恋の花



 園田(ソノダ)先輩は大人しくて、一歩間違えばイジメに遭ってしまうような雰囲気の持ち主だ。肉なんて多分、胃が受け付けない。ロックは聴かない。苦手は体育で、難しい文庫本を読んでいる。いつも俯いているせいで、よく見れば女が放っておかない容姿をしているのに、損してる。
 園田先輩は、あまり笑わない。というか、記憶を遡ってみたら、俺は園田先輩の笑顔なんて見たことがないのだった。わお、一年のつきあいになるのに、だ。何それ!どんだけ笑顔がレアなわけ、先輩は?超見てえし。
 今、園田先輩は雑草の草むしりをしている。黙々と、百均で買ったような薄汚れた白い軍手を身につけて。ちなみに正装はうちの高校の、長袖長ズボン、えんじ色のジャージね。
「三好(ミヨシ)、何か用?」
「あっいえ!用というわけではないんですけど」
「そう」
 やばい。会話が終了してしまった。俺、先輩のこと見過ぎてたかもしれない。
 園田先輩は、なんていうか自分の世界を持っていて、会話したり傍によっていくと俺は、あてられてしまうというか、何を喋っていいのかわからなくてテンパってしまう。落ち着かなくなる。明るさだけが取り柄の三好が、先輩相手だと、まるで役立たずなのだった…。
「三好、鉢替えするから手伝って」
「はいよ〜」
 梅子(胸が小さい)に呼ばれた俺は、地面に蹲る先輩を残して人助けに励む。
 我が園芸部は人数が少ないおかげで、チームワークだけは抜群なのだ。園田先輩も、そう思ってくれていると嬉しいけど、どうなんだろ。人付き合いには、クールだし。
「なあ、梅。園田先輩が笑ったとこ、見たことある?」
「園田先輩、女子に超優しいもん。私には、いっつも笑顔だよ」
 しれっと梅子がそんなことを言うので、俺は全力で否定してしまった。力の限り。
「嘘つけ!!!」
「何でそこで怒るの〜?ホントだってば。…ここだけの話、だけど。えりちゃんなんて優しいから真に受けちゃって、告白したら、好きな人がいるって振られたんだよ」
「えり先輩が?マジで!勿体ねー、あのでかパイを断るとは…」
 園芸部のマドンナ、えり先輩。巨乳だし、才色兼備でハキハキしてて、何より巨乳だし…。そのえり先輩が、園田先輩のことを好きだなんて世の中、上手くいかないもんなんだな。
 どう考えても、えり先輩の隣りに園田先輩なんて似合わない。だからこそ、惹かれたのかもしれないけど。
「三好、殴ってもいい?」
 ペチャパイ梅子はそうむくれ、泥だらけの軍手を俺の前に突きだしてくる。
「………梅子様、申し訳ございませんでした。私が悪うございました」
「わかればいいよ」
「…でもさ、園田先輩の好きな人って誰だろうな?」
 まあそりゃそうか、先輩だって恋くらいするよな。想像もつかないけど、人間なんだから。
 毎日花に話しかけては、恋の悩みでも打ち明けているのかもしれない。…マジでやってそう。いや、これは確実にやっている気がする。俺の勘がそう告げている。見える。園田先輩って、やっぱりわかりやすいし。
「なんか、先輩って秘密の匂いがしない?学校の先生とかに憧れてるタイプ」
「ん〜。どうだろな?いまいち、ピンとこないけど…」
 女教師と先輩なんて、ハマりすぎて逆にないと思うな。俺は。それに、年下好みじゃないかな。何となくだけど…。あれでいて、面倒見の良いところもあるし。
「そんなに気になるなら、自分で聞いてきなさいよね」
 梅子がもっともなことを言うので、俺は早速、実行に移すことにした。

「園田先輩の好きな人って、誰ですか?」
 俺が単刀直入に尋ねると、園田先輩は一瞬険しい表情になって、すぐそれを元に戻した。聞いてはいけないことだったのかもしれない。けど、時間は巻き戻せるもんじゃないし。
「何でそんなこと、三好が聞くわけ?」
 そう問い返した声はどことなく苛立っていて、俺は妙に萎縮してしまう。単なる好奇心のせいで、園田先輩の機嫌を損ねるのは、あんまり良いことじゃない。
「先輩がどんな人を好きなのか、気になるからですけど…」
「何で気になるの?」
「えっ、何でって言われても。変ですか?」
「ごめん。言いたくない」
 ああ、どうしてこうなるんだろ。俺が園田先輩の傍にいると、先輩をいつも困らせてしまう。
 そんな風に拒絶されてしまうと、それ以上は俺もつっこんだことを聞けない。
「上手くいくといいですね。俺、応援してますから!何かあったら、いつでも話聞きますんでっ」
「………」
 園田先輩は、とうとう口をつぐんでしまった。今のテンプレート返事が何か、まずかったんだろうか?ああ、先輩ってよくわからない。
 今の今まで、俺にとって園田先輩は、わかりやすいことこの上ないキャラクターだったんだけどな。騒がしいのは嫌い。静かな場所が好き。人間よりも、植物が落ち着く。
 うん、やっぱり俺は園田先輩を理解していると思う。いや、してた…が正しいのかな。
「三好は?梅ちゃんとつきあってるんだよね」
 先輩の視線は俺から逸れ、黄色いチューリップに注がれた。黄色いチューリップ。花言葉は、望みのない、恋…。
「はっ?俺と梅子が!!?それデマっす、あいつ他校に彼氏いるし!そいつ、俺の友達だし」
 紹介したの俺だし、なんてそんなどうでもいい情報は黙っておくとして。
 園田先輩はようやく俺を見て、苦笑いを浮かべた。ああ、普通に笑ってくれたらいいのにな。何で俺には笑ってくれないのかなあ、先輩。理由でもあるのかな。
 俺、実は嫌われてんのかな?そんなの嫌だなあ、想像すんのもやだ。先輩に嫌われてるなんて。
「そうなの?仲良いから、勝手に勘違いしてた」
「いやあ、誤解が解けて良かった!大体、俺、おっぱい星人ですから巨乳以外の女は…」
 俺なりに冗談を言ったつもりだけど、残念ながらそれは失敗に終わった。
「あ、そうなんだ」
 先輩を笑わせようとすればするほど、俺のやる気は空回りする。ああもう!
「梅子、あいつ自分じゃCだって言っ張ってるけど、いいとこAプラスってとこですよね〜!アハハッ」
「俺、肥料取ってくるから」
 遠回しに、俺との会話を終了させたがってることくらい、自分でも気づいているけど。
 困らせてばっかりなのに、笑顔なんて見たことないのに、どうして俺、園田先輩のことばっかり気にしてるんだろう。気になるんだろう?
 もうちょっと、一緒にいたい。もっと、なんか…どうでもいいことでも何でも、先輩を知りたい。
「手伝いましょうか」
「いい」
 素っ気なく俺の手伝いを断った園田先輩は、俺の方なんて見ようともしなかった。

 元々そんなに仲良しってわけじゃなかったけど、近頃、園田先輩は俺を避けているような気がする。
 俺が、余計なことを聞いたせいだろうか。俺が、巨乳を好きなせいだろうか…。(男のロマン、だろ?)
 とりわけ恋バナだけは、あれからはさせてくれそうもない。俺には話しかけないくせして、先輩は、優しい顔で花や植物に話しかける。
 なんだかやりきれない。毎日が面白くない、つまらない。
 そんなある日の休日、近所の花屋前を通った時、明らかに女性向けのあるPOPが目を惹いた。これはきっと、仲直りにつかえる。不純な動機だが、致し方ない。
 先輩は俺のことはともかく花は好きだから、贈ってもこれだけは嫌な顔をしないと思う。

 花見に行きたくなるような、天気の良い好日だった。放課後になると、園田先輩と会える。今日の俺は、秘密兵器を用意していた。
 先輩は俯き加減で、花カビを取り除いている最中だ。他に人気もない、今がチャンスだ!
「園田先輩、俺、ワイルドストロベリー買ったんですよ。なんか、ちゃんと育てて花が咲いたら恋が叶うって伝説があるらしくて」
 先輩の隣りに陣取って、口を開いた。
 なんだか久しぶりに、園田先輩の顔を見たような気がする。毎日のように、会っているのに。
「綺麗に咲いたんで、これ、先輩にプレゼントします。これできっと、園田先輩の恋、叶いますよ!」
 俺がその鉢を差しだすと、先輩は目を丸くして、本当に驚いたように俺と鉢を見比べる。沈黙。先輩は喜びとは程遠いしかめっ面になり、この世の終わりみたいな声で真実を告げた。
「俺が好きなのは、三好だよ」
「へ?あの、今、せ、せんぱい。ええええ!?う、うそ、マジで。だって、」
 俺は、危うく鉢を落としそうになる。丹誠込めて育てたのに、て、丁重に扱わなくては!
 この手の重み。園田先輩は受け取ろうともせず、真っ直ぐに俺を見つめて。
「三好は俺の恋を、叶えてくれるの?」
 それから先輩は仏頂面で、俺には柔らかいおっぱいなんてないけどね…。と小さく呟いた。あの時機嫌が悪かったのは、そのせいなのか。ああ、考えてみれば思い当たることがないでもない。
 園田先輩が、俺を好きでいてくれたなんて…。全然そんなこと、気づきもしなかった。俺は。そうして、俺がどうしてずっと先輩を気にしていたのか、その理由も、同時にわかってしまったのだった。
「先輩。ねえ、受け取ってください」
 俺は早くこの手を離して、園田先輩を抱きしめてあげたい。
 その時の先輩の笑顔ときたら、一年も待った甲斐があったっていうものだった。


  2007.03.21


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