つぼみ



 春だった。出会いの季節、花が満開。
 今年高校に入学した三好(ミヨシ)は、胸元に薄い桃色の紙でできた花を飾って、部活勧誘の生徒の輪を行ったり来たりしながら、ああでもないこうでもないと青春の予定を思い描いていた。
「園芸部です、よろしくお願いします」
 園田(ソノダ)はそんな後輩にも礼儀正しく頭を下げ、自作のプリントを手渡そうとする。
 ふんわりと鼻をくすぐる芳香に、三好は驚いて表情を輝かせるのだった。
「あ、これ、何かいい匂いがする!花の匂い…」
「ローズの香水を、紙に染み込ませてあるんだ。気に入ってもらえたなら、嬉しいけど」
 何人もの生徒に渡して、そんな細工に気づいてくれたのは三好が初めてだ。園田が提案したことだったが、誰もが通り過ぎていく中で、こんなに嬉しいことはない。
 もしかしたら、彼なら入部してもらえるかもしれない。園田はそんな風に考え、期待しすぎは良くないともどこかで考えながら、複雑な表情で三好を勧誘する。
「放課後、校庭の隅で活動しているから。興味があったら、是非来てみて」
「俺、絶対行きますから!えーと…」
 三好が言うと、不思議と社交辞令には聞こえない。正直な性格、なのかもしれない。
「俺は園田」
「三好っていいます。楽しみにしていますね、園田先輩!」
 つかみはオッケー。そして約束の通り放課後、三好は、園田のところへやってきた。
 有言実行の男なのだな、と思うとそれだけで、勝手に好感度が跳ね上がった。明るくて勢いがあって、そのどちらも自分には無いものだったから…園田は好ましく思ったのだ。
「園芸部に入部したいです」
 園田が簡単な説明をしながら、いつものように土いじりをしていると、唐突に三好はそう宣言した。
 へえ〜そうなんですか、俺、知りませんでした。ふうん、なるほど。そんな言葉の合間に、一番に園田が欲しかった言葉を、アッサリと三好は与えたのだった。
 園芸部は他の部と比べて、特に華やかさもなければ、地味に思えて実は力仕事も多い、面倒な部活だ。草抜きをし、水をやればいいと思われがちなのだが、花は繊細で、愛情を込めて育てなければいけない。だからこそ花が咲いた時の喜びもひとしおで、そんな園芸部を、園田はとても好きなのだが。
 好きなのだけれども、同じ学年に男は一人だけ。先輩はいるにはいるが、どちらかといえば園田と同じで明るいというよりは、黙々と花と向き合う…落ち着いたタイプの人間だ。
 三好が入ってくれればきっと、毎日がもっと楽しくなるだろうな。そう、思った。
「ありがとう。嬉しいよ」
 素直にそんな言葉が、口をつく。
 どういうわけか、その後恥ずかしくなって顔が赤くなった。三好は、にこにこ笑っていて。
「これからよろしくお願いします、園田先輩」
 ああ、これは恋だなと園田は厄介なことに気づいてしまったのだった。
 明るい色のついた、花。今はまだつぼみでも、いつか咲かすことができるだろうか…。
「園田先輩?」
「なんでもないよ」
 こればかりは相手の意志がいることで、園田は片思いの始まりに溜息をつく。
 浮かれてしまうくらい、手放しで喜べるような性格なら良かった。同性の後輩、なんだか終わってる。

「綺麗に咲きますように」 
 三好が優しい声で、まだつぼみのチューリップを慈しむように撫でる。
 ああ、やっぱり自分は恋をしていると、園田はそのすべてに見惚れてしまった。


  2007.03.26


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