恋愛革命



 時の流れというものは、否応にして人を変えていく。それがいい変化なのか悪い変化かどうかはともかく、倉内静もその一人だと…陣内は思うのだ。
 入学当初、可愛い可愛いと絶賛されていた彼の容姿は、男らしさが加味されて、むしろ近寄りがたい格好良さへと昇華した。
 陣内が曖昧な態度をとり続け距離をおき続けた結果、精神的に逞しくなった倉内は、隣りにいる自分というものが不釣り合いである、という確信をより深めてしまう。
「陣内さん、何難しい顔してるんですか?」
「三年目の春だな、と思ってね。感慨深いよ…君とここで迎える、最後の春だ。静」
 陣内の真意を確かめようとするように、端麗な顔が自分へと向けられる。陣内が何かを言う度、行動に移す度、この少年はその意味を探求しているようだった。そこに彼の望むべき感情が見えるかどうか、わからないけれども。
「僕は陣内さんの思い出になる気なんて、ないから。まだ四月なのにそんな寂しそうにしてると、隙だらけで、襲ってほしいのかな?なんて期待するよ。いいの、それでも」
「少しも良くないね。それは期待ではなく、大いなる勘違いだ」
「それで全てが許されるなら、僕は一生勘違いしたままで死にたいくらいだよ」
「君は、本当に勿体ない」
「そんな心配しなくても、僕はめいっぱい青春を、謳歌、してますから!全然後悔なんてしてないし、そういう言い方やめてください」
「私は静が独り身で居ることに勿体ない、という言葉を使ったわけではなく、その容姿に対して使われている思考回路が…」
「もういいです…」
 伏せられた瞼は見惚れてしまいそうなほどで、いい加減慣れないものかと自分に呆れてもいるのだが、最悪なことに意に反して、そのドキドキ感は日に増している。本人に悟られていないところだけが、救いだと陣内は思った。
 悲しそうなその顔の原因が自分にある、と思うと…本当は全力で慰めたり言い訳したり、したい行動を理性が抑えているだけなのだ。もしこの感情が筒抜けだったら、瞬く間に倉内は元気を取り戻すのだろう。あっという間に必死で取り繕ってきた何かを飛び越えて、そういう若さが陣内は怖い。
 手に入れたらもう、すぐに飽きて、必要なくなってしまうんじゃないか。届きそうで届かない距離感にいたからこそ、その恋愛はずるずると継続してきたのではないか。怖いのだ…そんな別れが来ることが。話せばきっと笑われるのだろう、ひどいとなじられるかもしれない。
「静」
「もうちょっとだと思うんだけどなあ…。あとは、色仕掛け、とか?」
「もっと自分を大事にしなさい」
「してるよ!してます!!だからこその作戦なんだから…」
 倉内が友情と恋について散々悩んでいた時に、どさくさに紛れて陣内は好きだと告白した。アレはお互いの中でなかったことになっているようで、それはそれで都合がいいのだが、どこか引っかかるような気もする。
「とにかく、そんなのは必要ない。私はもう―――」
「何?」
「…そんな期待に充ち満ちた眼差しで、続きを促さないでくれ」
 笑みを浮かべる倉内なんて、相手が陣内ではなくとも無敵すぎるというものだ。
「君は十分魅力的だし、色気もある。それ以上のことは何もしなくていい。ファンの数が増えるだけだ」
「僕は…今のこの、陣内さんに対しての話をしてるつもりなんだけど。他の人なんて関係」
「私だって、静がどれだけ努力しているかは知っている。それは目に見えて、君の魅力となって表れている。無意識にでも」
「努力っていうか…僕は、あなたを好きなだけ。別に、何も変わってはないです。僕が変わって見えるなら、それは多分、陣内さんの変化なんじゃないのかな。期待したいだけ、かもしれないけど」
 成長期の少年は、きっと自分のことなんてあまりよくわかってはいないのだ。
 それがどれだけの威力を持つ言葉なのか、わからないで、素直に気持ちを話すだなんて…。
「そうかもしれないね。ほら、もう帰ろう」
 本当のことなんだろう、きっと。
 だから陣内が否定しないだけで、そんなにまじまじと見つめられても困る。照れくささに赤くなりそうなのを必死で堪えているんだから、気づかないふりをするべきだと…陣内は、恨みがましい気持ちになった。今指摘されたら、どう返答していいかわからない。勘弁してほしい…。
「大好きです。陣内さん」
 その微笑みに完全降伏していることを、言葉にはしない目の前の想い人に、陣内はクラクラした。


  2008.05.02


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