「なー八戒、はっかい! 」
悟空が大きな声で呼んだ。
「買い物ってこれだけー? 」
段ボール箱を肩へ抱え上げたまま叫ぶ。小さな躰には不釣り合いな大きな荷物だが、軽々と担いでいるあたり、さすがは悟空だ。
街の雑踏の中、その声に呼応するかのように、黒髪の長身がゆっくりと振り返った。
「ええ、そうですね。そんなところですかね」
八戒はにっこりと微笑んだ。
「よぉ、これ、全部ジープに積めばいいのか? 」
隣にいる真紅の瞳の男もその腕に大量の紙袋を抱えて呟いた。中身は缶詰やら調味料やら重量級のものばかりだ。
「はい。お願いしますね。悟浄」
「うー。じゃぁ運んどくわ。とりあえず」
「うわー。いっぱいじゃん」
小猿を彷彿とさせる元気いっぱいの少年と、紅い髪の男前が大荷物を抱えている。八戒の左右へ並ぶようにして歩いていた。
「当分、野宿が続いたって平気ですね。こんなに食料があれば」
八戒はまなじりを下げた。
「あ、でも」
唐突に思い出したように呟く。
「何? 」
悟空が、八戒の買い物メモを覗き込む。必要なものが、几帳面な八戒の字でリストアップしてある。
「タバコ、無いです。マルボロとか」
「…………」
悟空と悟浄がひそかに目配せをし合った。
「? なんです?」
八戒が小首を傾げる。
「あのさー」
いいにくそうに悟空が言った。
「さんぞー、今一緒にいないじゃん。……マルボロは買う必要ないんじゃない? 」
そうだった。
三蔵が三人の前から姿を消してずいぶん経っていた。三人は完全に三蔵と別行動をとっていたのだ。はっとしたように八戒の動きが止まる。
「……そうでした」
買い物をするために記したメモを握り潰す。八戒の手の中でそれは皺くちゃになった。
「いらなかったですよね。マルボロとか……ハイライトとか」
「ちょっと待ったー!! 」
すかさず河童の声が飛ぶ。ハイライトは悟浄お気に入りのタバコの銘柄だ。両手に大荷物を抱えたまま、その目つきがにわかに真剣になる。
「ハイライトはいるでショ! ハイライトは! 」
「……悟浄、あなた必死ですね」
からかうような笑みを浮かべて八戒が唇をつりあげた。
「ちょ! お前、わざとかよ! 」
人の悪い親友に悟浄が口を尖らす。
「はいはい。……ハイライトは買いますよ。買います」
八戒はその顔の前で手をひらひらと振った。
「じゃあ、僕はタバコ買ってきます。悟空と悟浄はその間にその荷物、ジープに積んじゃって下さい。お願いしますね」
花のような笑みを浮かべて、仲間のふたりに優しく言った。
「おう! 」
「わーった。お前も早くこいよ」
「ええ、分かりました。すぐいきますよ。宿で待ってて下さい」
「ん。じゃー後でな! 八戒」
「はい」
手短な約束をして、八戒はふたりと別れた。
しかし、
それがふたりの見た八戒の最後の姿となった。
悟空や悟浄と別れた後のことだった。
(……? )
八戒は誰かにつけられている気配をずっと感じていた。何歩か後ろで男の足音がする。
(困りましたね。敵さんでしょうか)
八戒は後ろを振り返らずにその不穏な尾行者をまこうと足早に歩いた。
タバコ屋はそうは遠くなかった。悟浄たちと別れた場所から、歩いてほんの二、三分といったところにあった。
親しみやすいよろず屋といった、その店構えが見えてきて、八戒はほっと胸をなでおろした。
(やれやれ)
タバコ屋までたどりつけば。よもや店内で仕掛けてはこないだろう。
しかし、
八戒の視線の先をふっと墨染めの衣がよぎった。
(!)
一瞬の出来事だった。
不吉な黒い影のような衣が目の前に覆い被さる。とたんに躰が金縛りにあったように動かなくなった。
(な……!)
一体、何が起こったのかは、八戒自身にも分からなかった。
ともかく、ほんの一瞬で意識を失ってしまった。妖しい真言の呪文が耳に響くのと同時だった。
タバコ屋の建物が、八戒の視界の隅で反転するかのように、歪む。それが、正常な世界との最後の別れだった。
「ん……」
八戒が目を覚ましたのは、薄暗い部屋の中だった。
「やっとお目覚め? 天使ちゃん」
聞き覚えのない声がした。それは、からかうような声だった。人の神経を逆なでする声だ。声がした方を向こうとして、自分が床に座った姿勢で柱に縛り付けられているのに気がついた。柱を後ろに背負うような形で、腕を後ろへ捻じ曲げられ、手首を縄で結ばれている。縄が食いこみ痺れて痛かった。
「……あなたは」
八戒は自分の目の前に立っている男を見上げた。年の頃はまだ三十を過ぎくらいだろうか。八戒を見下ろすくらい背が高い。墨染めの衣を着込み、その肩へ三蔵のように経文をかけている。
カラスの濡れた羽のような髪は、前髪がやや長く、さりげなく斜めで分けられていた。襟足の髪も長めで、肩先までかかる長さだ。眼鏡をかけた顔立ちは端正で、理知的なその横顔は、並外れた知性を感じさせる。
しかし、その眼鏡の奥の目はひどく冷たく、口元は淫猥に歪んでいた。整った唇が、特に酷薄な印象だ。
死者を啄ばむカラスを連想させる不吉な姿だった。
彼こそが、
異端の最高僧。無天経文の継承者。
烏哭三蔵法師―――だった。
彼は八戒の瞳を覗き込むようにした。かけている眼鏡が部屋の明かりを反射して冷たく光る。その酷薄な唇が動いた。
「キミの名前は? 」
「……あなたに言う必要ありません」
八戒は相手の質問をはねつけた。
抵抗にあって、烏哭の口元の笑みが深くなった。襟足の長い黒髪を揺らして八戒の顔を覗き込むようにする。若干くせがある前髪を片手でかき上げる。
「そう、じゃあいいよ。ボクがつけてあげるね♪ ……キミの新しい名前」
実に愉快そうに烏哭は笑った。人の悪そうな笑い声が部屋に響く。
「……『肉便器』ってのはどう? 黒髪の天使ちゃん」
烏哭の顔から笑いが消えた。ぞっとするような酷薄な顔つきだ。
八戒を斜め上から睥睨するかのように見下ろした。その目は鋭く冷たい。
「なっ……」
烏哭の言葉に八戒の表情が強張る。
(『便器? 』この男は何をいっているのだろう)
八戒は密かに心の中で呟いた。
「……何を言っているんですか。僕を帰して下さい」
怒りを抑えた声で八戒が静かに言う。
しかし、不吉なカラスに似た目の前の男は首を振って笑った。愉しくてしょうがないとでもいうような様子だ。
「んーなんていうのかな。でもさ、もうキミはフツウの世界には戻れないと思うよ? 」
烏哭の眼鏡が白く反射して光った。その表情は見えないが、口調は飄々としている。
「だってねェ、キミは……」
その、長い指を八戒の頬へと走らせた。なにげない仕草のはずなのに、それはとてつもなく淫靡だった。
「もう、今日からボクの肉便器だからね」
「な……」
烏哭が八戒の顎をとらえる。その眼鏡の奥の目は冷たい。八戒は縛られた躰を揺すって暴れた。すかさず、烏哭が蹴りを入れる。鋭い動きだった。
「がッ……! 」
胃へ垂直に打ち込まれた。強烈な感覚に悶絶する。
「躾がなってないよねェ。天使ちゃんってば」
烏哭に『天使』と呼びかけられた八戒は縛られたまま苦しさに身をよじっている。不吉な死神のように烏哭が愉しげに笑った。
「ねェ……江流はどんな風に抱いてくれたの? 」
ねっとりとした口調で訊いた。げほげほと苦しげに八戒が咳き込むのを視姦するかのように見下ろした。
「なに……言って」
苦しさのあまり、八戒は目のふちに涙を浮かべていた。
(江流……? 三蔵のこと? ……抱く? 何を言っているんでしょう。この男は)
「……ひょっとして。まだお手つきナシなんだ? へぇぇ?」
烏哭は愉しげに口笛を吹いた。わざと下品に振る舞っているとでもいうような所作だった。
「いいねェ。アレかなぁ。玄奘三蔵法師サマってばひょっとして、一番最後に好物をとっておくタイプなのかな。バカだよねェ」
くっくっくっと口端をつりあげるようにして笑いながら、烏哭は八戒の股間をそのつま先でつついた。
「そんなことしてると、誰かに横から食べられちゃうのにさ」
烏哭が喋る間も、足による残酷な愛撫は続く。
「……! 」
ぐりぐりと擦りあげる。
「うれしいよ。天使ちゃん。……キミ、躰はすっごいスケベみたいじゃない。ホラ。こんなので勃ってきたよ」
烏哭は屈み込み、ねっとりとした仕草で八戒の頬を舐めた。赤い舌が、八戒の白い頬を這いまわる。
「ねェ。お返事は? 」
「や……! 」
逃れようと縛られた躰を揺するがどうにもならない。柱に縛られているのだ。逃げられない。
「足だけで感じてるなんて……キミ……たいしたスキモノだよねェ」
こんな無理やりで、こんな極限状態で、こんな風になるなんておかしかった。
八戒は呆然とした様子で目を開いたまま硬直していた。縄で縛められている手首に痛みが走った。
「それとも、アレかな。……命の危険を感じると勃つってヤツ」
烏哭の手に、いつのまにか鋭いナイフが握られているのを認めて、八戒の躰が震える。
(この男は普通じゃない……いや、正気じゃない)
「……確かめてあげるね。可愛いボクの天使ちゃん……いや正確にいうとボクの肉便器かな? 」
烏哭はそう言い放つと、手のナイフで八戒の服を切り裂いた。いつも着ている緑の服が縦に裂かれ、白い素肌が露わになってゆく。
「やめッ……」
八戒が自由にならない躰をよじる。
烏哭は最後の下着にいたるまで、切り裂いた。邪魔そうに、裂ききれない布を払いのけながら口元を歪める。
白い肌が恐怖で震えているのを、烏哭は愉しげに見つめた。無残にも切り裂かれた服の間から、艶めかしい肌が見え隠れしている。いかにも非道な陵辱をその一身に受けている犠牲者の姿に八戒はなり果てた。
烏哭はその酷薄で薄い唇を自分で舐めた。欲情しきっている目だ。
視姦している。
「イヤラシイよねェ。キミの躰って……ホラ」
八戒の胸を飾るピンクの尖りに指を這わせる。苛めるように指先で捻った。
「あうッ」
痛みが走って、八戒が身をよじる。
「じゃあ……ボクもシテもらおうかな」
烏哭が自分の服をかき分けるようにして、自分の怒張を取り出した。
それは、烏哭の興奮をあますことなく伝えるように、もう既に張り詰めていた。先端は張りだし、太い幹には血管が浮き出て走っている。烏哭はそれを無理やり八戒の口元へと突きつけた。
「咥えて。天使ちゃん……歯とかは立てないでね。したらショーチしないよ♪ 」
抵抗しようにも、顎を大きく手で開くように押さえつけられている。嫌だともいえずに八戒はその口に男のペニスを無理やりねじいれられた。
「うぐっ……! 」
「……ボクを噛み切ろうとなんて思わない方がいいよ。やろうとしたら……尿でも飲ませてあげるよ。嫌でショ? そうゆーのは」
ぺろりと再び唇を舐める。烏哭は興奮しきっていた。
「それとも、そういうプレイとかも……好き? イケナイ子だなァ……今度シテあげるね」
「ぐッ……! 」
八戒は柱に縛りつけられたまま、強制的にフェラチオをさせられていた。男の性器が縦横無尽に口腔内を動き回り、喉の奥をえづきまわす。
烏哭は勝手に自分から快楽を追って動いた。そのひどい動きに八戒は奥の奥まで犯され、生理的な吐き気がしてくるのに耐えた。顎が外れそうになる。
口の端からは、飲み込みきれない烏哭の先走りと八戒の唾液が滴り落ちて床を濡らした。
「う、ぐ……ふ」
頭をつかまれて、乱暴に喉の奥まで突きまくられる。性器が喉をふさぐ、ちゅこちゅこと濡れた音があたりに響いた。
「もういいかな」
涙を滲ませて肩で息をしている八戒の口もとから、ペニスが引き抜かれる。それは、散々口や喉を突きまわし、唾液でべっとりと濡れていた。
「お待たせ、天使ちゃん」
烏哭が柱に縛られた、八戒の両足をそのまま抱くようにする。細い腰が床から浮いた。
「いま、太いの挿れてあげるから……ね。ボクをいっぱいカンジてよ」
八戒の腰が浮いたところに、烏哭は自分の腰を押し付けた。べったりと唾液を纏った熱いオスの切っ先が、宛がわれる。
「やめ……やめ」
唇をふるわせて、やっと烏哭が行おうとしている行為のおぞましさに気がついた八戒だったが、遅かった。
生々しく息を荒げながら、烏哭が腰を容赦なく差し挿れる。 八戒の絶叫が部屋に響いた。
「うっ……くっ……くぅ……ッ」
柱に縛りつけられて、足を大きく開かされて。八戒は男に犯された。ぎし、ぎしと縛られた柱が、烏哭の動きに合わせて軋む。残酷な律動だった。
烏哭は眉根を寄せて、八戒の躰を味わっていた。初物の清純な躰は硬かったが、いかにも『犯している』という満足を烏哭に与えてくれる。反応のひとつひとつが新鮮で、嗜虐性をかきたててやまない。
太いペニスを咥えこまされた後孔はわななき、この淫虐の行為にけなげに耐えていた。
「あ……ぐ……うッ」
拷問のように残酷な行為だった。八戒は苦痛に顔を歪めた。下肢は烏哭にいいように穿たれていて熱い。
「凄い……締め付け……イイよ。キミ」
烏哭が眉根を寄せ、悦楽に耐えきれず呻く。
「オンナなんて……比べモノにならないくらいイイ……ネェ。すごい具合が……イイよ。キミのココ」
最後の言葉が終わらぬうちに、烏哭は乱暴に内部を突き上げた。
「がッ……! 」
新たに生まれた痛みで八戒が悶絶する。ひどい陵辱を受けて、前はすっかり力を失ってすくんでしまっている。
「やぁっ! 」
悲鳴を上げた。烏哭の残酷な手が、八戒の屹立を握りしめたのだ。
「ふ、ふふふ。キミのってば……中折れしちゃってるねェ」
ぐじゅ、と烏哭は八戒のモノを扱き上げた。八戒が躰をよじって悶絶する。しかし、縛られていて逃げられない。縄がぎしぎしと手首で鳴った。
烏哭の指がペニスの括れを這う感覚に八戒は頭を振った。残酷な陵辱を受けた上に辱められていた。
烏哭は八戒を嬲りながら腰を振る動きを早くした。引きずられるようにして、八戒の口から抑えきれない悲鳴が上がる。
「一度出すよ。……キミの中、ボクの精液でいっぱいにしてあげるよ。ねェ……その方がキミも自覚できるでしょ」
烏哭は激しく腰を使いながら八戒の耳元に囁いた。
「キミがボクの肉便器だって」
毒のような言葉だった。烏哭がその整った唇にぞっとするような微笑を浮かべた。
「肉便器にしてあげるよ……文字通りね」
「……! 」
八戒は驚愕のあまり、その緑の瞳を極限まで見開いた。
この男は自分を犯しまくる気なのだ。自分のナカに精液をブチまけて汚し尽くす気なのだ。
ようやく烏哭のいう『肉便器』の意味を正しく理解した八戒はむちゃくちゃに暴れた。男に貫かれ、突かれまくられながら、逃げようとする。
しかし、当然そんなことは無駄だった。
「ああ……あっ……! 」
熱い、精液の飛沫が躰の奥に広がる残酷な感覚があった。
八戒のまなじりから涙が滴り落ちる。
八戒の腰を抱えなおすようにして、烏哭は深く腰を挿しいれて動きを止めた。腰が震え、その唇から獣の呻きが漏れる。八戒のナカへと体液を注ぎ込んだ。
「あ、ああ……ああ」
黒い艶やかな髪を揺らして八戒が躰を強張らせる。その肌の表面をぶるぶると小刻みな震えが走る。
汚された感覚があった。べっとりと奥まで烏哭の精液で濡らされ汚された。
「いやで……もう……」
すすり泣くような声を上げて八戒が首を振る。信じられないような行為だった。淫らな熱い体液がナカでくちゅくちゅと鳴る。
「く、くっくっ……くっくく」
烏哭が低く笑った。抑えきれなくて、つい漏れてしまうといったサディスティックな笑いだった。
「……なんて顔してるの、キミ」
八戒の躰を未だに穿ったまま、抜かずに顔を覗き込む。八戒は顔を背けた。その緑の瞳はひどい行為による苦痛で濡れていた。顔を覗き込んだ烏哭の口元が淫猥に歪む。
咥えこまされた烏哭が、ずくんと、ふたたび脈打つのを感じて、そのおぞましい感覚に八戒が躰を震わせた。
「キミのそんな顔見てるけで……イケちゃいそうだよ。ホント」
烏哭は再び残酷に突き上げだした。
「烏も濡れる夜(2)」に続く