桜あんパン



 1.

 あんパンが食べたいよ。食べたいよ〜、中に栗が入ってるつぶあんのやつ。ミルククリームも一緒に入ってると、最高なんだけど。あ〜〜〜食、べ、た、い!
 何それ、あったまわっる〜。コイツ、ほんまに病気やわ。
 禁断症状が出たみたいにヒイヒイと喚きながら、甲斐は涙目で俺を見上げた。勝手に買ってくればええやろ?早くこの部屋から出て行け二度と戻ってくるな馬鹿、そう答えると一緒に買いに行こうよ広大、大体あんパンと牛乳の組み合わせなんて涙出そうだろ?なんてそんなん、お前だけやっちゅーねん。バーカバーカ、バーカ!いちいちお前の相手なんかしてられるか、せめて季節感くらい取り入れて、桜あんパンくらいの工夫は見せたらどうや?そうぼやくと素直じゃないなんて言うからもう、相手をする気にもなれずに。
 あんパンと牛乳が食べたい飲みたい、広大と一緒に!
 俺は自分から部屋を出て行って、ズボンのポケットから煙草を取り出すと口に含んだ。

 

 2.

 僕はあんまり、矢代さんのことは好きじゃない。この人は、好き勝手に周りの人間を振り回しているような気がするから、いい迷惑だ。
 幸運にも僕は情報班だから、直接害があるわけじゃなく(周防さんなんて、本当にご愁傷様だ)ふとしたきっかけで、ああやっぱり、戦闘班てチームワークがなっていないんじゃないの?くらいに考えるくらいで済んでるけど。
 あんまり好きじゃない矢代さんの好きな人である、白鳥なんてもう最悪。まず僕は、ガキが嫌いだし。(あの犬だって、鬱陶しい限りだ)組織の中に中学生とか、ありえない。この間までランドセルを背負っていた子供に、殺しをさせるなんてどうかしてる。それに…年下だと思って色んなことを大目に見る大人が、なんだか腹立たしいじゃないか。だからあのコンビとは、なるべくなら関わりたくない。
 常日頃そう思っているのに、今矢代さんは僕の目の前でにこにこ笑顔を浮かべている。嘘くさくないこの笑顔が嘘くさい、と思うのは、僕がひねくれているからなのだろうか?
 これをあげると矢代さんは、胸に抱えているものを僕に差しだした。それは桜あんパンと書かれていて、僕はその時に、妙に今の季節が春であるということを実感しそういえば暫く、和ノ宮邸に引きこもっているせいで、外の景色や桜がどういう風であるかをまるきり知らないという考えに至り、いきなり疲れが増した。
 美味しいよ、と矢代さんは言う。矢代さんがそう言って外れたことはないから、きっと美味しいのだろう。ありがとうございます、と僕は礼を述べる。食べる気にはならないけど、シゲにでもあげればいい。
 外は桜が綺麗だよ。矢代さんはそう続け、優しい目で僕を見た。ああ、居心地悪い。ムズムズする。大体矢代さんは僕より先にいる人間だから、会話を振られると、向こうが満足するまで付き合わなきゃいけない。それが年功序列というもので、年上の人間をたてるとかそういうもので…面倒だ。誰かに、この厄介な人間を押しつけてしまいたい。僕には、荷が重い。
 そうなんですか、その一言で会話のキャッチボールができていない。大体僕は睡眠不足で、パソコンと一日中睨み合っていたから目がチカチカして痛いし、眠いし、ねえ?
 広大が、桜あんパンを食べたいって言うから買ってきたんだよ。めげずに矢代さんは告げると、ほんの少し嬉しそうになる。この人が周りの人間をどう思っているか僕は知らないし、でも、少なくとも周防さんが矢代さんのことをどう思っているかは知っているので、微妙な気持ちになった。周防さん、きっと喜ぶんじゃないですか。適当に返事をする。そうだといいなあ、とのんびりした声で矢代さんは言う。
 僕は五回目くらいの欠伸を噛み殺しながら、この桜あんパンはどれくらい甘いのだろう、桜餡が入っているのなら少し塩気も混じっているだろうか。急に、そんなことが気になり始める。そんなこと矢代さんの気持ちに関係ないはずなのに、自分で確かめずにはいられなくなってしまったのだ。


  2007.04.11


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