第九夜「なぐさめ」



 光の楽園、東京本部。連日の報道でマスコミが詰めかけているかと思ったが、そうでもなかった。金を握らせているのかもしれない。丈太郎には、そう推測する。
 高級ホテルと何ら変わらない外装は、中に入るとリゾートにでも来たかのような錯覚を起こす。信者からかき集めた寄付金で彩られた豪奢な装飾、目に痛いほどの眩しさ…。それらはすべて、過剰なサービスによるもの。溢れる富、愛、などを表しているらしいのだが。ロビーで合唱隊の歌う懐かしい旋律が、思い出を呼び覚ますように丈太郎の足を止めた。
「おかえり、丈太郎」
 白い手袋が、強張った丈太郎の肩を抱く。思わず丈太郎が顔を見上げると、教授の歪んだ微笑みと目が合った。
(帰って…きた、のか……。この場所に)
「丈太郎、よく聞きなさい。最初に、これだけは言っておく。温は、楽園の人間だ。この世界が、彼の居場所であり唯一の故郷だ。君と同じようにね」
「………」
「あれは、私の息子だ」
 教授がそう告げて目をやるのと、温がロビーの椅子から立ち上がるのが一緒だった。
「丈太郎…!!」
(温…)
 随分長い間、離れていた。その顔を見た途端、安堵して涙腺が緩みそうになる。丈太郎はギュッと拳を握って、なんとかその衝動を堪えた。
「教授!本人の意志を無視して、このようなことを独断でされては困ります」
「本人の意志を尊重してのことだ。ねえ?丈太郎」
「…温に会いたかった」
 言い合いと相反する静かな声に、親子は揃って驚いた表情で丈太郎を振り向いた。温にとっても、教授にしてみれば、ずっと無言を通した丈太郎が初めて口にした言葉だ。
(元気そうだ。よかった…。ホントに俺は、温に会いたかったんだ。ずっと)
 こうして見るとなんだか二人が似ている気がして、丈太郎は場違いな笑みを浮かべてしまう。こんなに喜んでいる自分がむず痒い気持ちにもなるけれど、誤魔化しようがなかったくらいに。温は嬉しいというよりは複雑な表情で、小さく溜息をつく始末だ。
「なるほど、私の知らない時間は思いもよらないほど長く、君たちの絆を深いものに変えたようだ。丈太郎が感情を持っていたことも、私から逃げ出すだけの行動力を兼ね備えていたことも…あれはお前が手引きしたから出来たことだとはいえ、私は知らなすぎた」
「今日は随分と饒舌なんですね、教授。仕事もお忙しいでしょうから、丈太郎のことは俺に任せてください。教授自身そのつもりで、俺を呼びつけたのでしょう?」
「楽園の外には出すな」
(…教授は一体、何を企んでいるんだ?俺を拘束するわけでもなければ、温に会わせてもくれるなんて) 
 教授がいなくなると、丈太郎はようやく身体の緊張を解く。
「温、久しぶり」
「どうして、こんなところにっ…」
 周りの人目を気にしてか、温はそれきり口をつぐむと無言で丈太郎の手を引いた。基本的に幹部クラスの人間しかここには暮らしていないが、一般信者の出入りも多い。目立つ行動を取り妙な噂を立てられてしまうのは、温の本意ではなかった。エレベーターに乗り込み、その瞬間二人きりを意識して―――
「わ、ちょっと」
「?」
 丈太郎は慌てて手を引っ込め、赤面した顔を見られたくなくて俯いた。あの温に対して、自分がこんな反応をすること自体が信じられない。恥ずかしい。
(ヤバ…)
「どうかしたか、丈太郎?」
 温も訳がわからず、怪訝そうな表情をしている。そこにいるのは連絡が取れなくなる前と何も変わらない、いつも通りの幼なじみだった。
「どうもしない…。何でもないから気にすんなよ」
 心臓が、ありえない速さを刻む。意識すればするほど、丈太郎は動揺してしまった。開いたドアに我先に、と外に出る。
(何なんだ、どうしたんだ?落ち着けよ…。いくら温に会いたかった、抱かれたかった…とはいえ、手が触れたくらいで!)
「丈太郎?部屋行くぞ」
「あっ、ああ!」
 混乱した頭を整理しながら、丈太郎は温の後に続いて歩く。
(大体っ、何も現状は解決してないっていうか!何もわからないままなのに、ドキドキして。こんなんじゃ本当に、一体何をしにきたんだか。馬鹿じゃないのか、白鳥に軽蔑されるぞ)
(は?ドキドキ!?)
「丈太郎」
「っ!?」
 たかが、名前を呼ばれただけで。どうしてしまったというんだろう。胸が苦しい。
「ここが俺の部屋。一緒の方が、お前も安心だろう?」
 正確に表現すれば、伏見家は住居を楽園の中にかまえている。楽園が温の実家、ここが温の部屋だ。寮の部屋とは違う、でもそこに漂う空気は確かに温のものだった。床に投げ捨てられた衣服。整然としているわけではないけれど、妙に心が落ち着く気がする。
「あ、温のにおいがする…」
 このところずっと、ずっと近くになかったもの。とうとう堪えきれなくなった温は、盛大に溜息をついて苦い本音を漏らした。
「…あのな、丈太郎。そういう台詞は、意識してわざと言ってるのか?だったら嬉しいがな」
「は!?な、なわけないだろ…」
 意図しないのに、指摘されて耳まで赤くなる。そうだよな、と諦めにも似た声音が丈太郎の心を揺さぶる。慰めたい衝動にかられた。
(俺…、どうしたんだ?本当に、おかしい……)
 温に会いたかったのは本当のことだし、彼に自分が依存しきっていることも自覚はしていたし、寂しさのあまり抱いて安心させてほしいなんて、自分勝手なエゴだというのも…わかっているのに。丈太郎が突然失ってしまった、家族という存在の喪失感。暫く温に会っていなかったことが加味されて、今この関係に何か変化をもたらそうとしている?
 突如疼きだした右手の薬指を、丈太郎はギクリとして凝視した。
(何だ、これ…)
 鈍い痛み。気づいてはいけないと、理性のどこかがそう丈太郎に警鐘を鳴らす。
(だって、俺が…俺が好きなのは……)
 今どうしているのか、わからない王崎。脳裏に描けばそれは鮮明に、せつなさをもって丈太郎の前に姿を現す。焦がれてやまない。
(愛染)
 混乱と動揺。丈太郎のそんな焦りに、別のことで頭を悩ませる温が気づくはずもなかった。
「どうして、こんなところに来たんだ?お前が居たんじゃ、意味がないじゃないか…」
 幼い頃。温が自分を逃がしてから、どんなペナルティを楽園に課せられているか、丈太郎は知らない。こうして戻ってきたということは、その長い間の温の苦悩と苦労を、踏みにじることになるのだ。
「ごめん」
 掠れた一言が、精一杯だ。説明しなければいけないことが、山ほどある。温に嫌われるのは怖くて、どれ一つ口にできなかった。
 自分の気持ちを捉えることすらできない丈太郎の鈍感さは、簡単に温を傷つける。どこまでもすれ違ったまま、丈太郎はきつい眼差しで愛染を睨みつけた。
(愛染は、愛情の種類を選ばないのか?だとしたら…理由に説明がつく)
 愛染の呪い。持ち主の想い人を殺してしまう、と伝えられているおぞましい妖刀。脂汗が出てきた。丈太郎は右手が痙攣するのを必死で、左手で抑えようとする。 
「言い訳もないのか?本当に、楽園に戻るつもりなのか?丈太郎。教授の元でいいように使われて、また自由も自分の意志もない生活に、戻るっていうのか!?」 
「温…」
 そのあまりの真剣さに、掴んだ指が震えていることに…丈太郎は一瞬何もかもを忘れ、投げ出してしまいたくなった。どれだけ温に大切にされているのか、ずっとわかっていた。そのつもりだった。甘えていた。
「俺がずっとここにいるのは、お前のためだ!丈太郎…。なあ、それを無駄にするのか!?」
 普段なら絶対に、温はそんな押しつけがましい言葉を選んだりはしない。激昂した温に対して、浮かべた感情は何だったか。
「………ごめん」
 色んな感情が混ざり合い、的確に表現できない。猛烈な罪悪感、それから恐怖。眼鏡越しに真っ直ぐ見つめてくる温から、丈太郎は目を逸らした。
「王崎充は無事だ。お前が知りたかったのは、これか?こんなところにまで危険を冒して、来た理由は…。そんなに、アイツに惚れてるのか?俺と過ごした時間も、何もかも…王崎には勝てないっていうのか!」
「………」
「今すぐ帰るって言うんなら、何度だって俺は協力する。どうする?丈太郎」
「俺は、温の傍にいたい」
 丈太郎はまだ誤魔化しの利く、ギリギリの範囲で心情を吐露する。
「…残酷だよ、お前は。昔から」
 観念した温は眼鏡を外すと溜息をつき、丈太郎に唇を押しつけた。舌を絡めて、もっと深い繋がりを求めようとする自分が、丈太郎は信じられない気持ちだった。
「ん…っ…んふ……」
 この寂しさを、悲しさを…今は温もりで埋め尽くしてほしい。
「俺の知らない間に、随分とエロい顔するようになったな?丈太郎。もっとよく見せて」
「あ、温は相変わらずっ…」
 反応がエロ親父というか、何というか。丈太郎が呆れた声を出すと、温はどこか寂しそうに笑った。
「俺は相変わらず、ずっとお前しか見えていないんだ」
「温…」
 そんなことを言われたら、困る。同じものを返すことが、丈太郎にはできないのだから。
「優しくしたいと思う。お前が喜ぶことなら、何でもしたいとも」
「…ぁ…」
「どういう風に触れられたい?どんな風に愛撫されたい?態度で示してくれたなら、何でも叶えてやるのに。なあ、可愛い俺の丈太郎…」
「ばっ、か…ああっ、ちょ……待っ!」
 温の指が直接肌に触れてきて、丈太郎は思わず声を上げた。その予想通りの反応に、嬉しそうに温が意地悪く笑う。本当に、相変わらずだった。
「教えてくれないなら、仕方がないから俺が主導権を握らせてもらう」 
(それじゃ、いつもと一緒じゃねーかよ!!)
 抗議する隙もなく、丈太郎は与えられる快感に息を詰めた。あられもない格好で脚を開かされることも、自分の中に熱い異物感が挿入してくる感覚も…慣れないし、好きだとも思わない。それなのに、温が相手だと気持ちいいとさえ感じる。
「…いっ……」
 頭の隅へ追いやろうとした忌まわしい痛みに気がついて、丈太郎は思わず顔をしかめてしまう。愛染の持ち主に、恋愛は御法度。そう告げた周防の台詞が、頭を過ぎった。
(なん、で…俺は、俺が好きなのは……。なの、に…この痛みは)
 喩えるなら、麻酔なしで手術されているような感じ。温相手にまさかこんな障害に合うとは、愛染を手にすると決めた時は想像もしていなかった。その頃はこんな関係ではなかったし、丈太郎に予想がつくはずもないのだけれど。
「大丈夫か?すまない。前戯が足りなかったか…?」
「違、そうじゃ…。っいいから!気にしなくて―――」
「顔色が悪いぞ」
 その心配そうな顔。
「気のせいっ…!ああ、温っ…んっ……」
(苦しい…。気持ちいいのに、すごく…気持ち悪くて……)

 こんなことになるなんて、思わなかった。

 堪えきれず嘔吐した丈太郎は、為す術もなく呆然と佇む温にひたすら頭を下げる。いくらなんでも、これは落ち込みを通り越してどう表現していいか…
「ごめん、温。ごめん…!」
「謝るなよ、丈太郎。久しぶりだったしな、溜まっていたストレスが暴発でもしたんだろう」
「…温……」
 優しさが、今は本当に胸に刺さった。
「一緒にシャワーでも浴びよう。風呂場はこっちだ」
 優しく肩を抱くと、温は丁寧に自分と丈太郎の身体を洗う。せめて口ですると申し出てみたけれど、そんなことしなくていいと苦笑いされてしまった。
(最悪だ)
 ぼんやりとした頭でそれだけを知覚し、丈太郎は自己嫌悪に涙を拭った。柔らかいソファーで、膝を抱えて丸くなる。あれほど高ぶっていた気持ちは、すっかり萎えていた。温はホットココアを丈太郎に差し出すと、気遣うようにドアへと向かう。違う場所で、処理してくる気なのかもしれない。…申し訳ないどころではなかった。
「俺は、少し出てくるから。丈太郎は、部屋でのんびりしているといい」
「ん…」
 上手く笑えたかどうかは、限りなく失敗に近かった。
(温、ごめん)
 嫌われたりはしないだろうが、温とのセックスが嫌だというわけじゃなかった。その気持ちを、伝えることが出来なかった。何より丈太郎が、一番ショックを受けているのだ。セックスによる気晴らしすら、できないなんて。頭がガンガンする。ゆっくりとした呼吸を繰り返し、自分を落ち着けようとする。
 目を閉じた丈太郎が捉えたのは、王崎に似た少年の姿だった。すぐに王崎ではないとわかったが、どことなく雰囲気が似ているような気がした。
(え…?)
 真眼が勝手にものを「見てしまう」というのは、稀に生じる現象だ。
「優様」
 さっきまで傍にいた温もりが、熱を帯びた視線を少年に向けている。そのすべてをただ、どこか遠くから見ていることしか丈太郎にはできなかった。


   ***


 部屋を訪れた来客に、優は不機嫌だった表情を一瞬だけ緩和させると、無言でドアを開けた。自分が呼んでもいない時にこの従者が会いに来るのは…、何か裏がある時だと知っているからだ。
「ねえ、温クン。今日は大事な大〜事な用事があったんじゃなかった?」
 恨み言たっぷりに優が問いかければ、温は唇を歪ませて笑う。
「それに、眼鏡はどうしたの?ボクに素顔を晒すなんて、珍しいね。素顔の温クンも、普段よりもっと格好良くてボクは好きだけど」
「心外ですね、優様。あなたは、俺のすべてを知っている方なのに…」
「あ…」
 優の手を股間に導いて、温は熱っぽく懇願してみせるのだ。
「こんな状態で辛いんです、優様。なぐさめてもらえませんか?あなたのその、可愛い唇で」
「いい、けど…」
 どこか釈然としない気持ちで、優は床に膝を立てる。訊きたいことが沢山あるのに、言葉にしたら、すぐに温はいなくなってしまいそうな気がした。既に勃ちあがったペニスの先端を、口に含んだ。見上げた顔は、満足そうに目を細めている。なんだか今日は隙が見える、優はそんなことを考え嬉しくなった。温の素顔なんて、滅多に見られない。何を考えているのか、どうも温は優に隠したがる節がある。でも今の温は、素のようだった。
「顔にかけさせてくれたなら、俺もすぐに帰りますから」
「帰るなんて、言わないで…!んっっ」
 意地悪なことばかり言うこの男が、優は大好きでたまらない。ゾクゾクする、気持ちが良すぎて。むせるような温のすべてに、うっとりした。喜んでもらえるのなら、苦しささえ快感に変化する。
「優様、美味しいですか?それともこの味は、もう飽きてしまった…?」
「…美味しい、です。大好きっ……」
「変態」
「…っ……」
 冷たい一言で罵られ、軽蔑された視線を向けられるだけで変になる。下半身が疼いてしまう。精一杯音を立てて舐めながら、優は伺うように温を見上げた。気持ちよくなってきたのか、温は段々と余裕のない表情で、優の喉に自分の腰を打ちつける。
 大好き。誰にも渡したくない、渡さない。その恋心が、おしゃぶりに熱を込めさせる。色仕掛けが通用するのかどうかは、知らないが。
「クッ…」
 予告通り優の端麗な顔に精を放つと、温は笑った。
「よかったですよ。優様」
「温クン、ここにも…ください。もっと……!」
 離したくない。満足できない。もっと欲しい、全部が欲しい。温でなくちゃ嫌だった。
 優はどこまでも素直に、温を求めようとする。どうやら貪るような口づけが、温の返事代わりのようだった…。

 おそらくこれは、温が自分にもっとも知られたくない類のものだと丈太郎は眉を寄せる。
 丈太郎に向ける優しい愛情のこもった笑顔とは違う、別人のような冷たい仮面。けれど、二人の間に流れる空気は馴染んだものだった。丈太郎といる時とは、違う淫靡さを漂わせ。
 丈太郎が学校で温を心配していた時も、家族をなくした時だって…あの二人はずっと一緒に、あんな濃密な時間を過ごしていたに違いない。何度も、気が遠くなるほどにあんな行為を繰り返して。
(嫉妬、なのか…?これは)
 胸が苦しくなる理由が、丈太郎にはどうにも説明できなかった。ただの独占欲じゃないと、断言できない。温は自分だけのものだとでも、勘違いしていたのか?裏切られたような気持ちは、お門違いな感情だ。
 温が楽園に留まるのは、自分のせいだなんて丈太郎のただの思いあがり。…本当は、あの少年の傍にいるために、残っているのではないだろうか?あっちの温が本当で、丈太郎と一緒にいる時に、優しい仮面を被っているのではないだろうか?
 彼は王崎によく似ている。一体、どういう素性なのだろう。天根矜持の息子だとしたら、未来を約束されている寵児だ。そして温は、そんな男に愛されている。温は楽園の人間で、考えてみれば、それ以上の立場はないではないか。
(温…)
 こうして丈太郎が悩んでいる間にも、温は違う男と抱き合っているなんて。
(赦せない?…いや、そんな風になじる権利、俺にはない。ただ、無性に寂しいだけだ)
 嘘を重ねて楽園にやってきた、自分。本来なら、温と触れ合える立場ですらないのに。寂しくて手を伸ばしたものの、なんだか余計に孤独を増したような気がする。

「…アッ、アッ!……イイですっ…温クン、アアアッ!」
 ベットが凄い音を立てて、軋む。二人の息遣いが、ねっとりとした空気に弾んだ。眼鏡を掛けていない温、というのが優には新鮮だったし、素顔はいつもより数倍格好良く見える。
 背中に腕を廻し、優は腰をくねらせる。苛々しているのか、温の律動はいつもより執拗に、激しく優の中を抉った。身体が跳ねる。もっと強く、壊れるくらい抱いてほしい。もっと…。
「あなたには、羞恥心というものがないんでしょうか?優様。そんなに下品に喘いで」
「嫌いに…ならない、で…!…せめて身体ぁあっ、…ら、だだけでも……。温クンが好き…」
「ご冗談を」
 鼻で笑って、相手にしてもらえない。温にとっては、身体と心は別のものなのだろうか。同じところに、あるはずなのに。
「あっ、ああ…。あん、あぁんっ、アッ……」
 ペニスまで弄られて、我慢できずに白い精液がシーツを汚す。達しても、すぐに勃ちあがってきてしまう。それくらい、好きだった。
「AV嬢でも、そんなにわざとらしい声は出せないでしょうね。感心します」
 呆れたように囁く声音が、優の耳を甘くくすぐる。女に興味がないくせに、よくそんなことを言うと思う。自分も大概だが、それにつきあう温だってショタコンの変態だ。そういうことを考えると、倒錯的で、優はひどく興奮するのだ。そんな彼に、愛してもらえる自分…。
「またぁ、…イクッ!…あ、アッ……」
 ビクンと震えた身体を抱きしめて、温も追いかけるように吐精した。ゆっくりと結合を引き抜かれる根元に、優はまた感じてしまう。お尻がじんじんして、たまらなく気持ち良かった。

 丈太郎が目を閉じても耳を塞いでも、勝手に映像が流れてくる。いつものように、力が上手くコントロールできない。余計なものは、いつだって見ないようにしているのに。意識しないことなんて、しごく簡単だったのに。
 楽園にいるせいなのか、それとも別に理由があるのか…。理由とは一体、何なのか。丈太郎は幼少の頃、能力開発を途中段階のまま、楽園から逃げ出した。おそらく他の真眼に比べればその力は圧倒的だとは思うが、肝心のコントロールが、平静を失うと乱れてしまう。
(本来の、力…。それが備われば、こんな辛いことはなくなるんだろうか)
(辛いのは、嫌だ。怖いのも、痛いのも…)
 臆病なその考えに、丈太郎は笑う気すら起こらなかった。元々、そういう負の感情には耐性ができるように、この楽園で育てられてきた。真眼の持ち主として。その頃からずっと、人一倍臆病だった。だからこそそれを悟られないように、振る舞う必要があった。自分を守る手段として、頑なに口を閉ざす。強度の防衛本能が、丈太郎にそうさせていたのだ。あざとさとしたたかさを兼ね備えた、生存本能。
 生き残ることが一番、昔から大事だと思っていた。
(でも、それは…大事なものがあったからなのかもしれない)
(今、俺のことを必要としてくれている人なんて)
 考えれば考えるほど、後ろ向きな思考回路が頭を巡るばかり。にわかに信じがたいことが起きたのは、その時だった。丈太郎の影が不意に、不自然な形に歪む。影が意志を持ち、丈太郎の意識とは別に存在している。
(これが…誘い……!)
 涙に濡れた目が、この奇異な現象を他人事のように見つめていた。
 反射的に姿を現す、妖刀「愛染」。丈太郎は、力強くその柄を握りしめる。

「契約をすれば、願いを叶えてやる」

 ―――その声は、丈太郎自身に間違いなかった。


  2006.11.01


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