過剰恋愛



「フミちゃんさあ、アンタの本命。長谷川じゃなくて、後藤の方だろ?俺わかった」

 開口一番その真実を指摘され、内心の動揺を隠しながら秋月は咳払いをする。
「…千秋くんはまた、そういうこと言って。進路調査のプリント、まだ提出してないでしょ。永見先生、困ってたよ」
 裏庭を通り過ぎようとしたら、ベンチに座っていた二年の千秋に声をかけられたのだ。千秋という生徒は、一年の頃から必要以上に秋月に近づいてこようとするので、二人の攻防は日常の出来事。
「ながみんに頼まれて催促に来たの?うっざ」
 千秋の単刀直入な物言いには秋月もすっかり慣れて、いちいち傷つくこともない。それくらい、会話する回数が多い。生徒の中では、多分一番。
「そんなんじゃないよ」
「アンタ、後藤とデキてるだろ」
「まさか」
 肩を竦めた。千秋の鋭い視線から逃れるように、さりげなく俯く。
 気だるくベンチにもたれかかっていた千秋は、去ろうとした秋月の前に足を投げ出して引き止めた。
「俺、結構先生のこと観察してんだよ。ま、好きだから目がいくってのもあるけど?アンタ、後藤といる時は何か違うんだよな。それを自覚してるかどうかは、わかんないけど。見てりゃわかる」
 そんなこと今更指摘されなくても、自分が一番理解していることだ。そう思って、秋月は苦笑を浮かべた。
 だから、あまり校内では後藤の傍にいたくない。誰にも二人の時間の邪魔をされたくないし、知られたくない。
「その熱意をほんの少し、勉強に向けてくれたらいいのに。千秋くんは」
 好きな教科と、その他の成績に差がありすぎる。千秋は数学が得意だ。公式があるから、考えなくていいから楽なんだよ。前にそう聞いた。いつの間にか、お互いの情報に詳しくなってしまっている。
「質問には答えてくれないんですかぁ、せんせー」
 若干、強めに否定をした。後藤先生と付き合ってはいない、とは言えない。名前を出せない。それだけで、ドキドキしてしまう。
「先生の言葉、聞こえなかったの?そんなわけない」
「うそくさ。…あのさぁ、アンタ嘘つけないタイプじゃん?けど、何の動揺もないのが逆におかしいんだよ。フミちゃんマニアの俺が言うんだから、間違いない」
 …頼むから、マニアだなんて公言しないでほしい。恥ずかしい。
「千秋くん、いい加減にしようね。先生は、もう行きます」
「待って、あと三分だけ話して。いやあフミちゃん、今日も綺麗だね。最高。そそられる。俺の彼女になって、マジつきあって。大事にするし〜」
 毎度こうやって、適当な調子で口説かれる。こんな態度を示されても、千秋に彼女がいることも知っている。
「………却下。ちゃんと、永見先生にプリント提出しておくようにね」
「はあ…。今回も駄目か。俺、こんなに脈なしなの初めてっつーか、逆に燃えますけど」
「…それじゃ(つ、疲れる)」
 こんなやりとりが挨拶代わりになってしまったなんて、不本意だ。

 裏庭を抜けて、校舎へ。二階の廊下で後藤と不意に目が合い、秋月は硬直してしまった。
 逃げ出すことも、近づくことも出来なくて固まってしまう。後藤は気にした様子もなく、秋月に近づいて小さな声で問いかけるのだった。
「秋月先生。さっき、裏庭で何か話してたみたいだけど」
 ここの廊下の窓からは、裏庭がよく見える。それに気がつき、焦燥を悟られないよう秋月は細心の注意を払う。
「あ、ああ…大したことじゃないよ。進路調査のプリント、出してない生徒がいたから…それ、で……」
 駄目だ、ドキドキする。…なんて、言えるわけない口に出したくもない。どこの乙女だ、そんな台詞は。痛い。
「一緒にいたの、二年の千秋悠一だろ?」
「うん…」
 どうして名前を知っているのだろうと、ぼんやりした疑問は喉の奥に飲み込まれたままだ。千秋はある意味で、目立つ生徒ではあるけれど。
 泣きそうになる。本当に、好きすぎてどうかしている。こんな自分を知られたくないけど知られているような気がして、秋月はこっそりと眉間に眉を寄せた。気合いを入れていないと、ふにゃふにゃになってしまう。
「ふーん。…チェックリスト行きだな、アイツ」
「後藤く…先生が、気にすることなんて、何もないですから」
 一言一言区切るように発言すると、本当に柔らかい微笑を後藤が浮かべるのがわかって見ないようにした。
 頬が熱くなる。千秋の言葉を思い出し、途方に暮れたようなような気持ちになって、秋月は溜息をつく。優しい沈黙が甘く感じて、ますますいたたまれない。
「…秋月先生のこと、好きすぎてすみません」
 他に人がいる時には後藤は、秋月に敬語を使って話をする。が、今は他に人はいないのだ。
 誰にも聞こえないように囁くような低音で愛を告げられて、本当に眩暈がした。



  2010.07.24


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