vacances


   act.2(王崎 充)



 キャンプ当日。
 丈太郎の護衛には、結局、信さんがついてくることになった。丈太郎は什宝会のやり方に、あまり口を挟んだりしない。異論がないというよりは、丈太郎は自分のことに無頓着すぎるのだ。お前のことだろう、オレが眉をひそめたら困ったように笑ってごまかしていたっけ。
 奇跡の日以降も、丈太郎は至って普通だ。本人の気持ちなどおかまい無しに、周りばかりが勝手なことを言うけど。

「みんな、忘れ物はないな?それじゃ出発進行〜」
「信さん…。今日はみんないるんだから、ちゃんと安全運転してくれよ。向こうについて体調不良になったら、責任取ってもらうからな」
 信さんの声を合図に、全員が車へ乗り込む。オレは念を押すように、隣りのご機嫌な運転手を牽制した。
 今日一緒にキャンプへ行くのは、オレたち三人の他は正純と、犬上さん。正純が行くと聞いて行きたいと言った犬上さんを、断る理由は特になかった。ちなみに楽園側は、箕輪が送り迎えをしてくれることになったそうだ。
「充くん?毎回期待されるとその期待に応えたくなるんだから、黙って助手席に座っててよ」
「いや、オレのせいにされるのは不本意すぎるんだが」
「二人とも…。時間に遅れるから、そろそろ」
 背後から、遠慮がちな声が割って入った。丈太郎だ。信さんは笑顔でラジャー、と明るく頷き車が発進する。
 背もたれに身体を預け、オレは振り返って恋人をうかがった。
「悪かったな」
「…別に。恒例行事だと思ってるから。ドライブ前の」
 オレと信さんは毎日のようにこんなことをやりあっているが、大抵の場合丈太郎は聞き流しているだけで、オレたちのやり取りを遮りはしない。今は車内に正純と犬上さんが乗り合わせているので、二人に気を遣ったんだろう。
「相変わらずなんだ、お兄さんと信さん。丈太郎さんも大変だね」
「仲いいだろ?俺、毎日信さんにヤキモチやいてるんだぜ」
 そんなこと思ってもないくせに適当な相づちをうって、丈太郎は笑った。丈太郎がこんな風にノロケてみせるのは正純と伏見相手だけなのを、オレは知ってる。
「へえ、知らなかったな。そのヤキモチを態度で示してもらいたいね。是非」
「絡むなよ。充」
 意地悪を言うと、照れたように睨まれてしまった。
「オレ、充くんも大好きだけど丈太郎くんは愛してるよ?」
「信さんも、話をややこしくしないでくれ。俺に向ける愛情が、家族愛なのは知ってるから」
 丈太郎の態度って、結構うちと外で違う気がする。家にいる時は割とゆるい雰囲気で、他に誰かいる時は気を引き締めているというか。
 無意識かもしれないけどそういうの、ちょっと嬉しいと思う。まあオレは、人によって態度を変えたりするのは面倒だからいつもこんな風だ。
「…本当に家族みたいだよな、あんたら。たまにはそういう関係を、羨ましいと思う時もある」
 ぼそりと、犬上さんが小さく呟く。全く慰めにならない言葉をかけたのは、正純だった。
「僕は犬上のこと、一つ屋根の下に住んでる赤の他人だってちゃんと認識しているから、安心して」
「ハッ、いーんだよ他人で。オレはお前に、そんな柔らかい感情を抱いてるわけじゃねえ」
「…もう喋りたくない」
 途方にくれたような正純に、丈太郎がかすかに笑った気配がする。
 丈太郎に以前、正純と犬上さんがくっついてほしいのか尋ねたら、『正純が幸せなんだったら、別に誰でもいいし好きにすればいいと思う。それが犬上さんでも違っても、俺はかまわない』という返事が返ってきたことを、ぼんやりと思い出す。
 そんな様々な想いを運びながら、オレたちはキャンプ地である天根家の別荘へと向かった。


***


「皆様、ようこそいらっしゃいました。道中疲れたでしょう」
 海沿いの別荘につくと、仁がオレたちを出迎えてくれた。仁は真眼の持ち主だから、ちょうどいいタイミングが見えたんだろう。学園時代は気にも留めていなかったことだが、そう聞かされるとなるほどいつも、その存在が欲しいと願えばいつも仁はオレのそばに現れる。
 昔はそれを当然だと思い、今ではどこか淡い痛みで思い出を懐かしむだけだ。
「仁!兄さんたち、着いた!?…いらっしゃい、待ってたよ!わー、正純元気?一週間ぶり!」
 はしゃいだ弟が、玄関を飛び出して正純にタックル。嬉しそうで何よりだ。
「元気そうだね、優は。夏休みの宿題は、もう終わってるの?」
「何それ正純、再会したとたんに小学生の甥っ子に会うみたいな口調は?ひどくない?そんなの、とっくに終わってるし!」
 オレが高校生だった頃を思い出しても、こんなにテンション高くはなかった。弟とオレは、顔の造形以外は本当に似ていない。
「はいはい。ごめんね、僕が悪かったから。機嫌直してね」
「全然悪いって思ってない!」
「伝わっちゃった?」
「ひどい!」
 正純とのやり取りが微笑ましくて、それから少し安心した。気のおけない友人がいるというのは、いいものだ。そういう存在が、時間が、今まで優には足りていなかった。オレが与えられるものは、また種類の違う愛情なのだし。
「アハハ。あ、そうだ。紹介しとくね。これは犬上。……で、こっちは信さん。お兄さん、丈太郎さんと一緒に暮らしてる人」
「おま、それ、全然紹介してねえし!?」
 あんまりな説明に、犬上さんが全力で抗議する。
「いちいちうるさい…」
「え、なに?正純とはどういう関係?」
「どうもないし」
 ワイワイと騒ぎ始める弟たちは放っておいて、オレは仁をからかうことにした。
「美咲は来たのか?」
「…かなえは喜んでいました。ここに呼ばれたことも、あなたにまた会えることも。今は中で、整理をしてくれています」
「そうか。よかった…。実を言うと、適当に誤摩化して連れて来ないんじゃないかと思ったからな。お前が」
「充様が望んでいるのに、私は誤摩化したりしません。心外です」
「オレが望むのはお前の幸せだ、仁」
「私は…。あなたにそう思ってもらえるだけで、本当に、…幸せ、なんですよ」
 仁は泣き出しそうな顔で言って、オレの視線を避けるように俯いた。想われているのは知っている。だけど、仁はよく理解していない。オレが同じように、自分のことを大切に想っているということをわかろうとしてくれない。
「オレの前で泣くのは構わないが、美咲にはいいところを見せておけよ」
「泣いていません。今はもう、悲しいことはありませんから」
「恋愛の相談になら、いつでも乗ってやるから」
「そんな予定もありません。充様の時間を煩わせるようなことは、きっと起きないでしょう。…かなえを手伝ってきます」
 オレの返事を待たずに、仁は逃げるように別荘へと戻っていく。
 何か進展があればいいが、ないならないで、あの二人らしいのかもしれない。周りが勝手にヤキモキしているだけで、それぞれのふさわしいペースで、ゆっくりと関係は穏やかに進んでいくんだろう。仁が自分の手を離れるようで、なんだか少しだけ、寂しいような気がした。
 まあ、仁の想い人が美咲だという証拠も自白も、何もないのだが。

「---そういう風に、思っててほしいんだ。俺は」

 丈太郎の声が聞こえ、ふと気がつけば恋人はどうやら幼なじみと談笑しているようだった。
「………ありがとう。肝に銘じるよ」
 伏見は嬉しいような、寂しいような複雑な表情で頷いている。大方、お節介めいたアドバイスでも受けたのだろう。昔はあまり、自分の意見を温には言わなかった。丈太郎はそう言っていたが、今はその関係も変わったようだ。オレと仁のように。
 嫉妬はまったく感じないのだが、ちらりと視線を投げられ、伏見と目が合った。オレは小さく頷いて、
「丈太郎の幸せに関してなら、オレに任せてくれればいい」
 余計な一言を送る。
「なっ、充!人前でさらっとそういうこと言わないでくれって、俺はいつも…」
 お前の反応が面白いから、つい。そう正直に白状すれば、多分もっと面白い反応が見られるんだろうが。
「さりげなくでなく、仰々しく愛を口にすればいいのか?」
「だから…っ!」
 そういういたたまれない表情、かわいい。学園にいた頃にも、伏見のおかげで時折見ることがあったもの。
「キスで唇を塞がれたくなければ、落ち着けよ」
「………………」
 丈太郎は押し黙ってしまった。ものすごく何か言いたげな表情が、オレを捉えている。
『充が格好いいから、…文句を言いづらくて困る』
 聞こえてきた本音に噴き出しそうになり、しばらくは気を利かせてやることにして、オレは先に別荘の中へ向かった。
 何となく見てはいけない気がして、伏見の方は見ないようにする。幼い頃から大切に大切にしてきた宝物を横から奪われる気持ちなんて、オレは想像したくもないのだった。
 キッチンでは美咲と仁が、飲み物や食材を広げている。仁の無表情が、オレに気がついて和らぐのがわかる。
「久しぶりだな、美咲。元気そうで何よりだ」
「王崎くん…!」
 花が咲いたような笑顔から、さりげなく仁が視線を外すのが見えた。
 エプロン姿の美咲はなんだか新妻のようで、そんな自分の妄想に苦笑が浮かぶ。今にも逃げ出しそうな仁を捕まえて、オレも二人の手伝いをする。それはなんだか不思議な時間で、温かく居心地の良いものだった。
 途中信さんが手伝いに加わると、あっという間に夕食の準備ができる。一日目の夕食は焼きそばとおにぎりで、なかなかに好評のようだった。


  ***


 夜。持ち込んだワインはあっという間に一本空になり、今夜の宴はそこで解散。
 オレは丈太郎と、二人部屋を使うことになっていた。まあ妥当な割り当てだろう、オレたちは付き合っているんだから。
「どうした…?」
 部屋に入るなり後ろから抱きしめられて、オレは手を伸ばし丈太郎の髪を柔らかく撫でる。丈太郎が頬を寄せてきて、そのまま唇が触れた。
『充が好きだ。想うだけでは満足できない』
 丈太郎の言葉が、頭に直接流れ込んでくる。返事をする代わりに、目を閉じた。
「ん…っ…はぁ……」
 オレは知ってる。この恋人が、どれだけ自分を求めてくれているのか。この身体に、丈太郎がどんな風に欲情しているのか、自分がどれだけ大切に想われているのか。わかっているから、あまり他の人間に嫉妬を抱くことはなかった。
 だが、丈太郎はどうだろうか。オレの気持ちを違わず理解してくれているのか、そう考えると疑問が湧く。けれど、別にそんなことはどうでもいいことなのだった。
『仁と一緒にいる充を見ていると…学園で過ごしていた頃を思い出す。いつも見てた…。手が届かなくて、妄想の中で何度も充を犯して俺は…。でも、今は…こうやって、触れることが、できる----------』
 瞬間ひそやかな行為を思い出したように、後ろで押し付けられた硬いものがゆっくりと前後に蠢く。逃げないように腰を捕まえた手が、オレの機嫌をうかがうように尻を撫でた。布地越しでも、はっきりと丈太郎のペニスが勃起しているのがわかる。
「あっ、丈太郎…。ベッドに、ここ、じゃ…!」
「ごめん。待てない…挿れたい。今すぐ充の中に、充に、受け入れてほしくて俺……んっ…」 
「…ぁ、あっ…馬鹿…丈太郎っ」
 耳を舐めながら懇願されて、声が漏れる。オレが欲しくて必死になる丈太郎は、いつもかわいい。ゾクゾクする。もっと気持ちを吐露してほしくて、言葉に出してほしくて、…こんなオレは意地が悪いのだろうか。
「仁に妬いてるのか?それとも、優に?オレがこんなことを許すのは、お前だけなのに。丈太郎…」
「違う…。昔は仁に嫉妬していたけど、俺…ブレザーだった充を思い出して興奮して…。ごめん、あの頃……」
「お前がオレで自慰してたなんて、想像もつかなかったよ。聞かされて、本当に…びっくりしたんだ。嫌われてるとばかり思ってた。御堂には、な」
「大好きだったんだ…ずっと…。毎回、夢かもしれないって思う。好きすぎて訳わかんない。うう…いい匂いがする…挿れたいよ……充が大好きなんだ俺…」
 あの頃、本当に知らなかった。突き放したいような、けれど憂うような懐かしい視線が丈太郎にとっての精一杯な愛情表現だなんて、オレは考えもしなかったんだ。
「夢じゃないって、いつも、言ってるだろ」
 下着ごとズボンを脱ぐと、オレは突き出すように尻を後ろへ向ける。丈太郎が自分の服を脱ぐ間に、シャツも床へ放った。
「ア…!」
 無遠慮な指が尻肉を割り広げ、ドクドクと脈打つ丈太郎のペニスが、にゅるりと音を立ててオレの中に入ってくる。
 一気に奥まで突き入れられ、涙が零れる。激しい注送に揺さぶられると、せり上がってくる快感。
「っ…はあ…あっ……丈太郎…」
「もっと声、出して。聞きたい。見せて…俺のペニスで気持ちよくなってる充、教えてよ」
『充だから俺、こんなになるのに…!充としてると、俺、変になる…っ』
 こういう時切羽詰まって、その感情は発声されたものなのかどうか曖昧になる。
「や、め…そんなのっ…っひあ、あ、丈太郎の…っ…、中に響い…っから…すごい、きもち…っ…あぁ…!」
「そんな声出されたら無理っ…出るっ!充、あ、あ…、ごめ、うっ…ぁ……」
 我慢できずに達してしまう時、丈太郎はよくごめんと言う。付き合い始めた頃は触りながら謝ってばかりだったけれど、やめてくれ。謝られるようなことじゃないとはっきり告げたら、最近はあまり言わなくなった。
「ひああっ…出てる、んああ…ぁっ」
 奥に広がる温かさにつられ、オレは勢いよく自分の腹を汚してしまう。
「充も、イッて…くれてる、だろ……」
「うっ、ん…ぁあっ」
 後孔から引き抜かれた質量。白い液体が追うように垂れていく。気持ちがよくて目眩がする。
「ベッドに行こう。もっと…充としたい。足りない、今度はもっと優しくするから。してもいい?」
「ああ。お前の好きにしろ…好きに、してほしい。愛してるよ」
 嬉しそうな唇が重なる。力の抜けたオレをそっと抱き上げると、丈太郎がベッドへと運んだ。汗ばんだ背中がシーツに沈む。すぐに覆いかぶさってくる熱を持った逞しい肢体。嫌じゃない、むしろ嬉しい。
『こうやって、充を組み敷く度に興奮する。見下ろす充はいつも綺麗で、いやらしくて…他に何も考えられなくなる』
「丈太郎…」
「嬉しい…。誰にも見せないで、こんな可愛い充のこと」
「お前しか見ないし、見せるつもりもない。さっきからそう言ってるだろう。言わせたいのか?」
「大好き。俺は、充と一緒にいられてすごく幸せ」
 嬉しそうに丈太郎が笑った。こういう幸せそうなデレデレした笑顔は、他の誰にも向けないオレだけのものだ。
「ん、んっ…」
 唇が近づいて舌が絡む。手を伸ばして背中を掴み、もっと触れたくて力を込めた。愛撫が唇から首筋、鎖骨へと降りていく。それから不意打ちに耳を舐られて、声が漏れた。
「充が好きだよ…。大切にしたいと思う。でも、やらしいこと沢山したくて、止められないんだ…」
「止める必要なんかない。全部、お前に付き合ってやるから。…オレの前で自分を隠すなよ、丈太郎。わかってるな?」
「…ぁ…充ぅ……気持ちいっ…うう、あ…気持ちいいよぉ…」
 今度はゆっくりとした律動で、丈太郎は恍惚とした表情を浮かべうわごとのように言うのだ。かわいいと思う。この男が無防備に全てを晒す瞬間に、オレはとてつもない満足感を覚えるのだった。
「ここ、突くと…ぁっ…キュッてなるの、……いい…充…!」
「丈太郎…!…っ…ああ、うんっ…ぁあああっ」
「充だけだから…。俺が、こんなになるの、お前しか…!好き、充が好きっ…、ずっと…一緒に、いて……」
「はぁ…っ…ン…!」
 返事は絡まれる舌に奪われ、急速に追いつめられる。これ以上近くには無理なんじゃないか、そんな疑問が浮かんでくるほど奥まで突かれて、痛みさえ背徳的な官能に変わっていく。
「あっ、あ…!丈太郎っ…オレも…、もうっ…!」
 汗なのか涙なのかわからない透明な液体が頬をつたって、なんだかその感覚が二人を遮っているようで邪魔な気がした。どんなにお互いを追いかけて繋いでも、どこか知らない空白があるのではないか。そんなまとわりつくような疑問が不愉快で、思い切り爪を立てる。
 丈太郎が命を狙われ始め、オレは最近考えることがあった。
 …もしいつか恋人に最期が訪れるというのなら、誰かに奪われる前に自分が、
「…充?」
「愛してるよ」
 嬉しそうに丈太郎は笑って、オレの身体を引き寄せた。ずっと、一緒にいるから。そう囁くと腕の力が僅かに強くなる。
 眠る前にいつも、今日と同じ朝が来るようにと願って、オレは目を閉じた。


   ***


 朝はいつもと同じく平等に、オレたちを迎えてくれた。
 カーテンが引かれる音に目が覚める。瞼を開くと、振り向いた丈太郎が笑った。眩しい。
「おはよう、充」
「…ああ。おはよう」
 朝を迎えて目の前に恋人の笑顔があることに、オレはひどく安心した。丈太郎がそこにいてよかった、朝がくる度に泣きたくなるような気持ちが胸を支配する。突然消えてしまいそうな気がするのだ、誰にも何も告げないまま、丈太郎がオレたちの前から。
 そしてそういう畏れの感情を、本人はまったく気に留めていない。
「ごめん。…身体、平気?昨日俺、止められなくって…。負担、かけたよな」
「謝るなって言ってるだろ」
 罰が悪そうな表情をする丈太郎に、足を伸ばした。足癖の悪さは咎められるどころか、掴まれた足はそのまま優しい口づけを受ける。
「っ…!?」
 こうやって丈太郎に丁寧に、大切にされる度に、その何十分の一でもいいから自分に優しくしてくれと思う。
「起きられそう?俺、抱っこしてあげようか?おんぶでもいいけど?」
『かわいい充。寝起きで少し機嫌が悪くて、色っぽい』
 よくわからない感想だ。オレがじっと丈太郎を見つめると、
「何?俺もさすがに、昨日の今日で朝から襲いかかったりしないよ。俺の大事な王子様だから、充は」
 見当違いなことを言って、丈太郎はそっとオレを包むように抱きしめた。柔らかい布団のように。
「コーヒーが飲みたい」
「仰せのままに。何か食べられる?」
「…いや、まだいい」
 食欲はなかった。あまり動きたい気分でもない。
 オレの望み通り丈太郎はすぐにコーヒー二つとサンドイッチをお盆に載せてきて、「美咲が作ってくれたんだって」そう付け足す。美咲と結婚したら、仁は幸せ太りでもするだろうか。なんだか想像できなくて、口元が緩んだ。
「充はどうしたのか仁に聞かれて、昨日無理をさせてしまったと答えたら…。あいつ、すごく何か言いたげな顔で俺を見たんだけど…でも結局、何のツッコミもされなかった」
「仁相手にノロケられるとは、お前もやるじゃないか」
「嘘をついてもバレるんだったら、意味がないだろ。昔から、いつも俺の感情は見透かされてたんだし」
 丈太郎と仁の関係は、今は友達と表現しても差し支えないだろう。あの仁が、丈太郎相手には屈託のない本音を吐く。そのことを、丈太郎も何となく感じているようだった。
「…なあ。サンドイッチ、美味いか?」
 丈太郎があまりに美味そうに食べるので、話の意識がそちらに向かう。あーん、と何気なく差し出された手に口を開いて、一口かじった。甘いたまごの風味が広がり、どこか優しい気持ちになる。
「ん…、まあまあ」
「そこは、美味しいって言うところだろ」
「恋人がヤキモチをやかないよう、気を遣ったんだよ」
「嬉しいね。独占欲の強さを理解してくれる物わかりのいい恋人を持って、幸せだ」
 柔らかいキスはすぐに離れて、どこか甘い視線が絡む。
「シャワーを浴びたい」
 仕草で意思表示すると、丈太郎が身体を抱き起こしてくれた。遠慮なくその肩につかまって、身を委ねる。
 今日は確か、砂浜でバーベキューをすると言っていた気がする。天気が良いから、海で泳ぐのもいいかもしれない。
 何をするのでも、丈太郎と一緒ならもっと楽しいし、嬉しい。惚けたことを考えながら、オレは身支度を整えるのだ。


  2011.10.02

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