愛のありか



 勉強の成績が上がった。

 試験の度に、頼んでもいないのに鳴海が押しかけてきて、俺の望まない家庭教師を遂行した結果の点数。
「俺の恋人なら、これくらいの点数は当然だな」
 返ってきた俺のテストをご満悦そうに眺めながら、鳴海は眼鏡の奥で笑った。
 赤店スレスレだった前回に比べれば、奇跡としか表現しようがない。正直俺もすごく嬉しいが、素直にそれを表現するのは癪に障る。
「ふざけんじゃねえ。俺はお前の恋人になったつもりはない。なるつもりもない」
「俺はそう思ってるんだがな、裕孝」
 鳴海は、すぐに調子に乗る。毎日毎日この調子で、その熱は冷める様子がない。
「うっぜえ…。喋んなボケ。カス」
 俺の日常に無理やり割り込んできた風紀委員様こと鳴海は、その傍若無人なお振る舞いでもって、見事に俺を変革している。 現在進行形で、まったく迷惑なことに。
 流されやすい俺は、強引すぎる鳴海の行動に振り回されっぱなしなんだけど。
 大体どうして俺の部屋で、この男がくつろいでいるのか理解不能。鳴海相手ならまだ宇宙人の方が、心を通わせられるんじゃないかって思うね。
「裕孝」
「ああ?」
 今更ながら思う。俺の名前を呼ぶ発音が甘ったるすぎるのを、もう少しどうにかするべきではないのか。
「どうしたら、機嫌を直してくれる?」
「帰れ」
 怒涛の勉強付けの日々。ようやくそれから解放されて、俺は一人で休みたい気分だ。寝たい。公式を頭から取り除いて、何も考えず布団の上にダイブしたい。
 だがどうやら、それは叶わない望みのようだった。
「裕孝…」
 この変態。罵ると余計興奮するたちの悪い男なので、文句も全開にできない。
 大体、力が強すぎるんだよな。俺が弱いっていうのもあるけど…。掴まれてしまったが最後、その手を振り払うことは難しい。
 熱を帯びた唇に侵食されて、情けない息が漏れる。
「ん…ん、んっ……やめろ…!」

 お前のせいで、

 勉強の成績が上がった。派手だった見た目は和らげるような無難さになって、友達が増えた。親は嬉しそうだし、
「綺麗だよ、綺麗だ。裕孝。気持ちよくしてあげるから、力を抜いて…」
 抵抗しても無駄なのだ。簡単にズボンを下着ごと脱がされ、鳴海がペニスを咥えこむ。生暖かい感触が、気持ちがいい。
 俺の身体を剃毛するのは、もはや鳴海の趣味を通り越した習慣になってしまったので、他の誰にもこんな身体を見せられない。

 変えられていく。

 俺が、どんどんこの男に塗り替えられていく。こいつの好きな色に、好きなように、…俺は、それを赦している?
「…ぁあ…ん、な風に…っ!嫌、だ……」
 鳴海が俺を欲しがっている。こんなにも切実に、熱烈に望まれたことなんか一度もなかった。
 本当に嫌だと思っているのか、俺は?心の奥底では、本当は、
「勉強の邪魔にならないようにって、ずっと我慢してたんだ。裕孝、俺にもご褒美がほしい」
「っ!」
 舌に、唇に、指先に。散々翻弄されてしまって、達した俺の精液を鳴海が飲み込んだ。
 普段は不遜な表情が、切羽詰って俺をうかがう。その懇願するような、切ない声(それが演技だとしても)に、何度も俺は揺さぶられている。
「んぁっ」
 拡げさせられた脚の間に、無遠慮に指が二本入った。
「うう…っ……あ、…ぁあ……」
「挿れたい…。ここに、俺のを入れてめちゃくちゃに突きたい…はぁ、裕孝…。赦して、欲しがって。俺を…!」
 こんなところで感じるようになるなんて、ありえない話だった。ちゅくちゅくと掻きまぜて俺の反応を見ながら、鳴海が空いている手で自分のを扱いている。
 学校でしかこいつを知らない教師、生徒みんな卒倒するほどエロい姿だ。みんな、騙されてる。
 俺しか知らない鳴海の本性を、存分に晒して、受け入れる以外の選択肢なんて俺には与えられていないのに。
「…いい、ぜ……。どうぞご自由に?」
 どうせ自分勝手に、好きに動くくせにどうして、そんな了承を得る必要があるのだろう?
 自嘲気味に笑みが零れる。俺は、俺たちは何をやってるんだろう。こうやって我に返るのに、欲望を止められないなんて。
 鳴海一人を責めるのもおかしい。俺は、
「あっ、裕孝…、裕孝ぁ!入る…ゆっくり…ぜん、ぶ……」
 小刻みに鳴海が腰を打ちつけてくる。最初は遠慮がちに、でもすぐにその熱は速くなって、俺と深く繋がろうとする。
 最初は嫌悪感しか抱いていなかった、その恍惚とした幸福感。
「鳴海、やだ、そんな奥まで……っ!ア、嫌だ…そこ…や…ぁあ!」
 女みたいな嬌声。大分、羞恥は取れてきたのだ。不本意にも、爛れた関係を持ってしまった。
 逃げようとしても脚を掴まれて、支配しようと腰を打ち付けられる。鳴海の征服欲(独占欲?)は辟易するほどで、本当に俺の身体がもたない。
「気持ちいい…。ここ、キュウッてなるの、すごくいいよ。裕孝…。いやらしくてドキドキする。最高だ…」
 説明なんて、自分で体感しているからやめてほしいのに。理性より勝る情欲が、俺の身体の奥で、鳴海を欲しがっている。その欲望は認めざるを得ない。
「言うなっ、て!…あ、あ、…鳴海ぃ……」
 この感情は何だろう。俺にはやっぱり、よくわからない。
 ただの嫌悪ではなくなってしまった。でも、やっぱり鳴海のことは好きと言いたくないし、うざいし、キモイ。その上で、尚、存在を享受している理由は何か。
「イキそう?たまらない?言葉にして…お願い。裕孝。教えて、どれだけ気持ちいいのか…」
 見ればわかるだろう。だからそんな風に確認が出来るのだ、この男は。絶対、口にしてやるものか。
 俺は涙を浮かべながら、快感に任せて身体を震わせた。
「んなわけ…!さい、てーだ…ちくしょ……!馬鹿!死ね!…アアッ」
 抱き合う身体は気持ちが良くて、感情は行為に追いつけなくて、なのに不思議と嫌じゃない。
 拒めないキスが深さを増して、俺の不安定な思考を散らしていく。そこに微塵も愛は無いのかと問い詰められたら、違うと否定はできない気がした。


  2010.12.12


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