依存症(番外編)(5)


「この子は我から離れられません」
 一色はまるでひとりごとのように呟いた。いとおしむように悟能の左手首を撫でている。そこには痛ましい傷跡があった。ひきつれたような、刃物で切った跡が線になって盛りあがっている。
「我もこの子から離れられません」
 悟能は寝台の上でぐったりして目を覚まさない。おとなの男ふたりの荒淫の的になって喰いつくされていた。
「父上」
 哀願するように一色は父王を見あげた。ふたりの間には美童が白い肌をさらして横たわっている。
鬼畜な父には通じぬだろうと思っていたが、意外な返事があった。
「分かった」
 黒い艶のある髪を惜しむように撫でていた魔王が喉の奥を鳴らすようにして唸った。
「そのかわり」
 寝台のそばで灯火の音がかすかに耳に届く。芯がろうを吸って燃える音だ。
「月に一度、今夜のように抱かせろ」
「……父上」
「こうやってお前と一緒ならよいであろう」
「それは」
 淫靡な会話だった。一色の顔が苦しげにゆがんだ。息子の恋人を抱かせろと頼む父親。しかも一緒に犯そうというのだ。
 若君は首を横に振った。確かに今夜の悟能は素晴らしかった。こんなに身体を開いて感じてくれて……でもそれとこれとは話が別だった。一色は騎士の誓いのごとく、悟能の手首の傷跡へくちづけた。自分が留守にしたために、幼い悟能がつけた痛ましい傷。これ以上この子を傷つけていいわけがなかった。
『娼婦の息子だと思ってるくせに』
 あの悲痛な声が忘れられない。まさに父王がしようとしているのは娼婦扱いだ。
「我はこの子を心から愛しています。そんな遊び女のような扱いをこの子にしたくない」
 そっと、足元に落ちていた毛布を悟能にかけようと手にとった。そのとき
「一色さん」
 悟能の手が伸びた。まだ悟能は裸のままだ。艶かしい身体で抱きついてきた。肌には男ふたり分の愛噛の跡や口吸いのあとがまざまざと残っている。
「僕、一色さんが一緒にいてくれるなら、なんでもする」
 それはいつものおとなびた敬語を使った言葉ではなかった。ずっとずっと幼い頃のような、少なくとも他人に対する言葉遣いではなかった。
「悟能」
 何か熱いものが胸にこみあげてきて、一色は悟能を抱きしめ返した。
「一日だけだ」
 父王はなおも言った。
「月に一日だけ、今夜みたいにその子を抱けるなら……後はふたりで好きに過ごしてよい」
 一色は腕の中の悟能をきつくだきしめた。暖かい体温を感じる。でももうその肉体は幼い頃のように柔らかくはない。ひきしまって綺麗に筋肉がついてきている。細いが美しい身体。官能を煮詰めて具現化したような少年だった。いや、もう少年とも呼べない。性的な魅力を全身でふりまくようになってきている。
「悟能」
 一色は目の前の整った美貌にくちづけた。何度もキスを繰りかえす。そのつややかな黒髪からは、シャンプーと自分や父の放った精液の濃いにおいがする。鈍い痛みが胸に走り、一色はひたすら悟能の細い身体を抱きしめた。

 父王へ王子様の返答は、ない。