ほしとび



 何十年に一回。その日を一緒に迎えられる、誰か。
 そういう確率って、本当に奇跡みたい。特別なことだと確信してもおかしくないくらい、凄いことだ。

「辺見(ヘンミ)せんせー、寒いですう」
「そうかそうか、春日(カスガ)。先生があっためてやろうな?」
「いや、それはもう少し時間が経ってからで…」
 おれはたった一人だけの天文部員(ピカピカの一年生だ)で、その顧問・辺見とつきあっている。
 何で辺見の奴、おれのことなんか好きなんだろう?って思うけど、毎日過ごしているうちに変な情が移ったのかもしれないし、ただのショタコン(考えたくねえ〜!)なのかもしんない。
 まあ、どっちだっていいわな。おれもあろうことか、そんな辺見に惚れてしまっているわけで…おれと辺見は、もう何度かエッチもした仲だ。辺見はとっても上手だった。おれの経験不足は、否めない。
「最高の夜だなあ、春日。ここで俺たちを見てるのが、星空だけってあたりがどうにもロマンチックで」
「辺見先生、なんか本来の目的を忘れてるっぽい発言なんですけど!」
「ああ、流星群流星群」
 辺見はおれの肩を抱きながら、ニヤニヤそう棒読みした。このエロ教師…。
 教師陣の中でも曲者の部類に入る辺見は、なかなかにインパクトの強い性格と見た目をしている。何しろ、おれにむけた第一声がおかしい。ありえない。
『君、俺と一緒に星を見ない?』
 それに転んだおれ!きっと自分で言うのもなんだけど、おれたち、相当お似合いだ。そりゃあ今まで、まともに部員がやって来ないはずだよ。おれみたいな、よっぽど物好きでもない限り。
 せめて我が校が共学だったなら、もすこしどうにかアレだったかもなんだけど…。
「なあに、考えてんの。春日ちゅわん」
 音を立てて、頬にキスをされる。
「人生の選択を間違えた日のことを、回想していました」
「たまには間違えるくらいが、バランスが丁度いいんだよ〜」
「…ホントいい加減なんだから!辺見の馬鹿っ。そんなとこも好きだけどさあ」
「いやあ、ハハハ…。俺たちほど深く愛し合っているカップルも、この世にいないね」
 三十路に片足突っ込んださえない教師が、自分の教え子(しかも同性)にそんなセリフを吐く。どうかと思うよいやマジで!だっておれ、ときめいてるもん。ドキドキしちゃってるんですもん。
 これは単に、人生経験の差ってやつなんだろうか?そんなのはずるい、おればっかりが好きみたい。
「おれ、時々辺見先生の会話運びに、驚きを通り越して感心する」
「君も実践してくれたまえよ」
「アンタにしか使えないじゃん!」
「使ってくれればいいじゃん!」
 ちゃんと愛されている実感はまあ、あるからよしとするか。
 笑い合ったおれの視界を、何かがひゅって通り過ぎた。一瞬、て思った途端広がる流星群。辺見の顔、その後ろ澄んだ深い蒼の中。星が、沢山駆け抜けている。何これ、映画みたい。映画より素敵に決まってる。こんなの、絶対最高すぎる。呆気に取られたような、その光景に全てを奪われてしまったおれは、空へ指を指した。
「辺見…」
 呼びかける声が震える。
 こんな世界が存在していることが、もう奇跡みたいだった。誰かが魔法をかけた。凄い。綺麗。
 辺見が、つられたように空を仰ぐ。ああ、その間抜けな感じすら愛しさが倍増しだ!
「うわ」
 普段適当なことばっかり言っているくせに、いざとなると感動して、言葉が出てこないらしい。
 辺見の顔は暗がりなのに、はっきりと紅潮しているのが見てとれた。おれが告白した時さえ、そんな顔にならなかったくせに!この人実は、本気で天体オタクなのかもしれん。
 そういえば思い出してみると、天文書籍が部屋の本棚にズラッと並べてあった気がする。枕トークはええと、確か、星間空間についてというなんか眠くなるような話題で…。
「わああー…」
 幼稚園児みたいな純粋さ。まともな言語を喋れなくなった辺見の目尻に、涙が浮かんだ。そういうの、もっと好きになっちゃうから本当止めてほしい。うっわ超抱きしめたい、今、キスしたい!
「願い事言いなよ、惚けてないで」
「春日。俺、これ以上の願い事が思いつかない。
 あー俺生きててよかった。春日とつきあっててよかった。何これすごい綺麗やばい泣ける…」

 辺見の目には、おれと流星群が映っている。おれの世界と辺見の世界は、どちらがより美しいのだろうか。いやそれは同じで同じでなくて、ああ…もし何か一つでも欠けていたら、こんな風に辺見が涙を流すことはなかったのかもしれない。
 そう考えると胸がせつないような愛しさでいっぱいになって、おれは涙ぐむ辺見の手を、強く握った。
 
 明日も明後日もその次もずっとずっと、辺見と一緒に星を見ることができますように!


  2007.04.21


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