クリームソーダ



 あれはいつだったか、矢代が「デートの時は、クリームソーダに限る」と言っていた。
 それをしっかりお互い覚えている上で、今目の前の男が、クリームソーダを頼もうとしている。何となくその全てにイラッとして、周防は眉をひそめた。
「他のもんにしてくれん?クリームソーダ以外」
「広大が飲むんじゃないんだし、おれが何を飲みたいと思ってもそれは個人の自由であって、尊重されるべきなんじゃないかな?」
 嫌味としか言いようがない返事に、周防はますます苛々した。というかどう考えても絶対に、矢代はわざと自分を怒らせようとしていて何が嬉しいのか、もう何もかも馬鹿馬鹿しい。
「用事思い出したけん、帰る」
「あ、広大の頼んだコーヒーもきたみたいだけど」
 全てのタイミングは何故か、この男の都合の良いように運ばれていくのだ。周防はやりきれないような諦めたような、複雑な気持ちになって溜息をついた。立ち上がりかけた腰を落ち着け、しれっとした顔でクリームを崩していく矢代を睨みつけてやる。
「たまには、おれにつきあってくれてもいいだろう?広大」
「毎日顔を付き合わせよる男に向かって言う台詞か、アホ!」
「喜べよ、広大」
 他の誰にも聴かせないような声で囁かれてしまっては、為す術もなかった。矢代の馴れ馴れしさは周防に対しては殊更ひどく、いっそ攻撃的にすら感じることがある。情けないことに動揺し、周防はコーヒーを零してしまった。
「すみません、おしぼりください」
 どこか遠くで、そう聞こえる。こんな底意地の悪い男、嫌いだ。大嫌いだ!周防はそう何度も心の中だけで叫んで、されるがままにコーヒーを拭う手を許した。 
「広大」
「そんな風に呼ぶな」
「広大…」
「やめてくれ」
 自分は本当その声には弱くて、何でも許してしまいそう。
 うなだれた友人の手におしぼりを握らせると、矢代は窓の外に向かって頬杖をつく優しさを見せる。仕方がないので、周防はそれを力一杯顔に押しつけてやった。


  2006.12.16


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