できることなら、



 別に倉内自身は気にもしていない現実、というのがあって自分は図書委員で想い人は司書、しかも同性というのがまさにそれ。だけど世間体とか色々その他考えた時に、その問題は障害になっていると言わざるをえない。
 もし異性なら、陣内はこの手を取ってくれるのではないだろうか?もしかしたら。
(自分で言うのもなんだけど、僕は顔には自信があるしね。女だったら、きっと美少女なんじゃない)
 だがその考えは、家にいる姉妹の顔を思い出したことですぐに打ち消した。多分、寸分も変わらない。本当に造形は似たり寄ったりの倉内家の面々は、性格の上で驚くほどそれぞれが似つかないからそれについて思いを馳せると、安堵するような苛つくような、複雑な気持ちを抱いてしまう。

 昨日の夜。兄の直に指摘されてしまった。静、好きな人できたでショ?男のくせに似合いすぎる化粧をバッチリキメて、直は質問というよりそう断定して、悪戯っぽく笑った。
(…昨日のことは思い出したくないや。ほんと、アレで勘が鋭いんだから嫌になるよ。直兄ってば)
 言葉を失い硬直した弟に、兄はビンゴ!と確信して、ご機嫌に仕事場へ向かったのだった。何がいつもと違うのか、当の本人である倉内にはよくわからない。好きになる前と、今とでは。一体何がどう違うのだろう、良い風に変われているのなら、まあ…それもいいのかもしれない。

「陣内さん、僕何か変わった?」
「身長も体重も、入学してからそんなには変化がないようだね」
 倉内の待ちわびた、この時間。図書室は、今日も平和だった。ポーカーフェイスの天才はそう返事をして、倉内の気を思いきり削いだ。いつものことだが。
「前向きに頑張ってくれているから、倉内は飲み込みも早くて、助かってるよ」
 金本のフォローが入ったことで、どうやら言葉選びに失敗したのだと、陣内は気づいたらしい。そういう変化を無言で倉内は観察しながら、溜息を殺すのだった。もう、慣れたが。
 わかりにくい時とわかりやすい時の差が激しいこの男の、どこにそんなに惹かれるのか。考えてもわからないので、恋は盲目。この一言に尽きる。好きになってしまった、それが答えだ。
 この間陣内が、苺の入ったフルーツサンドを食べていた。春らしいその食べ物に強く関心を示し、倉内は帰りにコンビニで同じものを購入して口に放った。なんだか、そのすべてが片思いだ。
「ねえ、金本先輩。恋をしてると、端から見ていてわかるものなんでしょうか」
「うーん…」
 あえて金本に話を振ったのに、口を開いたのは陣内の方だった。
 大抵の場合、倉内の望んでいないタイミングで陣内は種明かしをする。やり方が、いつも卑怯だと思う。そういう大人の狡さも好きだとしか、…笑えもしない。
「人によると思うがね。たとえば私が誰かに恋心を抱いたとして、君らはきっと気づかない」
「そういうたとえ話、どうかと思います」
 倉内はちょっと傷ついたような表情をして、聞きたくないという風に形の良い眉を寄せる。
「たとえばの話だよ。私が、静を好きになっても」
「陣内さん。そういうきわどい表現はおれもコメントに困るので、差し控えてくれませんか」
「残念ながら、私は真人を困らせるのが楽しみの一つでね」
「や、め、て、く、だ、さ、い!」
 心底嫌そうな反応をし、金本はさっさと退散してしまう。倉内と陣内は、目を合わせた。金本を困らせるのも自分を傷つけるのも、楽しみの一つだとしたら最高に悪趣味だと倉内は思う。
「だとしたら、周りがどう思うかなんてやっぱり関係ないじゃない。
 顔に出なくてもできることなら、僕はそういう現実があったらいいと思う。ねえ、陣内さん」
 二人きりにされてしまうと、途端に陣内は無口になった。そういうところ、なんだかむかつく。
「あくまでも仮定の話だから、真に受けられると私も困るんだが」
「僕は言霊を信じるから、今のが本当になったらいいのにな。なりそうだな、なんてね」
「話を元に戻すが、静はずっと変わらないよ」
「初めから好きだから」
 囁くような告白をする。早く陥落してくれればいいのに、願うのはそんなことばかりで。
 陣内が、僅かに瞬きをする。動揺してくれたらしかった。ああ、トドメを刺せたらいいのに。魔法が使えたらいいのに、この人が自分に、一瞬で恋に落ちてくれたらどんなにいいだろうか!
(生まれ変わるなら、魔法少女になりたい)
 そんな思考回路を知られたら、陣内を含め、周りの人間にドン引きされてしまうのは必須だろうから…倉内はまあ自分は魔法が使えないどころか、この人とコミュニケーションもままならないのだし、せめて普通に会話のやりとりを楽しむとか、そういうことが、もっと上手くできたらなと考える。

 たとえば、最初から最後まで笑顔で会話を終了させるだとか。たとえば、二人でいる時の空気が他の人間とは違ってなんだか甘く感じられるようになったり、だとか。

 そういうのを、倉内は望むのだ。そうしてそんなことを、意識の隅にも陣内はおいていないのだが。できることなら、陣内もそういう風に考えるようになって、お互いの思考回路が溶けるみたいに一緒で、
 これが恋っていうやつなのだとか、そういう幸福な実感を、いつかは感じてみたいと妄想する。

「君はずっと変わらないことで、私を変えようとしているんだろうか」

 ぽつりと呟くように、陣内が告げる。
 それは独り言のようで、思考が思わず声になってしまったような口調だった。胸がキュンとした。
(自分が変わろうが変わらまいが、陣内さんの気持ちに変化が表れるなら、僕はどっちだっていい) 
 放課後の図書室で口には出さず、倉内はそっと微笑んだ。陣内が、視線を逸らす。好きになってくれるなら、本当に何だっていい。方法は問わない、とにかく好きになってほしい。
 必死で真摯な恋心を、もはや隠すすべもない。


  2007.03.02


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