2.一緒に恋をしよう



「…問題ない、かなあ?そうかな〜。
 俺、倉内が振られたっていう話、初めて聞いたよ?」

「もう終わったことだから。結果は、自分でもわかってた。
 知ってる?羽柴。恋愛って一人じゃできないんだ。だから」

「一緒に恋をしよう」

 キラキラした倉内が、キラキラなセリフを言い放った。
 今の俺には、眩しすぎて視界に入れたくないくらい。

「……俺は、倉内に同情されて付き合うとか…嫌だよ…」

 同情、という言葉に涙腺が緩む。
 本当はもっと、別の反応をしたかった。倉内がそんな奴じゃないって、わかっているはずなのに、卑屈になってしまってる。

 何で涙が出たんだろう、このタイミングで。自分でもよくわからない。
 合格発表の時はむしろ、涙も出なかったというのに。ずっと、本当は泣きたかったのかな。考えてみると、そんな気がした。

「同情なんかじゃない。僕だって、本気で言ってるんだけど。
 羽柴…。俺を一番近くに、いさせてよ」

「倉内…」

 驚くほど自然に倉内の唇が近づいて、キスをしそうになる。

(キスをしそうになる!?)

 我に返った俺は、バッと倉内の身体を突き離した。
 目を伏せる。視線を合わせると、俺は倉内にとらわれてそのまま絡めとられてしまうんじゃないかって、すごく怖かった。

「涙なんか見たら、キスしたくなる。僕も男だから」

 ドキドキしてしまう。俺が、本気の倉内に敵うはずない。

「…こっち向いて、羽柴。ごめん。
 突然で、驚かせたよね。羽柴が皆の前からいなくなった時…。俺は、いいよなんて言ったけど、本当は…。羽柴の腕を掴んで、慰めて、抱きしめたかった。自分でも、びっくりしたけど」

「え…」

 俺と目が合うと、ホッとしたような表情になる倉内に心がざわざわする。
 三年も一緒にいたのに、今の時間だけで、初めて見る倉内が沢山いる気がする。俺の知らない、知らなかった、倉内の一面。

「落ち込んで弱ってる羽柴を、一人になんてしておけないし、僕より先に、他の人間に慰められて元気になるのも面白くない…。だから、来ちゃった。
 それってもう、恋と呼んでもいいと思わない?」

 言っていることが理解の範疇を超え、耳から耳へ素通りしていく。意味を理解してしまったら、もう駄目な気がする。

「思わない」

(それってただの、行き過ぎた友情ってやつなんじゃ…)

 憮然と俺が呟くと、倉内は笑った。

「気が変わるまで、待ってるよ。羽柴のそばで」

 元々そばにいたじゃない。これ以上、何が変わるっていうの。もっと近くに来るつもりなの。そんなに深く俺をつかまえて、一体どうしようっていうわけ?

「や、やめてよそんなの。落ち着かない」

 俺はもう、抗議の声をあげるだけで精一杯。こんな会話をしていることが、その相手が倉内だっていうことがどうしようもなく気恥ずかしくて、熱が出そうで、うろたえる。

「落ち着かれてたら、恋愛に発展もしないでしょ」

「うう…」

 倉内と舌戦をすること自体が、俺に不利。

「僕とは付き合いたくない?」

「倉内、なんかおかしいでしょ」

 正直な俺は、あっさり否定することができない。
 もし、倉内と付き合ったら?…きっと、それはそれで、幸せな気がしたんだ。今の俺からは、想像もつかないくらいに。

「僕はいつも通りだよ」

「………」

 いつも通りじゃないから、おかしいと言っているのに。

「俺は、羽柴をよく知ってるから。好きなものも嫌いなものも。多分どうしたら、羽柴と付き合えるようになるかも」

 楽しみにしててねと続ける笑顔に、目眩がしてふらつきそうになる。ここのところ、あまり食べていなかったせいだ。

 ふらついた俺の体を、さりげなく腕を回して倉内が支えてくれる。また、端麗な顔が近づいた。
 キスの代わりに届けられたのは---------、

「羽柴。大好きだよ」

 他のものすべて打ち消すくらいの、告白だった。

 頼れる友達だった男は優しく微笑んで、そのあまりの強力さに自制する間もなく真っ赤になった俺をしっかりと確認してから、ドアの向こうへと消えていった。全部持って行かれた俺は、力が抜けて床に座りこんだ。

 頭の中で何度か繰り返される愛の言葉が、段々と自分の中に刻み込まれていくような気がして唇を噛む。

(…ずるいでしょ、それ)

(こんな会心の一撃が当たらない奴がいたら、不感症レベルだよ。俺はドキドキしてしまう、健全な男子なんだよ…)

(ああもう!こんなの俺らしくない。こんなに倉内のことでいっぱいになってしまったら、俺が消えてしまうんじゃないの。…確かに、俺のことをよくわかってて、効果的な攻め方をしてくれたみたいだけど)

(見事に術中にハマってる)

 〜〜〜♪

 スマートフォンの着信音に、画面を見る。倉内がメッセージを送ってきていた。こんな風に、別れた後すぐコンタクトがあるのも、初めてのことだ。

『本気で取りにいくから、羽柴のこと。覚悟しといて』

「そんなこと、俺、何て返信したらいいのか、全然わからないし…」

 スマホを握りしめて、なんだか笑いが浮かんでくる。笑ったのは、随分と久しぶりのような気がした。
 間違いなく倉内のおかげで、俺の中の何かが変わろうとしている。

 予想外の恋の始まりは、うじうじした陰鬱さを一掃し、新しい何かを運んでくるようだった。


  2015.07.20


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