メッセージ



 王崎には小学生の時にチョコを貰いすぎて腹痛を起こし、翌日学校を休んだという伝説があるらしい。手に抱えきれないほどのチョコに仕方なく、両手一杯のゴミ袋にそれらを入れ取り巻きに運ばせた、だとか。去年は混乱を避ける為に学校を休んだ、とか。本当に、現実の人間じゃないみたいだと丈太郎は感心するのだった。イベント毎がある度に、世間では誘いによる事件が頻発する。が、学園の中は平和そのもの。
「御堂くん、これあげるね!」
「おっ、桜井ちゃん。ありがとう!さすが俺の女神」
「ちょっと抜け駆けしないでよ〜。御堂、あたしからもどーぞ」
「小松もありがとう!さすが俺の天使」
「んもー、バーカ!!」
「ハハハ…」
 いやはや、日頃からコミュニケーションはそれなりにとっておくものである。義理だろうが何だろうが、この日の甘い収穫は男にとって断然嬉しいものだ。丈太郎も、その例に漏れず。賞味期限が切れるまでに、ありがたくのんびり食べていこう。幸せを噛みしめながら。
「丈太郎、鼻の下伸ばしすぎだぞ」
 デレデレしていた丈太郎の背中に、重い体重がのしかかってくる。眼鏡が、首筋を撫でた。
「何だよあっちゃん。お前だって、その手に持ってるのは何だよ?人のこと言えないぜ」
「俺は女には興味ない」
「…何なんだろうな。不思議だよな、あっちゃんがそういう発言すると変態臭がすんの」 
「俺は自分の性癖を恥ずかしいとも思っていないから、他人にどう思われようが関係ないな」
「…はあ〜」
 教室の入り口で丈太郎く〜ん、ちょっといいかな?なんて呼ばれたから、この不毛な会話も打ち切りだ。
 今日はまだ、王崎の姿は見ていない。学校には来ないのだろうか、そんなことをぼんやりと考える。机の上にはまるで何かの嫌がらせの如くプレゼントが散乱していた、王崎の机。重なるだけ重なって、そのうちバランスを崩してしまいそうな危うい量だった。それを見て…もし無記名でチョコを混じらせても、この想いにはきっと気づかれることもないのだろう。
 勿論、王崎へのチョコなんて買わなかった。渡せる気もしないし、渡そうとも思わないのだし。そもそもチョコを貢いだところで、王崎自身の口に入る確立は限りなくゼロに近い。そんなの意味がない。買うことに意味があるとか何とか、そんな平和なこと言ってはいられない。伝わらないなんて、何もしないのと同じだ。
「俺好きな人いるんだ、ごめんな。チョコありがとう」
 こんなこと、こんなに勇気のいることを、自分ができる気がしない。好きだと言ってどうする?告白して、その先はどうなる?ただのクラスメイトでしかも男同士、どうにもなりようがない。気持ちが悪いと軽蔑されるか、あの潔癖な人間が受け入れてくれるとも思えない。かといって女の子とつきあうこともできず、この気持ちをどうにかしてしまわないと、一生一人かもしれない。
(いや、そうやって思いこめるほど好きかっていうと…ああもう!考えるのやめよ)
 考えるのを放棄しようと思った瞬間に、きれいな金髪が目に飛び込んでくるから本当に困ってしまう。今日も完全にきれいだと、馬鹿みたいな感想を抱いて丈太郎は王崎に見惚れる。遅れたテンポで、心臓が早鐘を打ち始めた。好きだと思うのはこういう時、こんな風になる相手は王崎の他にいない。
「御堂の好きな人がどんな人間か、見てみたいものだな」
 その美しい人はそう言葉を投げかけて、それだけで丈太郎にどういう変化が現れるのか気づかない。
「興味ある?」
「恋愛の優先順位が、低そうに見えるからな。御堂は」
 少しは気にしてくれているのなら、嬉しいのだけど。そんな照れくささをひたすらに平然と隠して、丈太郎は笑いを噛み殺した。
「そうかな」  
 お前のことが好きなんだけど、とか言えたらよかったと思う。何も後先を、考えることもなく。その細い身体に手を伸ばして思いきり抱きしめられたら、いいなあと思う。きっとすごく、気持ちがいいだろう。王崎を目の前にすると、そういう脱線したふしだらなことばかり丈太郎は妄想してしまう。
「幼なじみとの友情が一番、だろ。仲がいいよな」
「確かにそれは大事だけど一番じゃない、かな。王崎は?」
「オレは、よくわからない」
「わからない?」
「…年を取ればそのうちわかるかもしれないと思って、気にしてはいないがな。ところで、仁を見なかったか?寮にいないから学校に来てみたんだが、教室に来てるか知らないか」
「神津のために、学校に来たのかよ…」
 しかも存在感が無さ過ぎて、そんなこと憶えてないなんて言えたものじゃない。
 丈太郎は表情を引きつらせ、一応教室の光景を思い出してみようと試みる。が、丈太郎の景色に神津はいなかった。別の方法を使う気にはなれず、まあどうでもいいかと思い直して折角の会話に戻る。
「そうでなければ、こんな日にこんな場所へ来たりしない。いつもなら、オレが教室に入るまでには来るはずなんだ。
 …他の女子生徒に見つかる前に、大人しく戻るか」
(ノロケ、とは思いたくないけど微妙…。ほんっとコイツだけは、女王様様だよ)
「お前の机、凄いことになってた。モテる男は大変なんだな」
「手作りなんて、呪いがかかっているとしか思えない。仁に会ったら、部屋にいるからと伝えてくれ」
「わかったよ」
 キャーッ!充様、あんなところにいらしたわよ!!
 耳をつくような奇声が聞こえて、王崎は早々に去ってしまった。毎日のことだ、見ているこっちも鬱陶しい。丈太郎のところまで駆けてくると、プレゼントを抱えた集団は引き留めておきなさいよ!役立たず!!なんて罵ってプリプリと引き返していく。
(………コレじゃ、無理もないか。わからなくなるのも)
 苦笑いして、丈太郎は教室へ向かう。神津は何をするともなく、自分の席に座って視線を落としている。気味が悪いし気は進まないが、頼まれたもの(しかも王崎に、だ)は守らないといけないだろう。
「神津、王崎が部屋にいるから今すぐ来いって」
「……………」
 いや確かにそこまでは言っていなかったにしても、王崎の場合、そう表現するのが一番正しい。神津は返事もなく(元々、王崎がいないところでは陰気さに拍車がかかる)、隈の深い目で丈太郎を見るだけだ。
「何だよ。その目は」
「元々ですが」
 丈太郎の被害妄想か気のせいなのか、神津は溜息をついて席を立った。
(ハイハイ。そーですか、っと…)
 ふと向けられた笑みが嫉妬なのか?と、丈太郎の苛立ちを煽るようで不愉快な気分になる。どう考えてもそれ以外にない。
 仲がいいなんて、そんな言葉を使いたくもない。お前なんて王崎には不釣り合いのくせに、とそのフレーズはどれだけ醜くて、いやらしいだろうか。嫌になる。不釣り合いなのは自分も同じで、だったらどんな人間なら、その隣りに相応しいというのか?
(知るかよ、そんなの。知りたくねえよ)
 頭の中がグルグルまわる。気持ち悪くなる、恋なんてしんどすぎる。なのに止まらない、この気持ちを止められない。王崎のことが好きだ。誰よりも、王崎のことだけを。

 本当は何もかもを知りたいし、教えてほしいとも思う。
 素直に愛のメッセージを打ち明けられたなら、どんなにか素敵だと。


  2007.02.06


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