憂いの春



「今から愚痴を言いまーす。聞いてください」

 生徒会室にオレと二人きりでいると、それが良いのか悪いのかはおいておいて、羽柴はフリーダムな感じになる。我らが生徒会長様はそう宣言して、この世の終わりのような表情で、今にも死にそうな枯れた声音で喋り始めた。
「大体、春はもっと優しいものなんじゃないの?温かくて、柔らかくて、それで明るくて色に溢れてて…本来、春ってそういうものだよね」
「あいにくオレは、物心ついた時から春は花粉症の季節だったからな。そんな風に思ったこ」
「でも、今年は違うね。俺は季節に取り残されてる…。えっ、もう春なの?まだ準備できてないんですけど!みたいな。それなのに桜は咲いてるし、みゃーちゃんは卒業しちゃうし、俺は全然そんな気分じゃないのに!!春は勝手だよ!」
 オレ(生徒会副会長)はどうして、選挙で羽柴に負けたんだろう…。二十四回は思った疑問を、オレは再び心の中に過ぎらせる。
 こんなぶつくさ文句を言っているくせに、卒業式では見事に卒業生を送る言葉を淀みなく成し遂げた羽柴は、その日一日ずっと笑顔で宮内先輩に涙を見せなかった。何度も行われたリハーサルでは時折言葉を詰まらせていたから、よっぽど気を張っていたと思う。第二ボタンくださいって言ったら断られた、と全然気にもしていないような物言いで羽柴は笑っていた。
 欲しいとも思っていないのにそういうことを言うんだから、絶対あげない。宮内先輩はオレにそんな風にこっそり言って、ぐずぐず泣く。
 二人の間に挟まれたオレは、結構大変だったのだ。
「春も勝手かもしれないが、お前も大概勝手だよ。羽柴」
「うわーん」
 生徒会室の窓の外では、手が届きそうなくらい傍まで、きれいな桜が咲いている。
 羽柴はそれを親の敵のような目で見つめながら、オレにぽつりぽつりと、心を零していくのだった。
「やかましい…」
「そ、それがかわいい親友を慰める男の態度なの!?ひどいよ渚、俺はハートブレイクで心が砕けそうだよ」
「というか、ハートブレイクも心が砕けるのも、同じ意味なんじゃな」
「あ、そういえば話変わるけど」
「はいはい何だよ。聞いてやる」
 これくらいでいちいち怒っていたら、羽柴の隣りは務まらない。
「来週の土曜日、長谷川先生がお花見連れてってくれるって。渚は強制参加だけど、勿論来るよね?」
「あのさ、強制参加と言っておいて問いかける意味がわからない。行くよ、行かせて頂きますけど!」
 長谷川先生は、オレたち生徒会執行部の顧問だ。ポーカーフェイスでつかみどころがない感じだけど、意外に面倒見が良い。
 羽柴に振り回されるのも、楽しんでいる節があるくらいに。
「ほんと?よかった。渚がいないとつまんない」
「断じて喜ばないぜ、オレは」
「素直じゃないねえ」
 あくまで自分のペースで会話を続けながら、ようやく羽柴はほっとしたような笑顔を見せた。
 あからさまに適当な態度とか嘘を並べながら、羽柴はたまにこうやってオレの前で素を見せて、安堵したりする。まあそれをかわいいと思えなくもないか、と許容してやるオレの懐の深さも問題ではあるんだろう。でもなんか、オレは羽柴の笑顔を見るのが好きなんだ。嘘だろうが本当だろうが、羽柴が笑っているのを見るのは嬉しい。この季節が羽柴にとって、優しくて温かくて柔らかいものになればいいと思うくらい。
「渚ぁ」
「ん?」
 こんな風に羽柴が名を呼ぶ時は、大抵ろくなお願いじゃないのをオレは知ってる。
「俺に優しくしてよ。春だし、春だから」
「オレは春に限らず、いつもお前に優しい自信がある。不本意ながらな」
「怖いし不安だし、みゃーちゃんは卒業したから寂しいし、春は来ちゃったけど…渚がいてくれてよかった。ありがとう」
「どういたしまして。その感謝をもっと日頃の態度に示すべきだな、羽柴は」
「…ここから見る桜、きれいだよね。こうやって見上げてると、なんか色んなことどうでもよくなってくる」
「どうでもいいことなんかないよ、羽柴」
「渚の世界にはね」
 ひどく冷めた本音は垣間見せられる度、正直言って、オレはどう返していいかわからない。人の気持ちはお構いなしで、羽柴はお腹が空いたから帰ろうなんて、相変わらず脈略のない行動に走る。
「春は来る。羽柴にもちゃんと」 
「そうかなあ。そうだといいね」
 他人事のように呟いて、羽柴は微笑んだ。
 オレはそんなものに誤魔化されたりはしないけど、羽柴の言い訳も毎度よく思いつくもので
「まあ、春だから見逃してよ。色々と」
 ずるいことを言って、面倒な会話を終わらせるのだった。
 廊下を二人並んで歩いていると、先生や生徒が、結構声をかけてきたりする。オレも羽柴も、割とノリはいい方だから。
 愛想良く挨拶に応え、羽柴はふと立ち止まって窓の外の桜に目をやった。同じものを見ているはずなのに、なんだか違う風に映っているような気がして、オレは不思議な気持ちになる。
 ただ隣りに横たわる春を、羽柴は無言で憂えていた。


  2008.04.03


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