玩具(2)

「ねーねー」
 悟空が呟く。完全に全快した悟空は買出しの荷物もちを買ってでていた。
 しかし、今日の買出しは様子が違った。なにしろ、八戒のかわりにいつもはこうしたことを面倒がる三蔵がきていたのだった。
「八戒は?」
 悟浄が首を傾げた。いつも買出しを取り仕切るのは八戒の役目のようなものだ。
「気分が悪いそうだ」
 三蔵はぶっきらぼうに説明した。
「えーそうなの? どうしたんだろ八戒」
「サルのハライタがうつっちまったんじゃねぇのー? 」
 悟浄が茶化すように人の悪い笑い方をした。
「んなわけあるかよ! 俺のは拾い喰いしたせいだっていうじゃん! うつらねーよ」
「堂々というようなことかよ。まーな。看病疲れでもでたんだろうぜ」
 人のいい悟浄は少々心配そうな顔つきをした。なんといっても八戒は親友だ。
「そうかな」
 悟空は罪悪感の浮かんだ心細げな表情で悟浄と三蔵を交互に見つめた。そんな悟空に三蔵は酷薄にも言い放った。
「自己管理失敗してんのは本人の問題で、サル、てめぇは関係ねぇ。それよりさっさと用事の方を終わらせるぞ」
 三蔵はそういうと、この問題は終わりだとでもいうように、市に立ち並ぶ店へと足を向けた。その後を悟空と悟浄は慌てて追った。
「っていうか、八戒いないのに、何が必要で何が足りねぇのかなんて……分かってんの? 三蔵サマってば!」
 悟浄の困惑したような声が、三蔵を追いかける。三蔵はそれをまるで聞こえないかのように歩いた。下僕ふたりは首を傾げるしかなかった。
「ねぇねぇ。悟浄」
 悟空が悟浄の袖を引っぱる。
「なんだ? 」
「今日、三蔵誕生日だから八戒ごちそう作るっていってたのに……本当に具合悪いのかな」
 悟空が心配そうに首を傾げた。何かが妙だった。
「確かに今朝は八戒のヤツはりきっていたよな。三蔵には内緒だって」
 悟浄も口を歪めてぼやいた。今朝の八戒は元気そのものだった。何かが腑に落ちなかった。
 しかし、そんなふたりの呟きは最高僧の耳元までは届かなかった。



  その頃。
  疼くような肉体の責め苦に八戒はのたうち回っていた。
「あっ……はぁ……っ」
 どうしてこんなひどいことを三蔵はするのだろう。もう、どのくらい時間が経っただろうか。
 放置されすぎてしまい、躰が疼くという段階はとっくに通り越していた。これでは拷問だった。
「どうして……こんな…ひどい…こと……ばかり」
 躰の中で蠢くバイブレータの動きに眉を顰めながらも八戒は恨みごとを呟いた。
 目の焦点が蕩けてあっていない。生殺しに近い目にあわされながらも、八戒は一度、耐え切れずに逐情してしまっていた。ひどく惨めだった。
 八戒の足首で紐が軋む。痛いとは思うものの、陵辱の限りを尽くす器具から逃れたくて、めちゃめちゃに暴れてしまっていた。
「ひどいだ? 気持ちいいの間違いだろうが」
 まるで、八戒の呟きを受けるかのように低い声が突然背後から聞こえてきた。
  八戒は声のした方を向こうとした。拘束されているため、うつぶせになったまま首だけ捻るような無理な姿勢だった。なんとか三蔵がドアを閉める姿が目の隅に映った。
 しかし、もうそれを睨みつけるような気力は八戒には残っていなかった。ひたすら躰が淫らに疼き、狂いそうだったのだ。
 考えてみれば、悟空の看病をして一週間。三蔵とここのところ肌もろくに合わせていなかった。
 自分の性欲をないがしろにする形で日々過ごしていたことに、今の八戒はまるで復讐されるかのようだった。噴き上げるような強烈な肉体の疼きにひたすら耐えていた。躰の芯が甘く燻るように蕩けてどうしようもなかった。骨までぐずぐずに崩れて溶けそうだった。
 三蔵は黙って残酷な快楽に喘ぐ八戒の傍へ近寄って来た。
 三蔵の手が躰に触れる。びくびくと八戒の躰がそれに反応して跳ねる。敏感な躰だった。三蔵の手は、外気に当たっていたばかりとは言えないような冷たさだった。
 しかし、それすらもが躰の奥からの熱に炙られるようになっている八戒にとっては心地よかった。三蔵の手が触れた首筋をぶるぶると震わせて、熱っぽい目で八戒は三蔵を流し見た。拘束されている躰が熱く疼き、一瞬きつく性具を締め付けてしまってその感覚に八戒は喘いだ。
「三蔵っ……さんぞ」
「てめぇがいないから、買い出しに手間どった」
 勝手極まる言葉を吐きながら、鬼畜坊主はベッドに腰かけた。ちょうど、縛り上げられている八戒の足首のあたりに悠然と座る。三蔵はそのままマルボロを一本取り出すと火をつけた。
「三蔵ッ……三蔵ッ……おねが…」
 尻に咥えこませた器具の調子を見るかのように、三蔵が冷たい視線を投げる。悠揚迫らぬことさらゆっくりとした仕草で紫煙を燻らせている。
 八戒には、三蔵が言葉をかけるのが永遠にも感じられた。
 突然、三蔵がうつぶせになっている八戒の脚の間へ手を入れた。
「……チッ……なんだ、お前」
 直接そこをまさぐられる甘い感覚に八戒が身を捩った。顔を赤らめて、それでも直接的な愛撫に躰が悦びで淫らに震える。拘束された紐が音を立てて軋んだ。その間も後孔を犯している性具は唸るような音を立てて八戒を責め立てていた。
「……こんなに……べたべたにしやがって」
「ああっ……あ……あ!」
 うつぶせになったまま、八戒は透明な涙を滲ませた。
「こんなに勃たせて。イヤらしいヤツだな。やっぱりてめぇは」
 そう言うと、三蔵は八戒のそれを強く扱いた。一度、器具の淫らな蠕動に負けて達してしまったそれだったが、三蔵の指が直接触れた瞬間、目眩のするような強烈な快感が走り抜け、八戒の脳を白く焼いた。先走りの透明な液体をあっという間に滴らせて八戒が悦がり悶える。
「ああっ……ッ……ひ……ぃ…っ」
 眉根を寄せて、八戒が啼く。悦楽に身を捩る姿はひどく淫らだった。
「助け……助けて……さん……ぞ」
 淫らに躰を戦慄かせて八戒が身をくねらす。快楽に流されるがままに、後ろに咥えさせられた無情な玩具をきゅうきゅうと、その粘膜で喰らうように締め上げた。
 締め上げても、いつものような反応のないのが虚しかった。いつもなら、八戒の蠢きに煽られ、相乗するかのように、腰を揺らして三蔵が打ち込んでくるのに、無粋な玩具相手ではそれは無かった。生身の熱い三蔵のが欲しかった。
「うるせぇ、人が一服し終わるまでまてねぇのか。この恥知らずが」
 煙草をくわえたまま、三蔵が冷たい調子で吐き捨てるように言った。その冷然とした調子に八戒が耳まで赤くなる。すぐそばにいるのに、三蔵は自分をそのまま放置するかのようにして、苛んでいる。
「お……お願いです! 三蔵ッ……抜いて…ぬいてっ!」
 八戒は不自由な姿勢のまま、三蔵に向かって叫んだ。おかしくなりそうだった。
 手足を拘束されて、脚を大きく開かされた屈辱的な格好で長時間陵辱され続けていた。もうこれ以上はとても耐えられなかった。
「ふ……ん」
 三蔵がその整った顔に人の悪い笑みを浮かべて八戒の言葉に振り向いた。まるでその様子は、「こいつにもまだ人の言葉が言えたのか」とでもいうような態度だった。
 三蔵に軽蔑されている。八戒にはそう感じられた。それほどその視線は冷たかった。躾の悪い犬でも見るような目つきだった。
「分かった。そんなにコイツを抜いて欲しいのか」
 『コイツ』と言ったときに、三蔵は手にしていた煙草をその玩具の持ち手の部分で消した。垂直にねじ入れるような力を突然上から加えられて、八戒が悲鳴を上げて身を捩る。
  ただでさえ太く凶悪な性具をより深く躰の奥に打ち込まれるような動きに八戒は躰を仰け反らせて痙攣した。八戒の絶叫が部屋に響く。
「そんなに言うなら抜いてやる。……ほら」
 三蔵の言葉とともに、乱暴な調子で無造作に後ろから性具が抜かれた。ずるずると長大なそれが、引き抜かれる。
 三蔵の手元で唸り暴れるそれは、急に大気にさらされて、電動音が遮られることもなくなったせいか、その卑猥な音を厚顔にもより一層鮮明に大きく響かせだした。
 面白くもなさそうな顔つきで、暫くその動きを眺めていた三蔵だったが、スイッチでも切ったらしい。
 途端に耳障りな、――――今までずっと鳴り響いていて、八戒にとって既に部屋のBGMのようになっていた――――電動音が静まった。静かになった部屋に、器具から解放された八戒の荒い呼吸音が響く。息を荒げて胸を上下させる八戒の躰に三蔵はそっと触れた。
「ああっ……」
 抜かれても、それで終わった訳ではなかった。いや、これからこそがひどかった。
 淫猥な動きの性具に翻弄されていた八戒だったが、本当に欲しいのは、……ずっとその喘ぐように口を開けている蕾が欲しがっていたのは三蔵そのものだった。
 しかし、当の三蔵は全くその気がないような顔で、八戒を見つめていた。拘束した足も手も、解いてくれる様子もない。
「さ、三蔵」
 抜かれて、慎みを忘れたような蕾を三蔵は覗き込んでいた。
「ひくひくしちまってるぞ。……本当に恥知らずだな。お前のココは。……そんなに男を咥え込みたくてしょうがねぇのか。この淫乱が」
 吐き捨てるように言われて、八戒はその全身を紅潮させた。いたたまれなかった。
 しかし、三蔵の言うとおりだった。一度疼いてしまった甘い躰は、三蔵を欲しがって収縮するように痙攣し、全身で雄を求めてしまっていた。
「欲しいのか」
 三蔵が、八戒の黒髪をわしづかみにした。
 両手首を後ろ手に拘束され、脚も開かせられた格好のままベッドに固定された無惨な姿で、八戒は嬲られる。
 それでも、八戒は震える舌で三蔵を求めた。
「ほ……欲しい……です」
 自分で、自分を貶める、淫らな台詞を口にしていた。
  一瞬張りつめていたものが霧散して消えたような気がした。消えたものの名は自意識とか、誇りとかいうものだったかもしれない。
  とうとう八戒は堕ちた。その瞳から透明な銀の雫のような涙が頬を伝う。自分で自分を淫らだと認めるような言葉を口にして、もう八戒には逃げ場というものは無くなった。
 それなのに。三蔵は相変わらず残酷だった。わしづかみにしていたその髪を乱暴な調子でベッドに突き飛ばすような勢いで力を込めて放した。
 八戒が力無く、ベッドに顔を埋める。
「そうかそれなら」
 三蔵は手持ち無沙汰に所在なく弄んでいたといったような手元の煙草の消し炭を、唐突に八戒の後ろにねじ入れた。
「……!」
 八戒はその綺麗な瞳を驚愕に見開いた。睫毛を濡らしていた涙がその拍子に飛び散る。
  火は既に消された後だったし、いまのいままで凶悪に太くて硬い玩具で弄ばれていたのだから、挟み込まれたものなど、大きささえ感じないようなものだったが、何故かそのとき八戒には、自分が酷い、本当に酷い扱いを受けているのが身に沁みるように分かった。
 人間扱いされていなかった。
「……灰皿にされた気分はどうだ」
 三蔵は無慈悲な口調でいった。抑揚というものが無い声だった。その声の調子を聞いて、八戒はいまだ三蔵がひどく怒っているのだということを知った。
「お願い……お願いです三蔵ッ……」
八戒はとうとう涙混じりの声で縋った。両手首に食い込んだ紐が痛い。屈辱的な仕打ちを受けても、躰は勝手に三蔵を 求めていた。
「なにか……あなたの気にいらないことを……したなら……あやまります……だから」
 八戒は絞り出すようにして言葉を紡いだ。それを聞いた三蔵が初めて優しい声を出した。
「フン。やっと反省する気になったってのか」
  三蔵は八戒の頬に手を添えた。そのどこか優しい手つきに八戒が縋りつく。口元に触れられたその指を、八戒は夢中でその口内へと招き入れた。
 三蔵の指、一本一本に舌を這わせる。男が欲しいのを隠しもしないその淫らな舌の蠢きに三蔵が眉を顰める。あまりにも感じやすくて淫蕩なその躰に知らず嫉妬が募った。
 そうさせたのは自分なのにも関わらず。
「そんなに欲しいなら……」
 三蔵の口元に歪んだ笑みが滲む。その笑いは、うつぶせになって、三蔵の指に舌を走らせている八戒には見えなかった。
「……あの薬屋の野郎の前で、その……オモチャ後ろに突っ込んでこいって言ったら……お前やるのか」
「……! 」
 それを聞いて、舌で犬のように三蔵の手指を舐め啜っていた八戒の動きが止まった。三蔵の口調は冷酷だった。
 先ほど、自分の躰のナカで暴れまくっていた性具を、あの薬屋の主人の前で再び挿入してこいと三蔵は言うのだ。
 八戒は震えた。そんな非道な罰を受けるような何を自分はしたというのだろう。
「驚くだろうな。あの野郎。……本の話なんかして聖人君子面してるお前の本性を知ったら」
 指を舐めることを忘れてしまった八戒の口元を嬲るように三蔵の手が動いた。その端正な顎を捉えて淫らな手つきで撫でる。心地よさげに三蔵は低く笑った。
「……本当は雌犬みたいに男が欲しくって狂ってるだけなのにな」
 三蔵にしては饒舌だった。
 八戒は思わず目を閉じた。想像してしまう。
 あの薬屋の主人の前で。
 今の今まで、三蔵以外の人間の前では何食わぬ顔をしていたのに。性的な欲望も何も隠し口を拭っていたのに。淫らなことなどしたこともないような風情で振る舞っていたのに。
 そんな自分が、服を脱ぎ、脚を開いて……淫らな仕草で自分の手で双丘を割り開くようにして、性具を挿入したら……あの店主はどう思うだろうか。軽蔑するだろうか。それとも……。
 それは残酷な要求だった。
 それでも
 八戒は覚悟を決めたように目を瞑って言った。
「……やります」
 今度は三蔵が黙る番だった。
「あなたがやれというなら僕は」
「……ふざけるなよ。てめぇ」
 三蔵が低く、唸るような声を上げた。八戒を背で縛めている両手首を乱暴につかむ。勢いで、一度浮いたその躰をまた再びベッドに押しつけられた。
「お前のそんな姿、俺が他の野郎に見せるとでも思ってんのか」
「あ、ああっ…… ! 」
  強い力で尻肉を三蔵の手が割った。咥えさせていた煙草の燃えさしを払うようにして取り去ると、代わりに自分の下肢を宛がった。
「は……ぁ……う」
 八戒の口から鼻に抜けるような甘い甘い声が漏れる。生々しい声だった。
 ずぶずぶと、八戒の後孔は三蔵を容易く何の抵抗もなく呑み込んだ。焦らしに焦らされ、すっかり柔らかくなった内壁が三蔵の肉塊を咥えて悦ぶように震えた。
「あ、ああっ! あーっあー!」
 八戒は顔をだらしなく悦楽で蕩かせると、淫らにその尻を左右に振った。極限まで焦らされた躰は既に限界に近く、三蔵のペニスが入ってきた瞬間、前を弾けさせてしまっていた。八戒の放った精液が敷布に滴り落ちる。
 しかし、三蔵はそれをまるで意に介さないかのように腰を使って八戒を責めたてた。
「……随分早いじゃねぇか。三こすり半っていうけど、お前のは……俺はまだ三回も擦ってねぇぞ……ん? 」
 卑猥な言葉を端麗な白皙の美貌が嘲笑うかのように囁く。そのまま、腰を引かれ、抜いては挿しを繰り返される。八戒は声を放って悦がった。
 思い切り穿たれて、腰奥の疼きが埋めつくされるように三蔵でいっぱいになるのがたまらない。
 俗に挿して抜くで『一こすり』なのだと三蔵はカフスの嵌まった耳元に囁いた。
 だとすると、三こすり『半』は……最後は押し込むように挿して終わりなのだなと八戒が思わず納得し、意外と三こすり半って長いじゃないですか……と変なところで感心し、つい冷静に言葉で返そうとして失敗した。
 油断して解いた唇からは、甘い獣のような喘ぎ声しかでてこなかったのだ。
 鬼畜坊主が喉で笑う愉しげな声が響き、八戒は目元を染めた。
うつぶせのまま拘束されている八戒の背へと、三蔵は被さるようにして圧し掛かっていた。そのカフスの嵌まった耳元へ淫ら事を囁き続ける。
 ぞくぞくするような低音の声にも八戒は犯され続けていた。手首も後ろで縛められているのに、三蔵に上から覆い被さられて痛かった。いや、痛いはずだった。
しかし、三蔵に後ろを穿たれている八戒は、その蕩けるような淫らな感覚にひたすら酔っていた。三蔵の肉塊の感覚がたまらない、躰が溶けるようだった。
 奥の奥まで充たされる幸福に似た眩暈のするような感覚に八戒は襲われていた。八戒は自分の淫らさ加減をつくづくと思い知らされていた。
「あ……欲しかっ…た……こ…の太く……て硬…いの」
 切れ切れに紡がれる八戒の熱い喘ぎに、三蔵がその口元を歪めた。忘我の淵で紡がれる衒いのない甘い言葉がもっと聞きたかった。
「そんなに欲しかったのか。え? コレが」
 『コレが』のところで、三蔵はその腰をわざと激しく上下に揺らした。八戒の中で緩急をつけて三蔵のが暴れまわる。
「う……」
 入り口ぎりぎりでまで引かれて、その次の瞬間、奥の奥まで穿たれる。
「あ……くぅ……ぅッ! 」
 もう、喘ぐ声も乱れた顔もどんな痴態も隠しようがなかった。八戒は三蔵のいいなりになってひたすらその躰から蜜をたらすようにして乱れ喘いだ。獣のようだった。
『玩具』と違って三蔵のは緩急自在だった。いや正確にいえば、八戒を狂わせる箇所を容易に穿つことが三蔵にはできた。
 抜くと見せかけて激しく貫き、そうかと思えば浅く遊ぶように腰を揺らされる。
 八戒はひたすら翻弄されて啼き狂った。閉じることを忘れたような口元から唾液がとろとろと伝い、シーツに染みを作る。
 三蔵のように複雑な動きはさすがに性具では無理だった。熱い三蔵の熱が、繋がった場所から粘膜を通して伝わってくるのを感じて八戒は躰を震わせた。無機質で無粋な器具ではこんな感覚を味わうのは土台無理だった。
 相変わらず、後ろ手に縛られ、足首でベッドに縛りつけるように拘束されて。八戒はまるで強姦されているような姿態で三蔵に後ろから犯されていた。
無残な行為のはずなのに、八戒の肢体はその残酷な感覚に酔って蕩けていた。
 深く三蔵を打ち込まれると、その下生えが敏感な粘膜の入り口に当たった。そこまで深く貪られながら、八戒は三蔵の肉塊が与える感覚に快楽で打ち震えた。きゅうきゅうとそれを締め付けるように奥へと貪婪に取り込んでしまう。
「ったく……」
 手足をがんじがらめに拘束されたまま、押さえつけられるように犯されて、八戒は啼いていた。
三蔵にとってはその淫らな躰が好ましく、また悩みのタネでもあったのだった。
  しかし、そんな三蔵の思いなど八戒は知らない。
「……!」
 八戒が躰を振るわせる。がくがくと腰が崩れるように揺れた。
 腰を捏ねまわすようにして、穿っていた三蔵の動きが突然止まったのだ。
「う……! 」
 じわりと八戒の背に汗が浮き、その腰が焦れるように震える。八戒はもう少しで再び達してしまうところだった。
 それを狙いすましたかのように、その寸前のところで、三蔵は動きを止めたのだ。
「三蔵っ……さんぞ……! 」
 八戒は後ろを振り返ろうと無理な姿勢で首を捻じ曲げた。うつ伏せの姿勢で尻を三蔵に掲げさせられたまま、背後から貫かれている。恥ずかしくて、無残な格好だった。
 三蔵の動かない数秒がずいぶん長く感じられた。
「うご……い……てぇ……ッ」
 涙まじりの舌足らずな口調で八戒は喘いだ。いつもの理性的で穏やかな好青年といった普段のポーズは片鱗もなかった。単に、三蔵の赤黒い性器を求めて腰を振りたてている淫らな存在だった。
「俺に何されてるか、言え」
 三蔵は、いままで蕩けるような交合をしていたとは思えない冷静な口調で言った。八戒が物も言えずにただ首を振る。自分から動いて腰を三蔵に押し付けようと、卑猥な動きをしようとするのを三蔵が押し止める。
「欲し……ッさんぞ……が! 」
 涙まじりの懇願を意に介さずに三蔵は繰り返した。
「俺に何されてるのか言えと言ったんだ。言葉も分からねぇのか、この淫売が」
 八戒は唾を呑み込んだ。脳が白く快楽で焼かれていて、いつものように回転しない。そんな状況で、三蔵の言うことはぼんやりとしてよく分からなかった。
「俺に何をされてる? 」
「セ……セックス」
 八戒はたどたどしい口調で言った。三蔵が何を求めているのか分からなかった。ただ、ただ、八戒は自分のナカで暴れまわる熱がひたすら欲しかった。
 三蔵の平手が尻に飛んだ。硬く太い肉塊を咥え込んだままのそこは、打たれると三蔵のものが柔らかい粘膜に予想もしなかった角度でぶつかり、八戒に悲鳴を上げさせた。
もう、どんな行為も快楽に変換してしまうような、蕩けるように甘い感覚が八戒の躰を支配していた。
「ひ……! 」
 三蔵は八戒を打つと、そのまま、その首筋に舌を走らせた。うつ伏せの背に躰を重ねたため、八戒の襟足が良く見える。そこへ舌を走らせ、耳のカフスの近くまで啄ばむように濡らした。
「あっあ……」
 しかし、腰は動かさない。びくびくと八戒の躰が三蔵を求めてくねり跳ねる。
「三蔵ッさんぞ……お願いッ……僕を……僕ッ」
 呂律の回らない舌で八戒は三蔵に縋った。
「いっぱい……いっぱい突いてぇッ……三蔵ので……ナカいっぱいにしてぇッ……」
 理性も何も忘れ去ってしまった八戒が、本能だけの言葉で三蔵を求める。三蔵はしばらくその甘い懇願を黙って聞いていたが、ゆるりと柔らかく八戒を貫き出した。
 ようやく念願のものを与えられた八戒が蕩けるような甘い悲鳴を上げた。慎みを忘れたその声はひどく高く響いた。
「そ……なに、スキかこれが……淫乱が」
「あ……スキ……シテ……あ……!」
 三蔵は、段々と交合を激しいものにしていった。捏ねるような動きを垂直で直線的なものにしてゆく。綺麗についた腹筋を使って八戒を穿って追い詰めた。
その白い染みひとつない背にくちづけを落とし、初めて手を前に回して、八戒のペニスを握り込む。
「ひぃ……ッ! 」
 蕩けて霞んでいた八戒の瞳が、大きく見開かれる。強烈すぎる快感だった。
「や……やです……やだ! 」
  八戒がうつ伏せのまま、狂ったように首を横に振った。
「嘘つけ。スキだって言ってたろうが」
 三蔵は容赦なく、後ろを穿ちながら前に回した手で八戒を扱きあげた。今まで焦らされ続けていた躰にその感覚は強烈すぎた。
「も……っ許し……て……なんでも……なんでもす…る……さ…ぞ……やめ…」
 うわ言のように閉じられなくなった口から懇願の喘ぎを繰り返す八戒を無視して、三蔵はその括れをことさら執拗に愛撫した。直に、獣のような悲鳴が八戒の唇から漏れだす。
 もう、何を言っているのかなど、八戒本人にも分かってないのに違いない。
「なんでも……する……だと? なんでもするなら……ずっと……俺と……寝ろ」
 三蔵が、八戒の腰骨をつかむ。その細腰を立てるようにして、奥へ奥へと立て続けに激しく打ち付け出した。もう、絶頂が近い。三蔵が快楽を追って八戒を貪る。
「あ、ああ……あ」
 同時に、ふたりで達した。三蔵が眉を顰めて快楽に耐える。間欠的に噴きあがる精液と本能的な肉体の求めのままに、もっと八戒の奥まで注ぎ込もうと、押し付けるようにして更に捩じ込んだ。八戒がびくびくと躰を前屈みに折るようにして、痙攣させる。
「あ、もう……」
 八戒はそのまま……意識を手放した。




 気がついたら、手首の拘束は解かれていた。
  赤い紐の跡が輪になって手首に残っている。うっすらと血が滲んでいた。あれほど暴れていたのだから、当然といえば、当然だった。
 八戒は目を覚ました。ずっとうつ伏せのまま拘束されていたが、今は仰向けになって寝ている。それほど長い間気を失っていた訳でもないようだった。
躰を起こそうとして、自分の上に未だに三蔵が覆い被さっているのに気がついた。とても動けない。
「さん……」
 三蔵は寝息を立てていた。行為の途中で、八戒が人事不省に気を失ってしまうのはよくあることだったが、三蔵がこんなふうにうたた寝をするのは珍しかった。
 恐らく、八戒を抱いて安心したのだろう。その手はしっかりと八戒の躰に回されていた。
 八戒は首を振った。躰のあちこちが痛かった。足首の拘束も全て外されているようだったが、無理な動きをし続けたせいか、どこかの腱が痛かった。
 性具で苛まされ、陵辱的な行為の数々を受け続けていて、記憶も時間の感覚も完全にどこかで壊れていた。
今は何時かと八戒が時計を見ようと首を伸ばしたら、眠っているはずなのに三蔵が身じろぎした。まるで逃がさないとばかりに、その腕がきつく絡みついてきた。強引で男っぽい動きだった。
「う……」
 八戒が目元を赤らめながら呻いた。三蔵と未だに繋がったままだったのだ。
三蔵が身じろぎすると、躰の奥にまた火がつきそうになる。体内の三蔵を再び感じてしまって湧き起こった淫らな感覚に八戒は眉根を寄せた。それは、甘美で苦しい拷問に似ていた。
 三蔵の躰の下に敷き込まれたまま、八戒は心の片隅でため息をついた。
(今日は大切なあなたの誕生日なのに)
 たぶん、三蔵は自分の誕生日のことなど完全に忘れている。もう、今からでは料理の下ごしらえなど間に合わないだろう。
「あなたはどうして……」
 八戒の言葉の語尾は、淡く溶けた。一瞬淋しげな微笑みをその唇に浮かべる。
 言葉の代わりに、目の前にあった三蔵の白皙の額にくちづけた。