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  2007.03.09


 エピローグ

 岡崎楽、渚壮真のピアノデュオコンサート。

「菊池先輩、今日はよろしくお願いします」
「瀬名こそ、頼むぞ。俺の写真を活かすも殺すも、お前の記事次第だからな」
「任せてください!」
 修介は、雑誌の編集者になった。企画が通り、今度オレたち二人の特集を組むことにしたらしい。修介曰く、オレたちのファン層は女性の方が多いんだって。
 菊池先輩は結婚して、フリーのカメラマンをしている。先日発売された写真集は、オレも予約して購入した。楽と一緒に見たんだけど、写真のはずなのにこちらに迫ってくるような、生き生きとした写真の数々。今日会ったら、サインを入れてもらおうと思っているオレは、ミーハーだろうか。
 
 生徒会メンバーとは今でも連絡を取り合っていて、今日は顧問だった長谷川を含めた同期が、オレたちの演奏を聴きに来てくれた。
「お前ら、遠足に来たんじゃないんだ。自分の年を忘れたか?
 久しぶりに会えて嬉しいのはわかるが、はしゃぎすぎは周りの迷惑だ。空気を読め」
「そんなこと言って、長谷川先生が一番嬉しいくせに〜」
「羽柴」
「あっ、羽柴先輩って医者になったんですよね?白衣が似合うんだろうな」
「まあね。俺に似合わない衣装なんてないよ」
 ツッコミのオレが不在だと、どこまでも王様は増長するから、本当にたちが悪い。 

 今日のコンサートにはサプライズゲストとして、エドがわざわざ来日し、一曲披露してくれることになっている。オレも楽も、楽しみだった。
 エドはなんやかんやと理由をつけては楽に会いに来て、最近はオレとも少しは打ち解けて会話ができるようになった。テレビでも取り上げられることが多いらしくて、モテすぎて大変だと笑ってる。(でもまだ何となく、岡崎が本命のように感じられてならない。油断できない)
 アルバムもよく売れているらしい。クラシックのコーナーで平積みされてあるのを、こないだ楽と見つけたし、勿論オレたちは全部持ってる。
 連城さんは今回のコンサートで弾く曲を、オレたちと一緒に考えてくれた。それに時々、自分じゃ出せないような美味しいお店で、ご馳走を振る舞ってくれたりする。楽と連城さんのコンビは、端から見ると親子みたいだった。

「壮真、時間だ。行こう」
「楽。よろしくお願いします」
 こちらこそよろしく、と楽が微笑む。ずっと、隣りにある笑顔。
 オレたちは仲良く並んで、明るいスポットライトの下へと歩いていった。





  2006.12.25


 今年のクリスマスは初めて、家族じゃない人と過ごした。
 楽と一緒にクリスマスコンサートに行って、予約していたケーキを買って、二人で食べて向かい合うように湯船につかって、チキンを食べて。ダラダラとTVを流しながら、幸せを満喫していた。
 そういえば…一緒に過ごせることがあんまり嬉しくて、プレゼントまで気が回らなかった。
 だって、去年の冬は両想いなのにオレたち離ればなれだったから。という事実にオレが真っ青になると、楽はじゃあ渚を貰うよ、と気障っぽく言ってそれは別に初めてのことではないし、なんだか申し訳ない気持ちになったオレは楽のことが大好きなので、つい涙ぐんでしまった。

 オレをあやそうとした楽はやっぱり、結局のところピアノの音で慰めてくれて、それは一番か二番目にオレが欲してやまないものだったから、余計に涙が出る。





  2006.04.11


「早く、春が来ればいいのになあ。オレ、冬は寒いから苦手だよ」
 暖かく暖房を入れた恋人の部屋で、壮真は溜息を漏らした。さっきまで楽に散々愛されたものだから、暫く動く気がしない。
 どこにそんな体力があるのか、楽は既にもうピアノの前に居座っている。きっと自分とは違う生き物なのだと、そんな横顔を見ながら思った。
「花の歌でも、弾いてやろうか?渚」
 そういえばこの男は魔法使いだから、音で季節まで変えてみせるのだ。
 自分の気持ちまで変えてしまった、魅惑的なあの旋律で。
「弾いて。聴きたい」
 楽のピアノは、まるで愛の告白を受けているような気持ちになる。
 優しく響く愛の調べに、壮真は幸せそうに目を閉じた。 




  2005.05.02


 いつもなら、こんな失態は犯さなかったと思う。たぶん、だけど。
 それくらい不調だったのだ。オレは少しも、先生の視線には気がつかないままで。
「渚くん。授業中に、雑誌は読まないで」
「うわっはいすみませんでしたっ」
 正直言って、油断していた。
 古文の秋月先生の授業は、いわば内職に適任なのだ。図書室で借りた「ピアノと私」というエッセイを読んでいたオレは、思わず声が上擦ってしまった。
 その本は何人かのピアニストが、原稿を寄せて一冊の本になっている。没収でもされたら、恥ずかしさに堪えられない。岡崎も隅の方にいるわけだし。そんな岡崎は、オレのことなんか気にも留めずに、机のピアノを叩いているようだ。
「…後藤くんも、ちゃんと授業に集中して」
「はーい。すいませーん」
 何だ、そのふてぶてしい態度は?
 オレは後ろを振り返って、上機嫌にニコニコ笑う後藤の姿を見る。
 後藤はオレと目が合うと唇の端を上げ、知らん顔で教科書へと視線を戻した。先生に怒られて何が嬉しいのか、注意した秋月先生はムッとした表情をしている。
「GWが終わったら、体育祭の準備が始まります。
 みんな気を引き締めて、五月病に負けないよう日々を過ごしてください」
 一時限目の授業の最後は、そんな挨拶で締めくくられた。



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