意識しすぎ



「飲み過ぎです」
「すみません…」

 後藤の歓迎会。大方の予想通り、何かを紛らわそうと酒を進めた秋月の胃は限界で、長谷川がトイレまで付き添ってくれたのだった。
 コップに入った水を差し出され一気飲みし、秋月は座り込んだ膝を抱える。頭がおぼつかない。
 秋月のことをよく知る長谷川は慣れたもので、苦笑されるだけで済むことがありがたかった。
(情けない…。気持ち悪い)
「意識しすぎなんですよ、あなたは。後藤のことなんて、大根とかじゃがいもとか…そういうものだと思えばいい」
「お、思えるわけないじゃないですか!」
 頭上から降ってきた言葉に思わず声を荒げると、長谷川が笑う。
「じゃあ、電柱でどうです?」
「……後藤くんは後藤くんです。でも、後藤先生で僕の…同僚、で……」
(頭がグルグルする…。後藤くんは後藤くんで、僕は、)
「ストップ。…はあ、とにかく。いいですか?秋月先生。あなたは今、必要以上に変なところで余計な力を使ってしまっているわけです。
勿体ないだけなら別にどうということもありませんが、あなたは体力があるわけでもないですから。疲弊してしまいますよ」
 膝を折り、真摯な表情が秋月の顔を覗き込む。長谷川の優しさがじんわりと身にしみて、秋月は嬉しかった。
「心配して下さってるんですね、長谷川先生。ありがとうございます」
「…いえ。礼を言われるようなことでは。俺にも、下心がありますから」
「う…」
「あなたのことを想っているのは、後藤先生だけじゃない。忘れないで頂きたいですね」
 長谷川も、酔っているのだろうか。そんなに熱っぽい眼差しを向けられても、困ってしまう。
「トイレで口説かれたくないです…」
「俺は二人きりになれる場所なら、どこだっていいんですけどね」
「…戻ります」
 立ち上がり、ふらついた身体を支えられる。その安心感に身を委ねそうになる自分を心の中で叱責し、秋月は声もなく笑った。
 大体、自分はこの頼もしい同僚に甘えすぎなのだ。昔から。
「そうしましょう。今日の主役の機嫌を損ねるのは、本意ではありませんから」
 見事なエスコートで宴席まで戻ったら、当然のことながら、恋人に無言で責められてしまった。
 


  2010.04.16


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