bitter



 バレンタイン間近の、午後。行野さんに会いに行ったら、部屋には大量のチョコレートが散乱してあった。
 一昨日にはなかった色とりどりのパッケージと、主張し合った匂いが混ざり、むせたくなるような空間を作り上げている。
 部屋の主はうんざりしたような表情で、溜息をひとつ。
「環…」
「昨日はパーティーでしたっけ?確か、女優さんの誕生日で。…お疲れ様です」
 行野さんは、黙って俺に手を伸ばした。そのまま抱きしめられて、何も言わずに沈黙。よっぽど疲れているのかもしれない。こういう時、俺は大人しく行野さんだけの抱き枕になってあげる。アロマの香りもしなければ、ふわふわとした質感もないけれど。
「これでも賞味期限が近いやつは、さすがに一之瀬に頼んだんだが…。アイツも、甘いものばかりいっぺんには食べられないだろう」
「一之瀬さん、甘党ですからね。駅前のビッグパフェ、一人で食べきったって話聞いたことがあります」
「お前、本当無駄に一之瀬の情報に詳しいな…」
 苦々しく呟く行野さんは、何もわかっていない。
 俺が、一之瀬さんの情報に詳しい?別におかしいことじゃない。というのも、気づかれないように細心の注意は払いつつ、俺は本人が知ったら引かれてしまうかもしれないくらい、行野さんを愛してしまっている。だから、行野さんを把握する上で彼の味方を自分につける、というのは結構重要な問題だ。
 一之瀬さんは、俺なんかよりずっと行野さんと付き合いが長い。でも俺にとって、そういうのは正直面白くない。すごく嫌だ。負けたくない。…苦笑する行野さんは俺たちの事情なんてわからないままに、悪戯に俺の身体をまさぐり始めた。
「疲れているんじゃなかったの」
「疲れていると、甘いものが食べたくなるっていうだろ?それと同じだ」
「こんなにチョコに囲まれておいて、言う台詞じゃないですよ」
「ヤキモチの一つくらい、プレゼントしてみせる可愛げが欲しいな、タマキンには」
「それだけのために、部屋をチョコまみれにしているとでも?」
 嫉妬なんて、望まれなくても死ぬほど覚えのある感情だ。視界に入るここにあるチョコ全部、行野さんの手に触れさせる前に自分が全部、全部ゴミ箱に捨ててやりたい。今すぐに、だ。窓も開けて換気して。
 …そんな心情はおくびにも出さず、俺は呆れたように問いかける。
「うるせー悪いかよ。チッ、計画は失敗か…。つまんねえ」
 その、面白くなさそうな表情で吐き捨てるように呟く恋人のことを、俺は本当は物凄くかわいいと思ってしまう。俺の嫉妬は醜いけれど、行野さんのヤキモチはかわいいような気がして。
 この胸のトキメキを悟られないためのあれやこれやにも、最近は磨きがかかってきた。 
 大体、恋仲になりたいと思って行野さんに近づいたのは、俺の方で。行野さんが俺の気持ちに近づいてきたとはいえ、安心なんてとてもできない。一緒に過ごしているうちにどんどん好きになっていくから、想いの差は縮まらない。
「行野さん…」
 啄むような口づけは深さを増して、愛されているという確証に、穏やかになる心。性急に乱されていく感情とは別に、行野さんごと俺は愛しさを抱きしめる。誰にも取られないように、閉じ込めるように、注意深く。


  2010.02.11


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