Call My Name



 オリオン座流星群、次に現れるのは七十年後。食い入るようにテレビの画面を見つめるオレに、環は言った。
「見に行きましょうか。一緒に」
「真夜中に、環と二人で流星群か。いいな」
 環は多分自分が見たいというよりも、オレが行きたそうだったから、代わりに誘ってくれたのだと思う。そういうことをお互いにわかってはいても、口には出さないが。
 オレがにやりと笑うと、名案でしょうと嬉しそうに環が笑う。
「深夜より、明け方近くの方が沢山見られるって。一之瀬さんも言ってましたよ」
「………」
 一之瀬はオレの担当編集なのに、こうやって環とも連絡を取り合っているらしい。まあオレがこんな風だから、恋人である環とコミュニケーションを取るのは、結果奴の利点になっているようだし、いやもうこの件について毎回考えるのは時間の無駄だ。
「そこは、ヤキモチを焼くところじゃないです。俺が愛しているのは行野さんなんだし、一之瀬さんだって、俺よりあなたのことが大好きなんですよ」
「別にそんなこと聞きたくないね。アイツがオレを大好きだとか、気色悪い」
「素直じゃないんだから」
 可笑しそうに肩を竦めて、メモを書き始める環。環の字は綺麗だ。綺麗、というかとても読み易くオレもこんな字が書けたらいいと思う。幼稚園から中学まで、書道を習っていたと言っていた。オレが習っていたものといえば、ピアノなのだが今は特に弾くような機会も無い。
 コーヒー、毛布、クッション、レジャーシート、、今夜に必要なものをメモしてくれているようだ。
「くれぐれも暖かい格好でね、行野さん。あなたに風邪をひかせたら、俺が一之瀬さんに怒られてしまう」
「だからもう一之瀬の話なんていいから」
 オレが大分うんざりして念を押すと、環はもうそれ以上何も言わなかった。
  

   ***


 明け方前に、環がオレを起こしてくれた。出来た恋人だ。料理も、掃除も洗濯も好きなのだという。環が世話を焼いてくれるおかげで、オレの生活は、この上なく世間一般の普通に近い基準を保っていられる。…本当に、感謝してる。
 きっと前世で環が良妻賢母だったなら、オレはその旦那ではなく愚息か何かだったような気がする。あの母性が男であるのにどこから由来しているのか、時折不思議に感じるほどだ。
 車を運転するのはオレだ。白状してしまえば、他人の運転だと酔ってしまうから自分で運転したいだけなのだが、これは一之瀬くらいにしかバレていない。アイツは嫌なところで勘が働く上、オレの感情の機微に敏い。
 車で三十分ほど走ったところにある山の上は灯りも少なく、星を見るのにはうってつけの場所。
「星が流れたら、行野さんは何を願いますか?」
「オレは願いをかけたいわけじゃなく、流星を見たいんだ」
 二人して、最強装備でレジャーシートの上に寝転がる。曇っているわけでもなく、星が明るく散らばっているのがはっきりと見えた。実に天体観測日和だ。気分がいい。ロマンチックな夜。恋人と二人で、流星を眺めるなんて…なかなか、オレも幸せ者じゃないか。
「俺はずっと、あなたと一緒にいたいです」
「その願いなら、オレが叶えてやれるだろう。他のものにしろよ、環」
 空を見上げていたオレを、環が自分の方へと向かせる。
「俺は行野さんをもっと愛したいし、あなたにもっと愛されたい」
「環…」
 その願いも叶えることができるだろう、オレはそう思ったが言わないでおいた。照れるからな。…これ以上の環の攻勢は、流石に参る。時として、沈黙が一番有効だ。
 それにしても寒い。気ぐるみみたいになってはいるが、肌を過ぎる風の冷たさが身体を硬くさせるのだ。
「あ」
「流星!?」
「でっかいのが、今、流れていった」
 流星の出現した方向に指を指すと、環の視線が大きく動く。
 目を凝らして眺めていると、流星はどこからか現れて四方に散っていく。それは気紛れに、確かな存在感で。
「綺麗だな…」
「…綺麗、ですね。バラバラに流れていくから、目が離せない」
 手袋越しに手を握った。環が、風邪を引かないといいが。
「流れ星の願い言葉、知ってるか?幸福になりたいなら『ヌケボシ』。金持ちになりたければ『ホシハシル』。思いをかなえるには『ホシトビ』…『ホシヨバイ』は、健康になれるそうだ。それぞれ、三度唱えればいい」
「俺は。…好きな人と、ずっと一緒にいられる言葉が知りたいです」
「オレの名前を三度だ。環」
 形の良い唇が、笑みを作る。行野克己、行野克己、行野克己。環が何度もオレの名前を呼ぶのが嬉しくて、気恥ずかしい。オレと出会った時には既に、環は「岡江環」という存在だったから、オレには本名よりそのPNが一番しっくりくる。
 対面する前から、オレは環の世界を文章を、知っていたせいもあるだろうか。
「あなたも、俺の名前を呼んで」
 その願いなら今すぐに、喜んで叶えてやれるだろう。


  2009.11.22


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