぬると舐めまわされた。
「ああッ」
 八戒が、男らしい精悍な顔立ちを歪めて悦がる。
「お願いです。やめて下さい三蔵ッ。どうしてこんな」
「すっげえ、雁高だな。こんなに興奮してんのか」
 三蔵が嬲る。八戒のはパンパンに勃起していた。亀頭の下の段差が大きくなっている。そこへ優しく口づけたものだからたまらない。
「あああッ」
 八戒が喘いだ。
「やめて。やめて下さい三蔵。どうしたんですか今日は」
 身体を震わせて三蔵にすがるが、鬼畜坊主はさすがに冷たかった。
「まだ、しゃべる余裕があるのか」
「ひッ」
 三蔵は、舌先を八戒の裏筋まで這わした。
「さんぞッ……ああッ」
 八戒はわめいた。亀頭の裏側、裏筋は男の一番弱い性感帯だ。そこを狙うように執拗に舌を這わされる。ちゅばちゅばと音が立った。八戒は思わず身をよじった。
「ダメ……ッ……! ああああッ」
 八戒は腰を揺らし、気をやった。びくびくと白い白濁液が吐き出される。


 しばらくして。
「すげえ量だな。ドスケベが」
 三蔵が口の端を指で拭った。飲みきれない白い体液がこびりついている。
「さんぞ……」
 八戒は目をつぶって、三蔵に抱きついた。
「今度は僕が……さんぞ」
 そのまま、三蔵をベッドへ押し倒す。強引に身体で三蔵を開かせようと脚を割りいれた。
「あなたを……抱きたい……お願いさんぞ」
 八戒は三蔵の膝頭へ手をかけた。

 そのとき。

「ふざけてんじゃねぇぞ」
 ガチッと八戒のこめかみに銃口が突きつけられた。果たして三蔵の手にはS&Wが握られている。隣の小机から取ったのだ。
「脚を開くのは、てめぇだろうが」
 ドスの効いた低音が響く。片目を眇めて凄んだ。
「下僕の分際で、この俺に突っ込もうなんざ、10億年早いんだよ」
「…………ッ! 」
 八戒が血相を変える。金の髪の死告天使は冗談で言っているのではないらしい。
「さ、三蔵」
「早く、てめぇの尻を出せ、それで許してやる」
「む、無理で」
 花喃を抱いたことはあっても、男に抱かれたことはない。八戒は青ざめた。
「なんだ、てめぇ。ヤられたことねぇのか。フン下僕のくせに生意気な……確かにてめぇは俺の知ってる八戒じゃねぇな」
 最高僧が親指で撃鉄を起こす、物騒な金属音が部屋中に響いた。撃鉄を起こしておけば、後は撃つことに集中できる。俗に言うシングルアクションで撃とうというのだ。三蔵は本気だ。
「いいから、脚を開け。てめぇは俺の下で悦がってればいいんだ」
 八戒は無表情だったが、かすかに剣呑な気配を漂わせている。何か考えているようだ。
 そして。
 突然、八戒の眼が覚悟を決めたように据わった。無言で三蔵の銃を持った手首をつかむ。
「…………! 」
 紫暗の瞳が驚きで見開かれる。手首にみしりと痛みが走った。つかまれた指で手首が砕かれそうだった。もの凄い力だ。
「ふ、ふふふッ。さんぞ」
 八戒は笑っていた。
「オイタが過ぎますよ。あなた」
 黒い冷気が黒髪の青年から漂う。八戒はいいひと仮面を脱ぎ捨てた。本気だ。
「所詮、あなたは人間じゃないですか。僕の……妖怪の僕の力に、本気でかなうとでも?」
 邪悪といっていい笑いがその端正な唇に浮かんだ。口端をつりあげて八戒が笑う。
「三蔵。往生際が悪いですよ」
「てめぇ」
「あきらめて、僕に抱かれて。ねぇ……僕の三蔵」
 必要だったら、八戒は耳のカフスも外すだろう。そう、この男はそういう男だった。
 骨も折れよとばかり、ギリギリと手首を握る力を強くする。金糸の白皙の美貌が苦痛で歪んだ。確かに八戒は妖怪だ。握られた手首が、骨がきしむ。確かにこれは人間の力ではなかった。
とうとう、S&Wは、嫌な音を立てて、床へ落ちた。暴発しなかっただけマシかもしれない。

   とはいえ、三蔵は絶対絶命だった。


「最高僧 in 83 world(2)」に続く