恋に落ちる



 僕が初めてプールの水に沈んだ…いや、自分の意思でようやくその身を委ねられた時。隣りには日向くんがいて、太陽のような笑顔を向けてくれていた。
 初めて25mを泳ぎきった瞬間も、足がつって身悶えた身体をほぐしてくれたのも日向くんだったし、冷たい水で肌寒い日も、温泉のようなぬるい水質の真夏日だって、青空の下でいつも、僕の隣りには日向くんがいた。…正岡も、いたけど。

「見砂(みさご)、今の見ててくれた!?俺、自己ベスト出したの!」
 プールから、水に濡れた逞しい身体を晒して日向くんが僕のところへやってくる。
 あー、輝いてるね。夕陽をバックに日向くんの裸体。女子部員のハートの目。…これは最近僕に対して、(多分気のせいじゃなく)殺気立ったものになってるんだけど。思い当たる節がありまくりだから、水着女子との淡い青春物語を僕は早々に諦めている。
「うん!凄いよ日向くん。ここでちゃんと、正岡と見てたよ。な」
「…まあ」
 曖昧な返事を返す正岡は、水泳部に入って見事に痩せた。同じ時期に入部したというのに、僕はといえばパッと見全然変化もなくて、しょんぼりな仕上がりになっている。筋肉は今までゼロに等しいものだったので、人並みになった。日焼けをしても、あまり肌の色は変わらない。
 僕と正岡の仲が良くなったかといえば全くそのようなことはなく、まあでも同じ時期に水泳部に入部したよしみで、以前よりは普通の会話ができるようになった。…というのも、正岡は僕をおちょくることをライフワークとしていたので、そのような関係では意思の疎通もままならなかった。
「オレ、ちょっと」
 正岡が居心地悪そうに、僕の隣りからいなくなる。正岡は日向くんが苦手だ。日向くんはイケメンすぎるので、僕は時々眩しくて目眩がしそうになるくらいで、劣等感を抱きようがないほど彼は高みにいる気がするので、あまり友人関係に支障はない。
「見砂…」
 日向くんの濡れた手が、僕の乾いた肌に触れる。その度に少しドキッとする。何故って、僕は基本そんなに人にベタベタ触ったりしないから。慣れていなくて、その相手が日向くんだから、心臓が跳ねる。
「な、な、何?」
 さりげなさを装っていつもそれを振りほどく僕は、笑っちゃうくらい傍目にもぎこちないとは思う。
「今日、一緒に帰ってもいい?俺、カキ氷食いに行きたい。見砂とベロを真っ赤にしながら食いたいな〜」
「いいけど…」
「やった!」
 日向くんはオーバーリアクションをとり、全身で僕との寄り道を喜んでくれた。そんなに大げさに喜んでもらえると、僕も悪い気はしないっていうか。日向くんの好意に流されていきそうになるので、もうちょっと自分を強く持たなければ!と我に返ったり。僕たちは、そんな風な日々を過ごしていた。


   ***


 二人でいちごのカキ氷を向かい合ってつつきながら、(僕は食に対して冒険はしない主義なので、いちごね。日向くんは僕と同じで、と笑顔で注文していた)ふと何気ない世間話が途切れた時だった。
「あーもう、僕、ちょっと休憩する!一気にいけないこれ。無理」
 僕のテーブルに降りた手を日向くんがギュッと握り締めて、驚いて顔を上げたら熱っぽい視線に射止められて、
「見砂。前も言ったと思うけど、俺見砂が好きだからつきあって。うんって言ってくれるまで、この手は離さないから」
 真剣な顔で日向くんは、血迷った二度目の告白をした。
「に、日本語で…」
 思わず脳内のツッコミが、口をついて出る。
 だってあの最初の、二人のきっかけになったファーストキスという名の人工呼吸。その時の告白とは、もう、僕たちは関係が違う。
 え、こういう時って一体どういう反応したらいいの!?日向くんの本気なんて、疑いようがないし!あー、僕の青春終わった。始まる前から終わってしまった。ここで断固拒否できる逞しさを、僕は持たない。だってあの日向くんだよ、日向くんが
「好きです、つきあってください。俺を拒否しないで。受け入れて、見砂」
 さっきより強く、日向くんは告げた。
「なんで、なんで僕なの…?よく、わかんないよ。全然理解できない。日向くんが僕にそんなこと言うの、勿体ない」
 いや何となく、そこはかとなく寄せられる日向くんからの好意をのらりくらりとかわしてきた僕ですけど、こんな直球を投げられたら。
「見砂はかわいいよ。面白いし、俺、好きだよ。その戸惑った顔見てると、ごめんね…。俺、もっと困らせたくなっちゃう」
  「はっ?」
 日向くんの唇が、王子様みたいに僕の何の変哲もない手に吸いついた。頭が真っ白になってでも多分顔は真っ赤で、時が止まって、僕は硬直する。
「見砂の唇にキスをする権利が欲しい。キスだけじゃなくて、もっと…」
「わああああ」
 それ以上熱烈な愛の告白を聞く勇気はなくて、僕は日向くんの言葉を遮った。
「えーっと…。その、ば、場所を変えませんか…。ここで、冷静に考えられそうになくて、今」
   僕は数分の執行猶予を提案し、赤い水になった氷の残骸に視線を落とす。パニックを起こした僕とは反対に、日向くんはまったくいつも通りだ。
「あ、うん。うちに来て。ごめんないきなり…。俺としては、別に突然でもないんだけど。もう我慢の限界」
 …今から思えばこの流れ自体が、僕にとって不利だったかもしれない。

 日向くんの部屋に入って、ああ、普通の男の部屋ってこんななんだな〜。僕の部屋ってフィギュアとかゲームとか一杯あるし、こんな風にオッシャレーにはなりようがない。ポスター貼ってないだけまだマシかなあ、などと僕は呑気なことを考えていた。
 告白の返事を考えなきゃいけなかったんだけど、まああんまり考えたくなくて、いい感じに部屋が見惚れる雰囲気だったので、現実逃避してしまった。
「見砂」
「え?」
 だから唐突に日向くんに抱きしめられた時、そのままキスをされ唇が離れるまで、僕はまったく何も出来なかった。
「日向くん、ちょ、ちょっと!僕まだ返事もし、してない…」
 あ、もしかしてこの抗議は拒否に聞こえないね。自分でもそう感じた。
「部屋に来るっていうことは、そういうことなんじゃないの?見砂、恥ずかしがりやだから。言葉にするの照れるのかなって」
 しらっとよくそんなことが言えるよねー!リア充すごいよ。敵わない。
 最近よく実感することの一つ。日向くんは、意外に強引なとこがある。草食系男子なんて日向くんには似合わないから、このままでいいけど。ちなみに僕は、ただのオタクです。多分無害。
「ち、ち、違う!…わ、わわっ?どこ触って…ゃ…やめて…やだよ!」
 日向くんの手が、ズボンに滑り込んできた。
「そんなに俺を興奮させないでよ。見砂といると俺、変になるんだ。見砂…好き、触らせて…」
「くすぐったいってっ…日向くん!わー、もう!…ほんと…に……」
 この人なんで僕のことが好きなんだろう、押し流されるままに抵抗が少なくなっていきながら、頭の中に疑問を浮かべる。
 日向くんにとっては、僕みたいなのは物珍しいのかもしれない。その興味が恋愛に変わったんだろうか。…あーもう、何でもいいや。もう。いいよ。
 僕は意を決して、喉の奥にごくりと唾を飲み込む。意思表示くらいさせてほしいよね、流される前に。
「日向くんのこと…僕、嫌いじゃないよ。まだ、恋愛ってほどでもないけど…。一緒にいるのは、好きで…。上手く言葉にできないけど……だから!こんなんでもよかったら……そのっ…つきあってもいい、よ…」
 搾り出すような声で、でも確かに。ちゃんと自分の気持ちを伝えて、ドキドキして呼吸困難に陥りそうになる。
 こんな僕でも、日向くんがいいって言ってくれるなら。…いい、よ。
「見砂がいいよ。見砂じゃなきゃ…嫌だ、俺」
「う、うん」
 最初はその気持ちが居心地悪くて、一緒にいるうちに少しずつ慣れ(としか言えない)、今では嬉しいなんて。…参っちゃう。
 ギャルゲーで、これは絶対ないなって思っていたキャラクターのルートをやっているうちにいつの間にか、最萌えです本当にありがとうございました。的な気持ちになったあの瞬間を僕は思い出したりなんかして、いや日向くん本当僕でいいの。僕はいいけど。
「すごく嬉しい。ありがと…。超好き」
 日向くんのその笑顔に、恋をしない人間なんているんだろうか。否。…僕はいつのまに?これを恋と呼んでいいのかはまったくもって素直に頷けないけれども、完全にほだされてしまってる。日向くんのことは、好きだ。
 一緒にいられたらいいだろうな、って思う。そんな淡い感情で、先に進んでしまっても。それでも何となく、日向くんなら、いいかなって。
 思っちゃったもんはしょうがない。
「このまま、してもいい?」
「うん」
 正直、セックスよりも僕はプールに入ることの方が怖かった。それはもう克服できているので、僕はきっと何だって出来るんじゃないかな!(という、希望的観測)
 脱がされるというのも落ち着かないので、僕は自分で服を脱いだ。日向くんの裸身は、やっぱり綺麗。
「裸は見慣れてるはずなのに、照れるね…。あんまり見ないでね、日向くん」
「ずっと触りたくてさ…。見砂の水着姿を見るとムラムラして、正直ヤバかったかも。今日はなんていう記念日だろ」
「………(コメントに困る)」
 立ったままお互いのペニスを触れ合わせて、日向くんがそれを緩やかに手で刺激する。
「っ!」
    誰かの手に触れられたのも他人のペニスに触れることすら初めての刺激が、背中をゾクリと撫でていく。未知の感覚に、頬だけでなく肌が赤く染まった。
「日向くん…んんっ……」
 徐々に遠慮のなくなっていく指。むず痒い感じ。日向くんとこんなことをしているんだって思うと、僕はどうしようもなく興奮した。
「ん、んっ…見砂…!見砂、ぁ…エロい顔…もっと、ね…声、出して。見せて、見砂…」
 日向くんに求められると本当にドキドキして、だけど同じだけの反応は見せられなくて。
「何…やだこれ…気持ちいい……擦れるの、…ア……日向、く、」
 お互いのペニスはガチガチに硬くなって、日向くんの手を淫らに汚す。僕はその逞しい肉体にしがみつくようにして、声を漏らした。
「俺、ここ…齧りたくて、見砂の乳首……ん…ふ…」
「痛っ…!い、いや…出るぅ…!ああっぅう」
 乳首への刺激とか、反則じゃないの。一人で簡単に達してしまった僕は、嬉しそうな日向くんの表情から逃れるように俯いて-----------その視線の先にある日向くんの元気いっぱいのペニスに、恥ずかしさが増した。
 ベッドに誘導されて、日向くんが俺を幸せそうに見下ろす。僕もなんとか笑いかけると、優しいキスをもらった。
「…は…ぁん……」
「見砂。足、開いて、少しだけ…。大丈夫、今日は痛いこととか、しないから。水に慣れるみたいに、俺とこうするのもゆっくり…ね、慣れてくれれば、いいから」
 興奮で上擦った、日向くんの声にちょっとだけ愛しさを感じる。その台詞に、たまらない懐かしさを感じて胸キュンしてしまった。
 おっかしいなー。僕の好みは魔女っ子(ツンデレ)>猫耳>ナース(年上)>だとばっかり思っていたんだけど、そこに男の文字は欠片もなかったはず、なんだけど…。どこで道を間違えたかな。
 僅かにできた隙間に、日向くんが腰を沈めた。まさかの素股プレイに、僕は声にならない声をあげて泣きそうになる。恥ずかしい。恥ずかしい!
「今度はなるべく…足を閉じて…。見砂、力、入れて……そう、っ…見砂っ……あ…」
 日向くんは、正しいフォームを教えるみたいにそう言って。言われるがまま、僕の身体は従順に動く。
 もう一度キスを落とすと、日向くんがゆっくりと動き始めた。なんだかよくわかんないけど表現しがたい感触がじわじわと僕を追いつめ、
「こんな…女、みたい、なっ…ん…ぁ…ぁあ…!…ゃ、当たるっ……」
「いいよ、気持ちいい…っ、見砂、いい、よぉ…!」
 気持ちよさそうに日向くんが喘いでくれるから、もう本当何でも、色んなことがどうでもよくなってしまった。
  「いいって、どんな感じなの?日向くん」
 純粋に好奇心から、僕は尋ねたのだった。立場が逆なんだもんな。
「な、んか…柔らかくて…っ…ツルツル、して!見砂の太ももが、めっちゃいい……や、ばい…ん…っ」
   「あー、んっ…、そ、そう…なん、だ…」
 ちょっと金玉が当たる感じが、なんとも気持ちいいんですかね?あー、駄目だって!脳内で茶化す余裕もないって、ちょっと待って!僕の中が急速に日向くんでいっぱいになっていく。それはマズイ。日向くんの息遣いが、熱を持った肌が、優しいキスが、
「アッ、ア…擦れる…!んっ…日向、くん、…僕っ、また…!」
「う…イキそ……。見砂、っ…」
 抱き合って、僕たちは二人一緒に果てる。日向くんが唇を求めてきたので、僕も懸命にそれに応えた。
 …ああ。三次元の男に心を奪われてしまうなんて、心だけでなく貞操も奪われてしまうとは、これからの前途多難である。


  2010.06.20


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