腐男子八戒さん(7)


act.7 終焉とはじまり

「オマエ、さっき全員好きだとかナントカ言ってたよな」
「どういう意味だ」
 悟浄と三蔵がタバコの煙をくゆらせながら、呟く。ふたりともジーンズを履いているものの、上には何も着ていない。ようやく凶暴すぎる情欲が落ち着いて、八戒の気持ちを落ち着いて聞く気になったらしい。
 もう、ベッドの上はぐじゃぐじゃだ。もとより男3人で寝るなんてムリな大きさだった。三蔵は床に座りこみ、ベッドの側面を背にするかっこうでタバコを吸っている。その向こう側では悟浄がやはり似たような姿勢でハイライトの煙を口から吐いた。
「う……」
 喘ぎすぎて、かすれた色っぽい声で八戒が呻く。抱かれすぎて、あそこがひりひりする。ふたり分の激しい性欲をぶつけられて、もう身動きもできないくらい疲弊していた。
「僕……は」
 うまくしゃべることができずにとぎれとぎれにつむぐ言葉を、三蔵が遮った。
「まぁ、いい」
 マルボロを手にして、身体をひねり、八戒の寝ているベッドをのぞきこむ。
「俺たちのことがみんな好きなら俺たちみんなと寝るんだな」
 薄い笑いとともに告げられたのは、とんでもないセリフだった。
「そーそ」
 悟浄がそばで賛同する。
「違います……僕はみんなで幸せになる方法がないかとずっと考えていて」
 八戒が苦しげに言う。
「あるじゃん。八戒が選べねーっつーなら……俺らはオマエのこと 『共有』 するまでだっつーの」
「そうだな」
 三蔵が言葉少なく賛成する。
「俺たちから誰かひとりを選べないなら……お前は俺たちみんなのモノだ」
「さん……っ」
 八戒が眉をしかめる。思わず身を起こそうとしたが、受け入れることに不慣れな身体がきしんで痛かった。
 そのとき、
 部屋のドアの方から音がした。ドアノブが激しく回される音だ。
「誰だ」
 三蔵が低い声で呟く。
「サルだろ? 八戒、アイツに惚れてんの? 」
 剣呑な光を赤い瞳に宿して、悟浄が顔をあげる。
「違います。第一、僕は三蔵と悟空の仲を応援してて」
「……よくわからねぇこと言ってんじゃねぇよ」
 三蔵が喉の奥で笑った。ひどくひとの悪い調子だ。
「悟浄、カギあけてこい」
「マジ? 」
「ああ、いまさら悟空だけ仲間はずれってこともねぇだろ」
「ああ、それもそーだな」
 悟浄は立ち上がった。ハイライトを口に咥えたまま、ドアの方へと長身を揺らして歩いてゆく。
「八戒サン。この上、悟空とヤれる? まー1ポンも2ホンも3ボンもいっしょだよな、こーなったら」
 非情なことを赤い髪の親友は言った。
「やめてください悟浄! 」
 八戒が悲鳴をあげる。身体中に男たちのつけた陵辱の跡と、精液をこびりつかしたまま、親友だった男へ手を伸ばしてとりすがる。
 その腕を、三蔵がさえぎるようにしてつかんだ。
「俺が教えてやる 『みんなで幸せになる方法』 とかいうお前の言ってるごたくの解決方法をな」
 美麗な顔立ちに悪魔的な微笑みを浮かべて低く笑った。ドアの方へ振り向き養い子へと声をかける。
「入れ悟空。お前の大好きな八戒の本当の姿を教えてやる」
「さん……! 」
 抗議しようとする、八戒の唇へキスを繰りかえした。
「なら選べ。俺たちの中から本当に好きなヤツを」
 紫色の瞳は真剣だった。
「そーそ。でないと毎日みんなにヤられちゃうよん。3Pどころか毎晩、悟空もいれて4Pってね」
 軽薄なくせに本気の、淫猥な言葉が次々と浴びせられる。

――――ああ、でもみんながいっしょに幸せになる手ってないものでしょうか。みんなでしあわせになる方法って、ないものですかね? ちょっと僕、考えてみますね。

「みんなで幸せになる方法」
 返事をしない八戒を見つめたまま三蔵が呟く。
「そんなの簡単だろうが」
 嘲笑の気配があった。
「俺たち全員のことが好きで誰も選べないなら」
 三蔵の低い笑い声が、地を這うように響いた。
「これから毎日、俺たち全員と寝るんだな」
 死刑宣告のごとく、冷酷なその声は響いた。
 部屋のドアを叩く音が、だんだんと大きくなってゆく。宿の廊下全体に響きわたっているだろう。開けろよ、とか、そこにいるんだろ、とか叫ぶ声がそれに重なる。
 悟浄も口元をつりあげるようにして笑う。
「そうそう、確かにさんぞーの言うとおりじゃん。それで全て解決じゃね? 」
 とうとう、部屋のドアは静かに開けられた。
「来いよ悟空、八戒はお前だけじゃなくって俺ら全員のことがスキだとよ」
 悟浄の言葉にかぶせるように、三蔵が吐き捨てる。
「だから抜け駆けすんじゃねーったろうがサル」
 悟空の方を振りむきもしない。八戒の憔悴した顔をひたすら食い入るように見つめている。
「そーそ」
 悟浄が同調して言葉を継ぐ。
「八戒は俺ら仲間みんなのモンだから」
 それを聞いて、三蔵が愛しげに八戒の唇へキスをした。
「俺のものにならないなら、誰のものにもしたくねぇ……八戒」
「あ……」
 三蔵の腕の中で八戒がかすかに身じろぎをした。優しいキスはすっかり濃厚なものに化けていた。
 八戒のまなじりから涙がひとすじ伝う。
 無邪気にふるまってた姿も健気だったが、仲間たちの欲望を受けいれ、そのしなやかな身体を喰い荒らされようとその美しさは変わらない。いやむしろ色っぽくてぞくぞくする。白い額にはりついていた長めの黒髪を、三蔵が手でやさしくなでた。

 淫虐の夜は終わらない。




 了