シュークリーム



「あ、クソ。食べにくい…」
 柔らかいシュークリームと格闘する俺に、いつの間にかついていたクリームを指ですくい取り、矢代さんはぺろりとそれを舐めあげた。…ええと、くすぐったい。ってそうじゃなくて!
「勿体ない」
「…言ってくれれば、自分で取ったのに」
「おれが取った方が早いと思うけど」
 不思議そうに首を傾げる矢代さんは、前から薄々気づいてはいたけど、少し感覚がズレている。照れるべき時に照れないというか、俺と比較してなかなかにスキンシップが激しい。
「矢代さんてさ…」
「丈太郎くんが、相手だからだよ」
 俺の言葉を先読みしたのか、矢代さんは笑いながらそんなことを言う。
「おれは、丈太郎くんに遠慮なんてしないから」 
「…まあそれは、お互いさまかもしれないし」
 この人は運命の人なのだと、何の疑いもなくお互いにそう思えるような相手は多分この先、他に一生現れないんだろうなと思う。それがどういう意味であれ、俺たちはその確信に縋って生きるしかない。
 矢代さんは器用にシュークリームを平らげて、俺の手の中にある食べかけにかぶりついた。
「クリームって、響きがいやらしく感じない?」
「矢代さんが口にしたら、健全以外の何でもないと思うよ」
 俺と矢代さんの間に、色っぽい空気が流れることなんて皆無に等しい。稀にそんなことがあったとしても、避けるでもなく享受して、別にそれがどうということはない。
 矢代さんはどこまでも矢代さんで俺は俺のまま、どこまでも変化することはなく。支え合っているわけでもない、依存し合っているわけでも。ただ、どうしようもなくお互いが必要だった。それを、わかっていた。
「そんなに無防備に油断してたら、おれにペロッと食べられちゃうかもしれないよ?」
「食べられません」
 俺は矢代さんの大好きなものみたいに、甘くはないから。
「矢代さんなんて、一生糖分ばっかり摂取してればいいと思う」
 生クリームだらけの海へダイブして、溺れて死んだらいいんじゃないかな。矢代さんはきっと、天国へいけるよ?俺が本気で提案したら、矢代さんは想像したらしくゲラゲラと笑った。
 俺たちはいつも、こんな馬鹿みたいな会話を重ねては、過ぎゆく時間に知らない振りをして笑い合う。
「それも考慮してみようかな」
「最高に、カッコ悪いよ?」
「死ぬことに、格好なんて気にしてないよ」
 ぽつりと呟く矢代さんの本音に、俺は何も言えず黙り込んで、未来へと黙祷を捧げた。


  2006.12.16


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