歪んだ薔薇 第1部(8)

 三蔵は愛しげに黒髪の綺麗な頭を撫でた。
「何年も、本当に何年も」
 躰を起こして少し腰を引くと、白く濃い精液が八戒のほころんだ蕾と三蔵の亀頭の間で粘っこく糸を引いた。いやらしい眺めだ。
「俺はお前のことだけを」
 美貌の男がささやく甘い睦言も、今の八戒には聞こえない。
「悟浄……ッ」
 八戒の口から出たのは、他の男の名前だった。八戒はその名を大切そうに呼んだ。
「…………この」
 三蔵の瞳の奥で激しい憎しみが揺らめいた。思い切り凶刃にも似た性器を打ち込む。
「ひッ……! 」
 八戒がびくんと跳ね、躰を震わせる。肌身を合わせることに慣れぬ躰には腰が砕けそうな激しさだった。
「加減しねぇぞ。この野郎」
 三蔵は嗜虐的な笑みに口元を歪めた。勢いよく抜き挿しすると、八戒の粘膜と三蔵の怒張の間から、白濁液が滲み床に滴った。腰で捏ねるようにされて内壁を蹂躙される。
「あぅッ……ああ……ぅ」
 段々と。
 八戒の声が妖しく変化しだした。三蔵の放った精液で滑らかになった粘膜は、苦痛とはまた別の感覚を八戒に伝えつつあった。
「……気分がでてきたみたいじゃねぇか」
 三蔵はくっくっとのどで笑った。この収まらないイライラとした気分に終止符を打つためにも、徹底的に八戒を犯し、汚し尽くして自分のものにしてしまおうと思っているようだ。
「もっと……けよ。いやらしい声だ」
「はぁ……やぁッ」
 三蔵に腰で円を描くようにされて八戒がたまらずあえいいだ。ナカで三蔵のモノがぶつかる感覚がよくて後ろが締まった。
「ああっ……あっ……ん」
 鼻に抜けるような淫らな声が上がる。三蔵は愉しくてならないとでもいうように、口元を歪め、快楽に染まりはじめた躰を揶揄やゆした。
「エロい躰しやがって……腰、動いてるぞ」
 ずる、と三蔵のモノが抜けて粘膜をこするたびに八戒が腰をよじり回す。
「ああっ……あッ……あ、あッ」
「『館内は静かにしてください』か」
 三蔵は鼻で笑うと八戒の顔をのぞき込んだ。
「は……笑わせるな」
 ひときわ深く貫いた。八戒が海老のように体を反らせて痙攣けいれんする。躰がとろけてしびれたようになっていておかしかった。三蔵に無理やり犯されて、躰が淫らに開花しつつあった。
「注意しているヤツがこんなエロい声出してるんじゃ……ガキどもに示しがつかねぇよな」
 嘲笑う三蔵の声にさえ感じる。囁かれるたびに後ろがきゅうきゅうと締まった。
(悟浄……ッ)
 心は悟浄のものなのに。悟浄のことが好きなのに。大好きなのに。躰は三蔵を受け入れ、その性器を絡みつくようにしてしゃぶって放さない。
「……今度、ガキどもの前でお前のことを抱いてやろうか」
「あ! ああっ」
 激しく抽送されて、八戒が快楽と苦痛がない混ぜになった表情を作って仰け反る。
「真面目ぶってるけど、こんなにイヤらしくってスケベなんだって皆に見てもらえ」
「……! うぅッ……ッ」
 腰を使いながら、三蔵は八戒の胸に唇を寄せ、舌先でねぶるようにしてその乳首をなぶ嬲った。
「はぁっ……ぁ! あぅッ」
 食いしばっても食いしばっても歯の隙間から悩ましい喘ぎ声が漏れてしまう。敏感なところへ同時に加えられる甘美な責め苦に八戒は耐えられなかった。
 とっくに八戒の脚の付け根で屹立しているそれは、所有者の快楽を余すことなく伝えて、痛いほどに張り詰め、とろとろとした先走りの淫液を涙のように流している。
 三蔵はすかさず、その屹立にも手を這わせはじめた。やわやわと優しく握り込むと、それを上下にしごきだした。
「ああっ……あっ……あ! 」
 もの凄い快楽だった。肉の激しい悦びに抵抗しきれず八戒がよがり泣く。びくびくと痙攣けいれん弛緩しかんを繰り返しながら、絶頂への階段を上り始めた。
「は……だめ……さんぞ」
 夢にまで見た唇で自分の名前を呼ばれ、思わず三蔵は抱く腕の力を強くした。腰をつかむ手に力が入る。快楽の粒子が舞い、白くなってゆく脳内に激しい喜びの感情が湧いた。
「八戒……」
 無理やりの行為でも八戒は腕の中で蕩けていた。もう三蔵にとってはそれだけでよかった。愛しいひとの自分だけが知っている淫らな一面、そのしどけない肢体を目に焼き付けようと真剣な表情で見つめ続けた。
 そのときだった。
「あっ……」
 快楽で意識が途切れがちになっている八戒の耳にもはっきりとその音は聞こえた。大理石の床を靴底が叩く軽快な音が近づいてくる。敏捷びんしょうな若い男の足音だった。
「さんぞ……だめ、ひとが……」
 しかし、三蔵はとっくに気がついていたらしい。
「……こっちに来やがったか」
 ぼそりと呟いた。しかし、八戒を穿うがつ動きは止めない。足音はますます近づいてきた。
 そして。
「おーい。八戒? 」
 なんと。
 足音の主は悟浄だった。
「…………! 」
 大切な悟浄の声を聞いて、八戒の瞳から再び涙があふれてきた。本棚中央列から、端のこの列の方へと移動しながら探しているらしい。声は段々と近くなってきた。
「はっかい? どこだ? 」
 心配している声だった。玄関先の薔薇の花壇で八戒を待っていた悟浄だったが、あまりにも遅いので探しに来たらしい。
 瞬間、八戒の脳裏に悟浄とのいろいろな出来事が甦った。
 薔薇の棘で怪我をしてしまったらそっと絆創膏を渡してくれた悟浄。ホースの水を被って濡れねずみになった自分に着ている服を脱いで差し出してくれた悟浄。自分の為に作ってくれたお手製のカクテル。――――そして昨夜の甘く情熱的なくちづけ。
 明るくて優しいひまわりみたいな笑顔。大好きだった。大好きだったのに。一緒にいると、人生は生きるに値すると思えた。本当にそう思った。
 それなのに。
「仕事終わらないなら俺が手伝うって。八戒――――? 」
 悟浄の声を聞いて、涙をとめどなく流しはじめた八戒を、三蔵は許さなかった。激しく突き上げだした。腰を揺すって責め立てる。
「……っ! 」
 顔中を涙と体液で汚し、ぐしゃぐしゃにして八戒が眉を寄せた。そんな哀れな八戒を三蔵が淫らな腰つきで穿うがつ。
 感じてしまっている躰は正直に脚の爪先まで反った。小刻みに震えながら逃がしきれない快楽に酔ってわなないている。
「ぐ…………ぅッ」
 八戒は自分の口を自分の手で塞いだ。頬にあとからあとから涙が伝う。内股が引きり、三蔵を咥え込んだ後孔が震えた。ひくひくと淫らにわななく躰に逆らうようにして八戒は声を殺し続ける。
「八戒? おーい。返事しろよ」
 いまや悟浄の声はもの凄く近くで聞こえてくる。ほんの隣の書棚の列にいるらしい。至近距離で聞こえる大切なひとの声に、八戒は涙が止まらなくなった。
(悟浄がこんなに近くにいるのに。悟浄がこんなに傍にいるのに。自分は声も上げられない。他の男に犯されて汚されて……こんな惨めな姿を見られるくらいなら)
 悟浄に軽蔑されるくらいなら。悟浄に嫌われてしまうくらいなら。
 いいや。
 あの昨日の奇跡みたいな出来事が汚れてしまうくらいなら。大切な悟浄との思い出を汚すくらいなら、八戒はここで三蔵に犯され続けることを選ぶだろう。いや選んだのだ。
 昨日の、楽しかった出来事。悟浄の作ってくれたカクテル。自分だけを見て微笑んでくれた優しい彼。そして最後の熱いくちづけ。
 悟浄とのことだけは綺麗なままとっておきたい。自分と同じように汚したくない。三蔵に抱かれてしまったけど、悟浄の記憶の中でだけはせめて綺麗な自分のままでいたい。もう、これから先、二度と悟浄に逢えなくても。
 それでも。
 これだけは。
 三蔵に穿うがたれたまま小刻みに揺するようにされて、八戒は歯を食いしばった。
 揺すられると、三蔵のペニスを飲み込んだ腰が左右に揺れて予想もつかぬところに硬くて太いモノがぶつかり、悲鳴を上げてしまいそうになる。
「っあ……」
 甘い声を上げかけて八戒は唇を噛み締めた。心はずたずたになって傷つき、血のような涙を流しているのに、躰だけは淫らに蕩けて陵辱する男のいいなりになっていた。
 血が出るほど噛み締めた唇を三蔵がゆっくりと舐め上げる。
「声を出せ。聞かせてやれ」
 三蔵が憎しみと情欲の混ざり合った表情で告げる。
「……他の男に抱かれてこんなに感じまくってるってな」
 酷薄に口元を歪めると根元まで八戒に埋め込んだ。
「ぐ……ッ! 」
 思わず、八戒は自分の手を噛んだ。背筋を凄まじい快楽が電撃のように這い上がってくる。肌を走る悦楽の電流が腰奥を焼き、疼いてうずいてしょうがない。
 声を殺すことで快楽は八戒の身のうちくすぶり続け、その身をさいなみ内攻した。出口のない淫らな快美の海で溺れそうになる。
 目を潤ませて三蔵の熱いペニスの感覚に耐える。よくてよくてしょうがない。腰を三蔵の動きに合わせ、恥知らずにくねらせて、よがり狂えたらどんなにいいだろう。
 確かに、心はともかく躰の相性はいいのに違いなかった。
 張り詰めて震えている屹立を三蔵の長い指先でなぞりあげられ、同時に後ろに突き入れられた。脳が沸騰するような快楽が異なる場所を起点としてそれぞれ走り、途方もない相乗効果を起こして 八戒の全身を震えさせる。
 三蔵の指は巧みだった。もう少しで八戒は前を弾けさせてしまいそうになった。
「あっ……ん」
 思わず、鼻に抜けるような甘い声が出てしまった。
「八戒? 」
 悟浄がそれを聞きとがめ、聞き返すような声を上げた。
「…………! 」
 目を大きく開き、慌てて自分の口を塞いだ。我慢に我慢を重ねたというのに、耐えられなかった。
心臓が早鐘を打つ。悟浄は怪しんでこちらの棚の方を伺っているようだ。のぞき込まれたら終りだ。
(お願い……気がつかないで……悟浄)
 助けて欲しいのに、助けて欲しくない。
 そんな内反する感情に引き裂かれ、八戒は涙を流した。全身が緊張で小刻みに震えている。優しい悟浄は自分を責めることはしないだろう。三蔵のことは激しく憎むに違いない。
 でも、どちらにせよ、このことを知れば彼がひどく傷つくことに変わりはない。
(お願い……出て行って……悟浄)
 悟浄が向こうの棚で本に寄りかかりでもしたのだろうか、本を落として棚に戻している音が聞こえる。もの凄く距離は近かった。目と鼻の先だった。
「なんか……聞こえたと思ったんだけどな……気のせいか」
 悟浄が頭を掻きながら呟く声が八戒の耳に届いた。全身の力が抜けた。
 そして。
 悟浄は他の場所を探すことにしたようだった。二階でも探すつもりなのだろう。足音は、八戒のいる棚から遠ざかっていった。


 悟浄は出ていった。
 図書館には再び静寂が訪れた。


「くっくっくっく……」
 静かになった図書館に、三蔵の忍び笑いが低く床を這うように響いた。我慢しきれぬとでもいうように、金糸の髪の司書は肩を揺すって笑っていた。
「間抜けめが」
 吐き出すように言い捨てた。
「大切な相手がどんな目にあってるかも気づかねぇなんてな」
 腰を支えなおすように、八戒を抱きなおすと三蔵は躰を倒して八戒の耳元に囁いた。貫かれる角度が変わって、八戒が顔を歪める。
「そんなにアイツに知られるのがイヤか」
 その言葉に、八戒は思わず強く肯いた。どうあろうとこんなことは大切な悟浄に知られたくなかった。
「分かった」
 整った美貌を情欲に歪め、三蔵は腰を使ってね回すように穿った。
「分かったから安心して――――イイ声で啼け」
 ほとんど精を漏らしそうになって八戒が身悶える。
「あああっ……ああっ……ひぃッ」
 三蔵の躰の下で、その動きに翻弄ほんろうされて八戒はよがり声を上げつづけた。
 今まで我慢した分、抑えきれないほどに高められた躰が熱を帯び、狂うほどに快楽を片端から拾い上げる。もう何をしてもめちゃくちゃに感じてしまう。
 とろとろと喘ぎ過ぎて閉じられない口元から唾液を伝わせながら、八戒は身も世もなく狂った。
「いやらしい声を聞かせるのは……俺だけにしろ。今も……これからもな」
 目元を上気させてピンク色に染め、だらしなく淫らに蕩けきった顔を弛緩させて八戒は陵辱者の言葉を呆然と聞いていた。
 三蔵が八戒の張り詰めた屹立を淫らな手つきで扱き上げる。きつめに扱き、哀願されても愛撫の手をゆるめない。
「あ、ああイヤだめで……す。それ」
 八戒は腰を浮かせて、仰け反った。もう限界だった。性に酔った淫らな躰は蕩けきっている。
 不慣れではあったが、ひどく敏感で男を虜にしてしまう躰だった。反応がよくて快楽に弱い。素質だとしか思えない。
 三蔵も終りが近いのか、美麗な顔立ちを歪めて囁いた。
「ぶちまけてやる。中にまたたっぷり出してやるぞ。俺で汚してやる。……けっこうスキだろうが」
「や……! 」
 きつく三蔵が後ろを穿ち、駄目押しのように根元まで埋めてねまわしたとき、八戒は逐情した。甘い声を上げて、三蔵に全身でしがみつく。
「あ……ああっ……あ……」
 白い淫液で前を汚し、三蔵を後ろで締め付けて何度も気をやった。熱い粘膜に絡みとられ、三蔵もほぼ同じくらいに八戒の中に放って果てた。





 大理石に押さえつけられて無残に散らされた八戒はぴくりとも動かなかった。自分に加えられた淫虐の行為が信じられないのだろう。衝撃でぼんやりしているようだった。
 八戒の転がっている近くには、先ほど三蔵によって踏みにじられた薔薇の花が落ちている。薄い花びらがあたりに散っていた。
 三蔵は床に伏したままの八戒を傍へ抱き寄せるとその耳元で優しく囁いた。
「悟浄には黙っててやる。だから」
 肉の薄い、綺麗な耳たぶを舌先で舐め上げる。八戒の耳に嵌まっているカフスが唾液で濡れて光った。
「俺にずっとこうやって……抱かれろ。いつでもだ。いいな」
 甘い告白のように三蔵がかき口説く。


 Has found out thy bed
 Of crimson joy,
(深紅のよろこびのおまえの寝床を見つけてしまった)


 八戒は抱き起こされたまま、ゆっくりと視線を床へと向けた。大理石の床は、数冊の美装本が転がり、花びらが散っている。
 どちらがこぼしたとも知れぬ体液で薔薇の花は汚れていた。退廃的で淫猥な眺めだった。
(悟浄……)
 八戒はぼんやりと紅い髪の男のことを思った。もう逢えないというのに、こんな辛い気分のときは悟浄に縋りつきたくてたまらなくなった。この逆説的な、パラドキシカルな状態に八戒は苦しんだ。
 八戒の脳裏には、いつでも悟浄の優しい笑顔が広がっている。三蔵とこんな関係になってしまったのに、今はただただ悟浄の笑顔が見たかった。声を聞きたかった。


 And his dark secret love
(その暗い 秘めた愛が)


「八戒……」
 三蔵がその腕で強く抱きしめてくる。思いの丈を訴えるような抱擁だ。もう逃げられない。八戒は涙で潤んだ瞳をそっと閉じた。


 And his dark secret love
(その暗い 秘めた愛が)


 Does thy life destroy.
(おまえのいのちを ほろぼしつくす)








 三蔵は抱きしめたまま、吐息まで奪うような熱いくちづけをした。官能的に蠢く舌が八戒の口腔内を犯す。口の端から飲み込みきれない唾液が伝い落ちた。
 八戒は横目でもう一度、そっと床で踏みにじられ散らされた薔薇の花を見た。今の八戒の気持ちを一番理解できるのは、ひょっとしたらこの薔薇なのかもしれなかった。
 八戒が薔薇へと震える手を伸ばした。もう少しで指が届きそうだったが、三蔵の熱い手につかまれ、再びその躰の下へと引き戻された。きつく抱きしめられる。まるで一緒に溶け合ってしまいたいとでもいうかのように。


 薔薇はまだ床に転がり続けている。



 了