月の刻印(1)

 旅の非日常的な時系列の中で、躰を重ねあう。日常を遠く跳躍し、世間体すら置き去りにした二人の関係はより純化され、精製される。そんな気がする。
 そして、今日もまた。

「あ……」
「力抜け、ってんだろうが」
 三蔵の熱い切っ先を宛がわれて、八戒は身を強張らせた。躰が熱い。けれど緊張のあまり筋という筋が引き攣ってしまったようだった。躰が上手く動かない。
「……おい」
 三蔵が腰を押し付けながら唸るように言う。
「んぁ! ……できませ……ッ」
 初々しく上擦った声を上げて、八戒は三蔵の肩先にしがみついた。目を瞑って首を振る。
「そうか、しょうがねぇな」
「あ……」
 三蔵は八戒の額に優しくくちづけると、そのまま八戒の手を取った。
「できねぇなら、手だけ貸せ」
「う……」
 そのまま、三蔵は八戒の手ごと自分のものをつかむと、それを上下に扱きだした。硬く生々しいその感触に、八戒が目もとを染める。
「っあ……」
 三蔵がその秀麗な面を顰めた。
「さん……ぞ」
 じきに、三蔵の幹を白濁した粘りのある体液が伝う。それは、なまあたたかく三蔵と八戒ふたりの手を濡らした。



 どうしてこうなってしまったのか、八戒自身にもよく分からない。

「お前は俺を裏切らない。そうだな」

 三蔵にそう告げられてから。その呪縛的な言葉に八戒は知らず知らずのうちにかかってしまったのかもしれない。
 二人部屋がとれると、自然に二人きりでこもることが多くなった。夜などは、特に会話もしないが、よりそうように部屋にいる。三蔵はその日の新聞を読み、八戒はどこからか手に入れてきた本を読んだりして言葉も無く過ごした。
「……もう、休むぞ」
 三蔵が低く呟くようにいうのが毎夜の合図だった。
「はい」
 八戒はその呟きに応えるようにして、その片眼のモノクルを外す。ベッドサイドの小机の上に静かに置いた。
 無言で三蔵に手をとられ、八戒はベッドに引き倒される。その瞬間、ちらりと目の隅に、もうひとつのベッドが映った。ツインの部屋には当然のように、ベッドはふたつ置かれている。
 しかし、最近ベッドはひとつしか使わないことの方が多くなってしまった。
きっと今夜も……ひとつのベッドしか使わないと思いつつ、八戒は静かにその瞳を閉じた。

 夜の深い闇の中で。お互いに溺れるように躰を重ね合う。
「あっ……ん」
 三蔵の唇が八戒の躰を這う。甘いくちづけから始まった情交は、段々と濃密なものへとその様相を変えつつあった。
 三蔵はその極上の白い象牙を連想させる肌に丁寧にくちづけていった。軽い啄むようなものから、深くきつい愛咬めいたものまで取り混ぜたくちづけの雨を降らせる。
「ふっ……」
 ときおり、くぐもったような声を上げて、八戒はひたすら三蔵が与える感覚に耐えているようだった。
白い八戒のぬめるような肌に、濃い情交の跡が花びらのようについてゆく。
 もっとも、連日のように褥(しとね)に引き込まれているのだから、その躰は既に三蔵のつけた跡でいっぱいだった。まだ残る甘いその跡を唇で追うようにして、三蔵は八戒を愛撫した。
 連日の淫らごとを証明するかのように鬱血の跡が、重なるようについた。
「ひ……」
 性的な愛撫を加えれば、加えられるほど。躰のなかの何かが呼び覚まされるようで、八戒は落ち着かなかった。芯の奥の方が淫らに揺らぐ。ちろり、と三蔵の赤い舌が躰を這う感覚に八戒は仰け反った。
「あっ……あっあ! 」
 甘い喘ぎが閉じようとする唇から漏れるように出てしまい、八戒は身を捩った。三蔵が低い声で笑う。その声は闇の底を這うようにして響いた。
「敏感だな」
 賞賛とも、嘲笑ともつかぬその声に、八戒が躰を紅潮させる。
 恥ずかしかった。息が上がり、目元を潤ませて悦楽に耐えている自分に比べて、三蔵の声音は冷静そのものに聞こえた。
「や……だ」
 甘く、ほのかな八戒の抵抗を、三蔵はなんなく押さえ込んだ。
「今更何がいやだ」
 また、その喉で低く笑う。
「こんなにしておいて、何がいやだ……ほら」
「ああ……あっ……ひっ……!」
 目の前が空転するような快楽に八戒は喉の奥の方から甘い悲鳴のような声をあげる。三蔵の手が、やんわりと八戒の勃ちあがってしまったものを握りこんだのだ。恥ずかしさに耐えられなくなって、八戒は無意識に逃れようと三蔵の躰を押し返した。
 しかし、そんな八戒の抵抗を無視して、三蔵はその下肢に顔を埋めた。
「ひ……!」
 今度こそ、仰け反って八戒は淫らな生き物のように啼いた。甘い快楽の声が抑えようもなく出てしまう。躰を震わせて、三蔵の舌が敏感な局部を這い回る感覚に耐えた。
「…………!」
 惑乱する感覚に激しく頭を左右に振った。三蔵の舌は執拗に蠢き、八戒の過敏なその括れに絡み、舐りあげる。
「あっあーっ……あぅッ」
 身も世もなくなって八戒は身を捻った。思わず、肉の薄い小さな尻が浮いてしまう。三蔵はそれを優しく押さえつけると、舌でその裏筋の線沿いに舌を走らせ、ゆるゆると吸い上げた。
 脚を閉じられなくされた淫らな格好で、三蔵の口淫を受けている八戒はもう息が上がっている。甘い吐息混じりの喘ぎを紡ぎながら、三蔵に懇願する。
「あ……許して……お願いさんぞ……許してくださ……」
 その後ろの双球も撫で愛しながら、三蔵は八戒を追いつめた。吸い上げ、舌で擦り上げる動きを激しく強いものにしてゆく。八戒の内股が微妙にひきつれるように震えた。
「駄目……も……だめぇ……ッ」
 八戒の脚の指が綺麗に反った。足の爪先まで、三蔵の口内の蕩けるような感覚に支配される。内股を震わせ、躰を痙攣させて、腰を浮かせて、八戒は躰を海老のように仰け反らせた。
「あーッ……あー!あーっ……っ!」
 甘い悲鳴とともに、三蔵の口の中に八戒の白濁した液体が放たれる。三蔵はそれを丁寧に飲み干した。わずかに残っているその先端にも舌を伸ばして舐めとった。
 白皙の秀麗な男に信じられないような淫らごとを事も無げに加えられて、どうしていいか分からない。
「う……」
 わずかに残っていた精液を舐め、絞るように吸われて八戒が身悶えた。達したばかりのペニスを嬲られて、感じすぎてどうしたらいいのか、考えることができなかった。
とろけるように霞がかって上手く働かなくなった頭を振って、八戒は三蔵に懇願する。
「お願……いで……す。も……ゆる……て」
 許して、許してと。喰われるように濃密な性愛の手を加えられて、八戒は三蔵に懇願する。
 だけど、淫らな行為を止めてもらえる筈はなかった。許してとは、何を許してと八戒は言うのだろうか。
 三蔵はその口元に人の悪い笑みを刷くと、その艶めかしい躰を強引に引き寄せた。その躰の下へと再び押さえつける。
「許してってのは何だ。何を許して欲しい」
「あ……」
 無意識に告げた逐情の言葉を捉えて、三蔵が嬲る。八戒の甘い痴態を見せつけられて、既に硬く屹立していたその肉塊を、八戒の下肢へと擦りつけた。
「ん……」
 三蔵に欲情されている。
 その目眩のするような甘い感覚に耐えきれずに、八戒はその瞳をきつく閉じた。先走りの液を滴らせた三蔵のものが、八戒のいまだに力を失わないものに寄せられる。
「ひっ……!」
 八戒は思わず息を呑んだ。三蔵の大きな手の平が、自分のものごと八戒のを握りこんだのだ。
 ぬちゃぬちゃと、卑猥な淫音をたててふたつの性器が鳴った。三蔵の先端から滲み出た先走りの粘性の緩い液が、ふたつの性器の先端に橋を架けるように糸を引いている。
「あっ……あっ……!」
 腰奥が疼いてくるような気がして、八戒は喘いだ。思わず三蔵の動きに合わせて尻を揺らしてしまう。
 それは味わったことのないような卑猥な感覚だった。自慰行為が倍になったような。羞恥のあまり、八戒がよりその躰を朱で染めた。
「……てもいいな。ん?」
 告げられた甘い言葉がどこか軽い緊張を孕んでいた気がして、八戒は思わず三蔵を見つめた。
 紫暗の瞳が強い光を帯びて八戒を見つめている。どこか情欲を強く湛えたその視線に、八戒は自分の躰の奥が共鳴して淫らに震えるような気がした。
「……今夜は」
 若干余裕の無い熱い語調で三蔵は囁いた。
 思えばこの連日というもの、三蔵は随分と我慢していた。八戒を逐情させて、自分も達してはいたけれど、その躰を直接穿ちはしなかった。
 しかし、本当に欲しいのは、八戒の躰そのものだっただろう。
「あ……!」
 三蔵の指が、八戒の下の口を突いた。恥ずかしくて、思わずそこに力がこもる。上にのしかかって八戒を抱いていた三蔵にもその緊張が伝わったのだろう。三蔵は、その秀でた容貌を困ったように顰めると、八戒の躰を優しく撫でた。
「心配すんな。ほら」
 三蔵は八戒を下にしたまま、その腕をベッドサイドの上の小瓶へと伸ばした。
 その動きで自然に三蔵の胸が自分の顔の上に来て、八戒は思わず眼前の三蔵の肌に舌を伸ばした。
「……ッ」
 モノクルの隣に置かれた小瓶を手にとった三蔵が、八戒の舌の感触に眉を顰める。艶やかな八戒の無意識であろう媚態にすっかり当てられていた。
「……煽ってんじゃねぇよ」
 口端を苦笑の形に歪めると、三蔵はその小瓶の中身を指にまぶしだした。とろとろとした粘性のあるそれが三蔵の指で光る。
「ん……!」
 三蔵の指はしばらくの間、八戒の入り口で彷徨うように円を描いていたが、そのうち、ノックでもするかのように突きだし、ついにはその中へとねじるようにして差し入れられた。
「く……っ」
 その、慣れない感覚に八戒が躰を震わせる。しばらく、絡みついてくる内壁の感覚を味わっていた三蔵だったが、八戒の様子を見ながら、そのうち、ぐるりと回すようにして指で内部を掻き混ぜだした。
「やぁあッ」
 鼻にかかる声を上げて八戒がびくびくと悦がる。ひくひくと内部の肉筒が、三蔵の指を喰い締めたまま絞られる。その反応に三蔵は口元を緩ませた。
「スケベな躰してんな。お前」
「……!」
 恥ずかしさに八戒が首を振る。精神は三蔵の言葉に抵抗して首を振らせるが、躰の方は淫らにとろけて、三蔵の指を美味しそうにくわえて放さなかった。
「いや……やぁ」
 甘い声を上げる八戒の内壁のある一点を三蔵は指を増やして擦り上げた。瞬間、衝撃すらあるような痺れる快楽に八戒が四肢を震わせる。
「……!」
「ココが……お前のイイトコロ……か。覚えたぞ」
 肉体の反応を覚え込もうとするかのようにその目を細めている最高僧の様子に、八戒は身の置き場が無くなったような気がして顔をその手で覆った。
 しかし、それも三蔵が続けざまにその快楽の拠点を丁寧に擦り上げるまでのことだった。
「ひ……っ……いっ……ああッ」
 顔を覆っていた筈の手を、シーツに伸ばしてきつくきつくつかむ。躰の底がバラバラになるような快楽に耐えきれず悦楽の声を放つ。
「いいのか」
「いいっ……イイ……さんぞッ……も、僕イク……あ、あああ、あッ」
 八戒は三蔵の躰の下で喘ぎ、下肢を辱められて吐精してしまった。その力の抜けた躰を愛しげに引き寄せながら、三蔵は自分の反り返った肉塊を宛った。
 ひくついていたはずの下の口は、初々しい反応を見せた。三蔵のを宛われると、途端に硬く強張って窄んだのだった。
「……おい。力抜け。これじゃ入らねぇ」
「だ、だって」
 八戒は三蔵の求めにどうしたらいいか、困惑した。どうしても力が入ってしまう。
 男を受け入れたことのないその場所は可憐だった。いままで三蔵の指をくわえて喜んでいたことなど、知らぬ存ぜぬとでもいうように清楚な表情に戻ったのだった。
「ったく……」
 三蔵は軽く舌打ちをひとつした。未だに抱こうとすると閉ざす硬質な蕾だったが、無理にその花をこじ開ける気にはなれなかった。
 その甘い躰が嫌がるようなことはせずに、すこしずつ、すこしずつ淫らに開花させてみたかった。
 八戒の両膝の裏に腕を回して、肩へと担ぎ上げてその躰を割り開いていた三蔵は、八戒の脚を下ろした。止まった三蔵の動きに八戒が訝しがるような視線を送る。それに答えず、三蔵は八戒の脚を閉じさせるとそのままその躰に乗り上げた。
「……!」
 八戒はその感触に戸惑った。
「別に挿れなくたって、セックスはできるだろ」
 三蔵は八戒の躰の上で囁いた。八戒の両脚を閉じさせて、その間で震えている八戒の屹立を撫でるようにして、上へと倒した。
 傷の走る腹部にそれは、べとべとする体液を流したまま、糸を引いてくっついた。すかさず、脚の付け根の隙間へ三蔵は自分の猛ったものを捩じ込んだ。
「あ……」
 八戒の目元が赤く染まる。双球の後ろ、会陰から蕾の入り口に三蔵の屹立が強く押し付けられる感覚がした。
「さん……ぞ!」
 八戒の溢した淫らな体液と、自らの先走りに塗れた三蔵の肉塊が八戒の狭間で摺りあわされる。それは味わったことのない淫靡な感覚だった。背徳的で、淫猥な行為だった。
「……大人しく……してろ」
 八戒の上で息を荒げて腰を振り立てていた三蔵は、八戒をまるで宥めるようにその額にくちづけた。そのまま、緑の瞳を覗き込んでいたが、どちらともなく、その唇を合わせた。
「ふっ……」
 八戒の脚の付け根で自分の性器を挟むと、三蔵は激しく動きだした。八戒はひたすらその感覚に耐えた。敏感な粘膜の入り口を硬い三蔵のペニスで擦られるのが生々しい。
 じきに三蔵が獣のように逐情する声が部屋に響き、その均整のとれた躰が自分の上に力が抜けたように倒れてきた。
 八戒は、暫く三蔵の躰の重みを全身で受け止めていた。荒く上下する胸も、放たれてべたべたにされた下肢の狭間も、性行為の生々しさというよりは、どこかひどく甘かった。
 白皙の美しい最高僧に喰われるほどに求められて、八戒はずっと戸惑っていたが、それはやはりどこか甘やかな感覚だった。

 何故三蔵は自分を抱くのだろう。
 八戒は自分の視界を覆う金の髪を眺めながらぼんやりと思った。
 倒れこんできた三蔵の髪が顔にかかって視界を塞いでいる。その髪からは微かに硝煙の匂いがするような気がして、八戒は確かに自分を抱いている男が金髪の鬼畜最高僧だということを嫌でも知るのだった。






 「月の刻印(2)」に続く