ピンク色の雲(エピローグ)

 エピローグ




 出発の日の朝。
「あれ、悟空。悟浄は? 」
 八戒は、宿のロビーで、振りかえった。ちょうど、三蔵のカードで宿泊の支払いをすませたところだった。
「えー? あー。なんか外でタバコ吸ってくるって」
 雨もやんで、なにもかも、光り輝いてみえる。八戒がドアを開けて、外をのぞくと、悟浄がいた。革のジャケットの袖がゆれている。口にくわえたタバコに、ライターで火をつけていた。
「悟浄」
 赤い、切れ長の瞳が八戒を横目で見た。
「よお」
 ライターを黒いズボンのポケットにしまうと、背を壁につけてよりかかる。タバコの煙が、細くたなびいた。
「……ありがとうございます」
「ったく。八戒サンったら。ホント世話が焼けるわぁ。ゴジョたんふりまわされちゃった。なぁにぃ、もー。シアワセそーな顔しちゃって」
 悟浄はタバコをくわえたまま、シニカルな調子で口元をゆがめる。
「ま、よかったでないの」
 突然通り過ぎた一陣の風が、赤い髪をゆらしてゆく。
「悟浄」
 八戒は親友の顔を見つめた。ひどく男らしい精悍な横顔だ。頬の傷が、また頼もしい。辛い過去の古傷にも負けない強さがこの男にはあった。
 男性的な優しさと強さの同居した顔。
「ま、あの鬼畜ボーズにひでぇことされたら、この俺に言えよ。お前の代わりにヤキいれてやるから」
 とタバコの煙を吐き出した後、ニッ、と口の端で笑った。
「悟浄」
「ま、俺はお前がよきゃ、それでいーのよ」
 お前さえ、しあわせなら。
 何か、苦いものを味わったような、切なげな表情を、瞬間、浮かべた。が、すぐにそれは消えた。
「おめでと、な」
「悟浄」
「なんだか、お肌とかもツルツルじゃなーい。やだー八戒サンったら、やーねーやらしーい」
 ちゃかされて、八戒が苦笑する。
「すみません」
「なぁに言っちゃってるの」
 ハイライトの煙が、風でたなびいて、大気に散ってゆく。
「どんなことになろうと、俺がお前のダチだってーのは変わんねーし」
 だいじょうぶ。俺ら、親友じゃん。と小声でつけくわえられる。
「悟浄」

 もう、悟浄しか、言えない。

 悟浄と八戒は、思わず見つめあった。悟浄が、八戒のきれいな緑の目を覗きこむように、顔を近づけた。
「オマエのこと、ゴジョたん、すっごく大事なんだモン。おわかり? 」
 おどけた口調で、真剣な心情を告げられた。

 かすかな風が、足元の草をゆらして、ふたりのそばを通り過ぎてゆく。
 雨のあがった朝、それでも、まだ残っていた、あさつゆが、葉の先からしたたり、静かに地面に落ちた。







 了