少年よ、その恋を抱け



「オレ、英語の先生になろうかな」
 秋月先生の作ったシチューとパンを食べ終えると、満足感に睡魔が襲う。二日目のシチューには、昨日は入っていなかったコーンが追加されていた。明日はグラタンになるのかもしれない。
「え?どうして?」
「英語が話せたら、先生と海外旅行に行った時役立つじゃん。色んな場所で、二人の思い出作っていこうぜ」
 最悪、教師になれなかったとしても英語が得意であれば、就職に有利なのではないだろうか。そんなことをオレは思って、でも口には出さずに笑った。
 先生の反応がない。
「どうしたの、秋月先生。鳩が豆鉄砲食らったような顔しちゃって…。今の慣用句、使い方合ってる?」
 心配になってオレが顔を覗き込んだら、秋月先生は複雑な表情で(本当に形容しがたい…)口をぱくぱくさせる。
「な、と…っ」
「なっとう?」
 問い返すと、何故か怒ったように震えた声音で話し始める秋月先生。
「な、何当然のことのようにお互いの人生計画を、た、立てて…!後藤くんは、」
「オレ先生が大好きだから。この気持ちは年取ったって、変わんねーし。これからもずっと、一緒にいてください」
 約束してほしくて、オレは恋人に小指を差しだす。
 ショックを受けた目でオレの手を凝視する秋月先生は、まるで積年の仇を見るように強張って、オレは別にそんな身構えなくてもいいのに。そう思って、また一人で色々思い悩んでいる隙だらけの秋月先生に、ちゅっと軽くキスをした。
「そんな、困った顔しないでよ。可愛いけど」
「だって。そんな、こと…言われたって…!」
 残念なことに、ちっとも嬉しそうじゃない。おかしいな、これからラブラブ展開が待っているはずだったのに。
 オレの渾身のプロポーズは、あと何回くらいで効力を発揮できるのかな。いつになったら、先生はオレに捕まる覚悟を決められるんだろう。
「アハハ。はい、って頷いてくれるだけでいいのに。そしたらオレ、何だって出来るんだぜ。先生とオレの為に」
「格好いいこと言うの禁止で。駄目。思考停止するから。…後藤くん、もう、そんな優しい目で見ないで。どうしたらいいか、わからなくなる…」
 秋月先生は声を詰まらせると、オレの小指を立てた右手を両手で包み込んだ。そのまま祈るように頭を近づけて、目を閉じる。
「オレがどうして欲しいか、わかってるんだろ。考える必要なんてない」
「冷静に考えられない。後藤くんのプラスになることが、何なのか…。教師としてなら、その選択もありだと思うと言えるんだけど」
「先生の幸せと同じところに、オレの幸せはあるよ。というか、それにオレが含まれていないのはありえない」
「僕は…」
 今度は絡めるように口づけて、その葛藤を中断させる。困ったように目を閉じて、キスを受け入れる先生。ソファーに押し倒すと、細い身体が身じろぎする。駄目、と甘く囁かれてもお誘いにしか聞こえない。
「いけないことが、あったっていいと思う。愛してる、秋月先生。何も考えないで…。オレのこと、素直に感じて」
 耳を舐め、ズボンも下着も脱がせた脚を拡げると、
「…ぅあ、っ」
 感度の良い喘ぎ声が漏れる。
「忘れられなくしてあげるから…。心も身体も。先生は早く、オレなしじゃ生きられなくなってよ。いつでもオレを思い出して…こうやって、どんな風にあなたの快感を引き出してるか、かわいい声を聞こうとオレが何をしてるのか。着がえる時、風呂に入る時、思い出して。オレの声を、指を、ねえ」
「喋らないで…ン…!アアッ」
 うっすらと滲んだ涙。
 思うようにいかない反応がもどかしく、でもそういう一つ一つをオレは紐解いて、大事にしたいって思う。
「して欲しくないことじゃなくて、して欲しいことを教えてよ。…まあ、オレの頑張りどころってやつかな?」
「あ、ぁ…や…やだぁ……ん…ん、んっ…やっ、め……て…それ、やだよぉ…」
 アナルの周りを犬がミルクを飲むみたいにして執拗に舐めまわすと、先生はすすり泣いてしまった。オレの手は、両脚を開かせて塞がっている。吐息がかかるのもくすぐったいんだろう、紅潮した肌が色っぽい。
「じゃあ、何?どうして欲しいの?教えて…」
「僕は、ほんとに、後藤くんがっ!…いてくれるだけで…だからっ……望む、ことっなんか…」
 しゃくりあげながら、秋月先生は子供みたいに涙を零す。
 この人のこういう、本能のままみたいな在り方がオレはずっと好き。
「ね、泣かないで…。…今夜は身体で誤魔化さないで、ちゃんと、一晩中どれだけ先生を愛してるのか説明してあげる。そしたら、先生笑ってくれる?」
「喋らないで…。黙って、抱きしめて…。言葉はもういいから、沈黙で口説いて。そしたら…」

「笑ってくれるの?」

 先生と出会ってから。オレは本当に、同じことばかり求めている。好きな人の笑顔、それから愛情。その繰り返し。望んだものが自分に向けられた瞬間の幸福を、本人はきっと柔らかい理解しかしていない。
 オレは変わらない。距離が近づいて、その輪郭がはっきり見えて戸惑っているのかもしれないけど。これからも、多分。このままで、先生を好きでいる。
「…後藤くんと一緒に、夢を見るよ。僕も。それが赦されるような、安心した気持ちになることができたら」
 その言葉に、オレはそっと秋月先生の背中へと腕をまわした。ギュッとしがみついてくる先生は、赤ちゃんみたい。
「わかったよ。おやすみなさい、センセ」
 守りたいなって思う。でもそれは一方的なものではなくて、オレだって、秋月先生に守られていると感じることは多い。守られているというか、先生がいてくれるからオレは強くなれるし、行動する勇気が持てる。好きだからこそ、そういうオレを信頼してほしいと願ったりする。
 やがて小さく寝息を立て始めた先生が愛しくてたまらなくて、オレは一人で頬を緩ませるのだった。



  2010.07.24


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